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第127話 闇にひそむ者は役者揃い

「俺様は認めないぞ! なんでペンドルのガキが大親分になるんだ! どう考えたって俺様が相応しいだろうが、ああ?」



 どうもおれは演じるべくの役が終わったらしく、このお芝居から退場させられた。今はメーロミンスに付き合わされ、年代物のエルフの果実酒をせびられ、あげくの果てにラスボスの手作り料理を提供させられた。



「あら、これはすっごく美味しいわね。どこの店に作らせたの? 教えてもらえるかしら」


「ちょっと難しいかな。店で売っているわけじゃないんだ」


「そう、残念だわ……ミリーちゃん、これを食べてみてね。お家に帰ったら作ってちょうだい」


「はい、かかさま」


 ミリーちゃんと呼ばれる少々年増の女性がテーブルにおかれているラスボスの料理を試食するように一口だけ食べた。彼女は両目を見開き、しばらく硬直したがすぐに腕の動きを取り戻して、パクパクと食べ出した。



「こ、これはもう一口食べないとお味がわかりませんね……うーん、もう二口かな……」


 おい。二口どころか、そのまま食器を待ちあげて飲み込み出したじゃねえか。まだまだあるから別におれも止めたりしないけど、あるじのマダム・メーロミンスの分が無くなるぞ。



「ミリーちゃん、帰ったらお折檻の時間よ」


「――ゴッホン! す、すみません。つい……」


「言い訳は聞かないわ、もう決定なのよ……アキラさん、お代わりはあるかしらね」


「へいへい」


 言わんこっちゃない、ミリーちゃんはたぶん日頃からその性格なんだろうね。ところで言わせてもらってもいいかな? ミリーちゃんって、呼ぶときに絶対に文字が抜けているよな。おばという二文字のね。



「……アキラ様? なにか言いたいことがあればはっきりとおっしゃってくれていいですよ? ワタシ、こう見えても剣術もけっこう得意なんですからね」


「いいえっ? なにを言うのかな、可愛いミリーちゃんは。素敵なお嬢さんに怖い顔はお似合いじゃないよ。ナハ、ナハハハ」


 昔はきつい顔系の美人さんだったはずのミリーちゃんは、獲物を定めたような目付きで目をこっちに向けている。絶対に思うのだけど、この世界には読心のスキルが存在しているって。そうじゃないとなぜいつもおれが思っていることがバレるんだろうか。



「アキラさん、ブツブツと呟いている言葉がだだもれよ。丸聞こえだわ」


「え? ……」


 ちっ。この口か。ああ? このチャックが必要なコントロールの効かない口が原因だというのだな? よーし、金物屋で買って来てやるからそれまで大人しくしていろよ? ところでこの世界って、チャックというものはどこかで売ってたっけ。



「フフフ……アキラさんって、見ていて飽きないお人なのね」


「いや、ただの冴えなくて気弱なおじさんですよ。買いかぶらないでくれ」



 芝居を見るのは楽しい。台本無しで舞台の中にいる時は自分が演じさせられたことを知らされなくて、感情が上下してとんだ大根役者になってしまったけど、今となって思えばそれはあくまで主役のペンドルを引き立たせるための役割をやらされたということ。そう思うと少しだけ気が晴れるかな?



 そんなわけがないぞ! まんまと一杯食わされた気分だ。


 劇は現在も進んでいるので観客は大人しく見るべき。三流の大根役者を無償で演じさせられた文句は幕が下りてから言ってやろう。




「とにかく俺様はペンドルのガキが大親分になることは認めねえ! 認めてほしかったら俺様が納得できるものを出してみろや!」


「うん、いいよ。ボクが大親分になったからにはこのゼノスのお掃除もしなくちゃいけなくなったんだ。そういうわけでモンドゴスくん、君は粛清させてもらうよ」


「なっ! この俺様を――」


「グァザリーたちもそうだったけどね、君たちはやり過ぎなんだよ。ボクたち日陰にいる者はねえ、お日様が当たらないところでわずかなおこぼれをもらって生きていくんだ。そうすることで誰からも目を付けられないし、悪いことをする人たちから不当に得た金をむしり取ることだってできるんだよね。それを乱し続けている君たちのやり方はここにいるみんなをお日様に晒してしまうんだ。そんなやつら、このゼノスにはいらないよ」


「クソガキがあ……」


「一応ね、ボクも大親分になったので少しの配慮をしてあげよう。朝陽が輝く陽の日の朝までこのゼノスからいなくなってね。そうそう、粛清するのはモンドゴスくん君一人だけ、その下にいる者はここで生きたいならボクの所まで言いに来てね。多少の処罰は免れないけどそこはちゃんと大親分として気を配ってあげるから」


「誰がてめえの言うことに従うか! こうなったら俺様もやらせてもらうぜ。おい行くぞ、てめえら」



 おれが演じた前置きは長々とあったのに、一番盛り上がるはずの場面があっという間に終わった。危機が一発さんは子分たちが動揺していることを知らないらしく、震えている豊かな和みの女将に手を伸ばそうとしていたので、それは止めさせてもらう。そうでないとデュピラスたちが連れて行かれるかもしれない。


 おれが渡りを頼んだデュピラスたちの決着はまだついてないからね。




「おい、危機が一発さん!」


「なんだてめえ、その危機が一発ってのはなんだ! 俺様は忙しいのでてめえとじゃれてる暇はねえんだよ」


 いまさら名前を覚える気はないし、覚えたところでたぶん二度とその名を呼ぶこともないだろう。それはそうとはやく危機が一発さんを止めないとね。



「マダム・メーロミンスに毒を盛った落とし前はどうつけてくれるんだよ」


「んなっ! なんでわか……な、なんのことだ、言い掛かりはよせ。証拠でもあんのか、ああ?」


 その慌てふためいてる身振り自体がもう証拠なんですけどね、この危機が一発さんにはそれがわからないのでしょうか。この場にいるみなさんは顔色を変えて、厳しい視線をやつに投げつけているし、メーロミンスの護衛役であるミリーおばちゃんなんて得物を取り出しているぞ。



「アキラ様、おばちゃん呼ばわりについてはあとで詳しく丁寧にお話させてもらいますね」


「……」


 ミリーおばちゃんもとい、ミリーさんは振り向きもしないでおれに最終通告を下したね。またやっちゃったみたいだよおれ。早急にチャックをネットで購入せねば命が危ないよ。ここはWi-Fiなんてなさそうなんで、マンガ喫茶でも探しに行こうかな。


 アルスの世界でマンガ喫茶の店を探すのにすっごく時間がかかると思うからお話はその後でね、ミリーさん。



「ふーん。そういうことをしたんだ、モンドゴスくんは」


「し、しらねえよ。そ、そうだ! そいつがメーロミンスに毒を盛ったんだ。それで俺様のせいにしようとしたんだよ!」


 アホですかね、この危機が一発さんは。メーロミンスとは今日が初対面のおれが彼女に毒を盛ってどうするんだ。言い訳するならもっと考えろよな、適当なことを言うと益々窮地に立たされるぞ。



 まあ、これで当たりということだ。おれは言葉で危機が一発さんに突き刺して、その首が吹っ飛んでしまったというわけか。やっぱり髭面の危機が一発というお遊びは面白いね! 楽しませてくれてありがとうさん。もう会うことはないけど人生最後の日々はお元気で。




「豊かな和みの人たちはおいて行って。一人残さずにね」


「てめえの言うことを俺様が――」


 ペンドルの警告に口答えをしようとした危機が一発さんは異様の雰囲気を察知して口をつぐんでしまった。妖精の小人さんから魔力がわずかにもれ出していて、危機が一発さんの出方しだいで本当に殺すつもりらしい。



「っち……帰るぞ、てめえら」


 早足で去っていく危機が一発さんは顔を見合わせている子分さんたちの様子に気が付いてないみたい。子分さんたちはかなり迷っていたけど、ここにいてもしょうがないという表情で自分の現親分の後について行って酒場の外へ退出した。




「本当にしょうがない子よ、あんたは」


「ごめんなさい、かかさま。でもっ、あいつがかかさまに毒を盛っていることは知らないんです、知っていたら止めてたんです。信じて下さい!」


「わかってるわ。あんたはがめつい子だけど根は腐ってないことは昔から知ってるの。だからあんたに豊かな和みを任せたじゃない。でもね、あんたも休んだ方がいいわ。新しい女将を行かせるからあんたはうちでのんびりおし」


「……はい」


 どうやら豊かな和みの自動バイブ付き高機能女将も引退するらしい。残念がる通い客は果たしているのだろうか、いたらその顔を拝ませてもらいたいものだ。まあ、世の中にはかなり太めの女性がお好みの人もいるからな、人様にご迷惑をかけない限り、好きな趣味や性癖をとやかく言われる筋合いはないね。



 それはそうとデュピラスたちのことを言わなくてはいけない。巻き込んでやるつもりがすっかりと巻き込まれてしまった。



「お話の途中で悪いけど、女将とデュピラスたちの話があるんだが」


「おや? ペンドルから聞いてないの? もう連れて帰っていいわよ。身請け代はペンドルからもらっているわ」


 あるえ? まったく聞いてないですけど。メーロミンスはきょとんとした顔をしているけどね、おれのほうが点の目になるわ。どういうこと? 先から流れが全然よめません。



「あははは、アキラのおっちゃん。前に頂いたお宝は高値がついたのでね、その利益でお支払いをさせてもらったよ。なあに、気を使わなくていいからね、今日のお礼と思ってもらったらいいよ」


「それは、ありがとうとでも言っておこうか」



 すました顔で涼しそうに言ってくるこの妖精のお爺ちゃんが憎いぞ……そんなことはないけどね。


 たぶんね、おれからの話を聞いて、ペンドルはゼノスの闇に住む人たちと一芝居を打とうと考えたのだろうね。無法者同士ならそれなりの手順というものを踏まえないとスムーズに進められないでしょうが、無法者でないおれが無法者の親分ともめたということでペンドルたちはこれを利用して介入することで、淀んでいるゼノスの闇にいる邪魔ものを取り除こうとしたのかもしれない。



 やっぱりね、役者が違うというべきなのか、年の功というべきなのか、どこの世界でも大物たちの考えることはおれみたいな小物にはわからんわ。利用されたとは言え、デュピラスたち獣人さんの美女たちを救えただけでおれは満足。目的を達成できたからね。




 獣人さんの美女たちに囲まれてのキスの嵐は恥ずかしいが、豊かな和みの看板を務めるだけをあって、押し寄せてくるその豊かなお胸様はとても気持ちいい。気持ちいいのはいいのですが、先から太腿を抓って来るデュピラスさん、とても痛いからもう勘弁してくれませんか? もうね、痛くて痛くていったぁぁっ! 今のひねりはめちゃくちゃ痛かったぞデュピラス。


 声に出せないからもう泣いちゃってますけどこれどうしよう。



「まあまあ、あなたたち。感謝の気持ちはそのくらいにしてあげなさいな」


「はーい、大かかさま」


 美女さんたちの感謝から解放されたおれは一息をつくことができた。去り際にデュピラスからのキスは頬を外して唇の端に当たていたのだけど、彼女からのウィンクで確信犯であることは確認できた。


 ええで、遠慮せんでもええんやで。唇に粘っこくブチューってしてくれたらほうがおっさんは喜ぶんやで。まあ、言うたら本当にしそうやから言わないけどね。



「あんたたち、今日からしばらくうちで寝泊まりしていきなさいな」


「はい、大かかさま」


 娼婦たちの元締めであるメーロミンスの建議はありがたかった。しばらくはゼノスで行動するおれとしてデュピラスたちを連れたままでは動きにくいし、若返った下半身がですね、言うことを聞きそうにないからね。まあ、冗談だけど。



 えっとね、デュピラスよ。目じりに涙をためて恨めしそうな目でおれを見ないでおくれよ。おっさんにはね、やらねばならんことがあるんだ。きみたちを獣人の楽土へ連れて行く約束をちゃんと果たすからね。



「そうだ、アキラのおっちゃん。ワスプールって商人から陰の日の終わりなら会えるという言付けを聞いているよ」



 さあ、久しぶりにネコミミ巫女元婆さんへご挨拶に伺う前、ゼノス一番のお偉いさんに会ってこようかな。


ありがとうございました。

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