第101話 銀龍さんから聞く昔話
目の前の美人さんがあんまりにも興奮していたので炭酸飲料水とこの前にテンクスの商人ギルドでもらった焼き菓子を切り株の上に並べていく。彼女はそれを目ざとく見つけるとさっそく炭酸飲料水のギャップを開けて、実に美味しそうにそれを飲み干した。
「プッハー! うめえなあ、これ」
「それはようござんすでした。ところで母なるアルスと人にあらざる者のことを教えてもらえないだろうか」
「おうよ。母なるアルスとはこのアルス・マーゼの全てのことだ。山も海も川も湖も平野も全てが母なるアルス。生き物も木も草もここで暮らしていんよ」
「なるほど、アルス星のことだな」
「あるすせい? なんのことだそりゃ」
「うん? いいからいいから、今のは無視して。あとで話してあげるよ」
「わかった」
物分かりがいいというか、メリジーはおれがこの世界の出身じゃないことを知っているから自分が聞いたことのない言葉にはそこまで追求することがない。本当にそれはおれにとって助かることだ。だって、その背景までも説明をしなければならないのは面倒くさい。
「母なるアルスのことはわかった。その生み出す人にあらざる者ってなんだ?」
「それが親父と姉さんも恐れていることなんよ。俺らの記憶には主様が母なるアルスで全ての生き物を誕生させようとしたときに母なるアルスと約束を交わしたんだよ。母なるアルスは静かなることを望む、母なるアルスは姿を変えることを阻むとな。母なるアルスを汚さない限り、この大地で自由に生きることも豊かな恩恵を受けることも母なるアルスはそれを阻害することはないとよ」
「へえ、それは面白いな」
天体としての惑星に意志が宿るというわけか、科学的にどう検証すればいいのだろうな。まあ、おれは科学者じゃないし、ファンタジーはファンタジーのままこそ夢があるのよね。
「もしもそういう母なるアルスを汚しうる存在、または未知なる存在が現れれば、母なるアルスは自らの意思で主様も親父も姉さんも知ることのない、なにかがそれらを排除するために実体化することが大きな理の要。それを俺らは人にあらざる者と呼んでいんだよ」
「へ、へえ。管理神も知らないなにかが出てくるんだ、怖いというかゾッとしない話なんだな」
「人にあらざる者は母なるアルスを害する者の全て、それこそ今にあるこの世界の生き物の全てが滅ぼされるかもしんねえ。だから、以前に勇者のやつが好き放題に暴れていたときに人にあらざる者が現れそうな気配がはっきりしてきたからよ、親父と姉さんは俺らに勇者の殲滅を命じたわけだ」
「マジでか。精霊王からちらっと話は来たけど、そんなにやばい奴なのか?」
古からの歴史を知る銀龍メリジーは軽く笑ってから真面目な顔を作って、おれにその時のことを教えてくれた。
「ああ、あんときは天地が震えたね。なんというか、母なるアルスが揺れ動いてその身を起こすというか、とんでもねえ化け物が産声をあげて産まれようとしたのがよくわかったんよ」
「うわー……」
化け物の銀龍メリジーに化け物呼ばわりされる存在って、いったい何なんだろうな。知りたくもないけど。
「焦った俺らは災いを起こした勇者を殺しただけでなくよ、一気にその勇者に付いてきた多種族を殲滅しようと思ったぜ。まあ、俺もエデジーも血が頭に上ったんだろうな、主様が来なければたぶん今はこの母なるアルスに人型の種族はいねえかもしんねえ」
「なにそれ、めっちゃくちゃ怖いな」
あんたとエデジーさんがな。メリジーはともかくとして、あんなにおっとりと見える風の精霊さんも怒った時は恐ろしいって心のメモに書き記しておこう。
「そうは言っても姉さんがそんなことを許すはずもねえから、愛し子を守るために秘宝殿の守役を放り出して俺とエデジーを止めに来たかもしんねえ。主様はその後に言いつけを破ったことで後悔すんであろうの姉さんを見たくねえから来たのかもな」
「そうかもな」
真実は時が過ぎ去ってしまえば誰も知ることはできない。案外、管理神は偶々通りかかって、そのような状態を案じたから現れたということもあるのでしょうが、メリジーが納得できるのなら彼女の考えた通りでいいと思う。
「ところで勇者ははしゃぎ過ぎて討伐されましたってことはよくわかったが、邪龍マーブラスのほうはどうなの? 今でも元気に生きているじゃないか」
もう一人の違反者が罰則を受けていないことに気が付いたおれはそのことをメリジーのほうに聞いてみることにした。
聞かれたメリジーは遠い目をして、その視線の先は遥か彼方にあるアルス連山であることは世界地図を持つおれには理解ができる。
「マーブラスのおっさんは俺らドラゴンの兄貴分で親父からも信頼が厚く、俺が生まれたての時はよく鍛えてもらったんよ」
「そうなんだ、邪龍はその昔は聖龍ってわけだな」
勝手に名付けしてみたが思いのほかメリジーはその呼び名が気に入ったらしく、何度もサラサラと流れる髪を揺らしながら首肯している。
「聖龍かあ、その名はいいな。そうだよ、マーブラスのおっさんは親父の言いつけでアルスの砂漠へ行って消えるまではまさにそんな尊敬の出来るドラゴンだったんよ。気高く強い、親父と姉さん以外に負けることはねえと俺らの中ではそう囁かれていた、おっさんだけど俺らの兄貴だ」
「えらい買いようだな。まあ、マーブラスのダンジョンからそういう雰囲気は伝わってきていたから、爺さん以外にもとんでもないドラゴンがいるもんだなと思ったけどね」
「お前がなぜマーブラスのおっさんが作った黒竜の装備を持っていんのはずっと聞きたかったけどよ、あとで詳しく聞かせてくれよな」
「はいよ。おれ自身のことも含めてちゃんとお話はしますよ、銀龍メリジーさま」
「こいつめ、調子がいいやつだ」
軽口をたたいたおれの頭を拳で軽く叩いてから彼女はフッと艶やかに微笑んで見せてくれている。ああ、この人もドラゴンという人外じゃなければきっと妖艶な傾国美女か、薄幸の絶世佳人として名がこのアルスの歴史に残ったのだろうね。
人型の銀龍メデジーは、だれが見てもほれぼれして魅入られてしまうほどの俗界を離れた美姫なんだから。
「マーブラスのおっさんがなぜ俺らから離れたのは今でも謎だ。親父も随分と心配していたが、マーブラスのおっさんが再びその姿をこの世に現したときはすでに自分の秘宝殿を作り上げて、そのことが贖えない理を外したんだ」
「ほう、ダンジョン作りが贖えない理を反するのか」
邪龍マーブラス。メリジーが先に教えてくれたようにそいつは爺さんの一番部下だったらしく、それが爺さんの指令でアルス連山から離れてアルスの砂漠へ行ったが帰ってこない。それどころか自分のダンジョンを海洋の孤島に構えてしまった。
おれには聖龍マーブラスの変貌する切っ掛けとなることに思い当たる節があるが、なんでダンジョンを作ったことが理を外れることをメリジーに聞いてから爺さんとメリジーの謎解きに協力しよう。キーワードはアルスの砂漠と思念、間違いがなければマーブラスはそこで異世界の知識と概念を得たんだ。
「秘宝殿はその規模にもよるが、この世界を変えてしまう力を持つ秘宝を生み出す可能性を持つんよ。例えば親父と姉さんが守護する最後の秘宝殿がそうなんだよ」
「そんなものを管理神が作るから悪いんじゃね? 理を守れと言いつつ、理を壊せるものなんて作るもんじゃないよ」
「主様が何をお考えになるかを俺らが知るわけがねえ。だがな、最後の秘宝殿は母なるアルスも認めているんよ。親父と姉さんを倒せる存在が現れることを主様も母なるアルスも悪戯心で待ってんかもな。俺にもわかるんよ、自分を超える存在はが出現したならどんなやつか、やり合ってみたいんじゃねえか」
「あー、そっすか。そいつあようござんすね」
フンスと鼻息を荒くしたメリジーを見て、おれはつくづく脳筋は救いようがないと思った。最後の秘宝殿にどんな秘宝があるのは知らないが、その冒険に出かけたいとは思わない。爺さんと幼女と戦うのはなんの冗談だ。勝ち負けじゃなくて友人に刃を向けたくもありませんし、その前に守護の二柱に勝てる気すらしない。
でも、この世にとんでもないお宝があることで確かに冒険心を掻き立てるのは認めよう。それによって自分を鍛えたくもなるし、そこへ向かって人生の目標とする人も現れるのだろう。そういうことなら管理神が最後の秘宝殿を作り上げ、母なるアルスというやつがそれを認めたのかもしれない。
人生って未知への冒険そのものだもんね。
「それでなぜマーブラスは贖えない理を反したのに勇者みたいに討伐されないんだ?」
「マーブラスのおっさんは竜の迷宮を作り上げてから出て来ないんだ。稀にアルスの大陸に飛来しては種族を滅ぼしたりしていんだがよ、親父と姉さんの調べでそれらの種族は母なるアルスを荒らしたり、ほかの種族を侵略したりしてんだ。殺されても文句を言えねえ奴らばかりなんよ」
良い奴じゃねえかその邪龍マーブラスってやつは。なんで邪龍って呼ばわりされたのだろうな。
「恐れた多種族の間でマーブラスのおっさんが邪龍という名を奉じられてよ、一度だけ神山にも帰ってきたが、ボクを倒したければ竜の迷宮へ来いって言ってすぐに帰ったんだよ。理を外れた龍でもあんからよ、いつの間にか俺らの間でもそれの名が呼ぶようになったんよ」
「そりゃまた、自己顕示欲の強いドラゴンことですな」
首を傾げるメリジーはチョコレートを袋から取り出して、自分の口に放り込むようにして入れたがその瞬間的な微笑みがとても可愛らしかった。だから、今の仕草をもう一度やってくださいませお願い致します。
「なにより、贖えない理を反したにもかかわらず母なるアルスが人にあらざる者を産み出す気配が全くなくてよ、それならと親父はマーブラスのおっさんのことは放って置けと俺らにそう言いつけた」
「なるほどね」
竜の迷宮へ行った時に思った疑問がある。そこの宝箱から取れた装備はどれも極上の物ばかりで、しかも対竜戦闘用のやつが多い。ひょっとしてその邪龍マーブラスは自分に挑みかかって来るやつを心待ちしているかもしれない。もしそうなら、その邪龍マーブラスというのはただの戦闘狂でダンジョンを作ったのも戦いたがっているだけということになる可能性がある。
まあ、時空間停止が解除した今のおれはもう行きたくもないからどうでもいいことだ。
「最後に細かい理を反したらどうなるかだけ教えてくれないか? ああ、内容はたぶん長引くから説明がなくてもいいよ」
「おお、助かんぜ。理のことはエデジーがよく知ってんからあいつに聞いてくれや。細かい理わ反した時は別に俺らはなにもしねえ。しねえのだが種族でそれをすんとそれが積み重ねれば母なるアルスから恩恵を受けられなくなんことがあんよ。大地が腐り、水が淀む、その地にだれも住めなくなんだよ。多種族はそれを滅びの地と呼んでんらしいぜ」
「滅びの地かあ、地味な嫌がらせだなそれ。あ!」
時空間停止した時に骨骨軍団がいる廃墟を見たことがあったな、それがそうなのかな。
「なんだよ、なにか思い当たる節があんかよ」
「それらしい廃墟を見たことはあるが、確証はない」
「ふーん」
まあ、機会があれば風の精霊さんにでも聞いてみようとしますかね。
「ありがとう、メリジー。細かいことは別として、とりあえずこれでこの世から抹殺されかねない贖えない理のこともだいぶ理解できた」
「いいってことよ。それより、今度はあきらっちのことを聞かせてくれんだろうな?」
「いいよ、だがその前にだ」
「なんだ?」
おれが椅子代わりに座っていた木箱から立ち上がったので、不審に思ったメリジーは瑞々しさをたたえる唇から疑問がこぼれてくる。
おれはアイテムボックスからファージン集落でアリエンテさんが作ってくれた牛肉と森の野菜の煮込みを器ごと取り出してからテーブルに乗せる。都市ゼノスで購入したフワフワのパンを添えて、食事の用意を整えた。
「ご飯を共にして頂けるかな? お美しいメリジーお嬢様」
「こいつ、調子のいいことばかり言うんよ。いいぜ、一緒に食ってやんぞ」
綻びる口元が人の心を夢中にさせる人化した銀龍メリジー。お嬢様というには気質も上品さも備えている麗人だが、その粗っぽい口調が可憐さを無くさせている。だからといって、それが目の前の美女の魅力を損なうことは全くないこの不思議。
さあ、食事の会話におれが異世界移転する前のこともその後のことも教えて進ぜよう。あとは聖龍マーブラスの変化のことも推測ではあるが、お話をさせて頂こうとしましょう。
故郷の美味しい料理を食べながら。
ありがとうございました。




