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第117話 目には目を、死には死を

「ひゃっはっははは、ケモノの女は気持ちいいなあ」


「……あぐ……こ、ころ……」


「ん? なんだこいつ、まだ死んでねえか。さすがはケモノ、身体もあそこも頑丈だな。言われなくても殺してやるよっと! おらあ、死ねや!」


 目の前で繰り出されている惨事に見るのも耐えられない。同じ騎士団に所属しているとは言え、なぜあいつらはこうも残酷になれるんだろう。散々犯した上に止めを刺して、すでに事切れているというのに獣人の女の身体を、今もナイフを持って大笑いしながら切り刻んでいる。



 僕は騎士になるのが夢だった。そう、だったんだ。子供の頃からの厳しい訓練にも耐えて、ようやく騎士団に雇われたときは家の人や友達も、みんながわがことのように喜んでくれた。騎士団の給金もいいし、なんだって騎士と聞くだけで周りからの羨望の眼差しや声に最初は僕も喜んでいた。



 それが今ではどうだ? ラクータ騎士団は都市の長から命令されたとは言え、付近に住む獣人族を攫い、犯し、殺してかれらが持つわずかな物を強奪する。それでは盗賊と変わらないじゃないか! 僕は自分の街を守りたい。人たちを守りたい。ささやかな幸せを守りたい。そう思ってずっと頑張ってきたんだ。でも、それは獣人族の不幸の上に成り立っているではないはず。そんなのは僕が子供の時から夢見てきた騎士とは言えない。




「変なやつだな、あの若造はよ。ケモノを殺しも犯ししねえ、バカなやつだぜ」


「おうよ。ところでこの後はどうする? またケモノを探しに行くか?」


 血と精液の匂いが漂っている森の中で、十数人の獣人族の死体の中をズボンを降ろしたままの騎士団員たちが卑猥な声で囃し立てている。死んだ獣人の目に絶望が映っていたのだろうが、今はもうなにも言えなくなっている。その死が望まないもので残忍さを極めた殺され方をされても、彼や彼女たちは木に突き刺されて、苦しさと痛さで泣き喚いて絶命した獣人の子供の死体を最期まで見ていたのだろう。



「だめだって、団長さんから手を出すなって言われてんの。命令違反は罰金もんだぜ?」


「ぎゃはは、よく言うよ。お前がやり出したことだろうが、団長さんにチクっちゃうよ。ぎゃははは」


「しようもねえこと言ってねえで次に行くぞ。やつらはマッシャーリア村ってところに行くことは聞き出したんだ。もうちょっと楽しませてもらったら帰還して報告するぞ。報酬金もたんまりと出るだろうしよ……って、あいつはどうしたんだ?」



 五人の騎士団員は満足した顔で雑談していたが、獣人の殺害と強姦に加わっていない若者の騎士団員が恐ろしいものを見ているような目付きで彼らを見つめていることに気が付いた。若者の口からは声にならないうめき声が漏れていて、彼がなにかの恐怖に囚われていることに、五人の騎士団員は背中から冷たい視線が突き刺していることを感じ取っている。



 騎士団員たちは恐る恐ると後ろのほうに首を向けてみると、そこには人の形をした者が両手に変わった形のナイフを持っていた。薄暗い森の中に、その真っ黒な顔に赤く光る両目が異様なほどに目立っていて、その視線からは強い気配が感じられる。


 それは長らく戦いに身を投じていた騎士団員もよく知る気配。得体のしれない者はなぜか激しく怒っていた。



「て、敵襲っ!」


 誰かとなく叫ばれたその声に、一人の騎士団員が地面に置いてある得物の片手剣を取ろうとした。不意に横から人がいることを察知すると、湧き上がる恐怖心に慄きつつも顔を横に向けてみる。騎士団員の間近に赤い両目が燦々と輝いている黒い顔があった。



「う、うそだろ――ぎゃーー!」


 目の前の現象を認識するより早く、騎士団員の両手の肘と両足の膝の以下を切り落とされてしまい、激痛に伴う騎士団員の大声は森の中を響いて行く。




 僕はなにもわからない、なぜ異形が現れたということ。これは同年代の獣人が死ぬ前に呪詛した闇の使者というやつか? それとも死を強要された獣人の怨念が形となったものなのか、僕はなにもわからない。



 ただ僕以外の騎士団員たちの抵抗は許されず、魔法は中断させられ、武器は抜かれずに全員の肘と膝から切断された。騎士団員たちは異形が使う回復魔法で傷口だけ治されて、助命を願う声にも異形は耳を貸すこともなく、騎士団員たちは素っ裸で浅い傷を傷つけられてから木に縛られた上に、なにか白い粉のようなものをかけられていた。



 僕は見ているだけ。異形が丁寧に時間をかけて獣人族の死体をかき集めると突如、それはまるでアルス様に召されたようにその場から消え失せていた。ざわざわする足元を見ると森のそこら中から小さな虫がなにかに誘われたように、木に縛られた騎士団員たちのほうへ向かって進んでいく。



 僕と異形は見ているだけ。虫にたかられている騎士団員たちが痛さでなにか絶叫して、僕のほうに助けを求めてくるが、異形に肩を掴まれている僕には何もできない。ただ見ていることしかできない。




「帰って雇い主に伝えろ。獣人一人を殺すとラクータの人族を十人殺す。獣人の村を滅ぼすとラクータを平地にしてやるとな」


「ひーーーっ!」


 若い騎士団員は異形から声をかけられるとは思っていなかったらしく、その言葉に悲鳴でしか返答をすることができない。



「アルス様に感謝を捧げろ。お前の命は救われた。長生きをしたければこれ以上獣人に手をかけるな。わかったら行け」


「ひーー、アルス様、アルス様――」


 異形からの命令に若い騎士団員は両手と両足を使って、ここから這うように逃げ出していく。背中から騎士団員たちの呻きは、今でも聞こえてくるのだがそれに気を取られることもなく、女神様だけを縋って、彼はこんな地獄のような場所からできるだけ遠ざかりたかった。






 あの若い人族を殺しても良かったが、逃がしたのは彼が獣人の虐殺に手を貸していないとクソ野郎どもの会話から聞き取れたから。それに城塞都市ラクータにいる奴らを牽制したいという想いもあった。この行動がどのような結果になるかは、浅はかな俺には読めない。だがアルガカンザリス村の戦闘からしばらくの時間が立つというのに、城塞都市ラクータからは目立った行動がみられない。



 今回のことは現場の暴走という色合いが強い。やつらの会話からしても団長さんという人族からは手を出すことは厳禁されているみたいだ。それでもおれは悔いる。もう少し早ければ、殺された獣人さんたちを助けられたかもしれない。昼間は見られてしまうことを危惧したおれは、ローインを使わずにニールと足で移動することにこだわってしまった。



 もし、おれが獣人たちを先祖の地に帰すなんて、自己満足のような思いつきを言わなければ彼や彼女たちは死なずに済んだのだろうか? もしそうなら、おれはなんて大罪を背負い込んでしまったんだろう。おれは人族という道具を使用した獣人殺しで、何の罪もない獣人を死地に追い込んでしまったのはおれということか。


 モフモフを愛するなんてほざいたおれが……



「考えんな! このバカが! お前が見ていんのは結果であって過程ではねえんよ。なんでも自分のせいにすんな! てめえはそれほど大した奴じゃねえんだよ」


 ニールの言葉は清涼なしずくのようで心にしみ渡る。ありがたかった、その声に本当に救われた。



「ったくよ。こんなこったが続かんようにてめえはケモノビトに手を貸してやってんだろうが。ケモノビトが死ぬのが怖いなら、黙ってこいつらと人族の競争だけを見ていろ」


「すまない、ニール。おれは勘違いをしていた。よく気付かせてくれた」



 目尻から零れる涙を止めてからおれはニールに手を握る。そうだ、犠牲を出すのを怖がってはいけない。確かに獣人さんは村を出たからラクータの騎士団に弄ばれて殺されたが、このまま放っておいても獣人さんたちは違う形で城塞都市ラクータから命の意味を奪われる。妖精の小人の言葉を借りると、生きていてもそれはただのしかばねだ。


 そうならないために獣人さんたちの楽土を必ず作り上げなければならない。彼や彼女たちが生を謳える楽園を獣人さんたちの手で成就させてやるんだ。




「ローイン、来いっ!」


 ニールの呼びかけに森の中で風が吹かれた。大鷹(ローイン)がおによるの召喚ではなくて、銀龍に呼びつけられた。



『なんだ、呼んだのはメリジーか。拙者に何の用でござるか』


 どうも風鷹の精霊(ローイン)は残念そうな面持ちをしている気がしてならない。あっ、わかった。ニールだとチョコレートはもらえないもんな、だからあいつは気落ちしていると思う。プププ



「森で人族が獣人を殺してんよ。もし同じことが起きそうなら理に沿ってやんなよ」


『了承したでござる。理は生きる糧を得る以外に他者の仕向ける仕業を汝も等しくそれを受けねばならぬのでござるな』


 おお。守護の二柱の眷属が(ことわり)について語り合っているよ。面白い光景を見せてもらった。それにおれもその理が好き。人にやらかすことは自分も同様にやられる。いいねえそれ。



「ああ、頼んだぜ」


『容易い頼みでござる。ほかに拙者ができることはないでござるか?』


「ああ? ねえよ」


『さようでござるか? ほかに頼み事もあろうでござるに?』


 先から風鷹の精霊(ローイン)はおれのほうをチラチラと視線を送り込んでいる。すでにニールからの言付けは済んでいるにも関わらず、こいつは去ろうともしない。



『まあまあ、そう言うわずにほかにも拙者になにかがあろうはずでござるぞ?』


「だからねえよ、んなの」


 このままだと精霊(アホ)(バカ)の押し問答がエンドレスになる可能性が大なので、おれはアイテムボックスを操作して献上品(チョコレート)を恭しく両手で精霊(アホ)に掲げて見せる。



風鷹の精霊(ローイン)様にお願いした奉納品を受け取ってもらいたい」


『おお、わかっておるでござる。これからこの近くの森にいる人族を一人残さずに葬ってみせるでござるよ』


「ちゃうわいっ、殺すな!」



 まったくこの精霊(アホ)は。なんでチョコレートに関わると暴走しがちなんだろうな、食べ物で殺されるなんてラクータ騎士団のやつらも浮かばれないだろうに。うん、チョコはうまいな。パク



 さあ、不毛な戦いはあったのだけど、愛しいモフモフ(エティリア)さんに逢いに行って、彼女の優しさで心を癒してもらおうと。


ありがとうございました。

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