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第115話 おっさんが集まれば酒になる

 ネズミのおばあちゃんであるロピアン村長さんが、鼠人さんたちの伝来である時の器という道具を見せてくれたときに、おれは思わずたまげてしまった。これはおれも昔から知っているもので、その名前は砂時計という。



 ネズミのおばあちゃんがいうには、時の器は陽の日か陰の日が一日程度で、上の器に詰め込まれている砂が下の器のほうに綺麗に落とされていくという。器の一部だけは中が見えるようにガラスを嵌めこまれていて、ガラスには四本の筋が刻み込まれており、鼠人さんたちは一日を五回に分けて日々を暮らしているとネズミのおばあちゃんが教えてくれた。



 それはおれがファージン集落で住んでいた頃、試しにスマホで計測した24時間制の時の長さと一緒で、これがあればおれとしては獣人さんたちの労働時間を決定しやすくなる。ネズミのおばあちゃんが言うには、なんでも大昔に砂漠に住んでいた種族から持ち込まれたもので、中に詰め込む砂の量と器の大きさは、いまでも鼠人さんたちに正確に伝わってあるという。


 今後のモフモフ天国建築工事を考えるとこれは大量に制作する必要はある。ガラスはゼノスで仕入れすることにして、器そのものをエルフの集落で鉄製品にしてもらうと、おれはネズミのおばあちゃんと話し合った末に時計量産計画を立案した。



 鼠人さんたちとの初歩的な協議を終えると、おれはエイさんの家に向かう旨を伝えて、彼や彼女たちに仮住まいの玄関まで全員に見送られてから外へ出た。言ってやりたくないけど我慢ができないから心の声でいうね?



 お前らはチュッチュッチュッチュッってうるせいよ! 五人に一人のネズミ語尾は多いわ、ちゃんと話し合ってから計画的に使ってくれや。




 ウサミミモノノフとトラ顔のおっさん二人は静かに、おれと鼠人さんたちが協議した意見を聞き終えると同時に頷いて同意してくれた。



「婿殿のが言う通り、確かに我らには力を頼り過ぎる節がある」


「ああ。力の強い同胞を手足とみなし、賢さで知られる鼠人に頭脳を担ってもらう手に異論はない」


「あんたらに認めてもらえてよかったよ。もしも鼠人さんたちに言いがかりをつける輩がいたら助力してあげてくれ」


 食卓の上には、ラメイベス夫人が焼いてくれた川魚と牛肉の煮込みをアテに、おっさん三人が以前にテンクスの店で買った乳酒を飲み交わしている。エルフの果実酒は美味しいけど、たまには気分を変えて違う酒を愉しむのも悪くない。



「婿殿は我ら同胞に今までと違う生き方を示してくれているのだな」


 エイさんの感想におれはハッと自分のやり方に疑念を抱いた。よく考えてみれば、これまでの経緯でおれは相談や討論という段階を経ることもなく、獣人さんたちに自分の考えを押し付けているような気がした。それは獣人さんにとって、おれの思い上がりで迷惑じゃなかったのだろうか。



「あ、あの。もしかして、おれはあんたたちにいらない世話をしているのかな? もしそうならハッキリ言ってくれ。これはあんたたちの未来に係わることだ、やっぱりあんたたちの気持ちや考えを尊重したい」


「……」


 なにを言ってるんだこいつみたいな顔をして、エイさんもムナズックもしげしげとおれのほうに注視してくる。しばらく間が立つと二人は揃って大笑いし、おれの肩を強く叩いてきた。



「婿殿は面白いやつよのう、いまさらそれを気にされるか」


「アキラ、感謝こそすれ迷惑だなんて思ったこともないぞ」


 二人の反応におれはどうすればいいかがわからず、とりあえず乳酒を口にしてからアテの牛肉を口の中に入れて、柔らかく煮込んであるちょっぴり辛めの味付けに、ラメイベス夫人の料理の手腕にあらためて驚いている。



「いいか、婿殿。我ら同胞はいまこそ種族ごとに村で住み分けしているが、爺さんたちの話によるとアラリアの森に住んでいた頃はみんなが血筋にこだわりもなく、全ての同胞が互いを助け合って住んでいたそうだ」


「へえ、そうなのか」


 エイさんは焼き魚にフォークみたいな鉄製食器を使って器用に魚の白身を捌いてる。おれはというと、もちろんのこと今でも箸を愛用している。前にエティリアが面白がっていたので使わせてみたが案の定というべきか、掴み取ることができなくてポロポロと食べ物を落としていた。



「だから婿殿の提案は我らにとっても願ってもないこと。同胞とまた仲良く住み分けすることなくみんなで一緒にこれから先を歩んで行けるのなら、それこそが先祖に手向けできるというものだ」


「そうだぞ、アキラ。お前は相手のことを思い過ぎるところがある、本当に嫌のならオレたちは従おうとしないからな」


「あ、ありがとう……」


 エイさんとムナズックが言ってくれたことは、おれにとって安堵を感じさせてくれるものであった。どうやら俺が危惧していることは思い過ごしであるらしい。いまさらかもしれないけど、おれだけの独りよがりでもいいのだが、これからすることは獣人さんたちの命運をかけていること。


 人様の命で火遊びするほどおれの心は強くはない。



「ところで婿殿、これからどうされるつもりだ」


「エティに会いに行く」


 この問いだけはおれにも明快に答えることができた。エイさんとムナズックのおっさん二人が見てくる温かい眼差しに不快さを覚えることはない。



「護衛にゾシスリアたちを同行させようか?」


「いやいい、今回はニールと行くだけ。おれとニールの全速力ではあんたたちには悪いが付いてくることはできないよ?」


 ちょっと冗談っぽく言ったつもりなのだが、エイさんとムナズックは大まじめに頷いてきた。



「さもあろうな、なんといっても闇の使者さまですからな」


「そうだな、闇の使者さまにオレたちはおろか、この世で果たして誰が対抗できるという。否、いるはずもない」


「あう……」


 やめてくれよ、人の黒歴史のページを好き勝手にめくらないでくれ。心と右手が疼いてお前らを抹殺したくなるじゃないか、左手が抑え込んでいるうちに逃げろよ。あ、ラメイベス夫人(ウラボス)が豚骨ラーメンの試作品を作り上げたので遊ぶのはここまでにしよっと。


 腹ごしらえをしたら、乳酒から強めの酒であるアビラデに変えて、おっさんたちと飲み直すぞ。




 マッシャーリア村の広場は広い。エイさんがいうには兎人族は祭りが好きで、そのために彼らの祖先は村を切り開いた時に、どんな祭りでも開かれるように広場だけは大きく取っていたという。その広場に今はおれがワスプールから購入した食糧と開墾用の道具が山積みされている。



「む、婿殿、これは……」


「アベカ君、前に出たまえ」


 驚きの表情しているエイさんのことを無視して、おれは優秀な生徒を呼びつけていると彼女は小走りしておれの前に立つ。



「はい、先生」


「うむ、よろしい。ここにあるものはきみたち鼠人さんたちに管理してもらう。種類ごとに仕分けして、きちんと記帳しておきなさい。分配するときはその時間と数量を記録はしっかりと取っておくこと、配分する量は長たちが協議して決めた通りだけを渡すようにすること、違反者が出た場合は兎人のエイ殿に通報すること。以上でいいかね?」


「はい! 先生の言いつけをしっかりとお守りします」


「うむ、よろしい。では、あとは頼んだぞ」


 崇拝と言いますか、アベカ少女はおれの言われたことをまるでアルス様のお告げがごとく、絶対に背くことのできない勅命のように拝命してくれている。それは嬉しくはあるが怖さも感じている。こんなに純粋な瞳はおっさんには眩し過ぎますので、彼女には無理なことを申し渡すことはそれこそ絶対にしないように心がけるつもりだ。



「エイさん、食糧と道具の小屋建ては仮の物でいいので、鼠人たちとよく話し合ってからこれを先に建ててくれ」


「任されたぞ、婿殿」


 ここに集まってきている様々な獣人さんに目をやる。彼や彼女たちは誰もが真剣な面持ちで見つめてきて、その瞳の中にあるのはきっと、未来へ馳せる思いであるとおれは信じたい。



「ニール、行くぞ」


「おうよ」


 人族との突発性の接触を考えて、おれは顔を隠すために自分用とニール用のフード付きマントをオークの皮で、羊人さんの女性に仕立ててもらった。足に履いているのは羊人さんの女性たちと開発した新しい靴。靴底はその硬さと弾力性で防具でしか使い道がないと思われていたオーガの皮を使用して、靴の本体はオーク皮製で、縫い合わせる糸にアラクネの糸を用いた頑丈な一品だ。


 目指したイメージはそう、スニーカーそのものである。



 今回は試作品ということでおれとニールの足の大きさに合わせて、それぞれ三足ずつ作ってもらった。着用性を確かめてから、今後は改良してから大量生産の工程を定めていく予定であり、これなら獣人さんたちの新しい名産としても売り出せそうだ。


 問題となるのはオーガが強いことくらいで、当面はおれとニールがシンセザイ山脈で大量に狩ってくればいいし、アラリアの森でもオーガはモンスター化するのだから、獣人さんたちを冒険者として鍛えてあげれば問題ないと思う。



「お気をつけて、先生」

「師匠、気を付けてください」


「ありがとう、行ってくるよ」

「おうよ、ちゃんと稽古はやっておくんだぞ」


 アベカ少女やゾシスちゃんがおれとニールに別れの挨拶、心配してくれることはとても嬉しい。だが銀龍さんがいるこの場合は、襲ってくるアホなやつのほうが気の毒だ。同情なんかしないけどね。




 この頃はローインタクシーを多用していたので、自分の足で長距離を移動するのはエルフの集落からマッシャーリア村への帰り道以来。しかも今回はニールとだけだから、気を使うことなく全速力で平原じゃなくて森の縁を走り抜ける。



 風を切り、耳元で風切り音が鳴り響いている。今のおれの脚力はまさにそれが疾走するという表現が可能で、オリンピックに出れば、マラソンにしろ短距離走にしろ、間違いなく金メダルのメダリストだ。だがニールはおれを上回る速さで軽々と付いてくるように駆けていた。


 ツワモノと一緒にいるのはとてもいいこと、己の未熟さを感じさせてくれるから、奢れることなくおれはまだまだ上へ向かって目指して行ける。


 爺さんの御配慮に今からでもお礼を言いたいくらいだ。




 平原に獣人の村々を繋ぐ道には、まばらだがマッシャーリア村へ目指している獣人さんたちが点在している。それを監視するかのように森の中で、深緑色のフードを被る怪しい人族が、三人一組で巨木の裏に隠れて、獣人さんたちの行方を見ているだけだ。



 ニールはおれに右手を軽く上げてきて、不意にその手を横へ小さく払って見せてくるが、そのサインを見たおれは頭を一度だけ横に振った。やつらをやるのは今じゃない、いまこいつらを()ったら人族の警戒心を深める結果になってしまう。



 呑気そうにマッシャーリア村へ向かう獣人さんたちに、どうか無事に辿り着くことができることを、アルス様(ようじょ)に不真面目の信心でお祈りを捧げた。



 城塞都市ラクータの人族たちは本格的に動き出したんだ。先を急ぐことを決心したおれは、いつになく気持ちが高ぶっていることを感じている。


ありがとうございました。

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