表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/230

番外編 第18話 幸せを求めて・エピローグ

 ファージン集落というところはゼノスのように華やかで混雑している様子はなく、テンクスのように人が行き交い、活気におぼれそうになることもない。だけどたまに道行く人に出会うと初対面のあたしがアキラのおっさんに導かれてきたことを知ると、どの人もさも隣にいる娘さんに声をかけているような日常会話に、あたしは安らぎを肌で感じている。



「そうか、元気でやっていそうだな。まあ、あいつのことだからまたひょいひょいと風来坊みたいにどこかでぶらついているだろう」


「そう、ですかねえ。あたし、一度しか会ってないからよくわからないですけど」


「ははは。アキラのことはともかく、ようこそおれ達の集落へ。なんか道具とか作ってほしものがあればいつでも言ってくれていいから」


「はい、ありがとうございます」


 男の人はあたしに手を振るとマリエールになにか話してからあたしらと違う方向へ去っていった。



「集落で道具屋をやっているアウレゼスおじさんです。アキラさんとよく新しいものを作っていました。手先が器用ですから欲しいものがあれば作ってくれます」


 クレスという子はあたしにいなくなった男の人のことを教えてくれた。この子は美人というだけではなく、物腰が柔らかそうで人当たりの良い性格しているとゼノスで色んな人を見てきたあたしにはわかる。



 いいな、きっとまだ人の嫌らしさとか汚さを知らないのでしょうね。この子を見ていると自分のことは汚されていると実感させられてしまう。


 ちょっと落ち込んでしまったあたしをマリエールはなにも知らないでグッとあたしの手を握った。



「ディレッドちゃん、集落をまわるのは食後にしよ? あなたのこととアキラのことを教えて」


「う、うん。でもアキラのおっさんとは一度しか会ってないから本当によく知らないのです」


 マリエールがあたしを自分のほうに手繰(たぐ)り寄せるとクレスのほうにあたしを向けさせて、耳元に小さな声で息を吹きかけてくる。



「この子はねえ、アキラのことが気になってしょうがないのよ。だからなんでもいいから聞かせてあげて?」


「も、もう。マリエールは……」


「あら? 聞きたくないの?」


 顔を赤らめて慌てているクレスにマリエールは面白がってからかっている。



「マリエールなんて知らないっ」


 少し怒って早足でこの場を離れようとしたクレスを、あたしを右手で抱えたままのマリエールが近寄ってから左手でクレスの右腕を掴み取った。



「もうこの子は。せっかくディレッドちゃんと楽しくお話をしようって決めたのにアキラのことになるとこうなんだから」


「あ……ごめんなさい」


 なんだ。この二人は気を使ってくれているんだ。嬉しいというよりも恥ずかしさともどかしさにあたしは自分の思っていたことを冷笑してやりたくなっている。



 てっきり集落のみんなに守られて、恋愛とか友情とかのごっご遊びに耽るお花畑の頭かと思っていた。思いやってくれていることを知ったあたしはこの二人を嫉んでいることに自分の浅ましさと向き合わざるを得なかった。


 だって、この子たちはあたしが心から欲しがっているものを全て持っているですもの。



「あのね、本当にごめんね? かあさんとあなたの話を盗み聞きしたのは謝るわ。ごめんなさい。だけどアキラがここに来てほしいというあなたたちが気になってたから我慢が出来なくて」


「いえ、いいんです……」


 真剣な顔をするマリエールのことがまともに見れないあたし。騙しや脅しの暴力的な世界でクソまみれの自分に無垢のこの子たちが眩し過ぎる。まるでお父さんとお母さんに守られていた大昔の自分を見ているような罪に囚われた感覚だった。




 別にあたしは不幸を売り物にしているわけじゃないわ。でもね、心が苦しいの。


 アタシ、ヨゴレテテ、イキテモイイデスカ……




「ごめんなさい! ディレッドさんが今までわたしの知らない苦労で頑張ってきたのに、自分のことばかりで、アキラさんのことだけ聞きたがっていたなんて。許してください!」



 ああ、謝られた。クレスはなにも悪くないのにあたしのせいで自分を責めちゃうなんて、あたしはなんて悪い子なの。悪い子だったからお父さんとお母さんが死んじゃったのかな? バチが当たったのかな?


 アルス様、お許しください。


 不思議ね、あれだけ強がって生きてきたのに、今となって自責の念がこんなにも溢れてきてしまうなんて。



「ごめんね。だからもう泣かないで」



 自分でも気が付かないほど、涙の雫がポロポロと地面に零れ落ちていく。マリエールは抱きかかえてくれているけど、それすらあたしにはわかっていない。




「ごめんなさい、お二人をびっくりさせちゃったみたいで」


 やっとの思いで泣き止んだあたしはマリエールとクレスに頭を下げようとしたがものすごい勢いで止められた。



「ううん、謝るならあたしなの。無神経でごめんなさい」


「マリエールの言う通りです。許してくれると嬉しいです」


 なんだろうね、この二人といると素直だった自分に戻れそうな気がする。だから、ここはちゃんと自分の思いを伝えてみよう。



「いいえ、困らせっちゃってこちらこそごめんなさい。これからお世話になるのに迷惑を……」


「迷惑じゃないからね! 許してくれるなら友達になって?」


「うん。わたしもお願いです、お友達でいさせてください」


 お友達? なんて素晴らしい響きを持つ言葉なのでしょうか。こんなあたしにもお友達がまた出来ちゃうのね、嬉しいわ。アルス様と鳥の神様にご感謝を。



 それと、アキラのおっさんにもちょっとだけ感謝ね。



「はいっ! ぜひお願いします、お友達になってください」



 あのうす汚れているけど暖かかった下町の家にいた頃、お父さんとお母さんにご飯の時に聞かせていた遊び友達の話。今度はあたしが自分の心に語りかけるわ、素敵な友達と過ごせる日々のことを。




 大鬼殺し(オーガバスター)のみなさんは集落の酒場兼宿屋で寝泊まりするらしい。リップルイザーおば様はあたしを訪ねてファージンさんの家に来てくれていた。なんでも集落の奥の森でゴブリンというモンスターが出るらしいからことをファージンさんから伺ったみたい。



 魔石を稼ぎに大鬼殺し(オーガバスター)のみなさんは食料品を整えたら出発するとリップルイザーおば様は教えてくれた。


 集落の奥にある森だから、必ず集落へ帰って来るということで、リップルイザーおば様はあたしに約束してから、みなさんはモンスター狩りへ勇んで出かけた。あんなに恐ろしいモンスターと戦えるなんてさすがは冒険者さん。あたしらがゼノテンスの大森林を通ったときは、鳥の神様のお守りがなければとっくの昔に死んでいたでしょう。



 ウェスティアさん? しらないわよ。


 あの人はリップルイザーおば様の話によると、みんなが止めるのも聞かずにシャウゼさんという人を探すために、一人でサッサと森の奥まで行っちゃったみたい。そのシャウゼさんが狩りから帰ってくるときに会わなかったかって聞かれたのだけど、そんな人を見なかったってオチなのよ。


 バッカみたいだわ。


 あーあ、ちょっとは憧れたのにな。



 そうそう、シャウゼさんはクレスのお父様なの。とっても格好良くて素敵な美男子。


 ウェスティアさんがあれだけ熱を上げるのもわからなくもないけれど、無理ね。だって、クレスのお母様であるアリエンテさんはこれまた美女なのよね。さすがはクレスのお母さん。


 ウェスティアさんが野に咲く花ならアリエンテさんは咲き誇る花畑の一番きれいな一輪の花なのね。ご愁傷様です、ウェスティアさん。



「あのウェスティアって子を思い出せないの? あんたたち」


 シャランスがファージンさんとシャウゼさんが飲んでいた時に話しかけていた。聞かれた二人のおじさまは思い当たる様子はなく、二人で顔と顔を見合わせているのがとても微笑ましい。



「報われないわねあの子も。ほら、まだ冒険していた頃によく酒場でアリエンテに噛み付いて、シャウゼの太腿を抱き着いてきた子がいたでしょう」


「いたなあ。男の子みたいな女の子でいつもお前の嫁になるとか言ったじゃないか」


「確かに。よくアリエンテと睨み合いをしてた。懐かしい」


 シャウゼさんが酒杯を口元まで持っていて、遠い昔を思い出すように呟いている。シャウゼさんみたいな人はなにをしてもさまになるわ、素敵。


 これがアキラのおっさんなら仕事先でこってりと絞られて、ぶつぶつ文句を言ってるお可哀そうな人になっちゃうけど。



「なにすましっちゃってるのさ、シャウゼ。その女の子がウェスティアって人なのよ。あんたに会いたくてここまで来たんだわ、健気よね」


「ガハハ、そいつあいいや。おいおいシャウゼ、モテる男はつらいぜ。アキラにでも知られた、らりあじゅーばくはつしろとかわけのわからんことをほざいてくるんだろうな、ガハハ!」


「まずい……アリエンテはあの女の子を嫌ってた。それが集落に来ているって知られたら……ファージン、ぼく狩りに行くよ」


「おいおい、ここで逃げるか? ガハハ」


 酒杯をこぼして慌てふためくシャウゼさんがとても可愛い。それにしてもりあじゅーばくはつしろって、なんのことかしらね? アキラのおっさんに会ったときは絶対に聞いてやろう。




 あたしと妹たちは集落の人の家にそれぞれ散らばって寝泊まりしている。


 あんなにあたしに懐いて離れたがらなかった一番下の妹、今はシャウゼさんの家でクレスととても仲良くなって一緒に寝ているみたい。ちょっと妬けちゃうけどアリエンテさんとクレスは美人だからしょうがないのよね。アリエンテさんの料理はどれもすごくおいしかったし。


 それに勝るのはあたしが寝泊まりしている、ファージンさんの奥さんであるシャランスさんが作る料理だけ。あたしらはここに来て本当によかったわ。






「おーし、今からちょっとした遠出しようか」



 ファージンさんに声をかけられて、シャランスさんの料理を手伝っていたあたしを、マリエールはあたしの服を着替えるために二人の相部屋へ連れて行かれた。



 辿り着いた先に、妹たちとその保護者である集落の人たちもみんな集まってきていた。集落の行事でもあるのかな。



 集落からそう遠く離れていない見晴らしのいい場所に着くと、そこに組まれた大きな薪組みがあって、それは死んだ人を焼くためのものであることを、グァザリーが死んだ手下を焼いた時に教えてもらった。


 おかしいわね。集落へ来てからだれかが亡くなったということなんて起きていないのに。



 怪訝そうに周りを見回しているあたしと妹たちにファージンさんはこれまでにない、とてもとても、それはとっても優しい声であたしらに話しかけてくれました。



「お前たちは親無しかもしれないが慈しんでくれたお父さんとお母さんがいたんだ。不幸にもお前たちのお父さんとお母さんは、お前らが立派な大人になるまで一緒にいられなくなって、さぞかし無念であったんだろう」



 うっ、瞬間に心の悲しみが目の雫となる。



「親の死に目に会えなかった子もいることでしょう。今まで辛かったよな、苦しかったよな。本当にお前たちはよく頑張った。よくここまで頑張って生き抜いてきた。きっと、お前たちのお父さんとお母さんもお前たちを誇りに思う。素晴らしい子を産んだと喜んでいるはずだ」



 なにも言えない。言葉にならない。泣き崩れることすらできない。



「これからの送り火はお前たちのお父さんとお母さんに捧げる。残念ながら遺体も遺物もないが、ここにはお前たちを死してもずっと見守ってきたお父さんとお母さんの魂がいるはず。長い間お前たちを守ってきた、お父さんとお母さんをアルス様の許へ送ってやろう。もう、安らかに眠らせてやれ」



 お父さん……お母さん……



「お前たちはこのファージン集落の子になる。俺たちがこれからの親代わりだ。ディレッドはこれからおれとシャランスの娘となるように、お前たちは預かってくれている家の子になってほしい」



 お父さん……お母さん……



「だけど愛してくれたお父さんとお母さんのことを忘れるな。今はアルス様と一緒にいることを忘れるな。この先ずっとお前たちを愛し続けていることをお前たちがアルス様に会いに行くまで、再び両親と会えるまで、忘れずに覚えてあげなさい」


「ううう、うわーん……お父おさん……お母あさん……」


 あたしらはもう泣き喚くことしかできない。もう二度と逢えない優しかったお父さんとお母さんを偲んで……



「シャウゼ、頼む」



 ファージンさんが声をかけると、シャウゼさんは火のついた矢を薪組みに射って、瞬時に薪組みに火が付き、青空へ向かってそれは大きく燃え上っていく。



「炎で舞い上がる魂、この世に未練なくアルス様の許へ帰られよう。母なるアルスに抱かれて、生きた時の証はアルス様がお認めになられる。行く先を迷うでなかれ、道しるべは炎が示される。アルス様の許へ行かれよ、愛し子の魂たちよ」



 集落で神官をしておられる、イ・コルゼー様の弟子であるエイジェが送り火の唄を澄み切った声で歌ってくれました。こんないいお声ならきっとお父さんとお母さんも喜ぶ、あたしがここにいることも喜んでくれる。



 だから、あたしのことは心配しないで。どうか、アルス様の許でお父さんもお母さんも幸せでいてください。


 あなたたちの娘はきっと幸せになりますから。


 送り火は空高く舞い上がり、お父さんとお母さんをアルス様へお届けしてくれるはず。



 これからはここで頑張っていく。頑張ってもっと幸せになってみせるから。



 あたしはディレッド。素朴の集落ファージンの子。






ずっと気になってたディレッドの物語を書こうと思って、第四章のおわりを飾る番外編としました。


第四章はこれでお終い、次からは敵側も出てくる決戦前の第五章です。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ