第138話 無法者たちはワインがお気に入り
快適な空の旅である。スマホはアニメを連続放送して、その間にローインはずっとスマホの画面に注視していたみたい。やつは風のままだからおれもよくわからない。一々操作することが面倒なのでやつに教えてら一発で覚えやがった。おかげでおれは大地を眺めるか、睡眠を取るかの飛行となったけど。
『あ、伝言を預かったでござるよ』
「伝言? 精霊王様からか?」
なんだろう。ローインにいつも多めにチョコレートを渡しているから、ちゃんとおすそ分けはできていると思うがそれともあめちゃんも欲しがっているのかな。
『アキラ殿の知り合いなるディレッドという人族のメスたちはファージン集落という場所に向かっているとのことでござるよ』
「そうか、それはよか……良かねえよ、ローインが呼び出されたということはあの子たちになにかあったのか!」
お守りでローインの羽を渡したけど、使ったということはあの子たちの身になにか危険が迫ったのよな。
『うむ。盗賊なる人族の者に襲われたでござるよ』
「な、なあ、ちゃんと助けたのか!」
おじさん心配だよ。あんな可哀そうな子供たいを襲うなんて、畜生にも劣るクソたれどもだぜ。クソっ、ついて行ってやればよかったかおれ。
『理の生きる糧を得る以外に他者の仕向ける仕業を汝も等しくそれを受けねばならぬに沿って、一人残らず消えてもらったでござるよ。』
「そ、そうか……ありがとなローイン。チョコレートをあげるから、アニメも好きなだけ見てもいいから、本当にありがとう」
よかったあ、気まぐれでローインの羽を渡して本当に良かった。そうでないとおれの言ったことを聞いて、ファージン集落へ行く途中でなにか不幸が起こったらおれのせいだもんな。いや、おれのせいでもなんでもいいから不幸になるのだけはダメだ。
『……』
「本当にありがと――」
あるえ? なんでおれの周りにローインの羽だらけなの? 毛布? これは飛行機に乗った時のお毛布サービスってやつか?
『ばら撒けでござる』
「はい?」
『好きにばら撒けでござる。アキラ殿の知り合いを助ければちょこれーとは食べ放題にあにめなる物語も見放題でござる。だから拙者の羽を誰でもいいからばら撒けでござる!』
「あんたなあ……」
人様の知人の危機をなんだと思ってやがるんだこの風鷹の精霊は。そんなことせんでもチョコくらいはやるし、飛んでいるときにアニメを見せてやるわ!
まあ、でもこいつの羽はきれいし、今回みたいになにか役立つことあるのでありがたくもらっておこう。
夕焼け空の中を飛んで、ゼノスに着いた頃はもう夜だった。路地裏についたおれはちゃんとお代を支払って、それでも去っていこうとしない風鷹の精霊を追い払った。
アニメの次回は次回の乗車の時に。
ゼノスの市街地はとにかく広い。市の中心にある広場から道が放射線状に市外へ向かって伸びて行き、市の一番外縁にゼノスを一周する道に突き当たり、市外へ行くなら東西南北の四つの詰め所のいずれかを使う。外縁道路は幅が広く、その一番外に柵が設けられているが所々に太い穴の跡があったから、有事な時は高い柵が設置されるじゃないかなと推測している。
なぜ今さらゼノスの都市解説をしているかと言うと、エティリアたちが到着しているかどうかがわからないからだよ。今は陰の日だから人の顔は分別しづらく、余計に彼女たちを探しにくい。
一応は銀龍の笛を使えばニールを呼び出せるが、あれで痛い目を遭っていたから使うことを身体が拒絶反応を起こしている。
ワスプール商会へ行こうと思ったがそれはエティリアを連れて行きたいと思うので合流してからでいい。そうなれば行くところは一つしかないね。ちょうど新しい酒が入ってきたし、ゼノスを離れたい獣人さんのことも聞きたい。
「そういうわけで遊びに来たよ」
「お気軽さんだね、アキラのおっちゃんは。これでもボクはゼノスで恐れられている大親分だけどね」
「実はね、新しい種類のエルフの果実酒が手に入ったんだ。ペンドルなら興味あるじゃないかなと思っただけどなあ」
「いつでも気軽に訪ねてきてね、アキラのおっちゃんならいつでも大歓迎だよ」
いやまあ、言い出したのはおれだけどペンドル氏よ、一瞬で空になるコップってどういうことだよ。先まであった中身はどうした? 呑むの早くないか? それとプーシルくん、きみはなにさりげなく特大コップをおれの前に置いているんだ。
いいよいいよ、奢ろうじゃないか。こういう新しく美味しい酒を手に入れたときは自慢したくなるのよ。呑みたまえ、諸君。
「こりゃうめえなおい、もっと注いでくれや」
「あ、うん。いいけど」
気が付けば前大親分も横にちゃっかり座っているけど、酒飲みはとにかくすごいね。匂いか? 匂いに誘われてきたか?
「なあ、エティリアたちはゼノスに来たのかな?」
飲み交わしているときにダメ元で聞いてみる。
「ねえ、テーのじいちゃん。兎人さんの商人はゼノスに来ている?」
「ああ? そう言いや四人ほどの女がゼノスに来ているな。エルフと兎人が二人、あととんでもない怖い女が一人だ」
あ、それ当たりだ。とんでもない怖い女というところで理解できた。この世界で前大親分にとんでもない怖い女と表現されるのはあいつしか思い当たらない。
「テーのじいちゃんよ、その人たちはどこにいるかは知ってる?」
「ほれ」
前大親分はコップを突き出してきた。わかったよ、注いでやりゃいいでしょう。
「あいつらなら商人ギルドへ行ってな、その後にワスプールが自分の商会へ連れて行った」
「そうなんだ、ありがとう。テーのじいちゃんはゼノスへ来た人のことは掴んでいるんだな」
「んなこったあるか、怪しい奴しか知らんわ。おまえさんがゼノスに来た時のようにな」
「そっスか、怪しかったっスかおれ?」
「むちゃくちゃ怪しいわ。冴えない顔で身のこなしが達人のように見えるのにまるで無防備、なにやつかと思ったわい」
「ナハ、ナハハハ。酒、お代わりいかがっスか」
「もらおか」
無防備な達人ってどんなやつだよ、隙だらけじゃねえかおれ。監視されていたことすら知らなかったぞおい。はああ、これからは気を付けよう。
それより獣人さんたちの現状を現大親分さんに聞いてみましょう。
「ペンドル、ゼノスから離れたい獣人さんの件だけど……」
「ああ、それね。うん、いっぱいいたよ。お代は先にボクのほうで立て替えておくから、あとで清算すればいいよ」
「大体何人でお幾らになるかだけを教えてもらえれば用意しやすいんで」
「うーん、獣人さんの奴隷は年齢と性別によって買取りの値段が違うからね。いまは何人いるのかな、プーシル」
「そうだな、500人はいるはずだ」
「だそうだよ、アキラのおっちゃん。それでね、集まっている獣人さんたちのほとんどは騙されて奴隷になったみたいなもんさ。ボクもいろんな方法を使ってやっと解放してもらったんだ」
ペンドルの話で感じたのは、ゼノスの大親分はおれに恩を押し付けようとしているのじゃなく、なにか別のことを伝えたいように聞こえたので返事はあとですることにした。
「だからね、これ以上は合法的な奴隷になっちゃうのさ。早い話、お金はかかる上に奴隷となった獣人さんはそのご主人様に懐いている場合があるということ」
「ありがとう、お金はおれが頑張るとにかくできるだけ解放してやりたい。おおよその金額だけ教えてくれ」
「こっちで買い取れた獣人さん500人は金貨5枚で思ってくれていいよ。買い取れそうな獣人さんならあと500くらいだけど、これは金貨10枚になると考えているんだ。実際、奴隷商人からの買値なんて安いもんだけど、買い取る時は足元を見られちゃうのよね」
「2500枚と5000枚で金貨が7500枚……わかった、ちょうどしんじ――」
「光る石なら今はいいよ、アキラのおっちゃんはマイクリフテルちゃんにあげたじゃない。あの子が動きやすいために今は市場に流したくない、これはワスプールくんにも伝えているけどね」
やんわりとペンドルは真珠の受け取りを断ってきた。でも確かにそうなんだよな。マダム・マイクリフテルが人を買収するときに真珠を使うなら、今は貴重性を保たせるためにも真珠は市場に出回らないほうがいい。
でも、そうなるとおれの金策はどうしよう。金貨7500枚なんていまのおれにはないし、金貨を得ようとしてワスプールに真珠を売ってもらうつもりだったのに。
悩んでいる時にペンドルはウェストサイドの森のエルフさんたちが作った果実酒をテーのじいちゃんと二人で美味しそうに飲んでいた。頭を引っかくおれにペンドルは軽い口調で喋りかけてきた。
「ねえ、アキラのおっちゃん。お金は貯めれるときに貯めておいた方がいいよ」
「わかってるよ」
くそー。妖精の小人に言われるでもないけど、この世界にきてからお金に困ったことがなかった自分の甘さにムカついて仕方がないぜ。
「そこでアキラのおっちゃんに提案があるんだ。獣人さんたちを買い取るお金はボクたちゼノスの闇で持つからさ、エルフの果実酒を仕入れする時は全部じゃなくてもいいからこっちにも流してよ」
「……」
なるほど、そうきたか。
エルフの果実酒は元々はワスプールに販売してもらうつもりだった。しかし、考えてみるとペンドルたちは酒場も経営しているよな。原価で仕入れすれば利益がより高くなるし、ワスプールとかかわることなく違う流通ルートを持つことができる。
「割合は五対五でどうかな?」
「六対四でエティと話してみるよ」
市場規模を考えるとワスプールはゼノスだけじゃなくて、もっと広い範囲で需要を拡大できるはず。だけど、酒場を掌握したいペンドルたちはきっとゼノスだけに限らず、テンクスの町を初め、付近一帯の酒場に売り込みをかけていくでしょう。そうやってここら辺の酒場へ関与していくつもりとおれは推測した。
それを考えるとこれは買いたたかれていることになるがこんなで獣人たちを救えるのなら安いもんだ。モフモフはお金じゃ買えないぜ! まあ、奴隷の獣人はお金で買うだけどさ。
「ふーん。てっきり七対三で突き返されると思ったけどね」
「ペンドルたちが酒場を抑えてくれると酒場で起きるケンカも減るからおれが飲みに行きやすくなるの。だから良心的に売ってやってくれよ」
それを聞いたペンドルとテーのじいちゃんは顔を見合わせてから愉快な笑い声をあげた。
「これを好きなだけ飲めると思うと長生きしたくなるわい」
テーのじいちゃんはワインもどきを入れた酒杯に熱い視線を向けている。
「これは無理、仕入れできるのはアラリアの森で作られる果実酒だけ」
「ええーっ!」
いやあんたら、これをもらいに行こうとしたらどのくらいの距離があると思う? ここからだと歴単位の時間が過ぎちゃうよ。そんな無茶なことをエティリアにさせるつもりはない。
「悪い、これはおれしか手に入らないものだからあきらめてくれ。あんたらが飲む分ならいくらかは置いて行くけど」
「どうしても無理か?」
妖精の小人は諦められない様子だが譲歩する気はない。
「じゃあ、自分で行ってください。行きだけでも歴という時間がかかると思うよ」
「……」
ジッと見てくるペンドルにおれも真剣さを込めた目線で見つめ返す。
「本当のようだね。わかった、これはボクたちが飲む分だけもらう。アラリアの森産の果実酒はお願いね」
「了解」
今度またネシアに会いに行かないとダメだよな、エルフさんたちには悪いが果実酒の増産をお願いしなくちゃね。
ありがとうございました。




