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第120話 弟分ができたようです

 獣人さんたちは性格がいい上に気前もいい、すくなくてもおれが知っている範囲ではそうだ。試合をおこなったリングは是非残してくれと、おれの回復魔法で体調を取り戻した獅子人の若村長さんから懇願されたので、取り壊さずにそのままにしておいた。それはいいのだが若村長さんから慕われているおれはこの現況はどうしたらいいのでしょうか。



「いやあ、強い人族に会えておれ様はすげえ嬉しいぜ。一撃で膝を屈したのは初めてだよ。あんたの名は?」


「そ、そうか。それはどうも。おれのことをアキラって呼んでいいよ」


 うーん。そんな尊敬の目で見つめられるとおっさんは心がとても痛い。なんせ、きみみたいな純粋な若者にいくつも罠を張り巡らせた上で必敗に追い込んでやったんだから、おれがきみから褒められる要素はどこ見も見当たらない。



「おいっ、酒と食べ物を持ってこい。宴会だ。アキラさんを歓迎するぞ」


 村の長に命令されて、幾人の村人が村にある大きな建物のほうへ小走りでこの場から離れる。アジャステッグくん、お願いだからやめて。社会で揉まれて擦り減らされたおれの良心が脳内で具体化して、今でもおれを責め続けているのではないか? 勝ちのためならなにをやってもいいのかと。


 いいんだよ、それで。これは城塞都市ラクータ一帯に住む人族と獣人族の生存競争。劣勢の獣人族を明日へ向かわせるために、愛する子(エティリア)のために、おっさんは無い知恵を絞り尽くして獣人族の生き残りに命をかけてやる。そんな厳しいやり取りの中できれいごとで済まされるはずもないからな。



「アキラさんは強いな。あのぼくしんぐというのはアキラさんの故郷の戦闘技術か? アキラさんは最強のぼくしんぐか?」


「まあ、おれの故郷にある一種の戦闘技術というのは間違いないな。それとおれは最強なんかじゃない、ボクサーで最強はチャンピオンだ。おれを比較対象にするのはチャンピオンに失礼だよ」


「そうかっ! アキラさんは最強のちゃんぴおんというやつか、尊敬するよ。これからあんたのことをちゃんぴおんって呼ばせてもらうよ」


「おい……」


 こいつはあれか、人の話に耳を傾けないやつだな? いるんだよな世に中には。彼女との別れ話を付き合わされた上におれ持ちで奢らされて、こっちは真剣に慰めてやってんのにお前みたいな女もいないやつにはわからんと切り捨てやがった大学時代の友人(バカたれ)


 だったらおれを仕事帰りで会社の前で待ち伏せするな! おれはてめえの精神的ゴミ捨て場じゃないぞこら! その前にお前は既婚者だろうが! 不倫の別れ話でおいおいと泣くなこの野郎が! てめえの奥さんにチクったろうかと思ったけど同級生のよしみで勘弁してやったぞおらーっ!



 ……ふぅ、いかんいかん。人生を長く生きるとままならないことや俺が原因じゃないトラブルが多すぎる。いちいちそれらを気にしたら死にたくなるので今はやるべきことをしっかりとやっていこうか。



「もういい、好きに呼べ。それより楽土計画を説明するからできればきみたちにも賛同してほしい」


「説明がなくてもおれ様はちゃんぴおんについて行こうと思っている、好きにおれ様らを使ってくれていいからよ。反対する同胞がいればおれ様がちゃんぴおんの代わりに横っ腹へきつい一発お見舞いしてやるよ」


 自分が食らったレバーブローを左のパンチで素振りしてみせる若村長さん。チョロいなおい、おっさんが心配したくなるくらいの軽さだよ。いくらおれがきみに勝ったからと言って、無条件でおれを受け入れるというのはおっさんもどうかと思う。そんなだから人族に騙されたじゃないかとおれも勘繰りたくなる。



「ちょっと待ちなさい。おれが言うのもなんだけど、こういうのはもっとよく話を聞いてからだな――」


「ちゃんぴおん。話の腰を折ってすまないが、おれ様はピキシー殿から聞いた先祖の地に帰るという話を初めから賛成している。人族に搾取されている今、同胞たちに生きる道は残されていない。いや、労働力として生かされるだけか。はは……」


 思った以上に、獅子人の若者はしっかりした考えを持っていることは彼が話している考えから伺うことができた。おれは彼を見直すべきだと自分の偏見を改めることにした。



「続けて」


「おれ様が気に食わなかったのは、人族のちゃんぴおんがおれ様らの悲願に口を突っ込んでくることだった。だからピキシー殿がちゃんぴおんをこの計画から外すまで村へ帰すつもりはなかったんだ」


「それじゃ、なぜおれを受け入れたんだ? おれがきみに勝負で勝ったからか?」


「ちゃんぴおん、おれ様は若輩者だがこれでも獅子人族の長だ。一回くらいの勝負で心が折れるわけがない。おれ様がちゃんぴおんのいうことに従おうと思ったのはな――」


 獅子人の若者は身体をおれのほうに真正面で向き直してから、ひたむきな表情で自分の心情をおれにぶつけてくる。



「ちゃんぴおん、あんた勝負のときに手加減したんだろう」


「……」


 うん、バレテラ。この若者を見直すどころか、予想以上に賢いこの脳筋さんに高い評価を与えねばならないようだ。それにしてもおれの人を見る目はまだまだということだね。



「ピキシー殿からも聞いている、同胞に分け与えている食糧は全部ちゃんぴおん持ちということだ。おれ様らを騙すには手が込み過ぎで、背後にラクータの人族の影が見えて来ない。やり方があんまりにも違い過ぎる」


「……」


「ちゃんぴおんと勝負して、わかったことがもうひとつある」


「なんだ」


「虎人の同胞を助けたという闇の使者。ちゃんぴおん、それあんたのことだろう?」


「! ……なぜそう思う?」


「ナメてもらっては困るがおれ様は獅子人族の長だ、同胞の中で最強という自負はある。そんなおれ様を一撃で倒すのは人族と言えど、簡単なことじゃないはず、それをちゃんぴおんは容易くやってのけた。虎人の同胞から伝わる話でおれ様らを楽土へ導くと闇の使者は言ったそうで、ピキシー殿から聞く話で人族のあんたはアラリアの森へ帰ることを勧めてくれた。だから確信はないがおれ様が受けたちゃんぴおんの拳は語ってくれている、ちゃんぴおんが闇の使者だということを」


 そっと自分の左手を上げて握りしめた拳をジッと目を凝らして見る。



 このバカ野郎がっ! 勝手におれの許可もなく人と会話(ボディトーク)するな! しかもその相手がガタイのいい野郎だと? おれはてめえにそんな教育を施したつもりはねえ。次やったら承知しないからな。ただし、女性との会話(ボディトーク)は許可なくてもいつでもやってよろし。



「ちゃんぴおん!」


「うおっ!」


 いきなりトリップ中のおれに近付くな、びっくりするじゃないか。



「おれ様は決めた。一生ついて行くからなちゃんぴおん!」


「うわあああ!」


 おいこらバカ獅子、抱き着くな! 頬ずりするな! あまつさえキスしようとするな! こうなったら……



「フンっ!」


「グハ……」


 左拳に力を乗せてから腰の回転と上半身のひねりだけで至近距離からのレバーブロー。クリンチしても意味がないんだよアジャステッグくん、そこに倒れ込んでいないで勉強することができましたか?



 はっ! またニール様に見られてしまいました。やつはいま、下半身をしっかりと固定したまま体の回転とひねりだけで高速フックを左右に打ち分けている。やばいです、こわいです、もうこの世界のチャンピオンは彼女で確定していいと思います。




 獅子人族のカリゴートル村は今、ちょっとした祭り状態になっている。



 獅子人の村人が持ってきた酒と干し肉などのアテで、村の長のアジャステッグくんとピキシー村長らマッシャーリア村の面々に世界チャンピオンのニールと飲んでいた。ニールと恋人のエティリアからの強い希望(食欲)を込められた目線に絡まれていたおれは、いつものようにアイテムボックスから鉄板などの調理道具を用意すると、土魔法で作ったブロックはニールのほうが組み上げてくれた。


 彼女の要望を応えるためにも、献立は焼き肉をメインにウラボスのラメイベス夫人が料理してくれたオーク肉とシカ肉の隠し味醤油煮込みも添えて、獅子人の村人たちを招いての宴会にした。



 肉尽くしの料理は獅子人さんたちに大当たりし、村中の人がここに集まって食うわ食うわの大騒ぎになった。あまりおいしくない獅子人さんの酒に嘆いたニールのために、出したエルフの果実酒は獅子人さんとマッシャーリア村の面々が飛び付いてきた。特にエルフ様のレイが故郷の味に大興奮しておれに抱き着いたので、エティリアと一悶着あったのが大変だった。


 いやー、モテる男ってつらいよね。でも女性がおれに求めているのはおれが作る食べ物と持っている珍しいお酒というのはどういうことだろうね? ワカラナイ、オレ、本体イラナイ子カナ? シクシク……




「酒も焼いた肉もうまいが、あの煮込んだ肉は絶妙な味付けで今までにない美味しさだ。さすがはちゃんぴおん、おれ様の一生の兄貴分だ。ははははは!」


「はいはい。喜んでもらえてありがとうよ」


 若村長さんからの絶賛は聞き流すことにした。調理場のほうが獅子人さんの女性たちに焼き肉の焼き方と調味料を渡して、彼女たちに引き続きの調理を頼んだ。エルフの果実酒もだいぶなくなってきたので、今度暇を見つけてエルフの集落へ行って調達して来ようと思う。



 リングの中では酔っぱらった獅子人の男たちがニールにボクシングの練習に付き合っている。胃の中に消化されていない食べ物があるので、ボディブローは絶対に打つなとニールにきつく言い渡した。彼女は残念そうな表情をしていたが、せっかく愉しく飲んだ果実酒を吐いたりしたらもったいないということで、絶対に厳守するように強めの口調で諭してやった。



 リングの中で何人かの男はニールの寸止めのパンチでふらついたり、ウィービングやダッキングだけで千鳥足になったりしている。ありゃどう見てもただの酔っ払いだ。元の世界でも歓楽街でそんなおっさんたちをよく見かけたもんだ。



「ねえ、あれは本当に母様がつくったものかしら」


「うん、そうだよ。ラメイベスさんが腕を振るって作ってくれた一品だ、うまかったんだろう?」


 白瞬豹のセイが疑わしげに煮込みのことを聞いてきたので正直に答えてあげた。彼女の気持ちもわからないことはないけど、最初にラメイベス夫人の料理を食べたときはおれも素直に美味しいと思った。でも、ただそれだけだった。



 だが醤油と砂糖に森の中から採れた香草を渡すと、ラメイベス夫人の料理に対する情熱が一気に燃え上る。それにおれが伝える料理の味と試しに食べさせたカレーを食してから、ラメイベス夫人が作る料理に劇的な変化をもたらした。醤油はあくまで隠し味としての役割を果たさないが、カレーのように色んな種類の香草や果物を組み合わせることで、肉の種類に合わせた料理が夫人の手によって誕生したということだ。



 どのようなことでもそうだが、自分だけが持つ才能というのが存在する。ラメイベス夫人においては料理するということが彼女の天賦の才、まったく素晴らしいことじゃないか。おかげでおれが知り得る限り、香辛料や調理方法などのことをそれこそ掘り尽くされるように聞き出されていた。



「子供の頃と食べた味が違うからわからなかったわ」


「セイが成長して凄腕の冒険者になったように、ラメイベスさんもその調理の腕に磨きがかかってきたということだ。村に帰ってからの楽しみになるが、もっと美味しいものがセイを驚かせてくれると思うよ」


「そうね、それは確かに楽しみだわ」


「...レイ、マッシャーリア村行く楽しみ。アキラ、酒...」


 セイの柔らかそうな微笑みにおれも思わず頬を緩めてしまう。美女ってどんな表情しても本当にさまになるのよね、ちょっかい出す気にはなれないがどうしても見とれてしまう。観賞用の花としては最高だよ。=、セイ。



 それとレイさん? どさくさに紛れて酒をゆすらないように。そりゃエルフ様だからおれも言われりゃ出しますけどね? あなたは明らかに飲み過ぎ。一人で樽を飲み干しているなんて、飲兵衛とかドリンカーとかの表現を飛び越えているよ。


ありがとうございました。

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