第130話 おっさんは親友の商会に行く
ワスプール商会はゼノスの大通りに所在し、小さな看板にでかい建物。人の出入りは商会ということで激しくはないものの、繁盛していることがわかるくらい建物の外は走車が数多く並べるようにして停車していた。
ワスプールはゼノスの商人ギルドの副ギルド長になると前に教えてくれた。食糧の買付けは引き続いてやってくれとは頼んでいるが、転勤の赴任作業などで忙しいと思うから今は商人ギルドへ彼を訪ねることはない。その前にワスプールはゼノスにいるかどうかがわからない。
ただ店を見ることで人となりがわかることもあるので、ワスプール商会の中をちょっと覗いてみようと思っただけ。
商会の中に商人たちがいた。市場みたいに喧噪して賑やかということはないが、だれも静かに商会の人と思われる同じ制服を身に着けている担当者と話し込んでいる。どっちかいうとなんだか銀行の中にいるみたいなものだよな。
うん、こういう雰囲気は嫌いじゃないな。
石造の建物で木材で補強をしているこの中は、木の香りが漂っていて壁の上方に設置されている窓からは柔らかい日差しがさし込んでいる。壁の所々に設置されている照明の魔道具で店の中を明るくするだけじゃなく、補強の木材をライトアップしているライディングは眺めるだけでも目を愉しませてくれている。
センスあるなあ、と感心せずにはいられなかった。
「ようこそいらっしゃいませ。本日は当商会に御用でありましょうか」
引き込まれるような涼やかな女性の声は人を寄せる魔力があるに違いない。ま、そんなものはないけどね。
声のほうに顔を向けてみるとそこにはすごく美しい狐人の女性が質素で上品なドレスを着こなしている。お年のほうはおれよりちょっと下くらいと思うが、それが気にならないほどサラサラの銀色の髪に整えた顔の造形が、年齢なんてどうでもいいんじゃいと思わせる調和のある天性の麗容がこの女性はお持ちでいらっしゃる。
この美女は間違いなくワスプールが自慢している奥さまだ。エティリアとは違った質の美しさを誇るこの奥方はワスプールの言葉はウソじゃないと認めざる得ない。まっ、まあ、おれのつがいは世界一の美人であることは変わりないが、食物に対する執着と卑しさではエティリアの完勝だな。
うん? それって、褒めてるのかな。
「……もしかして、アキラ様ではありませんか?」
「えっ? アキラだけどどうして――」
いきなり美しい狐人の女性の口からおれの名前が飛び出したので、驚いたおれはそのわけを質問しようとしたが、狐人の女性のほうは話すことを止めなかった。
「まあ、やっぱりそうですのね。主人のワスプールがいつもお褒めになった通り、黒い髪にうだつが上がらなさそうで侘しくて冴えないお顔ですのね。それに身なりも清潔ですが華やかさが全然お似合いではなく、商人ギルドでどうしても雇わざる得ないときは馬丁さんあたりが妥当ですと、主人のワスプールが常々アキラ様のことを面白そうに自慢してくるですのよ。ワタクシは年甲斐も無くいつもアキラ様のことで本当に嫉妬してますのよ」
「……」
それって、全然褒めてないよね。それよりワスプールてめえ、親友の陰口をたたくとはどういう料簡じゃい、ああ? だれが馬丁ならお似合いじゃいっ! おれね、おれなのね。否定できないところか、うんうんと同意してしまいそうな自分に悲しくなってきたよ。グスン
「あらら、アキラ様はどうなさいました?」
「いや、転職しようかなあって。おれ、走車を操る自信はあるんだ。ここで雇ってもらえないかなあって」
「まあ、アキラ様は御冗談もお上手なのですね。主人の友にそんなことはさせられませんわ。でも、高窓が少々汚れてますのでそのお仕事ならお願いはできますけれどね」
「やらせて頂きましょう」
高窓の汚れはおれも気になっていた。どうせすることなんてないし、暇だから友人の店を手伝うのも悪くない。それに気が付いたことあるけど、この美しい狐人の奥方は天然なところがあるんだな。
「ごめんなさいね、アキラ様。本当に高窓の清掃をしてもらいまして、主人の友なのに申し訳ないことしましたわ」
「気にしないでくれ、コロムサーヌさん。暇だったからね、そのくらいは平気さ」
応接間で狐人の奥方からお茶を入れてもらっている。エルフさんが作った茶の葉はおれの提供で、ワスプールから奥方が好きって聞いたからね。
窓の掃除は楽しかった。衆目がある中ではしごを使って、すべての高窓のガラスをピカピカに磨き上げた。学生時代にゴンドラに乗って高層ビルのガラス清掃のアルバイトをしてたから、この隠れスキルを入手したのさ。強風が吹いたときは大変刺激的だったね。生命保険に入ろうと思ったのもその時の体験から得た教訓さ。
ワスプールの奥方である彼女は、窓の掃除の後で名前とワスプールとの恋愛歴史を教えてくれた。なんでも獣人の村から出てきた彼女はゼノスの商人ギルドで受付嬢で働いていたが、親から商会を相続した若き青年であるワスプールが一目ぼれして、来る日も来る日も商人ギルドの外で待ち伏せしては愛の告白を続けたいたらしく、辟易したコロムサーヌはワスプールに難題を突き付けた。
一人でオークを狩ってきたらお付き合いしてもいいとコロムサーヌはワスプールに言ったらしい。
なんでもコロムサーヌの村では単独でのオーク狩りが立派な戦士の証として認められているみたい。もちろん、コロムサーヌはワスプールにオーク狩りしてほしいとは思っていない。オークを討伐することができるのは人族でも強い冒険者しかいないことを知っているコロムサーヌはワスプールに引いてほしかっただけ。商人のワスプールにオーク狩りなんてできるはずもないと思っていた。
しかし、長い間に商人ギルドで姿を現さなかった消息不明のワスプールにコロムサーヌも心配になってワスプールの商人仲間に聞いてみたところ、ワスプールは冒険者になっていたことが判明した。そのことにコロムサーヌは呆れるとともに少しだけ心が動かされたと教えてくれた。
「一人でオーク狩りできたぞ! コロムサーヌさん、付き合ってください!」
「……はい、わかりました」
髭を生やして、野生的に変貌したワスプールがオーク狩りの証拠であるオークの鼻を持ってきたのはその後だ。商人ギルドの外で待っていたワスプールからの愛の証にコロムサーヌもついに受け入れることを決めたという。
それから変わらない愛をコロムサーヌに捧げ続けるワスプールに彼女はいいつがいがいることに感謝していると微笑みで教えてくれたんだ。
やるじゃないかワスプール、熱い男は青年時代からということだな。フフ……ファハハハハっ! やったね! 友人をおちょくる材料を仕入れておれも嬉しいよ。さあ、どうやってからかってくれようか楽しみだな、ワスプール。
さてさて、オークの鼻ならおれのアイテムボックスにいっぱい入ってるよ? ワスプールと会うときに出してあげよっと。
「楽しそうですわね、アキラ様」
「ちょっとな。人様が慌てるところを見るのが大好きな性分でね」
「まあ、それは楽しい性格をしてますわね」
「ああ、いい性格してることがおれの自慢なんだ」
コロムサーヌが思うおれとおれが自覚している自分とはかけ離れているのでしょうが、別にそれは説明する必要はないね。全然ないよ。
「アキラ様、詳しいことはワスプールからうかがいました、改めて同胞を救って頂けることに感謝いたします。ワタクシたちでできることならなんでもおっしゃってくださいね」
「獣人さんたちにも言ってるけど、おれは自分の恋人のエティリアのためにやってるだけ。そんなお礼を言われるとこっちが畏まるからもう言わなくてもいいからね」
「エティリア様のこともワスプールから聞いております。アキラ様の大事なつがいであるとともにわが商会でも大切な取引先ですから、今後ともよきお付き合いさせて頂きたいと思います」
「こっちこそよろしくね」
獣人さんたちの結束は固いと思った。ワスプールに嫁いですでに長い月日が立ったコロムサーヌは今でも故郷や同胞のことで気がかりなんだ。人族に比べて人口総数の少ない獣人さんたちは全体的に仲がいい、だから獣人さんたちの楽土を作り上げて、みんなが生きる喜びを感じられるならおれも幸せになれる気分だ。
「本当に主人にお知らせしなくてもいいのですか?」
「ああ、もうすぐ会うからいいよ。今は新しい職務に悪戦苦闘していると思うんだ、おれも昔にそういうことがあったからね」
「主人に良い友ができたことをワタクシもすごく嬉しいのです。今後ともワタクシ夫妻と良いお付き合いをしてくださいね。当商会のほうで食糧の買付けは引き続きやっておりますので……」
「いいよ。アラクネの服と真珠、それにエルフさんたちが作る名産物の仕入れは任せてね。」
商会の玄関まで見送ってくれたコロムサーヌはおれの言葉を聞いたときに貪欲ではなくて、商人として商品を確保できた安心感を示す笑顔を見せてくれた。ワスプールが彼女に商会の運営を任せて、商人ギルドで勤務できるわけもこれで理解できたよ。
コロムサーヌは商人としても中々のやり手で、こういうできる人と商売のお付き合いするとともにエティリアともプライベートで仲良くしてもらいたいね。どの世界でもそうなんだと思うが、できる人とお話をするだけで色んなことが勉強になれるからな。
交易都市ゼノスの都市の長であるマイクリフテル夫人と会うまで時間はまだある。行きつけのパン屋さんへパンと菓子を買いに行こうかな、お店が開いているといいな。その後はローインタクシーを使ってアラクネの服と糸を入手して、マキリたちと食品で真珠を交換しよう。
アラクネの里は農耕具や武器の斧でいい、これはゼノスで問題なく買えるものばかりだ。それにハーピーさんたちは櫛とかカガミなどの女性用小物がほしいって言ってたよね。それはちょっとラウネーの店で相談に乗ってもらおう。
マキリたちには料理したものほうがいいので大量のトンカツというのはいいのかもしれない。
よしっ、あの店へ行って、修行と称して山ほどのトンカツを作らせよう。ほかは適当にお店で買ってこようと。
ありがとうございました。




