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第139話 友人の商会で商談する

 愛しの恋人(エティリア)はおれの腰に両手を回し、胸に顔をうずめることでその強い愛情を示してくれた。手を彼女の髪に添えて、少しだけ乱れたその髪をゆっくりした動きの手ぐしで梳かして彼女の気持ちに応える。



 エティリアにはいつも悪いと心苦しく思う。彼女と(ツガイ)となってからおれは忙しく動き回っていて、一緒にゆっくりと過ごせる時間は少ない。それでもこのうさぎちゃんは何一つ文句を言わず、こうして会えたときは人目に憚ることなく情熱を向けてくれる。



 獣人族のことで最初は軽い気持ちだった、クップッケから聞かされたモフモフが虐げられることに腹が立っただけ。それがエティたちと知り合い、獣人さんたちと関わっていき、エティのツガイになったことで彼女が嘆くことは嫌だから状況の改善をしようと思った。



 だけど今はそれ以上の感情を込めている。この一連の流れでおれはこの世界の人でいようと決心、それは獣人さんたち抜きで考えられない出来事。このことがなければたぶんおれは相変わらずふらふらとこの世界で歩き回って、傍観者のように外側からこの世界のことを眺めていただけだろう。



 エティリアにツガイとしては申し訳ないとは思っているが、獣人の楽土建設はおれにとって他人事ではなく、この世界に受け入れられるための大事なイベント。たとえおれの命が脅かされても、ここ一帯にいる全ての獣人さんが行けなくても楽土は築く。


 それはファージン集落を守ろうと思って犬神と死闘したように、獣人の楽土を作り上げることはおれの使命と覚悟していた。ここまで来たらこの役割はおれだけしかできないと思うし、後戻りするつもりもない。




「お熱いですな。いやあ、若い時を思い出させるよ」


「あなた、からかってはいけませんよ」



 ワスプールとコロムサーヌはおれとエティリアに声をかけてきた。名残惜しそうにエティリアはおれから離れて、恥ずかしく思ったようで顔を赤くしている。



(ツイン)白豹(ホワイトパンサー)とニールというおれの連れはどうしたのかな」


「彼女たちでしたら街でお買い物するってお出かけしてますわよ」


 商会の夫人はキョロキョロと見まわすおれの問いに答えてくれた。


 うむ、ニールもお知り合いが沢山できてよかった。あんな山の上じゃドラゴンだらけで面白くないでしょうし、魔族から崇められてきた彼女だけど、下から見上げられる視線よりも同じ目の高さのほうが話は弾むとおれは思うね。



「改めて紹介するけど、この人がおれの大切な人で商人のエティリアだ。ワスプールはテンクスの町で顔を合わせたことあるが、今後ともよろしくな」


「は、始めましたもん!」


 おれがエティリアのことを紹介すると彼女は緊張して訳のわからないことを言いだしたよ。なにを始めるつもりなんだ? ひょっとして初めましてって言いたかったのかな。



「ははは、面白い女性ですな。初対面の時は男らしい話し方をされていたのはよく覚えてますよ」


「あらら、エティちゃんはなにを始めましたか?」


 ワスプール夫妻からからかわれるエティリアは両手で先より赤くなった顔を隠した。うん、かわいいね。


 このまま雑談を続けてもいいけど、商人がより集めている今、商売するというのもありなんだろう。



「コロムサーヌさん、言われた商品を仕入れしてきたのでエティと値交渉してもらえないかな」


「そうですか、ありがとうございます」


 商人らしく顔付きを鋭くしたコロムサーヌを見て、おれは今でも恥らっているエティリアの手を掴んでから彼女の顔を覗き込んだ。



「エティ、コロムサーヌさんが欲しがっているアラクネの糸や服を仕入れてきたんだ。値段の打ち合わせをきみに頼んでもいいかな?」


「……はい」


 顔は赤いままだがエティリアのほうも真剣な目付きになったのでここは彼女に任せようと思っている。おれはワスプールに目配りすると彼のほうから笑みと共に、理解したように頷き返してくれた。


 このあとはワスプールと今後の話をするつもり。




 エティリアとコロムサーヌは大きな個室で話し込んでいる。アイテムボックスから出したアラクネの服に女性たちは嬌声をあげて、その手触りや服のデザインについて熱く語り出した。



 スマホにある動画を見せたらダイリーたちはそれを真剣に見ていて、そこから色んな発想が生まれたみたい。もちろん愉しみ用動画だけど、着服している部分しか見せていないぞ。あくまで異世界の服装だけを見せたかっただけだから。


 今までにない服装の数々にエティリアもコロムサーヌも真面目に値段、販売方法や対象のことで話し込んでいる。それをみた男性陣はその場から退去するほかなかった。



 上質な木材で作った家具と座り心地のいいソファーでおれはワスプールとウェストサイドの森から入手したエルフの果実酒を酒杯に注いだ。



「もう驚かないでおこうと思ったのだがな、やはりアキラには驚かされてばかりだよ。これは前に飲んだものと違った味わいがあって、中々いいものだな」


 ワインみたなエルフの果実酒を一口飲んでからワスプールは感想を口にした。



「ワスプール、先に言っておく。アラリア産のエルフの果実酒をペンドルたちも欲しがっているからエティリアがあんたに流せる量は六割ほどだが、それでいいか?」


「なるほど……エティリア様からどれだけの量を頂けるかはエティリア様がお決めになることだ、私はそれに口を挟むつもりはない。まあ、酒場のほうはペンドルさんたちが卸してくれた方がいいかもしれない、支払いは遅れがちで私たち商人も困っていたからね」


「ご理解をありがとう」


「ただ、この新しい味のエルフの果実酒は多めに分配してもらえないだろうか?」



 ワスプールよ、お前もか。



「これは親友としてあんたが飲む分はあげるが商売で卸せるほどの量はないよ」


「そこをなんとか!」


「ならないよ。ワスプールだけに言うけどね、このエルフの果実酒はアルス連山の西の果てに住んでいる森のエルフたちが作っているものだよ」


「……」


 よく考えてみたらさ、おれはこういう貿易でも一財産は築けるよな。でもおれはやらない。なんでか言うとローインタクシーによる空の旅は退屈なんだ。あいつ、暇つぶしのスマホを独占するようになったから。



「……家宝にする」


「飲めよ」


 いきなりなにを言い出すんだワスプールよ、お酒は飲んで楽しむもので目で見るものじゃありません。




「アキラから頼まれた親無しの少女さんたちはファージン集落へ送りすることはできたよ。護衛の冒険者を付けたからもう着いていると思う」


「そうかっ! ありがとう」


 いい消息を聞くことができた。ローインはお守りの羽を渡して、森で移動するときはローインのお守りでテンクスの近くまで送ってくれたらしいが、そのあとのことがずっと気になっていたのよね。


 ファージンさんの集落に着いているならもう心配はない、ファージンさんならきっと彼女たちを大事にしてくれると信じているから。



「アキラはそうやって困っている人を助けていくのか?」



 この質問におれは明快な答えを持っている。それこそ時間をかけて熟考したから。



「全てじゃないよ、小さな不幸にしかおれは手助けすることはできない。おれができる範囲だけのことはしてあげられるならしてあげたい。自分が後悔しないためにね」


「そうですか。でもそれを聞けて良かった。てっきりアキラはアルス様みたいな博愛主義かと思っていたから」



 自分の気持ちを言い終わったワスプールは酒杯を突き出してくる。なんだ、この世界にも乾杯というものがあったのか、みんなはしないからおれはそういう習慣なんてないと思っていたぜ。


 それならおれも乾杯するために酒杯を掲げようじゃないか。



「あの、お代わりなんだけど」


「……」


 お酒が欲しいのなら口で言ってこういうまぎらわしいことをしないでくれますか? マジで恥をかくところなんですけど。



「そうだ、現金がほしいだけど真珠以外に売れるものってなんだろう」


「そうだな……魔石、モンスターの素材があれば喜んで買いましょう」


 金貨が欲しいおれはワスプールに相談することにした。



「それならあるよ」


「真珠でも売ってもらえるなら、販売する時期をこちらで見計らうけど?」


「売ったあ!」


「ありがとうございます」


 金くれ金。城塞都市ラクータへ行くつもりのあるおれは潤沢な資金を持ちたい。アラクネの服を売った分はエティリアで持ってくれればいい、商人というのは現金を持てるだけ持たねば、仕入れの時に困るから。



「あとは食糧の買付けなんだけど」


「それについては心配しないでくれ。前にもらった真珠の分でまだまだ買付けはできるから」


 人の良い笑顔でワスプールは伝えてくれた。


 適量なお酒を飲みかわしたし、そろそろ一仕事でもしようかな。



「なあ、どこか大きめな部屋はないかな? 真珠も含めて魔石とかを引き取ってもらいたいのだが」


「わかりました。しがない商会ですが空き倉庫の一つや二つくらいはありますよ」


「へいへい。謙遜が過ぎると嫌味にしか聞こえないぜ」


「ははは、なるほどですな。今後は気を付けるようにしましょう」


 ワスプール商会がしがないのならほかの所はどうなるんだよ。




 アラリアの森で遠征した時に、おれの分の素材をワスプール商会に引き取ってもらうことにした。


 パーピーの羽や爪、マンティコアの爪に皮や尻尾など、ワスプールはおれがそれらを出している間はずっと無言のまま。もちろん、等級が高い魔石もじゃらじゃらと全てを売ることにした。今は現金が大事だから。



 結局、真珠200個の分を合わせておれは金貨15000枚をワスプールから受け取っている。ワスプールがいうには清算しないと詳細はわからないが売値はこれだけじゃないはずだそうだ。


 後日に明細書を添えてから全額をエティリアに渡すようにワスプールへお願いした。もうね、計算するのも面倒だし、今のおれにとって貨幣は獣人の楽土を作るための道具でしかない。



「食糧はこちらが人外アキラさんの名義で都市ゼノスから直接お買い上げのつもりです。それとモビス300頭に屋根付き走車の150台も用意はできた、使うときは言ってくれ」


「ワスプールは仕事ができて助かるよ」


「いいえ、アキラのおかげさまでわがワスプール商会は商売が大繁盛ですから」


「儲けて、いっぱい儲けてね」



 これであとはペンドルたちが獣人さんを集めてくれればゼノスを出発できる。それにワスプールが食糧を買い集めてくる間にちょっとしたお暇ができたということだ。



「アキラはどうするつもり?」


「そだね。することがないからエティとお買い物でもしようかな」


「よかったら私の家で泊まってくれ、小さなあばら家だがな」


「宿を取るから遠慮しておく」


「そうか、あばら家だから気に入ってもらえなかったか……」



 ワスプールが見ただけでわかるくらい気を落としている。



「違うっつうの。あんたの家があばら家ならそこら辺の家はどうなる」


「それなら――」


「ラクータだ。ワスプール商会はもう目を付けられているとおれは予測している。あいつらにバレるのは時間の問題だがもうちょっとこそこそと陰で動き回りたいんだ」


「なるほど、これは失礼した」



 こっちの世界は元の世界に比べて色んな方面で差異はあると思うが、密偵なんて時代背景や技術と関係なしにいくらでもやりようはある。おれという存在がバレることを初めからおり込み済みでそれ仕方ないがせめてゼノスから出発する寸前まで自分のことをラクータのやつらに知られたくない。



 少しだけど余った時間はどうするって? もちろん、エティリアとおデートする。


ありがとうございました。

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