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第122話 おっさんは勇気をもらって前へ行く

 獅子人の村長であるアジャステッグ君はおれのために村の広場から少し離れた割と小さ目な家屋へ案内してくれた。なんでもアジャステッグ君の両親が昔はここに住んでいたという。この家なら周りが静かでゆっくりと休めるだそうで、それを教えてくれたアジャステッグ君はおれに片目をつぶってみせた。


 どうやらいい弟分ができたようでおれも嬉しい。



 アジャステッグ君の父親は村の長の役職を彼に譲ると奥さんと二人で旅立ったらしい。アジャステッグ君が曰く、父親は強い人に出会いたいから世界を回るので心配するなと遺言の代わりに言い残してから旅立ったという。



 なんだその戦闘民族みたいなカッコよさ。おれも世界を回りたいと思っているがこっちは無事無難の観光だ。アジャステッグ君の父親が漢ならおれはただの男。同じおとこと呼べるのになぜこうも意味合いが違うだろうね。


 あら文字って書くと不思議。




 こじんまりとした空間だが家財道具は一通り揃っているので、おれはエルフのお茶を入れてからコップを食卓に置く。茶菓子はこの際無しということでいく。


 だって、食卓で頬杖(ほおづえ)にその可愛い小さな頭を乗せているうさぎちゃんはあるだけ全部食べちゃうんだもん。恋人として、彼女体重管理もしっかりしてやらんとな。うん。



 獣人さんの身体は大きい。とりわけ獅子人さんはだれもがいいガタイしている。それは部屋の奥に置かれている大きなベッドが二つもあることから読み取れるが、そのほかの家具はおれが使ってもすぐに馴染める大きさだ。椅子以外は。



「あなた……」


「エティ! 先に謝らせてくれ。ごめん!」


 エティリアは手を伸ばそうとしていたが座っていた椅子から飛び降りたおれは、必殺のジ・ドゲザを披露してエティリアに平謝りをしている。おれとしてはデュピラスのことを救ってやりたいと思っているので、彼女の了承を取り付けたかった。



「な、なに? ねえ、なんであなたが謝っちゃうもん?」


「ここ来るまでにゼノスのほうへ寄ったが、前にエティが女神祭で顔を合わせた犬人の女性と会ってきたんだ。だからごめん!」


「……あなた、あたいと別れてあの人の所へ行っちゃうもん? ……う、うぐ……」


 おれが顔を上げるとエティリアは大粒の涙を流しながら手で忙しく涙を拭いていた。


 このうさぎちゃん、思いっきり勘違いをしている。というよりおれの言い方が悪かったらしい。誤解は早く解いてやらんとこれはこじれてしまう。



「ちゃう、ちゃうで。そないことはないで。おれはエティ一筋やで」


「……う、うう……なんか喋り方変だもん。アキラっちはあたいと別れたいじゃないもん?」


「それこそないよ。おれはエティが大好きだからこうして謝っている」


「うん……」


「許してくれるか?」


「うーん……ねえ、あなたのことを教えてくれる? それを聞いてから決めさせてほしいもん」



 いつかは必ず聞かれると思っていたが、どうもこのときがそのタイミング。


 もういいだろう。最愛のうさぎちゃんにおれのことを黙り続けてきたのも限界だし、ずっと彼女におれのことを知ってほしいと思っていた。



「エティリア」


「はい、あなた」



 おれは土下座から立ち上がり、椅子に座り直してから、久しぶりに愛称ではなくて彼女の名を呼んだ。



「おれの名は地球で上村明、アルスでアキラだ。この星、アルス星で生まれたのじゃなくて、広がっている宇宙のどこかにある地球という星から来たんだ。まあ、同じ宇宙であるかどうかの確信はないけどね」


「……」


 うん、うさぎちゃんの目が点になっているね。ものすごく可愛い。


 さあ、エティリアに語ってやろう。






 どこにでもいそうなうだつが上がらないおっさん。学生時代はクラスで影が薄く、インドアの趣味ばかりに走り続け、社会人になってからは、会社の命令であちらこちらへと飛ばされ続けてきた、なんの面白みもない上村明という男の前半生。これほどつまらない物語はないけど、それでも良ければ聞いてくれ。



 ひょんなことからアルスの世界に来て、時空間が停止したままの世界をさすらう流れ人のように、長い時を独りで過ごしたことを聞いてくれ。


 友達と言えば、おれの境地を慈しんでくれる神龍(エンシェントドラゴン)の爺さんと楽しく会話を交わしてくれる精霊王(ティターニア)の幼女。彼と彼女がいなければ、おれは気を狂わせていたのだろう。



 管理神という絶対的な存在にアルスの世界で生きることを許され、生きるのに不自由な力を授かってから、ファージン集落という場所で貧しくて優しい人々がおれを受け入れてくれた。


 アルスの言葉を学び、この世界で生きる術を習得して、人と人の心の交流を持ちえたことを聞いてくれ。



 ファージン集落にある森で数多のゴブリンとの戦闘。犬神ヴァルフォーグスとの死闘。テンクスの町やアルガカンザリス村で人族を殲滅した戦い。アラリアの森で異人族アラクネさんたち。ゴブリンさんたち。アラリアの湖畔で出会った人魚さんたち。


 都市ゼノスで身体を重ねた薄幸の犬人美女のこと。年端のいかない誰からも見放された少女たちのこと。惜しくも義兄弟になれなかったが親友になった商人さんのこと。


 どれもこれも明日に夢を持てない、惰性だけで生きていた上村明という男が体験してきたことなんだ。



 冒険って、すばらしいよな。



 もし、だれかが真顔で何も知らないおれに同じ話を言ってきたのなら、おれは迷わずそいつに精神科で見て来いって言うね。いい病院知っているだこれが。


 もし、だれかが真顔で何も知らないおれに同じ話を言ってきたのなら、おれはきっとそいつを笑い飛ばしていたのだろう。ラノベは小説だけにしとけってね。



 でも、これはもしの話じゃないんだ。慣れない異世界で生きることに、心を乱したおれはエルフの集落からマッシャーリア村への帰り道、上村明という男がいつもしたように独りで逃げ出してしまった。


 だけど、懸命に健気に明日を夢見るきみたち獣人さんを見ているうちに、おれは記憶の底に沈めていた無知であるけど、子供の頃に持っていた未来を追い求めたい勇気を思い出すことができた。



 立ち上がり、立ち向かおうと。




 これより先のことは奥ゆかしいというか、小心者で気弱な照れ屋であるおれが君へ声で伝えることはできないけど、今からしようとするすべてのことは、きみだけのためにアキラという男がありのままの己を賭けている。



 きみこそがアルスに来てから、おれが手にした一番大切でかけがえのない宝物。上村明という男の生涯史を含めてもいい、おれが初めて心から愛することができた異性。


 だから、きみが笑っていられるように守ってあげたい。それは君の傍にいられなくなるとしてもだ。



 エティリア、きみのことが誰よりも大好きだよ。






「アキラって、おとぎの国から来たおとぎの人だもん」


 その例えは言い得て妙だよ。ここ(アルス)じゃ、おれはおとぎの国から来た人に違いはない。



 ベッドには激しい情事の痕が生々しく、シーツで包まっている二人は軽めのキスでスキンシップ。絡めている指と指はお互いを求めて、今も艶めかしく動いている。



「デュピラスさんのことはあなたの好きのようにしていいもん。あたいのことは気にしないでほしいもん」


「でも……」


「ねえ、あなたからおとぎの国の話をあたいはちゃんと聞いたもん。でもね、あなたの故郷では男も女もつがいは一人しかないけれど、ここはアルス。力さえあればつがいは何人でもいいもん」


「きみの父上もエイさんもつがいは一人しかいないじゃないか」


「うふふ、父様は外にほかのつがいはいたもん。母様はなにも言わないけど子供心ながら嫉妬していたのは知ってるもん。それにね、エイさんはラメイベスさんが作る料理でほかの女に目がいかないし、あの人はほら、剣が好きというか、剣一筋で人生を送っているから女のほうが寄り付かないもん」


「そうだけどさ」


 可愛いうさぎちゃん(エティリア)の頭はおれの胸板に乗せて、楽しげにおれの髪に手串を通している。


 か、かわゆい、可愛すぎだろうこのうさぎちゃんめ。



 エティリアはそう言ってくれるけど、やっぱりいくらおれもアルスの人になったとはいえ、今まで生きてきて、出来上がってしまった根本的な倫理観や価値観はそう簡単に変えられるはずもない。


 それは自分が物事を考える上での一つの基準であり、自分を律するためのルールでもあるわけ。それに従っている限り、おれは自分らしく生きることができるんだ。


 だから、ここは自分が変わらないで生きていくためにも、ハーレムは無しというおれのやり方で行く。



 でもなあ、つくづく自分でも思うけど、おっさんってやつはよ、マジで面倒くせえよな。




「ねえ、アキラッちはあたいのことが好き?」


「ああ、大好きだよ。エティ」


「ありがと。あたいも大好きだもん」


「そうか、嬉しいよ」


 身体を起こしたうさぎちゃんは、その魅惑的な裸体を惜しげもなく曝け出しているが、おれを見つめてくる顔付は至って真面目になっている。



「どうか同胞(デュピラスさん)を助けてください。あなたならその力はあるからお願いしたいもん」


「……はい、わかりました。願い通り叶えてみせましょう、お前のために」



 陽の日の太陽はまだ高く、陰の日までもう少し時間はあるけど、ここを出発するまでの時間をおれは最高に愛らしいうさぎちゃんと一緒にこのままじゃれ合っていたい。




 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 名前:アジャステッグ

 種族:獅子人族

 レベル:21

 職業:村の長


 体力:705/705

 魔力:420/420

 筋力:235

 知力:85

 精神:55

 機敏:145

 幸運:75

 攻撃力:985/(750+235)

 物理防御:490/(120+10+60+150+90+60)

 魔法防御:360/(90+45+120+60+45)


 武器:ライオンハート(ミスリル製両手剣・攻撃力+750・火属性魔法発動)


 頭部:無し

 身体:ミスリルアーマー(物理防御+120・魔法防御+90)

 チュニック(物理防御+10)

 腕部:ミスリルガントレット(物理防御+60・魔法防御+45)

 ミスリルシールド(物理防御+150・魔法防御+120)

 脚部:ミスリルグリーブ(物理防御+90・魔法防御+60)

 足部:ミスリルソールレット(物理防御+60・魔法防御+45)


 スキル:夜目Lv3・自己強化Lv5・回避Lv3

 気配遮断Lv3・気配察知Lv3

 大剣術Lv4・盾術Lv3・配下指揮Lv2

 ユニークスキル:士気鼓舞

 称号:若き獅子人族の長・獅子心王

 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 鑑定スキルがレベル5まで上がっていたおれは:アジャステッグくんのことを見通すことができた。


 うんうん、強い強い。


 さすがは獅子たちの長ってところかな。ダンジョンで取れたミスリルの装備はおれには大きすぎたと思ったけど、アジャステッグには着用することができた。これで死蔵品がまた一式を活用することができる。


 よかったよかった。



 しかも、皆様あ、聞いてくれよ! ようやく、ここに来てようやくレベルが高めでおれより知力が劣るアホたれに出会うことができました(ここ大事)! イエッスっ! そのご祝儀にきさまにはミスリル装備の一式を贈呈してやろう。受け取りたまえ、アジャステッグ(アホたれ)



 スキルには配下指揮。おまけに久々の現地人ユニークスキルをお目にかかれたが、こいつ士気鼓舞もできるという、いかにも戦向きの構成になっているのにその実はアホたれ。プププ



「ちゃんぴおん……これをおれ様がもらっていいわけか……」


「おう。楽しませてくれたお礼にもらってくれ」


「?」


「なんでもない。ほら、きみも獣人最強で百獣の王だろう? これを着てぜひ獣人族の先陣に立ってくれ。きみにはその大剣と同じように、寛容にして勇猛な獅子の心を持つという獅子心王(ライオンハート)の称号を授けようじゃないか、獣人の守り手アたるジャステッグくん。みんなのことを頼んだぞ」



 なんだかすごい偉そうなことをほざいたけど、こんなのノリでいいだよな。大体おれから称号を授かってもスキルもユニークスキルも付かないし、なんの得にもならん。メッティアに投擲術が付いたのは、ボールを投げたという実績があったからだ。



 それは良いとしてなぜ黙っているんだアジャステッグくん、会話は心のキャッチボールだよ?



 あるぇ? えっとね、白銀色に輝く大柄な騎士というよりはどこかの将軍さんが、なぜか返事がないままプルプルし出している。ピキシー村長さんとの話し合いで寝不足かな? それともお腹を空かせているのかな? どちらにしても兄貴分のおれとしては心配だよ。大丈夫か? アジャステッグくん。



「ちゃんぴおんの兄貴い! おれ様はもう感動で感激で……一生ついて行くのでお供させてくれいっ!」


「うおっと」



 あ、こっちのほうだったのね。こらあ、何かあるたびに抱き着こうとするな! 今は鎧を着ているから必殺のレバーブローが打てないじゃないか。あっち行け。獅子(しし)しっしっ。




 村長二人が出した結論におれは満足している。彼らはこれからこの村を引き払って、獣人さんたちの説得に当たりながらマッシャーリア村へ種族の移動を行うという。これならここ一帯の獣人さんが人族の人質になる確率がグッと下がるもんだ。



 彼らの全体的な攻撃力と防御力をあげるため、オーガソード100本やダンジョンから取れた、鋼の大盾や弓矢を獅子人族の人たちに渡すことにした。屈強な彼や彼女らなら問題なく巨剣を扱ってくれることだろう。


 ほかにポーションなどを渡して、監視しているであろうのラクータ騎士団にこれらの装備で睨みを効かせることを期待する。


 なんでもそうだけど備えあれば患いなし。大事なとこでの手抜きはバカを見るぜ。



「あきらっち、俺はエティたちの護衛でいいんだな?」


「ああ、頼む」


 確認してきたニールにおれは頷いて、彼女にその役割を担ってもらうことを相談させてもらった。



「聞くけど人族が襲ってきたら俺はどうしたらいいだ」


「遠慮なくやっちまえ」


「やっていいんだな?」


「ああ、これはまだ種族競争じゃない、いきなり走車に襲撃してきたらそれはただの盗賊。そんなやつらは地獄行きが相場だ」


「おっしゃー!」


 嬉々とニールはいきなりシャドーボクシングを始めた。どうやらこいつは素手で()るつもりらしい。そんな本気のパンチを受けたらナックアウトどころか、一発で人生退場だよ。ラクータ騎士団の皆様あ、人生の終わりを迎えたいのなら、ご遠慮なくいつでもニールにお会いに来てくださいね。



「アキラさん、ゼノスでお会いすることで宜しいかしら?」


「...レイ、ゼノス行く。アキラ会う...」


「ああ、引き続きエティの護衛をニールと頼む。それとニールから武技を習え、あいつはとびっきり強いぞ。よく勉強をさせてもらうといい」


 (ツイン)白豹(ホワイトパンサー)の二人はおれの提言に揃ってコクッと頷いてから、ニールの傍へ行ってなにか話しかけている。



「あなた」


「エティ、ゼノスで会おう。道中はニールとセイレイちゃんたちがいるから大丈夫だ」


「はい、あなたも気を付けて」


 おれの手を取ってから、エティリアはその艶やかな唇を軽く手の甲にそっと触れてくる。おれのことを思う気持ちが流れ込んできて、それはとても優しいキスであった。




 みんなから勇気をもらい受けたおれは、いつになく気持ちが高ぶっている。


 さあ、ここからが競争の本レースの始まり。普通に生きてきたおっさんだって元の世界の歴史や書物をかじって、少しはサルなみの知恵はついているんだ。前哨戦は情報と外交。策略を張り巡らせることはお前らだけの特許じゃないんだよ。


 ラクータの陰謀者どもめ。待っていろよ!



「出でよ、風鷹(ウインドウ)精霊(ファルコン)。その雄姿を露わにせよ」



 風が靡き、霊力がここに集う。



 アルスに来てからひっそりと生きてきたおれが、この世界にある片隅の表舞台にちょっことだけ顔を出すようになるんだ。




ようやく長い第四章を書き上げることができました。


まずは番外編を送りいたしまして、そのあとに物語は第五章に入ります。


ありがとうございました。

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