第99話 桃の園で誓いを立てられない
「しかし、なぜ私に魔剣人喰いをお見せしたのでしょうか」
ワスプールとは話がついて、近い内に都市ゼノスの都市の長を紹介してもらう手筈になっている。より沢山の食糧を集めるには都市ゼノスそのものの協力は不可欠であり、おれとしてもモフモフ天国の支持者を一人でも多く増やしたいと考えている。
それに城塞都市ラクータの騎士団がアルガカンザリス村を襲ったことは、都市ゼノスや商人ギルドのほうに知られてしまうかもしれない。おれが殺したラクータの騎士団員が多すぎたからだ。それなら事前にワスプールにリークして、なんらかの役に立ててもらいたい。
「ラクータの騎士団がアルガカンザリスという獣人の村を襲撃したが返り討ちに合って、ほぼ全員が殲滅された」
「……ついにあいつらは手を出したのか……しかし、なぜアキラ様はそのことを知っておられるので?」
「そりゃ、そいつらを殺ったのはおれだからな」
真実を告げるとおれはアイテムボックスから出した奈落の仮面を下に向いた顔に着けて、ワスプールのほうにこの異様な仮面を見せつける。
「ヒーーヒーーっ!」
二度目の悲鳴をどうもありがとう。しかも二回も叫ぶなんて、ワスプールあなた、なにか辛いポテチでも食べたのですか。
「驚かせないでくださいな、心の臓が止まるかと思いましたよ」
「ははは、悪かったな。風聞で人外に襲われたと噂を聞くと思って、その真相を先に見せようと思って」
「魔剣人喰いとその見るにも恐ろしいお面だけで、アキラ様のいうことに嘘はないと私個人は全面的に信じて差し上げようと考えている所存ですが、でも本当にこの話を流しても宜しいで?」
「ああ、人外が商人ギルドにとんでもない物を売りに来た。買付けを断ろうとした商人ギルドの職員にこれまたとんでもない脅しをかけたので、商人ギルドの職員もその場は引き受け入れざるを得ないという筋書きでいかがだろう」
「まあ、当ギルドとしては一度受けた売買契約はきちんと遂行するのが信条でして、たとえ契約の相手がモンスターであろうと人外であろうと、それは契約に影響は及ぼしません。ですが、魔剣人喰いのことでアキラ様は教会から目を付けられませんか?」
ワスプールの心配はもっともだ。今でも顔に冷や汗を掻きながらおれのことに気を使ってくれている。嬉しい限りだ。
だけどご心配無用! おれにはネコミミ巫女元婆さんが強い味方でいてくれる。もう会うことがないだろうとは言ったが、絶対に会わないなんては言ってないからね。
「それは大丈夫。教会には知り合いがいるんだ、その人に相談するよ」
「それはどなたかをお聞きしても宜しいですか?」
「今をときめくゼノスの巫女、ネコミミのイ・オルガウドさんだ」
「……」
あ、また口を大きく開いたまま絶句するワスプールになっている。こうなったらテーブルに備え付けている焼き菓子を放り込んじゃえ、えいっ! いえい、3点シュートだ。
「もうよくわからなくなってきましたが、よくわかりました。商人ギルドの職員として、またワスプール商会の会長として、アキラ様という人外人族に全面的な協力を尽くしてさし上げましょう」
もう、人のことを人外さんだなんて言っちゃって、お茶目なんだからこの人は。
「あ、アキラ様、焼き菓子は投げつけるものではありません。食べ物を粗末することは感心しませんよ」
それは正論だな、すまんすまん。これはおれが悪かったよ。
「だからってお茶のポッドに手を掛けないでください、中に入っているのは熱いお茶です、私がやけどをしてしまいますよ!」
あーもう。これもダメあれもダメって、ワスプールは紳士に見えて案外わがままな人だな。
「オホン。それはさておき、パールの宝石はお任せして頂きましょう。このような貴重な品でしたら必ず高値でお取り引き頂けるよう、私も尽力致しましょう」
「参考にまででいいけど、どのくらいで売れるかな? 銀貨50枚は行く?」
落ち着きを取り戻した二人は美味しいお茶を啜り、美味な焼き菓子をおれだけが口で忙しくかじってからその味を味わっていた。
「ははは、アキラ様は無欲なお方ですな。あなたじゃなかったらこのままそのお値段でお引き受けしましたのに、私買いということで。50枚、いや、これ品質なら75枚まで頑張らせて頂きましょう」
「銀貨75枚か、悪くないかな」
「いえ、魔力付きのパールの宝石一つを金貨75枚で」
今度はおれが口を大きく開いたままになってしまった。おいおい、金貨一枚であっちの世界じゃ百万円です。それが金貨75枚なら7500万円ってことだよな?持っている真珠を売るだけでおれはこの世界の大富豪になっちゃうじゃねえか!
あわててワスプールのほうを見ると、やつは焼き菓子を持って投げようとしているところだ。危ねえ、逆襲されるところだったぜ。
「オホン、失礼いたしました。それでお幾つを用意して頂けるので?」
問われたおれは黙って100個の真珠を取り出すため、アイテムボックスのメニューを操作した。ワスプールのほうへ作り笑顔をみせると、やつを驚かすために100個の真珠を絨毯の敷いてある床へ一気に転がせてみせた。
「今回は少ないが100個だけしか出せないから金貨7500枚をよろしくな」
どうだ驚け、この75億円の商品をぞんざいに扱えるおれ。
「……」
三度目の大きく口を開いている絶句は目も見開いていることのオマケ付き。しかし、今回ばかりは焼き菓子をワスプールの口に放り込んでも閉まることがない。しまった、またもややり過ぎか。
室内の静けさだけがおれとワスプールの間に音もなく漂っている、困ったもんだ。
「パールの宝石はいったいどのように採ってこられたことはもうお聞きしません。アキラ様がアラリアの森へ行かれる方法を知っておられることはこれでよくわかりました」
「助かる。いつかはワスプールさんも奥方ともどもご招待しますよ」
「それは本当ですかっ! お連れしていただけるでしょうか!」
「ああ、また時期尚早だけどね。その時が来ればアラリアの森の観光をご案内しますよ」
満面の笑みでおれの手を握って嬉しそうに笑って来てくれているワスプール。この人は信頼における人とは思っているがちょいとだけ釘を刺すことにしておく。人は地位と財産が豊かになればその心が必ずしも豊かさに満ちるとは限らないからね。
「ワスプールさん。別にあなたを信用しないというわけではないけど、アラリアの森は本当に資源が豊富で住み心地いいところなんだ」
「アキラ様、それ以上仰らなくても宜しいですよ。私は家内と共にアラリアの森へ行けることを喜んでいるのです。アラリアの森から採れる商品はアキラ様の御用商人でいらっしゃるエティリア様を通してお取り引きをさせて頂きますので、獣人族の不都合になることは一切致しませんのでどうかご安心を」
優しげに微笑みをたたえるワスプールはおれの言わんとするところを理解し、自らアラリアの森にある資源に、直接手を出す気がないことを伝えてくれた。その上にエティの良き取引相手でいてくれることも約束してくれた。
もう、その男気に泣かされるんじゃねえか。
「友よ、エティのこと共々今後もよろしくな!」
「おお、アキラ様。このワスプールのことを友でお呼びしてくださいますか!」
「友も友、親友と言ってもいいんだぜ」
「しんゆうとはいかなるものでしょうか?」
「親しい友人と書いて、心を分かち合えるこの上ない友のことだ!」
「おお、アキラ様は嬉しいことを仰ってくださいます」
「今後はその様呼びも敬語もなしだ!」
「……わかった。アキラ、わが親友よ!」
固く手を握り合ってから抱き合うおっさんと紳士さん、二人とも中背中肉の体格でよかったよ。ムサ苦しい筋肉隆々のはファージンさんで間に合っているからな。
そうだ! このまま桃園の誓いとやらをここでやっちまおうか、同年同月同日に生まれることができなくとも、同年同月同日に死ぬ事を願おうってな! でもよく考えたらおれには不老のユニークスキルで寿命が伸ばされているし、この場に二人しかいないからそれは無理か。
これでおれがいつかここからいなくなっても、エティにとってのいい人族の商人仲間を作れたことでワスプールに感謝せずにはいられない。
「そうだ。最後にお願いが一つあるんだけど、聞いてくれるかな」
「水臭い言い方だ、親友というのなら率直に言ってほしい」
頼もしげにワスプールは商人ギルドのホールでおれに親しみを込めて返事してくれた。
「もしゼノスから十数人の女の子がワスプールを訪ねてきて、ファージン集落へ行きたいと言ったら力になってやってくれ」
「ほほう。その女の子たちというのはアキラに縁のあるもので?」
「まあ、縁があるというか、成り行きで助けることになったんだ。ゼノスで住むところがない親無し子っていうから、ついついな。年長の子の名はディレッドって言うんだ、頼めるかなあ?」
おれの説明を受けたワスプールは人を和ませる柔らかい笑みで笑いかけてきてから、おれの肩を軽く叩いてくる。
「これでアキラの人柄はよくわかった。そうか、親無し子か、さぞかし風雨に晒されて厳しい日々を送ってきたんだろうな。宜しい、もしディレッドという女の子がほかの少女たちが連れてきて、私を尋ねてきたならば無事にファージン集落へ送り届けることを約束しよう」
「ありがとうな」
これでわずかの間だけおれと人生で交差した逆境を懸命に生きようとするゼノスの不幸な女の子たちに、友人となったワスプールにその子たちの助力を頼めることができた。
生きろ、きみたちにとっては残酷で無情が満ちているこんな世界でも、きっと温かい陽射しがきみたちにも降り注ぐ日がくるんだから。
おっさんは交際抜き援助しかしてやれなかったけどね。
ワスプールに見送りを受けてからおれはテンクスの商人ギルトを出た。
これで開拓するために物資の確保をワスプールと確約することができたので、エティたちと再会してから獣人さんたちがアラリアの森へ帰還する願望を確かめることに専念する。
その前にあの怖い銀龍メリジーさんに焼き肉をごちそうをしなくちゃね。そろそろ彼女の自制力が切れかけの頃合いになってるはずだ。
ありがとうございました。




