番外編 第17話 幸せを求めて・六話目
遠くのほうで家々がある場所を見つけた。あそこがファージン集落なんだろうか? 期待と不安が入り混じる中、あたしは近付いてくる集落から目を離すことができずにいる。
その集落はそんなに大きくはない。集落の真ん中には大きな木が一本。生い茂る木の葉っぱはきっと暑い日差しを遮ってくれて、集落の奥に見えている森から涼しい風が吹かれて、その日陰の下ならゆったりとした時を過ごせるのでしょう。
「止まれっ!」
大きな体をした男の人が大きな斧の武器を持って、集落の入り口まで来たあたしらを乗せた走車を止めさせた。
「ここはファージン集落だ。おれの集落になんの用だ!」
アキラのおっさんが言った通り、目の前で斧を構えている男の人は見た目がとてもごっつい。走車の操縦する荷台から降りて、説明をしようとするアイカルヴァーカーさんの横を、ウェスティアさんがほとんど駆け足でその男の前へ走り付いた。
「烈斬のファージン様ですかっ!」
「お、おう、そう呼ばれたときもあった。お前さんは……」
密着するくらいファージンさんという人にウェスティアさんは手を合わせて見つめていた。その異様な気迫に押されてファージンさんという人は後ろに一歩下がったのはあたしにも見えた。
「ウチ、ゼノスで大鬼殺しという冒険団の団長してるウェスティアです。憧れのファージン様にお会いできて光栄です!」
「そ、そうか。そいつはありがとう」
ぐいぐいと押すウェスティアさんにタジタジになっているファージンさん。
身体はファージンさんのほうが大きいのにウェスティアさんに押されっぱなし。なんだか見ていて微笑ましくなってくるのはなぜでしょうか。
「ところでえ、狂風のシャウゼさまはお見えになってませんけど?」
「あいつか? あいつは今、狩りに出てていないんだが……」
「えええー、うっそお、なにそれえ……」
チラチラと集落の中をファージンさん越しに覗き見していたウェスティアさんの問いに、ファージンさんはウェスティアさんの目当ての人がいないことを答えてあげた。
あたしからは顔は見えないけど、きっと今のウェスティアさんは物凄く残念そうな表情していることは、ファージンさんの申し訳なさそうな顔で読み取ることができた。
「なんか、すまないことした……のかな?」
「気にしないでくれ。ウェス姉さんはシャウゼさんのことになるとそうなるんだから。おれは大鬼殺しのアイカルヴァーカーだ。ファージン殿たちの話はいつもいつもいつもいつもウェス姉さんから嫌というほど聞かされているんだ。なんだかあんたとは初対面という気がしない、よろしくな」
豪快な獅子人のアイカルヴァーカーさんはにこやかにファージンさんに手を差し出して、握手することも求める。それに応えたファージンさんはまたもや申し訳なさそうな面持ちでアイカルヴァーカーさんに返事をした。
「なんだか、なにがすまないか知らないけどすまないことしたな。ところでおれの集落に大鬼殺しの方々が何の用だ?」
「それは依頼主に頼まれた護衛相手に答えてやってもらうとしよう。ディちゃん、こっちに来てくれ」
近頃あたしのことをディちゃんと呼んでいるアイカルヴァーカーさんに声をかけられたあたしは、リップルイザーおば様に説教をされているウェスティアさんの横を通って、ファージンさんの前に立つ。
訝しそうにみてくるごっついだが確かに気の良さそうなファージンさんへ、あたしはここへ来る目的を話す。
「はじめまして、あたしはゼノスの親無し子のディレッドと言います。アキラというおっさんに教わって、ここならあたしらを受け入れてくれると聞きました」
アキラのおっさんの名を聞くと、疑っている目で見ていたファージンさんが一瞬にして、物柔らかい視線に変わっていくことに、あたしは長い旅路の終わりを知ることになる。
「そうか、あいつから聞いたのか……よし、ならばお前たち全員を歓迎しよう。アキラの紹介なら今からお前たちはうちの集落の人だ、よくぞ遠路はるばる来てくれたな」
ファージンさんはその大きな体で、小さなあたしを包み込むように抱擁してくれました。それはとても暖かく、あたしの全てを受け入れるような安心感に、あたしは選択したことが間違いではないと確信しました。
「おめぇ、いける口か、ああ?」
「これはしたり、獅子たる我が族に恐れるものはなし。爺さんの飲み負けすることなどありえないわ!」
「言うねぇ、若僧。おっしゃー、わしの奢りで飲み比べじゃ。逃げるなよ、獅子人のアイカルとやら」
「来いや、じじい」
真っ赤な顔した酒臭いお爺さんに連れられて、大鬼殺しのみなさんは集落でできたばかりの酒場へ同行した。
ウェスティアさんは抜け殻のようにふらついたけれど、全然可哀そうと思えません。むしろ旅の間にずっとはしゃぎっ放しだったからざまあみろって感じだった。だって、本当にうるさかったですもの。
「さあ、我が家に行こうか? そこで話を聞こう」
「はい」
ファージンさんに手を引かれたまま、あたしらは大鬼殺しのみなさんと別行動をとることとなった。モビスと走車は荷車に積んである荷物と共に、ヌエガブフという物静かなおじさんが預かってくれた。
確かにそこは集落で一番大きな家だが豪華ということはなく、木で組み上げた質素な作りの温暖な感じがする家であった。
家の扉をファージンさんが開けてくれると、中からお腹が膨らんでいる身体は大きいけど美しい女性があたしらのことを見てきている。
「あらあんた、この子たちは?」
「おお、かーちゃん。聞いてびっくりするなよ? アキラからの贈り物だ。集落にまた幸せを運んでくれたんだ、あいつはよ」
「そうなの、それは嬉しいわ。さあ、中に入ってらっしゃい、美味しい菓子を用意するわ」
「……ありがとうございます」
あたしの心が今までにないくらい揺れ動いてます。
もう、足元がしっかりと大地に立てないくらいに心も体も力が込められません。ファージンさんはあたしらのことを幸せって言ってくれた。だれもいらないあたしらのことを。
「あら、どしたの? 大したもてなしはないけど遠慮しなくてもいいのよ?」
立ち止まっているあたしに、ファージンさんの奥さんが温和な声で誘ってくれている。こんな温かい人たちにあたしらは甘えてもいいのでしょうか?
「……あのう、先も言いましたけど、あたしらは親無しです……」
あたしの力のない言葉をきいたファージンさんの奥さんは、お母さんがいつも向けてくれていたような微笑みで、あたしに笑いかけてくれている。
「あらそう? それならそれはさっきまでね、今からあなたたちはうちらの子よ。もう、親無しなんて言っちゃダメよ」
「……う、ううう……うぐ……」
涙を止めることのできないあたしに、ファージンさんの奥さんはとても愛しそうにあたしの頭を、とても優しい手付き撫でてくれました。
お母さん、死ぬ前に会いたかったよ。
お母さん、お父さん……
ファージンさんの奥さんの名はシャランスさん。あたしらに美味しいお菓子と、森の植生している植物から作ったお茶を食べさせながら教えてくれた。
あたしはこの人たちに包み隠さず今までの出来事を話すことにしました。ファージンさんはあたしらのために流涙までしてくれて、アキラのおっさんが気のいい人だってことはよく理解できました。
それにしてもワスプールさまにファージンさん。こんなに良い人たちを友と呼び合えるアキラのおっさんはいったい何者でしょうか? まだ大人になり切れないあたしにはよくわかりません。
「ねえ、ディレッドちゃん」
「は、はい」
シャランスさんがあたしに熱いお茶を入れながらあたしの名を呼んでくれた。
なぜだか心が躍る。ちゃんとあたしのことを見てくれているからなのかな。
「不幸は売り物じゃなくて、この世界に一人しかいないあなたを作り上げるものよ。それをちゃんと受け入れて、しっかりと立ち向かって、そして幸せをその手で掴んだときこそあなた自分自身の価値がわかるのよ。たとえその幸せがささやかなものであってもね。わかって?」
「え、えっと……」
真摯な態度で語り掛けてくれているシャランスさんの言葉に、あたしは正直にどう答えればいいかがわからない。言ってることが難しいよ。
「おいおい、子供になにを……」
「あんたは黙ってて。この子は世界を相手に戦ってきたのよ? 誰よりも幸せになる権利はあるわ」
「まあ、それはそうだが……」
「自分よりも年下の子を見捨てずに自分を犠牲するまで守ってきたわ。親無しでここまでできる子なんていないの」
「まあ、そうだな」
おっとりとした口調でシャランスさんはファージンさんと会話している。見ていたらファージンさんのほうが返事にどもっていて、こうして見ていると夫婦二人のどちらが実権を握っているのかがよくわかる。
「とは言っても世間の荒波にもまれた分、子供らしい時を取り戻さないとダメよね」
「それはそうだ。ガキはよく笑って、よく遊んで、よく食べて、よく寝ることだ。それ以外にすることなんざないぞ」
ファージンさんの言葉に、シャランスさんは一番の笑顔をあたしと妹たちへ向けてくれていた。
「集落の長である旦那がそう言ってるわ。いいこと? 今からあなたたちはファージン集落の大切な子供たちよ。今までのことは胸に仕舞って、うーんとうちらに甘えなさいな」
もう、あたしは涙を止めたくありません。
お父さんとお母さんが死んだと知ったとき以来、泣くことなんて忘れていた。いいえ、忘れたかった、泣いたら負けと思ったから。でも、もういいよね? もう誰かに頼ってもいいよね? あたしは悪くないなんて思わなくてもいいよね? お父さん、お母さん……
「お二人さん、隠れないで出て来なさい」
シャランスさんが奥の部屋に向かって声を上げる。
その声に部屋からあたしと同年代の女の子が二人、決まりが悪そうにおずおずとこっちへ歩いてきた。
「あんたたちも聞いていたと思うけど、この子たちはもう集落の子よ? 仲良くしてあげてね」
「「はーい」」
二人は声を揃えてシャランスさんに返事してから、あたしのほうに顔を向けてきた。
「あたし、マリエールよ。ファージンとシャランスの子、よろしくね」
まずはとても可愛らしい子が名乗り出て、あたしの手を握ってくれた。それにしてもこのマリエールって子は可愛いだけじゃなくて、お胸がとっても大きいの。シャランスさんはさらにその上を行くんだから、これはもう血筋ってことね。
「わたしはクレスです、よろしくお願いします」
頭をちょっとだけ下げてきた子はもう、美人としか言いようがありません。どうやって生まれ育ったらこうなるかと思うくらい、それはもうとびっきりの美しさを咲き誇っている。
……なんだか心がズキっとするくらい、暗い劣等感を感じちゃうよ。
「あたしはディレッド。ファージン集落でこれからお世話になるわ、色々と至らな――」
「そういうのはいいからあんたはこっちに来て」
挨拶しようとしたら、途中でマリエールという子に捕まえられたあたしは家の外へ連れて行かれようとしている。
え? なになに?
「お母さん、アキラのことでこの子に聞きたいことあるから貸してね」
「はいはい。ご飯までに帰って来るのよ」
体であたしの腕を抱え込んだマリエールに、あたしは抵抗もできないまま家の外へ連行された。
しかしマリエールのはとても柔らかくて気持ちがいいお胸してるよね、こんな胸ならアキラのおっさんなんてヘロヘロになって動けないはず。
あら? 胸のあたりがチクっとしたのはなぜでしょうか、ちょっとだけムカついたのもおかしいよね。
わからないわ。
ありがとうございました。




