第102話 未来は分かち合うもの
「あきらっち、マーブラスの話はありがとう」
「気にするな、おれの推測だけで確証はないから」
「いや、それでもマーブラスのおっさんは本当に邪龍となったんじゃねえって思えるだけでも俺は嬉しいぜ」
「それはよかった」
「お前が話す星の話も面白かったし、住んでいた異界のこともな。また今度聞かせてくれや」
「お安い御用で。聞きたいのならいつでも時間があるときに聞かせてあげるよ」
ニールと友好を深めた森でのお茶会を終えて、集落の中に戻ったおれたちに獣人たちの移住計画に加わるかどうかの議論は、エルフたちの中で激しく交わされていたことを高齢長老者さんから聞いた。
主に年配者の間で今までの暮らしで変わりたくないという保守的な意見を持つエルフたち、このままひっそりとせっかくの人生を終わりたくないと情熱を燃やしているエルフの若者たち。
年齢層の差で起こる意見の食い違いなんてのはそれこそよくあるもので、決着をつけるために集会場で決議の場にアドバイザーとして参加させられたおれは、特に思うこともなくニールとお茶を飲んでいたが、アラリアのエルフたちにとっては初めての争論に困ってしまった長老たちがおれに助言を求めてくる。
いきり立つ若者とそれを宥めようとする成人のエルフ。こうなってしまったのはおれがエルフたちに移住の提案をしたため、その責任は取らなくてはいけない。それが分別のある成人というものだ。
「いや、難しいことを考えることはないと思うよ。別に二度と会えないわけじゃないから、この森で新しくエルフの集落を起こすと考えたらどうかな。ほら、ほかの森からエルフたちもやって来ることだし、今の集落のままでは受け入れられないでしょう」
ネシアが森の守り手についたことで長老さんたちは精霊術で他の森に住んでいるエルフたちと協議して、ネシアがアラリアの森を出るまでにすべてのエルフのコミュニティから選ばれたエルフたちがここにやってくるらしい。
「そうか、新しい集落とな!」
高齢長老者さんが両目を大きく見開いて、おれの意見にこれまた大きな声で答えてきた。それはいいがお爺さん、興奮すると血圧が上がるから健康には気を使ってくれよ? いつかはあんたのことを超高齢長老者って呼んでやりたいからね。
「ああ。今の集落はこのままでもいいと思う、新しく獣人たちと作るところは村というくらいに大きく広げよう。そこに住むエルフは里帰りで産まれてくる子供たちを連れて帰って来れば、ここに住んでいる両親も楽しみができると思うよ」
おれの建言したことにここにいるエルフたちは、若者もお年寄りも無言で互いの顔を見交わしている。都会と田舎じゃないけど、獣人移住予定地はいくらでも住居地を作ることはできるので、その中にエルフたちの専用区画があってもいいはずだ。
「そうじゃな、集落を広げようと思えば森を切り倒さねばならず、新たに作る我らの村であれば森を傷つけることはない」
エルフの長老さんのお言葉にエルフたちはみなが頷いて、喧騒とした相違する議論はこれで終わるとおれは思った。
「よっしゃー! 話が決まったら宴会だ!」
一人のエルフの若者が高々と宣言すると、それに合わせるようにエルフたちが男女老若と問わずに囃し立て始めた。
「いいね、宴会」
「飲むぞ、だれか酒を取ってこい!」
「アキラさんに牛肉を出してもらおうよ」
「この間作ったオークの干し肉も出そうよ」
「俺は焼き肉がいいぞ」
酒を取って来ようと集会場から飛び出す若者たち、机を並べて宴会場を仕立てようとする成人たち。堅苦しい場の雰囲気が一転して明るく晴れやかな笑い声がエルフの間に満ち溢れている。こういうのはいいねえ、おれも当てられて酒を飲む気になってくるものだ。
それはいいけどニールよ、どさくさ紛れにおれに仕事させようとするんじゃない。
エルフたちが大騒ぎする中で虎人のクップッケがエルフの若者に支えられておれの所に来た。
「アキラのおっさん、どうなってんだこれ」
「宴会になるらしいよ、クップッケも食っていけよ。干し肉もあるよ」
エルフの集落へ到着したときに長老さんたちからクップッケが目を覚ましたと聞いたおれはすぐに会いに行った。
「……人族のあんたにおらが助けてもらったって森の民に聞いた」
「そのままでいいから、身体のほうは大丈夫か?」
無視をして起き上がろうとしているほっそりとしたクップッケを、おれは手のひらでその動きを制止して、寝かせたままでことの成り行きを話してあげようと思った。
「……あんた、どっかで見たことないか?」
おれの顔を見たクップッケが記憶の糸を辿るようにしておれの顔をマジマジと見てくるので、病人も負担をかけたくないから答えを与えることにする。
「テンクスの町だ。干し肉はうまかったか?」
「ああっ! 思い出した、干し肉とパンをくれた人族のいいおっさんだ!」
「ははは、そうだ。おれはアキラっていうんだ、よろしくな」
「ありがとう。飯をおらにくれただけでなく、死んだと思ったおらを助けてくれた。あっ、おらの名はクップッケってんだ」
うん、それは知っている。内緒だが鑑定できみのステータスを見たからね。でもそこはこの世界にいないヒャッハーさんから聞いたことにする、それで説明がつくから。
「うん、きみの名はゼノスの無法者から聞いたから知ってる」
「そうだ、あいつらはどうした? おらの借金はどうなったんだ?」
「あいつらは仲良くゼノスから旅立ったよ、きみの借金も帳消しだってさ」
ヒャッハーさんたちの全員が妖精の小人さんに送られて、仲良くお手手をつないであの世へね。
「そっか、よかったあ。もう殴られて、働き過ぎで最後のほうは記憶がないんだ」
「もう心配ないから、つらかった日々は忘れていいよ」
腕で両目を被せてからクップッケは声を上げずに寝たままで泣き出している。なぜヒャッハーさんたちに騙されたのかを聞くのはよそう、そんなの今となってはどうでもいい話。人族がよくやる手口だし、前にワスプールもチラッと言ってくれたけど、たぶん仕事を仲介するとか言ってクップッケに不利な契約でも結ばせたのだろう。
「おっさんに借りができたぜ。おらはどう返せばいい?」
泣き止んだ虎人の若者はおれに覚悟を決め込んだ表情で尋ねてくるので、おれはその頭を撫でてやることにした。
「そういうのはいいから、まずは身体の調子を取り戻しなさい」
「いやっ、ダメだ。おらら獣人は借りを返す、それがおららの決まりだ!」
決意を現したその顔におれは愛しいのうさぎちゃんを思い出す。そうだね、ここはその意志を尊重してやらないとね。
「わかった。じゃあ、身体が回復したら働いてもらう」
「おう! 一生をかけてご恩をアキラのおっさんに返すぜ」
それこそいらない。一生のご恩って、どんだけ重いんだよ。だけどここは言葉をうまく操る、この純粋な若者の意に沿うように言い含めてやろう。
「わかった。クップッケに一生をかけてやってもらうことがある」
「なんでも言ってくれ、おらは懸命にやるから」
真剣なその若者の眼差しにおれは彼の生涯に渡るやるべきことを言い渡す。それは獣人たちの夢、先祖たちの地に帰って来ること。
「築き上げるんだ、このアラリアの森で獣人たちと全ての種族の楽土を!」
ポカンとする虎人の若者の面持ちにおれは微笑んで見せる。いきなり訳の分からないことを言われてもわからないのだろう、おっさんがちゃんと説明してあげるからね。
「アキラのおっさん、この前に言ったおららの楽土は本当にできるかな」
「うーん、できるかどうかはきみたち獣人さんがやる気があるかどうかなんだけどね」
着々と宴会の場は整えていき、忙しく準備しているエルフたちに、ニールは酒樽とか酒樽とか酒樽とか重い物を運ぶことに精を出している。っておい、お酒しか運んでねえじゃねえかあいつ。
おれはエルフポーションをクップッケに飲ませながら自分のお茶をすすり、エルフが往来している会場にエルフ様の観賞を愉しんでいた。そんなおれに虎人の若者が描き切れない未来図のことを問いかけてくる。
「そりゃおらはやりますよ。おっ父もおっ母も妹もそんなところに住ませてやりたい、人族から怯えなくて済むんだ。だけどよ、人族ってずる賢いし、そんなことをすれば放って置くとは思えいなんだ」
「それはおれがなんとかできるように頑張るから、クップッケは自分にできることを考えればいいよ」
「アキラのおっさん……」
「あー、そこは感動とか尊敬とかはいいから。自分ができることだけを考えろよ」
「そんなこと言うなよ、つれないおっさんだぜ」
「照れくさいんだよ。おれは愛する子のためにやってるだけだから、恩とかそういうのは無しでいくからな」
そうだよ、これはおれのわがままで始まったこと。どちらかといえば獣人さんもエルフ様もおれのやりたいことに巻き込まれているだけ、だからお礼を言われる筋じゃないことは自覚している。
「アキラさん、お茶のお代わりをどうぞ」
「ありがとう、パステちゃん」
パステグァルが木製のポッドの熱々のエルフ特製のお茶を持ってきてくれたので、おれはにこやかにお礼を言う。
「いいえ。アキラさんはネシアさまの恩人ですから、このくらいでお礼を言われると恥ずかしいです」
すでにネシアは森の守り手になったので、エルフたちは彼女のことを敬って様付けでお呼びしている。ただここで話題を変えないと延々と謝礼が続いてしまうので、おれはポッドを手に取ってから違う話をパステグァルに質問することにした。
「ところでエルフのお茶は美味しいから買いたいのだけど、いくらなのかな」
「金貨1枚で売りますよ」
商売の話になるとパステグァルの隣にいるエゾレイシアがすかさずいい反応をしてくる。別に払ってやってもいいけど、パステグァルが黙っているとは到底思えなかった。
「エゾレイシアあ、あたしたちの恩人から代償を取るわけないでしょうっ! それに金貨とか人族のものをもらってもそんなのゴミにしかならないでしょうが!」
「ヒッヒーっ!」
「アキラさん、無料でいいですよ。お茶の葉を好きなだけを差し上げますから」
般若がごとくすごい顔になっているパステグァルの罵声に、未来のエルフの商人であろうのエゾレイシアくんは身体を竦めてわなわなと震え出している。パステグァルは威嚇を終了させるととても天女のような可愛らしい笑顔をおれに向けてきた。
えっと……女って、こええよ。
「いや、それはダメだ、対等価値を払わないとおれも気を使う。今回は買わないから獣人さんの商人を連れてくるのでその子ときみたちが作る物の値打を決めてよ」
「エティリア様のことですね?」
「あれ、エティのことを知ってんの?」
いきなりパステグァルの口からエティリアの名を聞くとは思わなかったのでおれはびっくりしてしまっている。
「はいっ、ニール様から話を聞きました。素敵よねえ、異なる種族の間に芽生える恋。愛し合う人たちには種族の垣根なんて意味がないんだわ。ああ、あたしにもそういう命を懸けたような愛をささやいてくれる優しくて強くて守ってくれる人は現れないのかしら……」
うっとりとした目で陶酔している表情を見せているパステちゃん。若い女の子にある恋に憧れている気持ち、恋に恋をしているとは言わないが恋とは男女間の巡り合わせ、縁という見えない運命が導くものだよ。
「それなら良いのがいるよ」
場の空気が読めないエゾレイシアくんが自分の世界に浸っているパステグァルに声を掛けている。
「なによ。集落にそんな素敵な人なんていないわよ」
憮然として口を尖らせているパステグァルを見て、エゾレイシアくんが得意げに自分の意見を述べようとしている。あ、絶対にロクなことを口にしようとしているぞ。こういうのはどこかで見た覚えがある、どこだっけなあ……そうだ!
「森にはマンティコアが出るらしいよ。優しくて守ってくれるかどうかは知らないけど、強さは間違いないだよ。オスのマンティコアと付き合えば?」
「あんたは黙りなさいっ!」
パステグァルのチョップが脳天に突き刺さってあまりの痛さに声が出ないエゾレイシアくん。思い出したのはチョコ兄弟の兄であるチロとマリエールだ。あいつらは元気かな、ファージン集落の面々は今も変わらない日々をおくっているのかな、会いたいなあ。
「アキラのおっさん。思い出したけど、実はおららが森へ帰るのは難しいんだ」
「どしたの? なにがあるわけ?」
エルフの漫才コンビは放って置いても良さそうなので、暗い顔をしたクップッケにおれは聞いてみることにする。
「おららの秘密だけど、先祖は森のヌシ様に森から追い出されたんだ。おっかないヌシ様がいるから今でもこの森に帰れないんだ」
「……ふ」
「アキラのおっさんは知らないけどよ、森のヌシ様はとても怖いんだぜ」
「……ふあははははっ!」
「アキラのおっさん?」
そうか、この虎人の若者知らないんだな? おれの武勇伝を知らないというのだな? ここは若者を安心させるためにも年配者のおれがその証拠を見せてやろうじゃないか!
「あのバカが、またしょうもねえことを考えてやがる」
会場に響くおれの笑声にこの場にいるエルフたちが訝しそうに見てくる中、ニールは小声でつぶやいていた。もちろん、そんな声はおれの耳に入って来れるはずもない。
「クップッケくん!」
「クップッケくん?」
虎人の若者がおれの奇声に首を傾げてから言葉を復唱する。
「大船に乗ったつもりでいたまえ、このアキラはきみたち獣人を阻むものを取り払う。いかなるものでもおれの前に立ち阻める者はいないっ!」
「は、はああ」
おれがいったいなにを言っているのがわからないの顔のクップッケ、アイテムボックスのメニューを素早く操作して、アイテムの目録からそれを選ぶ。今から証拠を見せてやるからとくとご覧あれ。
「地竜ペシティグムスの角だ! これが森のヌシがきみたち獣人の移住を認めた証だ。どうだ、安心したかっ!」
集会場の床には大きな竜の角が鎮座している。おれが片手を伸ばしてそれに触れてからクップッケ青年をみた。だけど、そこには平伏せておれに礼拝している虎人の若者がおり、それどころかここにいるエルフたちが彼と同じように跪いておれのことを拝んでいた。
「あ、あるぇ?」
「さすがはアキラ様だ」
「森のヌシ様の角じゃ……」
「アキラ様が森のヌシ様をお倒しになられた証じゃ」
「恐ろしや恐ろしや」
いやいやいやいや、ペシティくんはいまでも元気に生きているよ? 殺さないであげて。それよりもおれを拝まないで、おれは虎人の若者を安心させたかっただけなのに。
「てめえはバカか、こうなるのわかってんだろうがよ」
「……すんません」
ニールさんの呆れかえった感想におれは謝ることしかできなかった。
ありがとうございました。




