第128話 悩める騎士団長はさぼれない
城塞都市ラクータ騎士団の団長であるカッサンドラスは苛立ている。獣人族たちの監視だけを命じていたはずなのに、獣人たちに手を出した上アルガカンザリス村に派遣した騎士団を壊滅させた化け物に一人だけ残して全滅した。
報告を行ったその若者は騎士団を退団した。その若者泣きながら死んだ団員たちがいかに残酷な殺し方を獣人たちに強いたことを話し、これまた凄惨を極まる死に方を強制されたことも団長に伝えてくれた。
若者は話す。騎士になりたかったのは子供の時からの夢だった。でも今の城塞都市ラクータ騎士団に騎士道はないと断言された。
若いな。
それが団長であるカッサンドラスを去るつもりの若者に抱いた感想だ。遥か昔に同じ理想を胸に秘めていた若者がいたことをカッサンドラスは思い出してからほろ苦そうに笑う。その若者は今、えらそうに団長という騎士ならだれもが羨む役職についているが、しがらみでがんじがらめになって、本心とは裏腹の仕事に勤しんでばかりだ。
こんな騎士団長なんかやりたくもない。だがここでカッサンドラスが退いてしまえば、城塞都市ラクータ騎士団は獣人差別が激しいこの城塞都市ラクータで、獣人を虐げるだけの暴力集団になりかねない。それだけは許せそうになかった。入団当時は城塞都市ラクータ一帯に住む全ての人々を守り、魔物や盗賊を倒す正義感に溢れた集団であったはずなのに。
自虐的な回想を終えたカッサンドラスは若者の退団を認めた。そして若者に家族と一緒に城塞都市ラクータから退去して交易都市ゼノスへ行くように強く勧めた。若者には伝えていないが城塞都市ラクータの都市の長であるプロンゴンは報告を聞いたらこの若者に処罰という名目で殺害を企むかもしれないから。
カッサンドラスは心に決める。この件は若者が家族と共に城塞都市ラクータから退去した後に都市の長に報告しよう。すでにアルガカンザリス村の件で彼は好かなくても有能な部下たちを失っているので、やめたとはいえ一時は目をかけていた若者の命を無くしたくない。
「なるほどね、話はよくわかりました。で、わが正義の味方である城塞都市ラクータ騎士団の団長として、辞任したけどその者の処罰はどう考えますか?」
「団員の責任は団長であるおれのものだ、やめたやつに背負わせるつもりはない」
カッサンドラスは城塞都市ラクータの都市の長であるプロンゴンがいる執務室で件の報告を行った。この部屋に二人のほかにもう一人の大男の騎士団員がいた。都市の長に直属する黒の翼という名の騎士団支団は設立して3歴ほどだが、黒い鎧姿の彼らは都市の長の命令を受けて動く。
「はは、格好いいことを言っちゃって。騎士団長様のいうことは違うねえ、自分も見習わないといけないかな」
「口を謹んで、クワルド支団長。今はぼくがカッサンドラス騎士団長と話しているのです、勝手に交えないでください」
「はいはい、わかりましたよ」
プロンゴンから注意を受けた騎士団黒の翼支団長のクワルドは両手を大きく広げて、小さく首を振ってから一歩後ろへ下がった。
黒の翼支団長は編成では城塞都市ラクータ騎士団に所属しているがカッサンドラスに指揮権はなく、都市の長であるプロンゴンから色々の指示を受けて、噂ではモンスターを飼育していることや市民を弾圧していることもカッサンドラスは耳にしている。
こんなやつらのために城塞都市ラクータ騎士団に対する市民の信頼が下がっていく一方だ。カッサンドラスは腹立たしいと思っているけど、黒の翼支団長はプロンゴンの直属部隊である以上、彼は口を出すこともできない。
「それでは騎士団長殿、これまでの獣人に対する調査をまとめて報告してください」
「はっ」
どうであれ、カッサンドラスが城塞都市ラクータの雇われ騎士団長。給料分の仕事はしなくてはいけないし、地位に見合う結果を出さないと彼は解雇される恐れが生じる。なんとしても城塞都市ラクータ騎士団の名誉と伝統を守っていきたい、それが先代の騎士団長から託された彼の責任であるから。
「偵察に向かわせた団員は森の中で得体のしれない圧力を観察したため、現場の判断により、全ての偵察小隊は撤退しました。これは私も承認してます。偵察部隊からの情報をまとめると獣人たちは現在、兎人が住むマッシャーリア村に向かっていると思われます。また、マッシャーリア村の偵察を担当した強攻偵察中隊の報告によると、すでに多数の獣人が結集したマッシャーリア村では大規模の工事が行われており、獣人たちは砦を築いていると思われます」
「ふーん……はい、続けてください」
プロンゴンが報告を聞きながら考えている様子を見せていたのでカッサンドラスは一旦報告を止めたが、プロンゴンから促されて彼は報告を続けることにした。
「以前に指令された食糧の調査について、その出所が判明しました。テンクスの町にある商人ギルドに勤めているワスプール商会のワスプールとなる人物がその一帯で余剰の食糧を大量に買い占めていました。しかし、偵察に向かわせた者からの報告によると搬入された倉庫に食糧はすでになく、何者かによってすでに運び出されたと思われます。その際にそれだけの量を運搬できる走車を観察することができませんでした」
「それはまた怪奇なことが起こるもんですねえ……いいよ、続けてください」
「テンクスの商人ギルドに勤めている者から怪しい噂が町の酒場に流されています。どうやら人外らしきものがワスプール商会のワスプールを脅して、食糧や開墾用の道具は売買契約を結ばされたということです。契約は成立したものの、人外を恐れたワスプールはゼノスの商人ギルドへ転属することが決まり、すでにワスプールは交易都市ゼノスへ移動したものと確認しました」
「なるほど、それはいいことを聞きました。それにしても人外ねえ……人でない者を相手にどうしたらいいのでしょうね。そうそう、騎士団長殿にもこちらが掴んでいることを教えたほうがいいですね。クワルド支団長、君が知っている最新情報をお願いね」
黒の鎧をまとったクワルドはプロンゴンの言葉で軽薄な笑いをカッサンドラスに向けてから頭をかいて見せた。
「いやあ、さすがは城塞都市ラクータの騎士団長様だよ。そつなく仕事をこなすもんですね、付け入るスキがないぜ」
「クワルド支団長、口を慎みなさい」
「へいへい」
騎士団長の席をクワルドが狙っていることはカッサンドラスも知っていた。しかしこの男に城塞都市ラクータの騎士団を任せたら、騎士団そのものが凶悪な暴力集団に成り下がることを予測しているカッサンドラスとして、そうならないためにも騎士団長の席は死守すべきことだと認識している。
「商人のワスプールが交易都市ゼノスにいることはこっちも掴んでいる。やつがゼノスの暗部にいる無法者どもの大物、ペンドルというやつと接触しているんだよ。ワスプールはなあ、ゼノスの都市の長であるマイクリフテルのばばあと仲がいいなんだよ。だからな、獣人どもと繋がっているのはゼノスとこっちは思ってるんだ。あいつらはこっちのお腹を握っているから、こっちが獣人どもを兵隊に仕立てるのを怖がってるんじゃねえの。それで陰からこそこそと獣人どもに援助してるんだよ」
クワルドは得意そうに話しているが、カッサンドラスはその意見に首肯することはできなかった。交易都市ゼノスは城塞都市ラクータを警戒しているのは周知されている事実、それを疑う余地はない。
だが交易都市ゼノスは城塞都市ラクータと今だに相互関係を結んでいる獣人たちに援助するということは城塞都市ラクータに宣戦するようなものだ。明白な利益がない限り、実利を重視する交易都市ゼノスは獣人たちを助ける理由が見当たらない。
それにゼノスの暗部にいる無法者たちが獣人たちへ援助する理由も成り立たない。城塞都市ラクータにも暗部はあるが、無法者たちは暗部にいるこそ市場に流れている不明な利益からおこぼれを預かることができる。彼らが表に出て、一大勢力である城塞都市ラクータとことを構えること自体がおかしい。
これはだれかがこちらを混乱させるために裏から何かを企んでいるとカッサンドラスは結論付けた。たぶんプロンゴンもそう考えているのでしょうとカッサンドラスは理解しているはず、わかっていないのは自慢そうに高笑いしているクワルドのバカ者だ。そう思い至ったときにカッサンドラスは視線をプロンゴンのほうに移したが、彼からの目線を受けたプロンゴンは小さく笑ってからうなずく。
お前はこのバカと違ってまだ役に立つから、多少のことは大目に見てやってるのだぞ。
プロンゴンの意思を感じ取れたカッサンドラスは服の下で冷や汗をかいている。この都市の長は彼よりずっと年下だけど、就任してから政治的敵対勢力を消滅させ、近隣にある貧しい都市であるメドリアとケレスドグを経済的支援や武力による威圧で強引に城塞都市ラクータの影響下に置いた。
この青年へ明確に逆らう態度を示すことは絶対に控えた方がいい。
「色々とわかったことはありますが、どうしても解せないことが残されていますね」
「いやもう、これはゼノスのやつらは戦争を吹っかけているってことでいいんじゃないですか? あいつらは死にたいのなら死なせてやりゃいいでしょう」
「クワルド支団長、報告をありがとう。以後の言葉は控えるように」
「……わかりましたよ」
不満そうな顔で黙ったクワルドを見ることもなく、プロンゴンはカッサンドラスと話し合いを再開させた。
「アルガカンザリス村、獣人たちの偵察、テンクスの食糧。この三つで共通するものはなにでしょうか?」
「得体のしれない人外です」
カッサンドラスの返事にプロンゴンは満面の笑みで満足そうに頷いた。
「獣人族と都市ゼノスの監視は続けてください」
「はい」
「それと城塞都市ラクータ騎士団の副団長であるカンバルチスト殿の謹慎について、この場で解くことにします。彼が戻ってきた時に報告していた人外さんのことをもう少し詳しく聞きたいので陽の日の夜明けに連れて来てください」
「はい、わかりました」
派遣した騎士団が壊滅した責任を背負わされて、自宅で謹慎させられていた部下が復帰できることをカッサンドラスはとりあえず喜ぶことにした。
都市の長の執務室から出て、騎士団長の執務室へ戻ろうとするカッサンドラスは思う。
彼は獣人のことは好きじゃないが嫌ってもいない。彼にとって獣人は子供の時からいる隣人であり、視野にいて当たり前の人たちで好き嫌いで判断できるものじゃない。それに昔の騎士団にも気のいい獣人の騎士がたくさんいたし、彼が若輩者であった頃、鍛えてくれた獣人騎士たちのことを今だに彼は尊敬している。
でも時代は変わった、嫌な時代になったものだとカッサンドラスは思う。
カッサンドラスは城塞都市ラクータ一帯に住む人々からこのクソみたいな人族至上という考えを翻すことはできない。だったらせめて、彼が率いる城塞都市ラクータ騎士団が少しでも無駄な命を殺めることのないように今後も厳しく団員たちを指導していくつもりだ。
カッサンドラスとクワルドを執務室から出て行かせたプロンゴンは重厚感のある執務机の引き出しから鍵穴の付いたきれいな箱を取り出す。胸のペンダントについている鍵で箱を開けると彼は中にしまってあるものを大事そうに手で優しくそれを取り出した。
子供のそれと思われるしゃれこうべを愛しそうに見ているプロンゴンは、親しい人に語りかける口調でしゃれこうべに話しかける。
「もうすぐだよ、スクア。きみを助けることはできなかったけど、これからは人族が獣人たちを飼いならすんだ。獣人たちがちゃんとぼくの言うことを聞いてくれればご飯もあげるし、寝床だって作ってあげるよ。そうしたらね、もうぼくはだれも殺さないで済むんだ。みんなで幸せに暮らしていけるんだ。ねえ、きみもそう思うでしょう? スクア」
窓からさし込んでくる夕日の光を背に、プロンゴンはもの言わぬしゃれこうべをとても大切そうに自分の頬に当てていた。
ありがとうございました。




