番外編 第15話 幸せを求めて・四話目
冒険団大鬼殺しは全員で五人。みんなに守られてあたしらはテンクスの町へは平穏のうちに辿り着くことができた。
途中で盗賊団らしき人影はあったけれど、いつの間にか姿を消したウェスティアさんと、大鬼殺しの魔法使いであるリップルイザーさんという寡黙で綺麗なおば様がニコニコ顔で帰って来たごろには人影は全て消えていた。
あたしは気付いている。ウェスティアさんの鎧とお肌に所々に返り血が付いていること。だけどここはなにも知らない顔をしたほうがいいことは、グァザリーといる時に学んでいる。
「なんでなのさ! なんでこの子は町に入れないなの?」
声を荒げてくれているのはウェスティアさん。
テンクスの町に着いたものの、衛兵の詰め所で十数人もいる若い女の子のあたしらは身元を疑われた。考えてみればごもっともの話で、いきなり護衛もついていないうら若い女の子たちが都市ゼノスからテンクスの町まで何事もなくたどり着けるはずもない。
「そんなことを言われてもこの子たちを保証する人なんていないでしょう? 大鬼殺しの皆さんだって、この子たちと会ったのはゼノテンスの大森林を出たところでしょう? こんな力もない子が森を突破できるなんて思えないよ」
「それは……そうだけど」
ウェスティアさんは声の大きさを下げていく。森の神様のことは彼女たちには言っていない、言えるはずもない。これがバレればあたしらはアルス神教の教会から査問がかけられるはず。下手すれば異端者として処刑されることだってあるの。だから妹たちにも言わないようにきつく言いつけてある。
「お願い、町に入れてください。どうしてもファージン集落というところに行かなくちゃいけないの」
「そんなことを言われてもなあ。身元不審者は町に入れないのが決まりなんだ。なにか身元を証明できるものがあればいいのだけどなあ」
ここで終わりを迎えちゃうの? いやだよそんなの。
ウェスティアさんと衛兵さんは気の毒の目を向けてきているけど、あたしはこの町で用意を整えてからファージン集落へ行かなくちゃいけない。それがあたしらのたった一つの未来図。
「お願い、商人ギルドにいるワスプールさんに伝言してください。アキラのおっさんはその人に相談してって教えてくれたの!」
あたしの必死な訴えに動いたのは槍を持っている若い衛兵さんだった。彼はアキラのおっさんの名を聞くとつまらなさそうな顔から一転して、こっちに真面目な顔を向けてきた。
「……おい、娘さん。いま、アキラって名を出さなかったか?」
「え? あ、はい。アキラのおっさんはテンクスの町で困ったことがあればワスプールさんに相談してって」
「そうか、わかった……おい、だれか商人ギルドでワスプールを呼んで来い。それと団長さんにこのことを告げろ。アキラの知り合いが来たってな」
どうなるかは知らないけど、ここでもアキラのおっさんはあたしの助けになっているみたい。若い衛兵さんはお茶のコップを人数分だけテーブルに並べて、あたしらと大鬼殺しの団員さんたちに熱いお茶を入れてくれた。
「あ、あの。ありがとうございました」
あたしがお礼を言うと若い衛兵さんははにかんだ顔でぶっきらぼうに返事してくれた。
「いいってことよ。あのおっさんにはおれも世話になっているんだ、借りはちゃんと返しないとな。だからお前が気にすることはない」
アキラのおっさんはすごい人かもとあたしは改めて思った。こんなにもたくさんの人と繋がりがあって、名を聞くだけでみんなが動いてくれた。自分の心がぽかぽかと温まっていくのがあたしのはわかる。
「よくぞテンクスの町へいらしてくれました、私はワスプールと言います。アキラからあなたたちのことは伺っていますのでなにひとつご心配することなく、ゆるりとこの町でお過ごしてください」
ワスプールさまという商人ギルドの人はとても素敵なおじ様。物腰が低く、声の質も柔らかいのであたしと妹たちに心地よさと安全感を与えてくれている。こんなに素敵な人はそうそういない。すくなくてもあたしと妹たちは今までお会いしたことがない。
それにこれはどういうことなの? アキラのおっさんはあたしらがゼノスから出てここテンクスまで来る間に、すでにワスプールさまにあたしらがくるを伝えているってこと? そんなはずがない。あたしらは休憩もそこそこにしてゼノテンスの大森林を走破してきたもの。
もし、あたしらより早く来ようとしたら、それはもう飛ぶことしかない。人ではそんなことできるはずがないよ。
もうなんなのあの人は。こんなにもあたしをやきもきさせて楽しいわけ? 会ったら絶対に文句を言ってやるんだから。
「おいおい、ワスプール君。いきなり出てきてそれはないだろう? 私としても弟弟子に縁がある者をないがしろにするつもりはないのだがな」
「ははは、これは申し訳ありません、スーウシェ団長様。友からこのお嬢様方のことを頼まれているので、それを果たせそうなのでついつい嬉しくなってしまいまして」
「まあいい。とにかくテンクスの町はこのうら若い女性方を歓迎するので、このまま入ってもらってもかまわない」
スーウシェ団長という衛兵団のお偉い様があたしらに身体を向き変えると人の良い笑顔をあたしらに見せてくれた。
「心配することはなにひとつない、何か困ることがあれば私を訪ねて来なさい。できる限りの力はなってあげよう」
「はい、ありがとうございます」
あたしは涙を流してスーウシェ団長様に感謝の気持ちを伝えた。団長様の横にいる若い衛兵さんは少しだけ笑顔になって、あたしらに声をかけてきている。
「ようこそテンクスの町へ、良い思い出がわが町でできますように」
あたしたちは見知らぬ町で迎い入れられた。
「よかったなおい、そのアキラってやつはいったいなんなんだ? 町あげての歓迎じゃないかええ?」
アイカルヴァーカーさんの疑問に答えてくれたのはワスプールさまでした。
「アキラは見た目こそ目立つことはないのですが、なすことがすごいことばかりです。詳しいことは商人ギルドの職員として申し上げられませんけれど、アキラとご縁ができたのならきっとその人に幸せが届けられるのでしょう」
うん、それはあたしも思う。わずかな時間しか会えなかったのだけど、あたしと妹たちに未来という幸せを見せてくれた。
「それはいくらなんでも持ち上げ過ぎじゃないのかおい。そんなやつがいるなんて信じられないぞ」
アイカルヴァーカーさん、いくらあなたでもアキラのおっさんの悪口は許しませんよ?
「それはそうと名が轟く大鬼殺しの皆様はテンクスの町にどのような御用で?」
ワスプールさまの問いに返事をしたのはウェスティアさん。彼女は決まりの悪い顔で頭を右手で髪を掻きながら、いつもの気勢の良い声はどこかへ消え失せたようにぼそぼそと話し出している。
「いやさあ、調子に乗って防具一式を揃えたら金がなくなっちゃってね。噂でテンクスのどこかで魔石の稼ぎがいい場所があると聞いたからすっ飛んできたってわけで……」
ウェスティアさんの話を聞いたワスプールさまはうんうんと頷いてから、人の悪そうな顔をしてウェスティアさんに囁いている。
「ところで今、わがワスプール商会から護衛の依頼がありましてな。か弱くうら若いお嬢様方をある集落へお届けできれば依頼料は金貨5枚でして、それができる冒険団を探しているところですよ」
「乗ったあ!」
「受ける。受けるからほかの冒険団に流さないでくれ」
「やらせてやらせて、それあたしらにやらせて」
「……お引き受けしましょう」
「お前らなあ、団長のウチをなんだと思ってるんだ……いいわ、ワスプールさん。その依頼を引き受けましょう。ファージン集落へこの子らを絶対に無事にお届けするわ」
「ありがとうございます。道中の食事のほうははわがワスプール商会持ちで、この依頼は引き受けた時点で依頼料を全額渡します。あとでお渡しできるので商人ギルドまで来てください」
「待って、ワスプールさん。ちょいとその条件は良過ぎやしませんこと?」
ウェスティアさんはワスプールさまの条件を聞いて、疑わしげな視線を送っている。ウェスティアさんが言わんとすることもわかる、確かにこれでは条件が良過ぎた。裏があると読まれてもおかしくはないとあたしも思う。
「ちょ、ちょっとウェス姉さん……」
「あんたは黙っててな、今はウチが交渉しているのよ。アイカルは口を出すな!」
今までにない凄味を見せているウェスティアさん、これが彼女の本当の一面。おどけているのはこれを隠すためにあるとあたしは認識することができた。
でも、ワスプールさまは全くと言っていいほど動揺していない。この人はこの人で武器によらない、百戦錬磨の強者であることをあたしは見せつけられた。
「ええ、はっきり申し上げますとこの依頼は元々双白豹にお願いしようと思ったものです。彼女たちなら必ず応えてくれると当ギルドで実績と信用がありますのでね。だがどういうわけか彼女たちは今、テンクスの町にいないのでして、私としては困っていたところなんですよ」
「ほう……双白豹に、ねえ」
両目をスゥっと細めるウェスティアさんは今まで一番の気迫が込められていた。
「そこへあなた方がわが友の依頼の元となるお嬢様方を連れて現れたものでしてね、それならばとご依頼をしようと思ったのですが、大鬼殺しの方々は依頼を達成されるご自信はないのですか?」
「んだとお……」
「おやおや? これはどうされたのでしょうか。こんなことで一々ご立腹されるほど、大鬼殺しの皆様は口先だけなのですかね。これではいささか興ざめもいいとこではありませんか」
「安っぽく煽ってんじゃねえよワスプール。てめえはなにが言いたいんだよ」
ウェスティアさんの怒声を浴びたワスプールさまは怯むどころか、ズイっと一歩前に進んで、ウェスティアさんの前に立ちはばかるように鋭い目線で睨みつけている。
「いいですか? この依頼は私からすればわが友からの依頼は絶対的なものでしてね、私としては是が非でも完璧に達成させねばならない。だから引き受けた以上はできることが当たり前で、できない可能性を疑う余地などどこにも存在していません。宜しいですか? この依頼にはここにいるお嬢様方の幸せがかかっているのです。できないと思いのならお引き受けしなくても結構ですから」
「くっ、ワスプールてめえ……言いたいことを言いやがって……」
この場にいる人たちが息を潜めている間にもウェスティアさんとワスプールさまの睨み合いが続いていたが、先に肩を落としたのはウェスティアさんであった。
「わかったよ、わかりましたあ。この依頼は大鬼殺しが引き受けよう」
「ありがとうございます。それではあなた方にお願い致しましょう」
先と違って、ワスプールさまの笑顔は人を魅了するようないい微笑みで、それがウェスティアさんに向けられているのはちょっと残念です。
「そんなにヤバい依頼なのこれ」
ウェスティアさんに問われたワスプールさまはおどけた表情で、悪戯ができたような悪童の雰囲気を醸し出している。
「いいえ。ファージン集落までは至って安全な道のりで以前に盗賊団が全滅した噂もあってから、現在はどこの盗賊団もここに寄り付かないんですよ」
「ウチをだまして弄んだなてめえ」
「人聞きの悪いことを。それとあなた方が追い求めている魔石の噂ですが、ファージン集落の長である烈斬のファージンさんから教えてもらえるかもしれませんよ」
「え? ファージン集落のファージンって、あの烈斬のファージン様のことですか?」
心なしか、ウェスティアさんが一瞬あたしと同じ年の小娘のように見えたのは気のせいでしょうか。
「ええ、そうですよ。勿論、ファージン集落には狂風のシャウゼさんもご健在でいらっしゃいます。往年の風貌のままで」
「うそおー! やだどうしよう、ウチおめかししなくちゃ。ねえねえ、ワスプールさーん。お化粧の道具は扱ってないのかしら? ちょっとやだわ、こんな荒んだ顔をシャウゼ様にお見せできないわ。あ、そうだ。この依頼はウチらが独占だかんね、どこにも流しちゃやだよ。ささ、お風呂にお肌の保養っと。ウチ、忙しくなっちゃうわ」
「はい。良い品が揃えておりますからあとでお化粧の道具一式をお届けします。今回は特別ウェスティアさまには全て無料ということでいかがでございましょうか?」
「んもう、ワスプールさん、あなたっていい人ね。ワスプール商会とはこれからウチらもいい付き合いしたいものよ。いいこと? 間違っても双白豹の女豹たちなんかに依頼しちゃダメよ」
「ははは、良きに計らいましょう」
もうね、ウェスティアさんの豹変にワスプールさまと妹たち以外の全員が脱力感にだらけてしまっていた。
何なのよこの人は。
ありがとうございました。




