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番外編 第11話 幸せを求めて・プロローグ

 あたしはディレッド。混沌の都市ゼノスの子。



 今はテンクスの町からワスプールおじ様が手配してくれた走車に妹たちを乗せて、冒険者さんたちに守られながらファージン集落という知らない場所へ行こうとしている。どんな人たちがあたしらを待っているかの不安はあるけど、あたしらみたな親無しでも受け入れてくれることを期待していることほうが大きい。


 ただ、安らかな夜で眠りたい。お腹いっぱいじゃなくても飢えないくらいにご飯を食べたい。愛してくれなくても温かく頭を撫でてほしい。願いは一杯あるけど、あたらしを認めて迎い入れてほしい。



 あの冴えなくてうだつの上がらない優しいおっさんのように。




 ゼノスの薄汚れた下町で生まれ育ったあたしは、優しいお父さんとお母さんに大切に愛されながら近所の子供とお遊びして、お腹が膨れるほどの食事はないけど、毎日の食卓にはお母さんが作る美味しい食事を三人で楽しく食べながら話笑いながら交し合う。夜にお父さんが寝物語で話してくれる童話を聞いて眠りについた。


 そんな幸せな日々はお父さんとお母さんが流行りの病に倒れる日が来るまで、あたしは永遠に続くと思っていた。



 お父さんとお母さんはあたしに病が移らないように知り合いのおじさんの家に預けた。初めこそ食事をくれたおじさんとおばさんはある日を境にあたしに家事と店の手伝いを命じて、朝から早く起きて、夜の遅くまで働かされたあたしは陰で泣きながらそれでも懸命に言われたことをこなした。


 それはおじさんがあたしにいやらしい目で見てくるあの夜まで、あたしは我慢して、毎日言いつけられた増えても減らない仕事を頑張っていたのに、おじさんはあたしの汚い寝床まで来て身体を触って来ようとしている。怖い! 助けて、お母さん!



 幸い、おばさんが飛び込んできたので、あたしはなにもされることはなかったが家を追い出されてしまった。


「出てお行き! まあ、友達の子と思って金も入れてくれるっていうから預かってやったら旦那を誘惑する汚らわしい子ね。あんたの父さんも母さんも死んだのよ、とっとと出てお行き! どことでも野垂れ死にするといいわ」


 このときにあたしは知った。もう、お父さんとお母さんがこの世にいないことを。だれかに愛されることもないことも。




 家はもうない。以前に住んでいた所まで行ったがあたしの家は潰されて、新しい幸せな家族がそこに楽しそうに暮らしている。昔に遊んでいた子供たちも知り合いだったおばさんたちに止められてあたしに近寄ることはなかった。


 それは別におかしいことじゃない。親無し子なんてこんなもの。それはあたしも知っているし、あたしだって昔は親無し子に石を投げたこともあった。今度はあたしが投げられる番になっただけ。



「……うぐっ、すん……生き抜いてやる、あたしはなにも悪くはないから。お父さん、お母さん、あたしを見守ってください」


 ひとしきり大泣きしたあたしはそう決意してゼノスの闇の中へ足を踏み入れることにする。それだけが親無し子の生きる道だから。




 盗みもしたし、食い逃げもした。路地裏やゴミ捨て場で腐りかけのものも食べた。お腹を下して、嘔吐を繰り返す日なんてざらにある。あたしを支えるのは昔にお父さんとお母さんとの懐かしくて帰ってこない日々の思い出だけ。絶対に死んでたまるもんか、あたしはなにも悪くはない。



 気が付けばあたしの周りには同じ境地のような女の子が集まってきている。親無し子は悪い大人に捕まったり、売り払われたりしてロクな末路を辿ることはない。あたしは読み書きができる。厳しい日々の中でもお父さんは少ない給金からお金をひねり出して、あたしに学び舎へ通わせてくれた。



 だからあたしは悪い大人が差し出している契約書というものが読める。そこに自分を売り払うような馬鹿げたマネはしたことがない。それを見ていた親無しの女の子たちがあたしの元へくるようになった。学び舎のお師さんは人の集まりこそ力って言ったことがあった。



 あたし、いいえ、あたしらでこのクソッタレの街で生き延びてやる。




「てめえがディレッドってやつか」


「ええ、そうよ。そういうあんたは誰なのよ」


 目の前にはあたしより一回り歴上のガラが悪そうなお兄さんが、同じような年頃の男の子たちを連れて、あたしらのたまり場であるパン屋の路地裏で、あたしらを取り囲んでからあたしに声を掛けてきている。パン屋のおじさんとおばさんは時々売れ残りのパンをくれていたので、あたしらもいつの間にかここで寝るようになった。



「俺か? 俺は近頃スラムで売り出し中グァザリーだ。覚えてやがれ。来たのはてめえは頭がいいって聞いたからな、俺の女になれや。飯くらい食わせてやるぜ」


「あたしが断ったら?」


 あたしの返事を聞いたグァザリーというやつは右手をあげると、あいつの手下たちはその場で得物を抜いてあたしらにそれを向けてきた。



「同じく親無しに手荒な真似はしたくねえ。なるべく穏便に済ませたいんでな。暴力振るう前に返事を聞かせてくれや。いい返事をしてくれることをアルス様に祈ってやるぜ」


 アルス様はあたしらが不幸になるようなことはしない。目の前にいる下品そうに笑っている男がアルス様の名を口にしたのを聞いて、憤りを禁じることはできなかったが妹たちのことを考えると、ここはあたしが我慢をすれば解決できるはず。ご飯の誘惑にも負けそうだったのであたしは当分の間、この男に命運を預けることにした。



「わかったわ。あんたの女になる。でも、まだ年端の妹たちには手を出さないで」


「ああ。まだ女になっていないやつには手を出さないぜ。約束してやる」



 そのあとの陰の日にあたしはグァザリーに自分を委ねて、まずい酒を散々飲まされた末、お父さんとお母さんからもらった大切な身体を汚された。




 グァザリーたちはスラムの中では強かった。思い付く悪事に手を出しては金を毟り取り、その金で親無し子を集めては手下を増やしていく。生地の少ない服を着せられたあたしはグァザリーの酒飲みと夜の相手をさせられて、殴られたり蹴られたりと暴力を振るわれることも多々とあった。そんなロクでなしのグァザリーも一つだけいい所はある。あたしら女の子たちに悪事の手伝いを絶対にさせることはない。



「俺の親父はどうしようもねえやつ。飲むわ、賭け事はするわ、女は作るわとお袋は泣かされてばかりだ」


「……そう。ちょっと痛いわ」


 グァザリーのやつはあたしの袖に手を入れて、膨らみ切れていない胸をまさぐっている。大きくもないあたしの胸をアテに酒を飲みながら遠い目で昔話をしていた。



「そうか、すまねえ」


 あたしの薄い服から手を戻したグァザリーのやつ、目に並みならぬ決意を込めてあたしに夢を語り掛けてくる。



「俺の親父は本当に役立たずだが、死んだときにお袋と俺に迷惑がかからないように手はちゃんと打った。だから俺もお前らが俺らの仕事に手を染めさせることはしねえ。絶対にさせねえ」


「そう……ありがたいわ」


「俺ら親無しでも胸を張って生きていけるように、俺はこのスラムで俺たちの城を作ってやる。親無しでも立派に生きて行けることをみんなに思い知らせてやる」


「……頑張ってね」


 グァザリーのやつも酒を飲んで気勢を上げているが、本当はわかっているはず。そんなものは儚くて淡い、叶いそうもない夢という戯言であることを。でも、そんな夢を見れるだけでも、見せてくれるだけでも、グァザリーのやつは心の片隅に人らしい思いが残されているということ。



 傷のなめ合いしかできない親無しのあたしたちは眩くて豊かな街の暗闇に生きる、ゴミ漁りの薄汚い野犬でしかない。



 だからなのか、グァザリーのやつと手下たちが一般の人や獣人を騙したり、金を脅したりと模倣者のしきたりを大きく違反していてもあたしは口を出さない。


 虎人のお兄さんがあたしが書き上げたとんでもない契約書にサインして、テンクスから連れて来られたと聞いた時はさすがに良心がちくりと痛んだが、そんなのは騙されたやつが悪いとすっかり体に馴染んだ酒をあおっては自分を騙していた。



 グァザリーたちとあられもない姿で宴会を開いては酔っぱらう日々。例えそれがペンドルさんという無法者の中でも怖いお偉いさんに睨まれていることをグァザリーから聞かされても、あたしは酒で自分の五感を麻痺させている。



 荒事はグァザリーたちが全部片づけてくれる。あたしはグァザリーを身体で迎い入れ、喜ばせるために股を開いていればいい。その度に心までも汚されているとわかってても、あたしは妹たちとこの光を与えてくれないゼノスの街で生き延びたいと願っているだけ。


 ここにはお父さんとお母さんと暮らした。あの戻ることが叶わなくて、光輝いた日々の思い出があるから。




 無知で幸せな日も、堕落だけで生きる日も、終わりが来るのは本当に突然のこと。



 酔っぱらってグァザリーと戯れていたら、ペンドルさんがプーシルというあたしらにも名が知れた怖くて強い無法者を連れて、グァザリーが根城にしている倉庫にやってきた。横にはあたしらの世界に似合いそうもな冴えないおっさんがお供しているが、酔っているあたしにはどうでもいいこと。


 そのおっさんが無謀にもグァザリーとあたしらのことで押し問答していたが、珍しくグァザリーのやつのほうが根負けして、あたしにケリを入れて、この場からあたしらを追い出した。



 もう、なんなのよ、まだまだ飲み足りないのに。



「・・・・・おっちゃんは。君たちも助けてもらった命を大切にね」


 ペンドルさんの大きくない呟きの後半はあたしの耳にもしっかりと届いている。それはあたしに言い聞かせていることが感性で理解した。ペンドルさんはグァザリーたちをここで粛清する気だわ!



 身の毛がよだつの思いで酔いが一気にさめる。あたしらはあの冴えなくてうだつの上がらないに救われたんだ。



 身体を震わせながらこれから惨劇が起こるであろうの慣れ親しんだ倉庫を後にする。何も知らない妹たちを連れて、あたしらを拒絶している光りのある世界に戻っていくだけ。



 倉庫を出る際に最後の思いでもとグァザリーのやつに目をやった。あいつはいつもと変わらない強気のまま下劣な口調であのおっさんを脅していた。あたしの身体を隅々まで貪った嫌な奴だったけど、飯だけは欠かさずに食べさせてくれた律儀なところもある、同じ親無しの可哀そうな男。



 好きじゃなかったけどそこまで嫌いでもなかったわ。でも、これでさよならね。



 それがあたしの人生で最初の男との別れとなった。



本編はお休みでちょっとの間は番外編です。

良ければ読んで下さい。


ありがとうございました。

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