第106話 マイ・ラマンはおれのもの
大きな倉庫に山積みされた食糧と開墾用の道具の数々が積まれているので、アイテムボックスへそのすべてを収納した。ワスプールはいうとおれの横でその光景をニコニコの顔で見ているだけで、特に驚いている様子も見られなかった。もっともアメリカナイズに両手を広げてワオッなんて仕草をやられるとそれはそれでムカムカするけど。
「いまさらアキラのすることに一々驚くのはバカみたいだから楽しませてもらうことにしたよ」
「さいでっか。そうだ、狐人の奥方はお茶が好きって言ったからこれをどうぞ」
「おおっ! お心遣い痛み入る、これは確かに家内が喜びそうだ」
お茶話に奥方がお茶が好きと聞いたので、エルフのお茶の葉は多めにワスプールに渡すことにした。ワスプールからは顔中を歓喜で満たして手を握りながら感謝されたため、おれとしてもプレゼントし甲斐がある。
「今度いつこちらへ?」
ワスプールの問い掛けにおれはしばらく考えてみた。
そろそろテンクスの町でじゃなくて、物流の多い都市ゼノスのほうに舞台を移そうかと思っている。都市ゼノスなら今は肩を持ってくれそうな人たちもいるし、穏やかで明るい町のテンクスよりも欲望に渦巻き、見えない混沌のあるゼノスで陰謀を張り巡らせるほうがふさわしいに違いない。
「ふっ、おれって狡くて小賢しい悪党だよな」
「はい?」
いまいちおれの表現が理解できないワスプールに少しだけがっがりだよ。こういう時ならエティリアやニールならいつもの病気が始まったってツッコミを入れてくれるのに、あいつらがここにいなくて残念だよ。
まあ、アホなことは置いといて。
「ここはもういい、できれば次はゼノスで会いたい」
「ゼノスか……」
難しい顔をしたワスプールはそう呟くとその両目を閉じてしまう。しまった、ワスプールがテンクスの商人ギルドの職員だってことを考えに入れていなかった。
「ご、ごめん。ここを離れるわけにはいかないよな」
「……ふむ。よろしいでしょう」
え? なにが?
「実はですね、アキラのおかげで私の契約高がテンクスの商人ギルドでだれも追いつかないほど上がってきている」
「それはおめでとうというべきかな」
「いいえ。アキラのおかげだから私がお礼を申し上げるのが筋だ」
「いやあ、お世話になっているからそういうのは無しで行こうよ」
朗らかに笑みを浮かべてからワスプールは話の続きを聞かせてくれた。
「それでだね、ゼノスの商人ギルドから私が商人ギルドの副長に赴任しないかって打診が来ていたんだ」
「栄転ってやつだね、おめでとう。いい話じゃないか」
「そのえいてんというのはよく知らないができっとそれはアキラの褒め言葉だろう。ありがたくお褒めにあずかろう」
「そうだよ、褒めてんの」
言葉の意味を追求してこないのはワスプールもニールと同じ、頭がいい人のこういうところはとても好きだぜ。
「今まではお断りしていた」
「え? なぜに?」
「テンクスの町が持つ雰囲気が好きだからだ。確かにゼノスへ帰れば商会の商売もしやすいし、何より愛する家内と一緒にいられる。商会の運営は家内に任せてあるからね」
「それはなんとなくわかる気がする。おれもテンクスの町は気に入ってる」
ワスプールはおれの左肩に右手を乗せてくると空になった広くてがらんとした倉庫の中で大きくもない声が耳に良く通った。
「だけど、友のこれから成すことに私も微力を尽くさねばならない。穏やかな人生も捨てがたいが、時には多少の波風があった方が人生は刺激的というものだ」
「ワスプール……モフモフ天国を作り上げよう!」
この男も根は熱い奴。普段は昼行灯みたいに目立たないように生きているけど、やるときは貫き通す漢であるはずだ。
「その天国はわかるが、もふもふとはいかなるものかな?」
そこね、そこがわからないのね。心根が通じる奴にはトコトン語り尽くしてやる、嫁さんがモフモフならきっと分かり合えるんだ。
「モフモフ、それは正義そのものであり、心を和ませてくれるこの世で一等の愛すべき存在だ」
「は、はああ……」
そこ! 目が点になるんじゃない。ワスプールくん。
「きみも触っているんだろう、そのサラサラでフワフワな手触り。艶やかできれいな毛並み、一晩中、否、四六時中に触ってもけして飽きることがないその体毛を!」
そうだ、目を見開くんだ。ワスプールくん。
「もしや……」
「そうだ、モフモフとは獣人そのものだ!」
「おおっ、モフモフ。なんという美しき言葉の響き」
「わかるか、同志?」
「わかるともぞ、友よ」
ガッチリと交し合うおっさんたちの熱き握手。
「共に往かん、モフモフの楽土へ」
「ついて征くぞ、モフモフ天国に!」
固い抱擁で思いを一つにした冴えないおっさんと紳士なおっさん、モフモフの思いは肉体という垣根を越えさせて、心を融合させることのできる至高な思想である。
ああ、本当に残念だ。こいつとなら桃の園で義兄弟になれたのに、無念で胸がいっぱいだ。
そうだ、エイさんならこのノリをきっとわかってくれる。あの武骨な生き方なら三人で一緒に義兄弟としての漢の生き方に血を滾らせることも、モフモフへの思いも誰にも負けないくらいに高まってくれるはず。エイさんならば――
あ、エイさんそのものがモフモフじゃないか。ちぇっ、肝心な時に使えないやつめ。
「オホン。すっかりアキラに悪乗りをさせられてしまったよ」
「ははは、乗ってくれてありがとうよ」
テンクスの商人ギルドに戻ったおれとワスプールはビーフジャーキーをあてにエルフの果実酒を酔わない程度にチビチビと少しずつ飲んでいる。
「ワスプール、ゼノスでペンドルって人は知ってるよね」
「……ペンドルさんですか。表ではあまり名は知られていないけど、ゼノスの闇で生きるなら知っておくべき人物だと聞いている」
僅かに警戒したような目の光を見せて、酒杯に口を付けつつもワスプールは注意深くおれのことを見ている。
「ゼノスの長との面会が決まったら、そのペンドルに伝えてくれ。そうしたらペンドルのほうからおれに知らせが来る段取りを取っておく」
「ほう……わかった。だがなぜペンドルさんです? わけを話してもらえないだろうか」
ビーフジャーキーを口で齧りながら出てくるジューシーな味におれもエルフの果実酒を一口だけ飲む。
「テンクスで人外が出た、それにゼノスのほうでは無法者があんたの元に出入りする。さて、ここで黒幕はだれだとラクータは考えるでしょうか」
「私ですか?」
びっくりして酒杯を落としそうになったワスプールの右手をおれはとっさに掴んであげた。お酒がもったいないでしょうに。
「違うよ、あんたには人外と無法者に目をつけられた可哀そうな商人を演じてもらう」
「驚かせないでくれ。さすがにラクータから黒幕と疑われるのはいささか困る」
「ゼノスであんたからモビスと走車を引き取る、そこからおれは獣人さんたちの所へ戻る」
「アキラがラクータ狙われないか?」
心配をしてくれてありがとう。でもこれはわざと狙わせているんだよ。
「おれの身分を解き明かすためにも間違いなく来るんだろうね」
「大丈夫か、アキラ」
「来るとしたらたぶん本隊のラクータ騎士団じゃなく、数のまとまった雇われ盗賊団あたりだろうね」
「そこまで読んで――」
おれがいきなり見せる残忍な目付きにワスプールはそれ以上の言葉を発せなくなっている。
「ご心配なく全員を返り討ちにしてやるよ、それでラクータもどんなやつを相手にしているのかを気が付くはずだ。ワスプール、奴らが対応を考えている間に食糧と道具をゼノスでの買い付けをよろしくな」
ワスプールくん、言っておくけどおれは善人なんかじゃないよ。この世界に生きるときから決めていたんだ、自分の大義ならねぬ小義を果たすためなら、血で手を汚すことも厭わない。それにこれはラクータで高みの見物しているやつらから始めたことだ、なんでもてめえらの思い通りに行くと思うなよ。
さて、ゼノスから出発予定のマッシャーリア村着の物質輸送団には同行する人が必要。ゼノスでモフモフ天国に加わりたい獣人さん、エルフさんでも募ってみようかな。
ローインタクシーでテンクスの町を離れたおれはあっという間に暗闇に包まれているゼノスに到着する。タクシー兼任タクシードライバーこと精霊はタクシー代をもらってからホクホク顔でアルスの森へ舞い戻っていく。
路地裏に一人でいるおれはペンドルの所へ先に行こうと思ってはみたが、ここのところは野郎どもとの会話が続いていて、人生の色彩がちょいと灰色になりかけていることに気付いたおれは、お金を使うことで会える美人さんに会いに行くことに身体が欲していた。
エティ、浮氣とちゃうで、本気なんやで。おっさんを許してね。
娼婦の館の豊かな和みに着いたおれは、デュピラスがいかにもヒャッハーさんの中年二人に捕まえられて二階のヤリ部屋に連れていくところに出くわした。顔には出ていないが嫌そうなデュピラスがおれを見かけるとその薄めな唇を噛みしめている。
「かーっ、犬のケモノとヤルなんて俺は初めてだぜ」
「今夜は二人掛かりで俺たち人族のすごさをわからせてやらんとな、かっかっか」
いかん、キレました。マイ・ラマンに何をしやがるつもりだこいつらは。
飛び掛かるようにしてヒャッハーさんの中年二人の肩を強くに掴んでやる。
「ごめんよ、この子はおれ専属なんだ。今夜は諦めてくれや」
二人が首をおれのほうに向けてくると抗議の声を上げてきた。
「な、なんだてめえはよ――あてて!」
「こいつは俺たちが買ったんだ、順番を守れよ――いててっ!」
こいつらの声が小さくなって最後のほうは悲鳴に変わったのはおれが力を強くしたからで、騒ぎを聞きつけた太ってていかにも欲塗れのおばさんがこっちにやってくる。
「なんなのさ、この豊かな和みで騒ぎを起こすのはどこの誰だい……まあ、アキラ様じゃないの。お久しぶりでないの?」
欲塗れのおばさんである女将さんはおれの顔を見ると破顔して親しく名を呼んでくる。そりゃ金貨をバンバン出す上客だから忘れるはずもない。
「よお、女将さん。デュピラスに会いに来たがムサいおっさんらに捕まえられたからな、ちょっと手を出させてもらったぜ」
「んまあ、そうなの。それは困ったわねえ」
わざとらしく声を張り上げる女将さんは値段の吊り上げでも考えているだろう。それならやりようがあるというもんだ。
「こいつらの迷惑料も含めて金貨2枚でどうだ?」
「まあっ、金貨2枚ですって!」
「おい、俺たちは――いってえっ!」
「こ、こら、譲るとは――んぎゃー!」
ゴロツキどもは黙りなさい、これ以上おれに力を出させると骨が砕けるよ。
女将さんはおれがゴロツキを押さえつけているのを片目で見て、組んでいるては片手の手のひらをそのまん丸の頬に当ててから粘り気のあるガラガラ声でわざと困惑する声を出してくる。
「でもねえ、あたしらにも仁義としきたりがあってねえ。この人たちから前金――」
「金貨3枚。それでこいつらにいい子を一人ずつ付けてやってくれ、デュピラスは譲れないから」
「まあっ、金貨3枚。いいわ、アキラ様なら仕方がないわよね。デュピラスちゃん、うーんとアキラ様に優しくしてあげてよ」
「はい、おかかさま」
「……」
「……」
金貨を使って欲張り女将さんと会話が成立した。値段は張ったがデュピラスの嬉しそうな顔も拝めたんだからいいか。ヒャッハーさんの中年二人はどうしたって? 激痛で涙目に……ごめん、泣いていますね。
「なんの騒ぎだ」
二階からすっきりした顔で見慣れた大男がこっちに向けて大声で叫んできた。
やあ、しばらくぶりだねプーシルくん。
ありがとうございました。




