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第108話 美人に捧げるのはささやかな幸せ

 どこの世界でも不幸というのは石のようにどこにでも転がっている。元の世界じゃ、惰性だけで生きていたおれはそういう悲しい話には他人事のように見逃して、聞き逃してきただけ。それを解消する術なんて一介のサラリーマンにあるはずもない。



 だけどこの世界にきたおれは少しだけ以前と違う。ちょっとした異能という力を持ち、裕福に生きるのに困らない程度のお金だってある。世の中の全ての不幸を救うというふざけたことは言わない、救わないし救えない。おれは全能なる神なんかじゃないし、管理神様だってそんなことはしないはず。



 だからこそ、目の前にいる縁ができた女性を助けて見せる、笑わせて見せる、彼女に明日という未来を見せてやる。この程度なら今のおれにもできるはず、そのためなら自重なんてしない。



「なあ、デュピラス」


「アキラさ――」


「黙って聞いてくれ。お前の身上は聞いた、今度はおれが話す番だ。そうよな?」


「……はい」


 よーし、とてもいい子だ。いい子は頭をもれなく撫でてあげるのが定番だからね。



「お前たち獣人族はその昔にアラリアの森で住んでいたのは知ってる?」


「……はい。しかしなぜ人族である貴方が.――」


「おれは知っているし、お前たちをアラリアの森へ連れて帰る。そこはお前たち獣人とエルフやほかの種族が人族から怯えることもない、自由気ままに生きる獣人の楽土だ」


 おれが話している間は黙って見つめるだけのデュピラスが両目から涙が溢れだし、強くおれのことを抱きしめてきた。わかってくれたか。



「アキラさん、あなたいい人族よ。信じるわ、いつか私をその夢のような楽土へ連れて行って、それを夢見てこれからは生きていくわ」


 思いっきり信じてねえじゃねえかこのバカ美犬人さん。人の真剣な語りをおとぎ話にしようとすんじゃねえよ。



「ウソじゃないよ、これはすっごく真面目な話なの。おれがゼノスに来たのはそこへ行く獣人さんたちを募集しようとしたからだ」


 おれの熱意を籠った眼差しを長い時間をかけて覗き込んでくるデュピラスはようやくおれが本気であることを悟ったらしい。



「……ねえ、それって嘘じゃないのよね? 本当に()()()()()()を作ろうとしてるのね?」


「こんな嘘をつくわけがない。お前を騙すだけなら一緒に家庭を作ろうとか、幸せにしてやるとかのほうが真実味があるだろう?」


「私、それのほうがいいなあ……」


 俺の言葉に裸体で縋って来る美犬人さん。いかん、これはアカン流れやわ。このまま流されてしまうと二号さんができたからよろしくとエティリアへの言い訳が大変になります。セイが殺人鬼(キラーバニー)になるきっかけを作ってはいけません。



「だ、だから、おれに付いてこい。お前を……いや、狐人のお姉さんも含めてこの娼館にいる獣人の美人さんたちを楽土へご案内しよう。いてっ」


 おれが娼館にいるほかの獣人さんを美人と褒めるものだからデュピラスがやきもちを焼いておれの太腿を抓ってきた。



「ありがとう、とても嬉しいわ。父さんと母さんが生きているとき以来初めて幸せと感じたわ。でも……」


 あれれ。どしたの、美犬人さんが暗い顔になっちゃったよ。



「でも、なんだ?」


「女将は私たちがここを去ること許すはずがないわ。あの人、強欲ですもの……」


「それは知ってる。だからおれにまかせろ」


「あの人はペンドル以外の怖い人とも繋がっているわ」


「そうか? だけど心配するな、マイ・ラマン。お前らを守るくらいは強いぞおれは」


「アキラさんっ!」



 おっと、身体が密着しているからデュピラスの体温が急に上がっていくのがよくわかる。これは発情しているサインだ、ラウンドツーか? くんずほぐれつがまた始まりますか?



「ねえ、滅茶苦茶にして。あなたが見せてくれる夢しか見えないくらいに全部を忘れさせて」


 生き物かのようにデュピラスの指はおれの身体中を探るように触ってきている。あ、そこダメ。今そこを触るといきり立っちゃうから。もう起立(こんにちは)しているけどね。



「不幸な過去はおれには消せないけど、お前に明日くらいをみせることはおれにもできそうだ。だから夢なんて言うな、未来は自分の手で掴み取ってくれ」


 覆い被せてくる情熱の塊(デュピラス)をしっかりと受け止めてから、おれも自分を燃やして彼女のと熱い一時を過ごすことに集中することにした。




 ペンドルたちがたむろしている酒場へ行くと、奥にある一室に案内された。中にはペンドルとプーシルしかいなく、ペンドルは笑みを浮かべているがプーシルは苦虫を噛み潰したような表情でおれを出迎えている。


 こういうときは先手必勝なので、ペットボトルを満たしたエルフの果実酒をアイテムボックスから取って、テーブルの上に三本を並べておき、ビーフジャーキーを酒のアテに出した。



「森人の酒だ。これを手土産に頼みたいことがある」


「それは貴重なものをどうもありがとう。で、いきなり来て手下を殺されそうになったボクにどうしてほしいと?」


 にこやかに話しているペンドルの後ろで護衛がごとく突っ立ている大男のプーシルはテーブルの上に置いてあるエルフの果実酒に目を奪われている。



「お詫びじゃないけど、あんたも飲むか?」


「し、しかし……」


 おれの誘い言葉にプーシルは固唾を飲んでからペンドルに目をやる。



「アキラのおっちゃんが奢ってくれるのならもらっちゃえばいいじゃないかな? それで娼館のことを水に流してあげてね」


「は、はいっ」


 嬉しそうにテーブルの横にある椅子に座ったプーシルは大きな木製のコップを突き出してくる。このやろう、遠慮といのは知らないのかね。まあ、いいけどね。



「で、先の話の続きだけど、ボクになにをしてほしいのかな?」


「女を助けるからその手筈を整えてくれ」


 エルフの果実酒の美味しさに歓声を上げているプーシルは無視して良しと。おれはペンドルとの話し合いに意識を向けることにする。



「おや? 女ですか。獣人の商人さんなら話は付いていると思ったが」


「違う、エティのことじゃない。豊かな和みで働いている獣人さんたちだ」


「ああ、話はプーシルから聞いているよ。アキラのおっちゃんも隅に置けないね」


 プーシルはちょっとビクッとしたが無視だ無視。



「ほっとけ。どうなんだ、女将に絡んでいる無法者たちと会いたいから会わせてくれ」


「別に獣人一人くらいならあの欲で中身が詰まっているおばさんも許すじゃないかな? 金さえ積めばの話だけどね」


 テーブルに置いてあるペンドルのコップを中の安いお酒を床にぶちまけるように捨ててからおれはエルフの果実酒をペンドルのために注いであげた。



「聞いてなかったのか、おれは獣人さんたちって言ったけど」


「うん、聞こえたよ。聞きたくなかっただけ」


 すました顔でエルフの果実酒を一口だけ飲むと、これまた幸せそうな表情をペンドルは見せてくれている。



「だから手筈を頼む」


「一つだけ聞かせて。もしもボクがこの話を断ったら女将さんと繋がっている彼らはどうなることでしょうか」


「ゼノスでやつらがまるで初めからいなかったかのように消えてもらう」


「こわいなあ、アキラのおっちゃんはなんでも力でゴリ押しだね。でもわかった、会えるようにボクから話してあげよう」


「悪いなあ、ゼノスじゃこういうことはペンドルにしか頼れないからね」


「それは嬉しいことを言ってくれるね。ただね、一つだけ言わせてもらってもいいかな」


「なに?」



 小人さんの顔がずいっと寄ってきて、その瞳に光る冷え切った目線におれは背筋が凍る思いをした。強さだけというのならペンドルがおれに敵うことは絶対にない。だがこういう人の心を見透かした上で鋭く心の内を突き刺してくる狡猾さは、経験と年齢と覚悟の差でおれがペンドルに及ぶことはない。



 このやろう。やってくれるんじゃねえか、このクソじじいが。



「この頃アキラのおっちゃんから嫌な殺気しか感じないのよね。強いのはボクもよくわかるけど、なんでも力だけで解決できると思わないのほうがいいじゃないかな? 無法者のボクがいうのも可笑しいけどさあ」


「……いや、まったくその通りだよ」


 さきと打って変わって無邪気な少年を装っているペンドルは空になったコップを愛しそうに見ているのでお代わりの果実酒を入れてあげることにした。



「ありがとう、これは美味しいのよね。飲むのって何歴ぶりなのかな」


「そうか。たくさん飲んでくれていいよ」


 嘘つけ、十歴以上ぶりだろうが。



「人を殺すというのはなにも強さだけじゃないよ、心さえ殺せば生きた屍になることだってあるからね。アキラのおっちゃんがボクたちのように闇の中で生きるのなら、そういうはっきりとわかる気勢を張ってってもいいよ。()()()に来る気があるならボクが歓迎してあげよう」


「……いや、いい。おれには無理だ」


「だよねえ。だったら汚い荒れ事はボクたちに任せてくれないかな? アキラのおっちゃんになら報酬は安くしてあげるからね」


「了解、今後もいい取引きをお願いしよう。忠告を感謝する」


 にっこりと笑ってからペンドルはエルフの果実酒を飲みながらおれが用意したビーフジャーキーをこれまた美味しそうに食べている。少年のなりでお酒を楽しむこの光景はおれから見れば結構シュールなんだけど、ほかの人はどう思うのだろうね。




「ところで虎人さんの件での報酬はまだもらっていないけど、今回の獣人のお姉さんたちのも含めて支払ってもらえれば助かるけどね」


「いいよ。金貨がいいのか、それとも魔石がいいのか」


「うーん。今のところはお金に困ってないんだよね」


「おいおい」


 無法者がお金に困ってなかったらなにが欲しいというのだ。



「そうだ、手下たちにも美味しい酒を味わってもらいたいなあ」


 チラチラとペットボトルのほうに視線を向けているペンドルにプーシルもその意見に賛同しているようで激しく首肯していた。こいつらあ、エルフの果実酒をたかる気なんだな?



「それもいいがもっといいものがあるぞ」


「そう来なくちゃ、アキラのおっちゃんからもらえるものって、どんなものが出るかとドキドキして興奮が止まらないや」


 本当に嬉しそうに笑っている妖精の小人さん。そりゃ、長生きしていれば驚けるものも少なくなっていくものだ。エルフの果実酒がへ報酬から変更されそうなことを聞いたプーシルが気落ちしたように肩を落としているのは見ていても気の毒。


 だけど心配するなプーシルくん、エルフの果実酒もちゃんと付けてあげるからな、でも年代物はやらんぞ。



 アイテムボックスのメニューを操作して、丸い光る石を一つ選択してから手のひらに乗せて見せる。プーシルはさらに落ち込んで見せたがそれはその価値がわからないからだ。ほら、ペンドルの顔付きが今までにない真剣なものに変わっていく。



「アキラ、それは――」


「おっちゃんが抜けてるぜ、ペンドルさん。一つだけじゃ足りないよね」



 テーブルに最初の光る石を置くと、次から次へゆっくりと丸い光る石を取り出してはテーブルに並べていく。ペンドルのほうはもう光る石を見ることもなく、おれの顔だけを凝視していた。



 さて、もうすぐ十個目だけど、いったいどれだけ出せば目の前の少年風お爺さんは止めてくれるのかねえ。


ありがとうございました。

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