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第105話 エルフの酒はみんなの大好物

「アキラが成すオレたちの楽土作りに、虎人のアルガカンザリス村の長として、全力を挙げて支持することを誓う!」


「わかった、わかったからそう熱くなるな。我ら兎人のマッシャーリア村も虎人の協力を得られて心強いぞ」


「果実酒のお代わり、いるぅ?」


「ありがたい!」

「是非とも!」


 原材料となる果実を知らないため、この薄緑の液体がこんなに美味しいとは思わなかった。エルフの集落で初めて出されたときにメロンソーダのことを思い出して、重曹はこの世界にないかなと思いつつ、エルフが醸成したこの果実酒を口にしたときの衝撃は今でも忘れられない。



 エルフの集落を出るときに、お土産として酒樽を数十個もくれたエルフ様たちに、おれは女神へ捧げると変わらないくらいの感謝を申し上げた。


 ただこんなに貰ってはエルフの分が減らないかと心配してみたが、長老がいわく、エルフの女性は特にすることもないので、暇があれば酒を造っているとのことだった。


 森の酒蔵に行けば数えきれないほど貯蔵されているらしく、時折森に住む野サルが盗みに来るくらいという。それを聞いたおれは遠慮することもなく全部を頂くことにした。



 エルフの果実酒は年代物になればなるほど、味がまろやかになり、口当たりがよく、口内にいつまでもその香りが漂うように残り香を愉しめる代物だ。作りたての果実酒は果実の甘みと飲んだときの爽やかさが特徴で、ニールはどちらといえば作り立てのほうが好きのようだ。



「ニール、飲み過ぎるなよ? いくら量があるとは言え、お前のがぶ飲みのような飲み方ではすくになくなるから」


「うるせえよ。いいから酒のあてにジャーキーを出せ」


 机の上に身体を突っ伏せてから、木製のコップでエルフの果実酒を飲んでいる美人さんが地球産のビーフジャーキーをご所望のようだ。


 近頃の彼女は人間の臭さというか、初見した時の人離れした刺々しさが見当たらなくなっている。おれとしてはいい方向だと思っているが、彼女がどう思っているのはまた別問題。



 さて、酒のアテも補充したことだし、ニール用に三つのエルフの果実酒を入れたペットボトルを彼女の前に置くと、おれはムナズックとエイさんの三人で中断していたこれからのことを話し合い始めた。


 それにしてもエイさんの奥方が作った焼き魚の森の野菜添えは素材の良さもあって、魚肉の甘みと野菜が持つ仄かの酸味が合わさることで、かなり美味しく仕上げている。ニールもかなりお気に入りの一品だ。


 いつかはアイテムボックスに入っている生魚を、エイさんの奥方であるラメイベス夫人に渡して、大量に保存食として作ってもらおうとひそかに企んでいる。



「我ら兎人にとって婿殿は身内も同然、婿殿の言うことなれば信じて疑わぬが森のヌシ様を討伐されたのはまことか?」


 信じてねえじゃねえかこの野郎。


 言わんとすることはわかるけど、だれだってドラゴンに勝ったなんて思わないよな。だって、ドラゴンスレイヤーですよ。


 その前に、地竜ペシティくんは生きていますから。



「エイ殿、森のヌシ様の角はこの目で見させてもらった。あれは間違いなく森のヌシ様のものだ。あんなに霊圧のある角は見たことがない」


「間違いねえよ、こいつはノロマの勝ったぜ。奇抜な手ではあるがな」


 敬服する目でおれを見てくる虎人の村長さんと兎人の武人さん。この辺りで誤解を解いておかないと、さらなる大きな誤解を招きかねないから、おれは自分のイメージを守るために釈明を努めることにした。



「ハッキリ言いますけどね、確かにおれは森のヌシ様に勝った」


「おお!」


 ハモるな、そこのおっさん二人。



「だがそれは森のヌシ様を倒したのじゃなくて、決めた勝負の規則をのっとり、その勝負に勝っただけで、森のヌシ様こと地竜(アースドラゴン)ペシティグムスはピンピンと生きていますよ」


「むむ、よくわからぬなあ」


「とにかくだ。おれは森のヌシ様に勝った、勝ってその角を勝負の証にもらった。で、その角はこれから作るあんたらの安住の地に御神体として祭られることになる。森のヌシ様こと地竜ペシティグムスは。、森に住まわれる種族をお守りするこの地の神となられるんだよ。あんたら獣人たちを含めてな」


「おお、森のヌシ様は再び我らをお守りしてくださるか!」

「アキラ、それは本当か? 森のヌシ様はオレたちを受け入れてくれるのか!」


 おれの両手をそれそれの手で握りしめ、懇願しているように虎人の村長さんと兎人の武人さんはおれに確認を取ってくる。これだけを言っても信じていないんだな。


 よし、こういう場合は大先生に助力を願おう。



「なあ、ニール。おれの言ったことは嘘じゃないよな」


「あ? ああ。嘘じゃねえぞ、こいつはちゃんとノロマに勝ったぞ。せこい手だけどな」


 うっせえ。勝ちは勝ちだ、せこいとかずるいとかは関係ないよ。



「これで我らの悲願であるアラリアの森への帰還も果たせるぞ」

「ああ、無念でこの地に死んだ先祖様たちも浮かばれる」


「お前らは……」


 なんでだよ、おれが散々言っているのにもかかわらず信じてくれない獣人のおっさんたち。それをニールのたったの一言で解決してしまっている。納得いかーん、グレてやる! 酒だ、じゃんじゃん持ってこーい。


 あ、自分で注がないとダメか。グスン




「で、婿殿はこれからどうされるつもりだ」


「そうだね。まずは前にも言ったように、このマッシャーリア村を砦として作り変える。この一帯に住んでいる獣人たちをひとまずここに迎え入れるつもりだ」


「砦ですと? オレたちにはそのようなものを作ったことがないぞ」


 口元まで持って行った飲みかけのコップを机に置いて、ムナズックは思ったことを口にした。



「それは任せてもらおう。陽の日になったら模型を作成するから、その通りに作ってくれたら大丈夫だ」


「うむ、それは婿殿に任そう。我ら兎人は言う通りに働くだけだ」


「わかった、虎人もアキラの言う通りに働くとしよう。指示をしてくれ」


「ありがとう。おれは食糧と工事用の道具を取ってくるので、あんたらはまずここにいる全ての獣人を取りまとめてくれ」


「了承した、婿殿」

「了解した、それはオレとエイ殿に任せろ」


 頼もしいことに、獣人のおっさんズから力強い返事の言葉を聞くことができ、おれは夜明けの前に帰って来れるスケージュールでテンクスの町へ行って、ワスプールからとりあえず今ある分の物資を受け取ろうと考えた。



「俺はどうすんだぁ?」


 目がとろんとしてきて、やたらと艶やかになってきているニールに顔を向ける。


 この飲兵衛はおれたちが話し合っている間、ペットボトル三本分の果実酒を一人で飲みやがった。叱るのもしんどくなってきたので、彼女の出来ることだけをお願いする。



「ニールは今集まってきている人から戦力を厳選してくれ。それでそいつらを鍛えてやってくれ。アラリアの森の浅い所でな」


「うん、わかったあ。もう寝る……」


 それだけ言い残すと、ニールは目を閉じてすやすやと寝息を立て始めた。どんだけ寝付きがいいんだよ、せっかくおれが添い寝をしようと思ったのに。


 というのは嘘で、まだ死にたくありません。



「あらあら、ニールちゃんは寝っちゃったのね。寝床を作るからあとで連れてらっしゃい、悪戯はダメよ」


「はーい」


 エイさんの奥方であるラメイベス夫人は少しだけ年は取っているけれど、未だにその美しさを十分に保っていて、満開した花のように華麗なる魅力がいまでも香りが漂ってくる。


 そんな彼女からの提言におれも素直に従おうと考えて、ペットボトルの半分ほどしか残されていない果実酒を、獣人のおっさんたちと三人で分けることにした。




 超高速安全運転、空中飛行無事故。それが世界に誇るローインタクシーの売りです。お代もとても安く、なんとチョコレートを数袋だけで距離自由で運んでくれます。


 もっともそんな便利な交通手段を使えるのはおれだけ。


 陰の日ということで闇に紛れて、テンクスの町にある路地裏に降ろしてもらった。


 今回は精霊王(ようじょ)風の精(メガミ)霊さんに火の精霊(しらんやつ)の分も含めて12袋も取られたけど、アイテムボックスから大量生産が可能なので気にしちゃいない。




「アキラか、陰の日でどうしたのかな」


「ある分だけでもいいから、前に注文したものを受け取りに来た」


 まったりとワスプールとお茶を愉しんでいる。今回はおれからの提供ということでエルフのお茶を入れてもらった。



「このお茶は……飲んだことのない味だが、香りがとってもいい。喉越しもさっぱりしていてほろ苦味の中から甘みがぶり返すというか、優しい味のするお茶だ。これはいったいどこで生産されたお茶かな?」


「森の民エルフ謹製だよ」


「妖精茶か……アキラ、これのお取り扱いは……」


「お買い上げはエティリア商会までお問い合わせをどうぞ」


 コップを握ったまま、ワスプールは溜息をついてから自分の感想を述べてくる。



「エティリア様はお幸せな人だ。こんなに貴重な品々を取りそろえてくれるアキラの心を掴んで離さない」


「違うよ、ワスプール」


 否定するおれにワスプールはコップを口元まで持って行き、エルフのお茶の香りを嗅いではその豊かな森の香りを享受している。



「といいますと?」


「おれが幸せなんだよ。こんなにもエティにして()()()()()


 おれの返事を聞いたワスプールは愉快そうに顔を綻ばせている。どうやらその言葉がかなり気に入ったのようだ。



「アキラは奇特な人だ。。してあげることとしてあげられることをきちんと弁えられる。あなたを友人として持つことができたことは私の幸せだということかな」


「そこまで買ってもらえるなら、これも贈呈しないといけないじゃないか」


 アイテムボックスから取り出した年代物のエルフの果実酒を、ワスプールの前に披露する。



「なっ! これは……幻とまで言われている妖精の森酒ではないか、それも年代物で」


「あんたの反応をみるとそうみたいだね。これはあんたに差し上げるよ」


「ま、待てくれ。妖精の森酒はその香りの良さから空の樽だけでも値段が付く。これをタダで貰うわけには……」


「親友なら遠慮なしでもらってくれ……そうだ!」


 アイテムボックスから、もう一樽の年代物であるエルフの果実酒を用意した。



「こちらは前にあんたが言ったゼノスの長に進呈してやってくれ。なんならパールの宝石とアラクネの服も付けるけど」


「大盤振る舞いだね、アキラ。マイクリフテル夫人はお喜びになられるはずだ。こういう珍しいものには目がないからね」


 アラクネさんが作った胸元が開いているドレス三着に、真珠を五つほど取ってからワスプールに預ける。


 権力者に取り次ぎたいのなら、こういう貢ぎ物をケチてはいけない。特に上流社会の御婦人方にはね。



「また食糧とか取りに来るから、それまでに会える日を決めてもらえれば助かる」


「これなら近い内にお会いしてくれると思うよ。あの人は賄賂とかは嫌うが、こういった商品になりそうなものには深い興味を持つからね」


「そうか、よろしく頼むね」


「アキラの頼み事は承った。次に来た時には返事ができるように頑張るよ」



 より多くの物資を流通してもらうには権力者の後押しが必要だし、城塞都市ラクータを牽制してもらうにも、交易都市ゼノスが獣人寄りの色合いをはっきりと出してもらわないといけない。


 城塞都市ラクータへ、まず経済戦争を仕掛けようかとおれは思っている。




「それと用意してもらいたいものがある」


「なんなりと」


 ワスプールが疑問もなく微笑んでくれたので、おれにとってそれは満足のいく返事だ。



「モビス300頭と屋根付きの八人乗りくらいの走車が150台ほど」


「畏まりました」



 獣人さん移住作戦第一弾。作戦名はみんなでマッシャーリアへ行こうか。間もなく始まります。


ありがとうございました。

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