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番外編 第13話 幸せを求めて・二話目

 ごめんなさい、プーシルさん。せっかく助けてもらったのにあたしと妹たちは追いかけてきた無法者たちに取り囲まれています、モビスの足に歩きのあたしらは勝ってません。幸せになることはこんなに難しいことですか? あたしらはもう、ただの人の形をした肉の塊で生きるしか資格がないのですか?


 教えて下さい、アルス様……



「ったくよ、プーシルらが邪魔するから時間が食っちまったじゃねえか」


「まあまあ、もう追いついたんだからよ。焦らされた分、お楽しみができるってもんよ」


「ぎゃははは、違いねえぜ」


 無法者たちがいやらしい目付きで品定めするようにあたしらを舐めるように見てきている。畜生お、逃げられないのなら最後まで抗ってやるっ!



「来ないで! 来たら刺すわよ!」


 短剣を抜くとそれを無法者たちに向けてみたが、恐れられる様子は全く見られなかった。却ってそれは無法者たちのやる気を高めたみたいで先より増してニヤ付いた表情になっている。



「おお怖い怖い。おい。どうする? 刺されるってよ」


「マジかよ、それは怖いねえ。俺は刺し慣れても刺されたことがねえからな」


「ぎゃはは、刺し慣れてるってなんだよ」


「そりゃ、女のアソコに決まってるんじゃねえか」


「それならオレもだぜ、なははは」


 卑猥の言葉を下品そうに交わし合う無法者たち。話しながら腰を振り出すやつを、周りにいる男たちがそれを見て囃し出す。だれもこの場にいるあたいらを人として見てはいなかった。あたしらの値打は使われるだけの道具で、それ以上でもそれ以下でもないみたい。



 こんなやつらに人生を終わらせられるのは本当に悔し、だから最後まで抵抗してあたしは死ぬつもり。妹たちには悪いけれど、せめて人生の終わり方くらいは自分で選びたい。



「お前ら、いい加減にしろ。追い詰めすぎるとあの年頃は自殺することもあるからな!」



 大きな声を出しているのは髭面の男。


 あいつは見たことがある。スラムでグァザリーたちと争っていた実力者だ。なるほどね、今回のことはあいつがやったということか。


 男はあたしらを一瞥だけで興味もなさそうに沈黙した無法者たちを叱りつけている。



「いいか、今回はプーシルとペンドルに邪魔されて危うく小娘らを取り逃がすところだったが、野良犬盗賊団のやつらから借りたモビスのおかげで捕まえることができたんだ。あいつらは追いかけてきているんだ。やつらにも分け前を与えねばならん」


「でもよ、お頭。先に味見するくらいはいいよな?」


「……まあ、そのくらいはいいだろう」


「ヒャッハーっ! 話がわかるお頭だぜ」


 妹たちは短剣こそ抜いて手にしているものの、男たちの会話にビクビクと怯えているだけ。あたしらは人じゃない、ただの品物。お父さんとお母さんが死んでから、あたしに満ち足りた日はアキラのおっさんにお金をもらって、妹たちと未来を夢見ていたあの短い間だけなの? そんなのってないよ……



「お前ら、取りかかれ。いいか? そいつらは売り物だから絶対に死なすじゃねえぞ。短剣は振り回させてやれ。それで疲れたときに抑え付けろ」


 髭面の男は手下たちにあたしらの捕まえ方を命令している。非力なあたしらでは大した抵抗もできないまま捕まえられてしまって、ここにいる数十人はいる無法者たちの慰み者にされるでしょう……助けて、お父さん。タスケテよ、オ母サン……



「やれっ!」



 無法者たちがじわりじわりと押し寄せてくる。


 あたしと妹たちは背中を突き合わせてから短剣を両手で握っているが、こんなのあっという間に取られてしまうのでしょう。



 チュニックの胸元に飾っている知らない鳥の綺麗な羽、アキラのおっさんからもらったお守り。こんなで助けになるの? これでおっさんが駆けつけてきてくれるの? 近寄って来る無法者たちの勝ち誇っている顔がくっきりと見えてきた。


 もう、終わりなのね……



「助けてよ、アキラのおっさん、お願いだからあたしらを助けてっ!」


 あたしの心からの叫びに無法者たちは大声で笑い出す。


 絶望する女たちを力づくでなにもかも奪い去ることがあいつらの楽しみ、だからあたしの悲痛な声はあいつらにとってお笑いでしかない。それはスラムで生きていたあたしが一番知っている。




 一陣の風が巻き起こる。それは優しくあたしを撫でるようなもので、肌に通り過ぎていた頃には無法者たちが動きを止めていた。いいえ、動けなくなった。




『むむ? アキラにやった羽で拙者を呼び出したるは何者でござるか』



 人を大きく超えた鳥の形をした何かがあたしらの頭上にいた。



「なんだその化け物はあっ!」


 髭面の男は鳥の形をした何かを指でさして絶叫している。横にいる無法者たちもようやくその声に反応して、一斉に剣を鞘から抜き放ってから構え出している。



『むー。化け物とは異なことを申す者たちでござるな。さて、拙者を呼び出したのはそこにいる人族の若いメスとみたでござる。なぜアキラに差し上げた拙者の羽を持っているかは知らぬでござるが、なにか拙者に用があるのでござるか』


 鳥の形をした何かがあたしに顔を向けてきてから問いかけてくる。アキラのおっさんは確かにたまげるなと言った。だから腰が抜けて座り込んでいる妹たちを守るためにも、あたしはちゃんとお答えしなければならない。



「はいっ! アキラというおっさんからお守りに羽を頂きました。あたしはディレッドと言います。今は無法者に襲われて、助けてとお願いしたらあなたが出て来られました」


『さようでござるか。ではディレッドという人族の若いメスはアキラの縁の者ということでござるか。それなら拙者も了承したでござるよ』



「くそー、お前ら! 化け物一匹くらいで怖気づくなっ! 掛かれ! 殺してしまえ!」


 髭面の男に嗾けられた無法者たちがこちらに襲い掛かろうとしたが、鳥の形をした何かが首を忙しく動かして、この状況を確かめている。その鋭い眼光に無法者たちが足を竦めてしまっていた。



『なるほど、この状況は把握したでござるよ。さしずめ人族で言うと盗賊とかいう輩に、人族の若いメスたちが襲われているところでござるな。ところで、そこなる毛がむしゃむしゃで小汚い顔している人族に聞くでござる』


 鳥の形をした何かに質問されていた髭面の男が、どうにか勇気を振り絞ってから声を出している。



「……な、なんじゃあ。化け物が人の言葉を話すんじゃねえよ」


『お前たちは知っているかどうかは拙者は存知ないでござるが、世界の理では生きる糧を得る以外に、他者の仕向ける仕業を汝も等しくそれを受けねばならぬでござる』


「な、なんのことだ! そんなの知らねえよ、化け物は死ねえや!」


 髭面の男が背中に背負っているバスタードソードを抜くと、それを頭上に掲げてから、鳥の形をした何かを切りつけようと走り込んできたが、鳥の形をした何かは全く動こうとしないで、髭面の男に語り続けている。



『ゆえに人族の若いメスを襲う汝に同様の報いを受けねばならぬということでござる』


「なっ、なにをぬかしやが……う、うわ――」


 鳥の形をした何かが右の翼を振り上げると、髭面の男がバスタードソードを持ったまま、まっすぐ上の空高く飛ばされて、あっという間にこの場から消えてなくなっていた。




 この場にいる全員が言葉を失って、鳥の形をした何かを見つめるだけしかできなくなり、この静寂がいつまでも続くとあたしは思ってしまったが、それは空から降って湧いてくる悲鳴によって予想が裏切られることになる。


「……うわー、たすっ――」


 グシャッ



 落ちてくるのは髭面の男であり、空中に浮いていたためになにもできないまま地面と激突して、血しぶきを上げてから人の形を成さない肉の破片と化している。




 沈黙を破ったのはこの場にいる無法者たち。


 意味不明の叫び声を上げながら武器を放り出して逃げようと背中を見せてから一斉に駆け出していく。


「ぎゃあーっ」

「化け物だ、助けてっ!」

「うおっ、うがあーっ」


『盗賊なる者なら報いは同様でござるよ』


 鳥の形をした何かが今度は左の翼を振り上げると、無法者たち全員が上方に空へと舞い上がって、姿を消していった。



「みんな、目を閉じて耳を塞いで!」


 妹たちにはこれから起こる惨劇を見せたくない。だけどあたしだけはそれを見届ける権利がある。


 あたしらを襲おうとした無法者たちの末路を。




 辺りは肉の破片が散らばっていて、血の匂いであたしも妹たちと同じのように嘔吐しそうになったが、どうにか吐くことをこらえることができた。


『さて、拙者の役割はこれで終わりでござる……しばし待てでござる』


 鳥の形をした何かが言い終えると、ゼノスの方向に首を数度だけ動かしてから右の翼を羽ばたいた。


 あたしの前に綺麗な羽が一枚だけ地面に突き刺さっている。



『そこなるアキラの縁のある人族の若いメスは聞くでござる。拙者の羽は一度きりの役目でござる。新たな羽を授かるゆえ、危機があれば拙者を呼びつけるといいでござる』



 あたしは跪いてから、恭しくその羽を両手で大事そうに包み込むようにしてから羽を受け取った。命の恩鳥に申し訳ないとは思いつつも、その名を聞かずにはいられない。



「宜しければお名を教えて下さい」


『むむ、人族では拙者の名を存ぜぬでござるか。宜しいでござる。拙者はローイン、森を風で守りしものでござるよ』


 あたしがその名を復唱する前に、一人の妹が可愛らしい声を上げる。



「ローイン? もしかして森人の守り神であられる森風の精霊ローイン様でございますか!」


『おお、そこなる人族の若いメスはどうやら森人の血があるとみえるでござるな。いかにも、拙者が風の精霊ローインでござる』


「ローイン様あ! お助けいただきありがとうございました!」


 美しい幼い顔した妹のパシステアちゃんから、彼女のお婆ちゃんが森の民エルフだと聞いたことがある。それに森人の守り神なら幼いごろ、寝物語でお父さんから聞いていた。


 いにしえに森へ攻め入った人族の軍勢は、たった一匹の神鳥に風の刃で全滅させられたという神話。アルス様があたしらをお守りする女神様なら、その神鳥こそが森の民エルフたちの守り神。



 神話は物語じゃなくて本当に存在する神たちの伝承。あたしは神を目の前にして、感涙せずにはいられなかった。



『はてさて、そこなる人族の若いメスたちと話すのは拙者も楽しいでござるが、追ってくる者たちがいるでござる。拙者が追っ払ってくるゆえ、そこなる人族の若いメスたちは行きたい道を往くがいいでござる』


 神様のローイン様が翼を数度羽ばたくと、あたしらは優しいそよ風に包み込まれていく。



『そこなる人族の若いメスたちよ。拙者の風がお守りになっているゆえ、森の中を往くがいいでござる』


「はいっ、ありがとうございます」


 あたしらは声を揃えて神様にお礼を申し上げた。



『うむ』


 神様がいなくなる前、どうしても聞いておきたいことがあるあたしは、両手を合わせて拝むようにして、わずかに震える声を発する。



「あ、あのっ! ろ、ローイン様はアキラのおっさんをご存知ですか!」


 愚問であることはあたしも承知している。


 先はローイン様もアキラのおっさんの名を出していたし、おっさんがきっと神様のことを知っていて、そのお守りの羽をくれたですもの。


 でも、それを聞かずにはいられない。



『うむ。アキラならよく知っているでござる。近頃拙者が忙しく動いているのもあやつから扱き使われているためでござるよ』


 神様が答えてくれた言葉に、どこか苦笑しているような口調を漂わせていた。


 ……それなら、ぜひ伝えてもらいたいことがある。



「ローイン様。不躾とは存じますがアキラのおっさんにお会いできた際、あたしら、ディレッドたちはファージン集落という場所に向かっているとお伝えいただけますか?」


 神様が可愛く首を傾げて見せてくれた。



『むむ。拙者は鳥頭ゆえ、物覚えは悪いでござる。だが思い出したのなら伝えてやるでござるよ』


 可愛いっ、首を何度も傾げる仕草がとても可愛い神様。無法者たちの無残な死の記憶をかき消してくれるほど、この鳥の神様、森人の守り神の言動はどれもとても愛らしいの。



『では、いずれ縁があれば再び会うこともあろうでござる。道中に気を付けて往かれるがいいでござる』



 風はゼノスの方向へ去って行った。


 これであたしらへの追手はいなくなるはず。神様はいなくなったけど大丈夫、微風がともにいる間、あたしらに神様のお守りがあるんだから。


ありがとうございました。

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