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第125話 酒場は怖い人ばかり

 場末の安っぽい酒場の中に入ると、そこは身なりが薄汚く人生を半ば諦めたような死んだ目をした男女たちが酒がほとんど残ってなさそうコップを、大事そうに掲げながら飲み切らないように中身を舐めていた。


 その横を通ると年がおれと同じくらいに見える女がおれの袖を掴んできて、脂肪がないその痩せこけた体をすり寄せてくる。女から強烈なすえた匂いが鼻に押し寄せてくるが、ほんのわずかだが香水の匂いが混ざっている。



「ねえ、お兄さん。奢ってくれたらあたしを自由にしてもいいのよ」


 おれは女のへつらう態度に足を止めてから彼女の顔に目をやる。辛酸な歳月が刻み込まれたその皺は女が過ごしてきた苦労を語っているように見えたが、違和感を感じないわけではない。



 ぱっと見は確かにこの女んは死んでいる目をしているが、瞳から発せられている鋭さにどこか嘘くささを感じずにはいられない。貨幣を持ち出すフリしておれは鑑定のスキルを使ったが、やはり大当たりだ。ここにいる全員は無法者の関係者であることが確認できた。



 例えば目の前にいる女の称号は元娼館豊かな和みの主、娼婦たちの元締めと表示されているし、酒場のマスターさんなんて暗殺者ギルドのギルド長に暗闇の暗殺者ときたもんだぜ? なるほどね、ここでおれを試そうってわけだな。


 いいだろう。三流の大根役者だがここは寸劇にお付き合いしようじゃないか。



「マスター。ここにいる全員に奢ろうとしたらいくらだ」



 湧き上がる男女の歓声におれの問いを聞いても、モップを持ってつまらなさそうに木製のコップを拭いていた酒場のマスターは、視線をコップから外さないままどすの利いた声で返事を投げつけてくる。



「やめとけ、こんな連中に酒なんか奢ったら引っ付いてくるぞ」


「いやいや。なんかの縁だし、好きに飲ませてやりたいと思っただけだ」


「おれの店の酒は安いがこういう連中以外は売らんことにしている。どうしても奢ってやりたいならそうさな、銀貨5枚分なんてのはどうだ」


「せっかくだから歩けなくなるまで飲んでもらおうか」


 言葉を言い終えたおれは素早く金貨3枚を酒場のマスターのほうへ全力じゃないが当たったら怪我するくらいの力で放り投げた。そのうちの一枚は頭を狙っていたが、酒場のマスターは難なく全ての金貨を両手で掴み取った。



「金貨3枚か……ペンドルの言う通り金を惜しまないやつだな」


「だから言ったでしょう? やめときって。アキラのおっちゃんにはこんなつまらない芝居は通用しないよ」


 ペンドル氏が酒場のカウンターの下から顔を覗くようにして、ゆっくりとした動きでカウンターから姿を現した。



「でもやったね、賭けはボクとプーシルの勝ちだね。ちゃんと耳を揃えて払ってもらうからね」


「なんなのもう。やっとペンドルくんに大損をさせられると思ったのに」


 おれに声をかけてきた女性は悔しそうに声を張り上げながら睨みつけてくるけど、見てくる目は先と違って、どこか笑っているような視線を見せている。おれは肩を竦めてからわざとらしくおどけた顔を浮かべてみせた。どうだったのかな? 芝居なんて学生時代の文化祭以来だよ。楽しんでくれればいいけどね。



「フフフ、変わったお人ね。嫌いじゃないわね。ちょっと待ててね? お話し合いは身体をきれいにしてからでいいかしら」


「どうぞどうぞ。お美しい女性に体が冷えると良くないと聞くのでこれを羽織るといいと思うよ」


 ガラッと表情を変えて楽しそうにしている女性の問いかけに、おれはアイテムボックスからダイリーさまの侍女さん特製のアラクネの糸で編んだケープを出すと彼女のほうにさし出す。



 酒場中の無法者たちはケープを見て、特に年配者たちから唸るような声が漏れてきた。どうやら年配者のほうは目利きがいいみたいで、これがアラクネの糸で作ったものがわかるらしい。



「おやまあ、こんな素敵なものを頂いてもいいのかしら。こんな身なりじゃなかったらすぐにでも抱きつきたいのに残念ね」


「それはとても嬉しい提案だけど、そう言う幸運がない自分が嘆かわしいね。お待ちしておりますのでどうぞごゆっくり」


 女性はボクからケープを受け取ると緩やかで品のある動きで酒場の奥に消えて行く。それに合わせるかのように、ここにいる人たちは同じように酒場の奥へ移動した。おれはペンドルの手招きで酒場のカウンターにある椅子に着席した。



「金貨3枚をもらったから好きなもんを頼め」


「じゃあ……都市ラクータの最高責任者、都市の長の首を一つを」


「……」


「そんな怖い目で見ないでくれよ、ビビッて手が震えるじゃないか。これはちょっとお薬を飲まなきゃね」



 暗殺者ギルドのギルド長からの強い視線におれはわざと身体を震わせて、年代物のエルフの果実酒をカウンターの上に置いた。それを見たギルド長の目付きがいきなり物欲しそうな目に変化した。



「……小僧。これを50本くれたらおれが刎ねてきてやる」


「ごめん、先のは冗談だ。酒はあげるけど首はいらないよ」



 暗殺というのは案外有効な手段と思うが、この場合は悪手でしかない。城塞都市ラクータの勢力圏は獣人族に対する差別はすでに形成されている。違う面から見るといまはその都市の長が制御しているから目立った動きはないけど、それが無くなればどうなる? おれは城塞都市ラクータの人々がタガが外れて暴走してしまうと考えるね。


 そのためにおれはゼノスで用事を済ませたら、一度は敵の本拠地を見て来たいと考えているんだ。



 だからね、暗殺は有効であるけど用いるところを選ぶ手段、劇薬と一緒だ。もっとも暗殺という手を使うつもりはないけど。



「小僧。豪快なのはいいがなにが望みだ」


「まあ、強いて言えばあんたたちと仲良くしたいのかな」


「……いいだろう。誰かを消したいときは言え、格安で引き受けてやる。おれの名はクリンクだ、覚えろ」


「あははは。クリンクさん、よろしくな」



 クリンクという暗殺ギルドのギルド長からのご提案は魅力的だけど、おれ自身は暗殺という手段を使うつもりはない。考えてみて、おれの言葉一つで誰かが死ぬんだぞ? なにそれ、怖いよ。言葉を使うだけで簡単に人をあやめることに慣れてしまえばおれはおれじゃなくなる気がするんだ。命のやり取りは避けて通れないのならおれも覚悟を決めるが、それは自分を納得させるだけの理由が存在する場合だ。


 これから長く生きたいおれは闇に染まるつもりはない。



 おっさん二人と見た目は子供の爺さん一人がエルフの果実酒を仲良く分け合って飲んでいる。いかにも怖そうなおっさんに冴えないおっさん、それに子供が楽しそうにお酒をたしなんでいるというのはシュールな光景だよな。絵にならねえよこれ。




「あら、つれないのね。男連中というのはどうして待つことを愉しめないのかしら。せっかくわたしがきれいに装ってきたのにね」


 恨めしげに話しているのは先の女性。今度はきれいに着飾っておれがプレゼントしたケープを肩にかけて、酒場の奥からゆっくりと歩きながら出てきた。



 赤い髪は情熱の象徴とおれは勝手に決め込んでいる。いまこそ痩せこけているが若い時はさぞや持てはやされた素敵な女性に違いないと、その黒さが目立つ顔にある美しい目からうかがえる。でも鑑定でわかったことがある。彼女に自覚はないかもしれないがその体は慢性的な毒に侵されていて、放っておけばいつかは死ぬかもしれない。



 だが心配ご無用! おれの回復魔法は解毒効果付きのすぐれもの、いまなら無料で体験できるからお気軽に。次回の予約はどうぞ早めにね。


 そう言うわけで彼女へ手のひらを上向きにしてさし出した。



「素敵なマダムにお目にかかれて光栄だ。おれはアキラという者、お見知りおきを」


「あら、お上手ですわね。わたしはメーロミンスよ。もう長くない命だけど、あなたとはもっと早く知り合いたかったわ」


「御冗談を」


 彼女から伸ばした手のひらを握ると手の甲に軽く接吻をしてから回復魔法のアイコンをさり気なく押した。



「回復」


「え?」


 回復魔法の淡い光に包まれた彼女。顔にあった黒さは見る見るうちにが消え失せて、あっけを取られていた彼女におれは説明を行うことにした。



「マダム・メーロミンスは毒に侵されていたんだ。治してあげたからもう大丈夫でしょう」


「……うそ……」



 メーロミンスは後ろのほうに手招きをするとそれに応えるように使用人らしき女性が手荷物を持って近寄って来る。



「鏡を出してちょうだい」


 さし出された鏡を覗き込んだメーロミンスはちょっとの間に自分の顔をしげしげと見つめていたが、目じりから滲み出す涙は彼女の歓喜を現しているのかもしれない。どういう経緯で彼女の身体が毒に侵されたのは知らないけど、治せるものなら治してあげたほうがおれも心が落ち着くというもの。なんせ、知ってしまったからな。



「ありがとう……お礼のほうは――」


「マダム・メーロミンス、お礼なんて無用の話はこの際よしましょう。お体は治ったが静養することが肝要と思うので、栄養のある食事と十分な睡眠を心掛けるようにね」


「まあ、なんて素敵なお人かしら。ありがとうね、お礼を申し上げるわ」


「いいえ、お気遣いなく」



 別におれは医者じゃないし、医学についても知識はない。ただね、疲労がたまったときとか、風邪を引いたときとかはお医者さんによく休めって言われていたから。メーロミンスはどう見ても痩せすぎだ、ご飯は食べた方がいいよな。




「へえ。アキラのおっちゃんは回復魔法の使い手なんだね。教会とつながってるの?」


「別に回復魔法は教会の関係者だけが使えるというわけじゃいないよ。教会の関係者に回復魔法の使い手が集中しているだけじゃないかな?」


「それはそうかもね。どっちにしてもアキラのおっちゃんが多芸であることはよくわかったからね」


「ペンドルにそう言われると怖いな」


 ペンドルはおれからの皮肉を聞き終えるとプシールのほうに体を向き直して、にこやかな顔でプシールに指令を伝える。



「もうお遊びは終わったようだからモンドゴスクたちを連れてきてよ」



 そのモンドゴスクたちはどこ誰だかは知らないが、たぶん娼館豊かな和みの女将が頼りにしている無法者たちのことなんだろうと推測する。ただおれとしては一つの疑問がある。ここに集まっている人たち、多くないか? メーロミンスはわかる、娼婦たちの元締めだから。でもなぜ暗殺者ギルドのギルド長がこの場にいることが解せない。



 それにここにいる人たちも結構大物ばかりだぜ? 全部の人に人物鑑定してないけど、そこに座っておれのことを興味深そうに見ているいかつい男なんて、称号に運送ギルドの副ギルド長がついている。



 デュピラスたちを引き取るための渡りをペンドルにお願いしたけど、これってそんなに大事(おおごと)なのか? うーん、わからん!


ありがとうございました。

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