第109話 妖精先生はお説教好き
「もういい、十分です」
おや、ペンドル氏からですます調を聞けるのは貴重の体験、スマホで録音すればよかった。置かれたのは12個目で、これではなんだか中途半端だからキリのいいところで15個を二回分の報酬と致しましょうか。ワスプールに教えてもらった値段ならパールの宝石一つが金貨75枚だからしめて金貨にして1125枚なり。円にして11億2千5百万か。高いねえ。
でもこれで前回は少女が十数人、今回は獣人のお姉さんが何人いるかはしらないけど、石っころで人の幸せが買えるのなら安いもの。人魚さんたちから見たらいつでも取れる石らしいからな。
「ペンドル、俺にはわからんけどよ、こんなただ綺麗だけの石になんの価値があるんだ」
プーシルが困惑した顔で真珠を見ながらペンドルのほうに質問している。残念そうな溜息をついてからペンドルはプーシルにお説教しようとエルフの果実酒を飲み干す。ペンドル教師、それはプーシルくんが悪いじゃないぞ。真珠について宝石としての予備知識があったにもかかわらず、そんなに高価なものとはおれも思いはしなかったからな。
「日頃常々ものを見極める目を養いなさいとあれほど言ってるのに、宝物を目の前にしてその価値が読めないというのは情けなさ過ぎるよ、プーシル」
「……」
あ、プーシルくんが下を向いて涙を堪えながら唇を噛みしめているよ、大男なのに可愛らしい仕草じゃないか。この瞬間からおれの中でプーシルくんはいい子というイメージに変わりました。
「この生きにくい世の中で変われるきっかけなんてものはほんの僅かしかない。目の前に転がり込んだ幸運を掴み取れないのなら、いつまでも泥水しか啜られないとあれだけ教えたのにお前ってやつは」
「……う、うう……」
ついには泣き声を上げてしまい、涙が滝のように流し出しているプーシルくんのことが不憫で、おれは差し出がましいだがここでプーシルくんのために弁解してやろうと口を出すことにした。
「ペンドル、忙しい所で申し訳ないけど」
「……なんだい、アキラ君」
あらら、おっちゃんじゃなくて説教モードのペンドル先生はおれのことを君付けで呼んできたよ。その両眼には怒りの炎が燃え上ているけど、この場を収めるのにここは勇気出して言わねばならない。
「この光る石が高い価値を持っていることは、つい最近まで知り合いの商人に教えてもらうまでおれも知らなかったんだ。なんでも獣人さんたちがまだアラリアの森に住んでいたころの話だから、それをプーシルが知るには無理があるんじゃないかな」
おっと、プーシルくんが流涙しつつも感謝の目線をおれに送り込んでいるよ。釈明はしてあげたからあとはペンドル先生が物分かりがいいことを祈ってえやるよ。
「……ふう、それもそうだね。ごめんね、プーシル。光る石ことパールの宝石をちゃんと教えてやらなかったのはボクが悪い、キミを責めるのは良くなかったね」
ああっと、ここで驚きの事実が発覚致しました。なんと、プーシルくんはペンドル氏の隠し子だったのですね。おれはしちゃいけないことをしてしまいました、人ん家の教育方針に口を挟んでしまいました。
「……たぶん変なことを想像していると思うけど、プーシルはボクの子供じゃないよ。まあ、親無しの彼らを大人になるまで育て上げたのはボクなんだけどね」
「そっスか。いーや、ペンドル氏って偉かったっスね。血も繋がっていない人の子を育てるってなかなかできないことっスよ」
「その言い方にすごくムカついたけど、とりあえずお褒めに預かってありがとうとでも言っておくよ」
「ナハハハ」
場が和んできたので無くなりかけたエルフの果実酒をを新たにアイテムボックスから出して、空になったペットボトルをアイテムボックスの中に廃棄した。
「プーシル、アキラのおっちゃんに助け舟を出してもらったからちゃんとお礼を言いなさい」
「はい。ありがとうございます、アキラさん」
素直にお礼を言って頭を下げてきたプーシルのことはおれの中で良い奴で印象が変換済みです。はい、これ決定事項ね、異論は認めません。
「いいっていいって。おれもパールの宝石がこんな高いなんてのは思いもしなかったからあんたと同じだよ。ペンドルの言うことに耳が痛くて痛くて。ははは」
「なんとなくだがアキラのおっちゃんの人となりがわかった気がするよ」
「ナハ、ナハハハ」
酒杯を握ってから温かい眼差しで見てくるペンドル。さて、その人となりとやらいいほうかな、それかわるいほうかな。聞きたい気もするがお説教の時間が長引きそうなのでここは笑って誤魔化したほうが勝ちだと思う。
「さあ、プーシルはこれからボクとアキラのおっちゃんの話し合いをよく聞いておくように」
背筋を張って、真剣な目でおれとペンドルに注視するプーシル。正直言って強面の大男のヒャッハーさんに見つめられても困るんだけど、教育にはけして口だけは出すまいことを信条としているおれはペンドルとの会話に応じることにした。
「アキラのおっちゃん、知り合いの商人から聞いているのなら知ってるかと思うけど、ケモノビトがアラリアの森を出てから魔力付きのパールの宝石は滅多に見ることができなかった。それをキミは15個もいとも簡単に出してきた、しかもまだ持っていそうなそぶりをみせて」
「そうだね、否定はしないよ」
「堂々としているというか、開き直っているというか……まあいいでしょう。こんなに上質なものなら」
途中まで言って、ペンドルはテーブルの上にある真珠を手に取ってみせる。
「出すべきところに出せば一つで金貨100枚は下らないだろうね」
「マジでか、75枚じゃなかったんだ」
すごいなおい。ワスプールが嘘をいうとは思わないが目の前にいる妖精の小人はさらに値段を競り上げることができるということなんだな。
「商人ギルドならそれが適正価格だとボクも思うよ。でもね、あいにくボクは商人じゃないのでね、欲しがっているやつからは毟り取らせてもらうよ。無法者だからね」
「なるほどね、それはそうだ」
それとプーシルくん、口を大きく開けないで話をちゃんと聞いておくように。でないとそのお口に飴を放るよ。
「これはアキラのおっちゃんに頼めばまた手に入るのかな?」
「エティリア商会ならお手頃な価格で販売してくれると思うよ」
「そうか、エティリア商会ね。それならちゃんとお守りをしてあげないとボクたちも魔力付きのパールの宝石が手に入らなくなるね」
「それでお願いします」
エティ、喜んでいいよ。この妖精の小人さんがゼノスできみのことを守ってもらえる確約を取ったからね、おれは頑張ったよ。再会したときは熱い抱擁で褒めてくれよ。
「これだけもらえればボクとしても仁義を通さなくちゃいけないね。豊かな和みの獣人のお姉さんのことは任せてよ、一人残さず無傷でアキラのおっちゃんにお届けするよ」
「それは違うな。おれがペンドルに依頼したいのは渡りを付けることであって、話を付けに行くのはおれだよ」
「ボクのことが信頼できなくて?」
「それも違うな。ほら、なんというかな。自分の女は自分の手で助けたいじゃん?」
「あははははは、いいねえ、アキラのおっちゃんにはいつも楽しませてもらっているよ。あはははは」
おれの返事にペンドルは実に愉快そうに笑った。いやいや、違うがな。これには女の幸せというか、人生がかかっているからこっちも必死なんで真面目にお願いします。
「いいでしょう、じゃあ自分の手で奪い返してね。渡りの場はこっちで用意させてもらうよ。そうだね、次の陰の日でどうかな?」
「わかった、それでお願いしよう」
「商売成立でありがとう、今回もたんまりと儲けさせてもらったよ。末永い付き合いをお願いしたいものだね」
「こちらこそエティのこともよろしくな」
妖精の小人さんから手が伸びてきているので、おれも手を伸ばして握手を交わす。さてと、メインの用事は済ませたので最後の打ち合わせといこうか。その前に樽のエルフの果実酒をプレゼントさせてもらうね。
「ペンドルはマイクリフテル夫人のことを知っているかな」
「都市ゼノスに住んでいるものとして、都市の長を知らないと思われるのは心外だな」
ペンドルの指示でプーシルはエルフの果実酒の樽を抱えて、歓喜のステップで外へ運んでいた。ここにいるのはおれとペンドルだけとなって、酒がわかるやつには年代物のエルフの果実酒を出すのはやぶさかでない。
「いや、そうじゃなくて。見たことはあるかって聞いているだが」
「あの小娘なら子供の頃はよく遊んであげたよ」
こいつ、年のことは隠す気が無くなったんだな。いや、最初から隠してなんかいなかったんだ。見た目が子供だけで周りが勝手に子供だって決め込んでいるだけだ。
「それなら話は早い。ワスプールという商人というか、商人ギルドの職員はマイクリフテル夫人に合わせてくれるらしい。会う日が決めたらペンドルに伝えるように言ってあるからそのうちに来ると思うんで、伝言は預かっておいてくれ」
「ワスプール商会の会長ならボクも知っているけど、なぜボクにということを教えてくれないかな。それにしてもこれは良いお酒だね、さきのも良かったけど、これは味に奥深さがあるんだね」
妖精の小人さんは年代物のエルフの果実酒をいたく気にいたらしく、飲む度に称賛の声を上げることが止むことはない。
「これは年代物でね、数がないんだ。ペンドル専用に数本を置いて行くよ」
「それはありがたいね。酒もそうだが、あの入れ物にすごく興味があるんだ」
ペンドルが言っているのはペットボトルのことだ。この妖精の小人さんならおれのことを外に漏らすこともなさそうなので、欲しいというのならそれ込みであげることにしよう。
「で、さきの話に戻るだけど、実は獣人さんの安住の地を作ろうとしているがそのために大量の食糧と開拓用の道具が必要なんだ。ワスプールにそれを依頼しているけど、敵さんに目を付けられないためにも目晦ましが欠かせないんでね、ワスプールがペンドルに会っているということにやつらの目を逸らせたい。それとゼノスでどんな形であれ、ここを離れたいと思っている獣人さんがいれば声を掛けて集めてほしい」
「獣人さんの安住の地ねえ……」
妖精の小人さんがそれっきりに沈黙を保ってしまっている。時々年代物のエルフの果実酒を少しずつ飲んでいるが、おれのほうに目を向けることは全くと言っていいほどない。この部屋は遮音性がいいのか、酒場のけたたましさが伝わることはほとんどない。
たまに酔って気分がいいのか、叫びあげる男の声や悪戯でもされたのか、怒声を張り上げる女の売り子さんの絶叫が届いてくるだけで、それがこの部屋の物静かな雰囲気を壊すほどのものではなかった。却ってそういう混然とした酒場の喧噪が耳障りなものではなく、酒の味に気持ちのスパイスを利かせているのは中々の不思議。
おれはいうと妖精の小人さんが答えを出してくれるまで、年代物の酒の味を舌で味わいながらデュピラスのことを考えることにした。彼女を救い出す方針が決まっているのなら、彼女にお客を迎え入れることはさせたくない。
陽の日の間だけならあの欲深い女将に金貨を握らせてやる、おれが予約したということにしていれば、彼女もこれ以上に心を汚れさせられることもないでしょうから。
「……いいでしょう、それらも引き受けよう。ただし、条件はある」
「なんだろう」
ペンドルが時間をかけて考え込んだ末、やっと口が開いたかと思えば同意とともに条件が突き付けてきた。条件となるものはなるべくお金で済ませてくれるたらありがたいのだが、この妖精の小人さんの読めもしない思考を推し量るにはおれの人生の経験値が少なさ過ぎる。
「獣人さんの安住の地ができたあかつきにはボクもそこへ案内してよ」
「了解しました、是非とも楽土をご覧になって頂きたい」
笑顔の妖精の小人さんの要求はおれにとっても願ってもない。どこでもそうだが光には影が付き従うもの、いずれは獣人さんの楽土にも堕落の暗部ができてしまうことだろう。それなら信頼をおける者に影の頂点に立ってもらったほうがずっとマシな闇になれると思う。
ありがとうございました。




