第135話 ドワーフはお酒大好き
ドワーフの村なら今でもよく覚えている、多種族領側と魔族側を隈なく調べてみたからね。ここには工房もあって、優れた武具の数々を作っていることは確認しているさ。
だからね、たとえ数十人の重装備のドワーフから武器を突き付けられてもおれは驚かない。
「なにやつだ、人族がなぜこの隠れ村を知っている!」
「えっとね。おれは人族のアキラという者、あんたらにちょいと用があって寄らせてもらっただけ。話だけでも聞いてくれないかな?」
「……」
猜疑に満ちた目で見てきているけど当然だ。いきなり森の中から現れた人族を信用をしろというのほうどうかしてるよ。
「わいらなんの用だ、人族のアキラ」
「あ、その前に手土産をどうぞ」
ファンタジー通りのガッチリ体系で髭面の可愛い目をしたドワーフさんが来意を問い詰めてきたので、これならお話ができる可能性があることを確認したおれはお近付きのしるしにエルフの果実酒を出してみた。
「……え、エルフどもの酒だと……」
エルフの果実酒を目にしたドワーフさんたちの目付きは変わった。これで話し合いのきっかけになってくれればいいとおれは密かに思った。
「人族のアキラ、おめえさんはエルフどもとはどういう関係だ!」
「まあ、お友達かな」
おれの返事にドワーフたちはとりあえず武器を降ろして、みんなで集まってなにか相談し始めているようだ。ここは彼らが納得するまでおれのことで話し合えばいいと考える。紹介も何もないおれにとっては自分自身を信用してもらわないと話が前に進まないから。
「人族のアキラ。同じ妖精族のエルフどものことは大っ嫌いのだが、あいつらは人族を嫌悪していることも知ってる。そのエルフどもと友達と言うおめえさんの話だけを聞いてみてやる」
どうやらドワーフさんたちは耳だけを貸してくれることになったようだ。それならここに来た用事を誠実に答えてあげよう。こういう場合の嘘や偽りは信用関係を築くのにいい方向に働かないと思うからね。
「あんたたちが使っている家を建てるための材料を分けてほしい。おれの故郷ではセメントというものだが、あんたらではなんて呼んでるかがわからないからね」
土魔法の生活魔法でブロックを一つだけ出してみた。双方の認識が一致しない場合は実物を見せた方が早いからね。
「なんと……なぜ人族のおめえさんがドワーフの秘術であるスイニーの粉で作ったものを持ってるんだ」
「え? 土魔法の生活魔法で作れるじゃないのこれ?」
「そんな魔法なんて聞いたこともないわ」
ええ。そうなの? 考えてみればこの世界の人って生活魔法を使うところなんて見たことがないね。アラリアの森で遠征していた時も水魔法の生活魔法を使っていたら、エルフさんたちから変な目で見られていたな。
ファージン集落や獣人たちの村では魔法の使い手が少なかったし、おれが生活魔法を使っていてもアキラは凄腕の魔法の使い手で納得していたな。転移してきて結構な時間が過ぎたけど、生活魔法はおれだけのチートということを知ることができた。
「変な人族だな、おめえさんは。見た目は悪いことができそうにない人族だし、いいだろう。村へ案内してやるからついて来な」
「ありがとう。でもちょっと待っててくれる? お腹が空いたのでご飯を食べたいんだ」
「おう、それはかまわないけど」
フフ、なんだこいつはを見るような目で見ているけど、もっと信頼してもらうためには餌付けが欠かせないことはおれが異世界で学んだ知恵なんだ。食らうがいい、今から焼き肉パーティだ。
目論みは成功どころか、ドワーフたちがおれと肩を組んで、呑んで歌って踊っているよ。本当に陽気な奴らだな。
おれと話し合いをしていたドワーフはクンムという名で、ドワーフの隠れ村の長であると自分から教えてくれた。なんでも先祖たちが何十代前か知らないけど、人魔大戦の直後に迷宮に住む妖精の族長から魔族の動向を探るため、隠れ村のドワーフたちの先祖はここで穴掘りして魔族側へトンネルを作ったらしい。
魔族たちと交流していくうちに、魔族と言っても人魔大戦のときに多種族の間で伝わるような極悪非道の種族じゃないことがわかったらしい。それ以来、ドワーフたちはこの隠れ村に定住して、魔族と交流するとともに独自の文化を維持してきたという。
「わいらはな、ここが好きなんだ。ちょっと森の中でに住んでいるエルフどもと仲が悪いけど、それでも互いを認め合う隣人として、いつかは多種族と魔族が仲良くなれることを願っているんだ」
「そうだね、そうなるといいよな」
酒臭いクンムはおれと肩を組んで、一人でエルフの果実酒の樽を空けていた。ドワーフはテンプレ通りの飲兵衛であることにどこか心が安らぐんだ。やっぱりね、ファンタジーはこうでなくちゃね。
それにいいことも聞いた、この森にエルフが住んでいるみたい。これはちょっと挨拶をしていかないとエルフスキーとしてはダメでしょう。時空間停止のときにドワーフたちに気を取られ過ぎて、森を探索しなかったようだな。
「呑んで食うぞ!」
「おーっ!」
クンムが声を張り上げるとほかのドワーフたち随従して歓声をあげた。元々ドワーフたちを手なずけるためにエルフの集落で果実酒を大量に仕入れしてきたんだ。もっと飲んでくれていいからそのスイニーの粉というセメントをちゃんと分けてくれよ。
ドワーフの隠れ村に来たおれは目にするコンクリート製の建築物に懐かしさが込み上げてくる。異世界にある木造や石造の建物もいいのだが、やはりこういう見慣れていたものにどこか落ち着きを感じるものがあるんだ。
「驚かないんだな。まさか人族でもスイニーの粉で家を建てられるようになったのか?」
「いや、それはないよ。これはあんたらの秘法だと思うよ。ただ故郷がね、こういう建物が多かったからな」
「ほう、わいらドワーフは人族を嫌うが、おめえさんの故郷ではドワーフと人族は仲がいいのか」
「ははは、そうじゃないよ。ちょっとね」
クンムはおれの言葉が理解できないのようだ。そりゃそうさ、おれの居た世界ではドワーフなんて空想の世界にしかいない。でも、ドワーフなみに飲める酒飲みは宴会のときにたくさんいたね。
案内された一番大きな建物はおれも知っている通り酒場だった。ここでは匂うだけでわかるアルコール度の高い酒が出されて、おれの口には合わないようけど、友誼を深めるためには呑んでみるものだ。
「きっつぅー!」
「わははは」
なにこれ、アルコールそのもんじゃないか。おれの反応を見た周りのドワーフたちが一斉に笑い声をあげた。
「スイニーの粉をおめえさんの持つエルフどもの酒と交換してもいい。ほかに交換したいものがあれば聞いてやるぞ」
「そうだね。武具とかあれば嬉しいかな?」
前に来た時にチェック済みだ。ドワーフたちは完成度の高い武器や防具を作っていることは知っている。それで獣人たちの装備を揃えてあげたいとずっと考えていた。
「おう、いいぜ。そうなるとおめえさんはなにを交換してくれるんだ」
「金貨とか魔石とかは?」
「金貨というのはなんだ? 人族のものならいらねえぞ、魔石もわいら自分たちで採って来れる」
「じゃあ、なにがいいのか教えてくれ」
人族の経済圏以外の交易に対する考えが違うことは異人族で確かめることができた。そうなるとドワーフたちが欲しがるものを提供するしかなく、これは彼らから教えてくれないとおれもわからない。
「その前に教えてくれ、なぜおめえさんはスイニーの粉を欲しがるんだ」
「話は長くなるがいいのか?」
クンムとほかのドワーフたちは酒を机の上に出して、おれのコップにもなみなみと注いでくれた。これはどっしりと腰を据えるつもりなんだな、そうであるならおれも語りましょう。
獣人さんたちの楽土の話を。
「人族どもはあれだけ時間が立つというのに変わらんのだな。わいらの先祖も勇者とかいうクソたれのために魔族と戦いたくもない戦を強いられたぞ」
「そうなのか」
勇者の話なんてそれこそ神話時代と思うが、妖精族の間は今でもいいようには伝わっていないようだな。まあ、そもそも自分で相手を魔王に仕立て上げた勇者なんてロクなやつじゃないと思うが、実際はわからないので感想を述べるのはよしておく。
「ケモノビトたちを助けたいおめえさんの気持ちは買ってやろう。わいらは魔族へ行く洞窟の補修用に貯えたスイニーの粉がある、わいらが欲しいものを持ってきて来れば交換してやろう」
「なにがいいかな?」
「この近くに住むエルフどもが作る回復薬と癒しの水がほしい。おめえさんが持ってきたエルフの酒もうまいが、あいつらが作る酒はこの森の果物を使って作ったやつもうまい。それならおめえさんが欲しいだけのスイニーの粉をくれてやろう」
「うん、わかった。聞いて来てみるよ」
「うむ。でも無理せんでいいぞ。ダメならわいらからケモノビトへの応援ということで好きなだけスイニーの粉はくれてやろう」
「ありがとう。無理な時はお願いするよ」
気がいいドワーフたちと知り合えてよかった。おれが城塞都市ラクータの話をしている間に、お酒を注ぎに来たり、おれの肩を叩いてみたりと励ましてくれたドワーフがいっぱいいた。遁世の生活を送っているドワーフたちであるが、世の中の流れに全く興味がないというわけではなさそうだ。
ただでくれるだからと言ってそれに甘える気はない。これはドワーフに関わるイベントの発生、ゲーマーならクリアして当たり前だろう。
「ちょっとそのエルフさんたちと交渉してみるよ」
「む、そうか。ここに住むエルフどもは気の難しいやつらだ、無理をするなよ」
クンムの心遣いは嬉しい。だけどエルフスキーとしてここは行くしかない、いや、喜んで行かせてもらうよ。
美人のエルフとの出会いを放棄するなんて、それこそありえないだろう。
ありがとうございました。




