第98話 魔剣マンイーター
「アキラ様、あなたが持って来られるものは貴重なものばかりでもう驚くことはないと思いましたが、今回のはさすがに……」
最愛の人に会う前に、この世界で真珠の取り扱いを知りたかったおれはテンクスの商人ギルドに来ていた。移動は言うまでもなく、ご愛用のローインタクシーでお代をもらった風鷹の精霊は喜んで帰っていた。
テンクスの商人ギルドの玄関ホールで出迎えてくれたワスプールに真珠の価値を確かめてもらおうと、商人ギルドの応接室に入ってから真珠を大きなテーブルに出してみたが、まさかワスプールが真珠を見てここまで仰天するとは思いもしなかった。
「え? これは貝から採った光る石というものじゃ……」
「その呼び名を知る人がまだいらっしゃるとは。この際にはっきりとお聞きしますがアキラさん、あなたはいったい何者なんですか?」
とうとうワスプールからおれの素性について聞かれることとなった。いずれは触れる程度でいいから話さなくてはいけないと思ったけど、この場で質疑されるとは考えていなかった。
「えっと……こうしようよ、ワスプールさん。まずは光る石のことを教えて? おれのことはその後と言うことで」
「むむ、宜しいでしょう。光る石ことパールの宝石について教えて差し上げましょう」
「よろしく」
ワスプールはきちんと座り直したので、おれも襟を正して彼の話を伺おうと両ひざを揃える。でも人魚さんたちがあんなに簡単に取ってこれた真珠に、ワスプールが落ち着きを失うほどの価値なんてあるのかな。確かに魔力回復の効果は助かるけど。
「パールの宝石は魔法使いにとって、使われた魔力を回復できる貴重な道具として昔から知られており、道具としての役割を終えた後でも宝石で高値で売買されることが多く、大変価値のある素材として商人ギルドでも昔は取り扱われていました」
「ほうほう」
ワスプールが言ったことは鑑定した通りのもので、予備知識のあるおれは驚かされることがない。そんなおれを見てながらワスプールは中断していた説明を再開させる。
「どうやらパールについてはアキラ様もある程度は知っておられるようですな。それならば話を続けさせていただきます」
「おう」
「パールの宝石は言い伝えによると、我々人族の間で時には騙し合いや殺し合いなどの醜悪な争いになるまで欲しがられているには訳があります。それはパールの宝石の入手の難しさです」
「ほほう……」
目を見開いてからおれの瞳を覗き込んでくるワスプールの視線がとても怖い。思わずそれから目を逸らしてテーブルに置いてあるコップを取り、お茶を何度も飲んでしまった。
「アキラ様は御存じではないでしょうが、パールの宝石はアラリアの森にある、アラリアの湖にいる凶暴で珍しい貝類のモンスターであるオスムル貝からしか採れないと言われております。しかもそれを採って来れるのは、同じく珍しいモンスターである気まぐれの性質で知られるマーメイドしかできないという言い伝えは今でも残されています」
「……」
うむ。ワスプールはおれに疑念を持っているというか、もう疑っているよの顔がありありと見せつけてくる。違うもん、マーメイドちゃんたちがサクサクと採って来るものだから、おれも簡単なものかと思っちゃったもん。なんだかもんもん考えているうちにエティに逢いたくなってきたもん。
「今に残されている魔力の込められていないパールの宝石は、その昔に城塞都市ラクータの商人たちがまだアラリアの森に住んでいた獣人から買い付けたものです。それをより多く手にするために獣人たちをそそのかして、交易の道をアラリアの森で作ろうとしたところ、獣人たちが何かに襲われてアラリアの森から追われたと言われております」
「ふーん、そういう昔話があるんだ」
謎解きはいつも思いかけ無い所で答えを得たりする。まさか獣人さんたちが森のヌシ様に追われたのは真珠のせいということを、今の獣人さんたちは覚えているのだろうか。
「今では魔力が込められているパールの宝石というのはほぼ残されておりません。アキラ様が持っておられるそれは輝いておられて、どうも魔力付きの貴重品と思われます」
「そう……だな」
ワスプールは両手をテーブルの上に置くと身を乗り出し、顔が一気におれに近付いてきた。表情と両目に浮かべる真剣な迫力におれは身を竦めるほどたじろいてしまった。
「身上を探るつもりはなかったのですがあなた、いったい何者なんですか?」
もうワスプールという商人に素性を隠すのもこの辺りが限界だ。モフモフ天国作りを手伝ってもらうのに、異世界人であることや精霊魔術師のことは明かせないが、人族の中では並み居る者なら寄せ付けない強さを持っていることを示してやらねばならない。
城塞都市ラクータにいるまだ見ぬ敵を牽制のためにも、やつらに獣人さんたちの協力者がいることをはっきりと示してやろうじゃないか。ここにいるワスプールの協力を得ることによってだ。
おれはアイテムボックスから取った武器は、アルガカンザリス村を襲ったラクータ騎士団を滅ぼした深紅の剣人喰い。鞘からその赤く染まっている刃身をワスプールへ披露する。
「これが……」
「……深紅の剣」
あるぇ? ワスプールさんが固まっているよ、どうしたのかな。
「書物でしか見たことがなかったがまさかそれは人喰いか? その昔にとある城塞都市の騎士団を一人の剣士が全滅させたという深紅の魔剣。風の刃を飛ばして人の血を欲する、呪われし者しか手にし得ない……」
「あ、ああ。魔剣かどうかは知らないがこれは確かに人喰いだ」
おれの返事を耳にしたワスプールは、恐怖のあまりにいきなりおれから離れて扉のほうへ逃れようとしたが、腰が抜けてしまったのか、その場にこけたワスプールはガクブルになって、身体を両手で守るように抱えておれに懇願してくる。
「こ、殺さないでくれ……」
「しねえよ!」
「ヒーーっ!」
あ、言葉を選び間違いちゃった。ごめんね? テヘペロ
「先ほどは大変見苦しい所をお見せしました、申し訳ございません」
「おれのほうこそごめんな? この剣が曰く付きだなんて思わなかったよ。でも剣に呪われるってのは風説だと思うよ? 試しに握ってみる?」
必死の説明にようやくワスプールはわかってくれたようで、数杯のお茶を飲み干してからいつもの紳士さんに戻っている。空になったポッドに綺麗なお姉さんがお代わりのお茶を入れるために持って行った。
「結構でございますっ」
「さ、さいでっか」
うむ、言下に断られちゃったよ、即答だよ即答。
「人喰いが呪いの剣でないことはアキラ様のおかげさまで、間違った知識を改めることができました。やはり書物だけでの知識というのは、検証されていない場合は疑うべきですね、ありがとうございます。しかしながら人喰いが伝説の武器であることに相違ございません」
「そうなのか?」
「どこでのダンジョンかということは、今はもうどの書物の記録に残されておりません。人喰いはその昔に名が知られた冒険団がダンジョンアタックして、同行する団員がほぼ全滅したという形で、ダンジョンの最深部で冒険団の団長が手にしたという言い伝えが書物で残されています」
「それは、すごいな」
おれの時空間停止チートによるお手軽トレジャーと違い、ダンジョンアタックでのラスボス討伐とは凄腕の人族もいたということだ。
考えているおれにワスプールはしばらく黙視していたが、大きくため息をついてからその伝説の続きを話してくれた。
「ですがその代償があまりにも大きかったのか、今は名前すら残されていないその冒険団の団長は気が触れてしまい、ダンジョンから出た後に陽気だと言われていた人柄が大きく変わったようで、だれにも話しかけることもなく、ただ人喰いを眺めるだけの日々が続いたそうです」
「そうか……」
これはおれの推測だけど、たぶんそれは大切な仲間を死なせてしまった懺悔や無念さに悩まされていたのかもしれない。心の傷っては一度負ってしまうと元通りにはならないものだと思う。
「見かねた残り少ない冒険団の団員たちが酒場へ団長を諫めに行ったそうですが、それが悲劇の始まりだと言われております。その冒険団の団長はその場で生き残った団員たちを人喰いで全員を殺すと、酒場にいた人たちもその場で斬られて命が失われたと伝えられています」
「それはまた……神経が焼き切れたのか」
「しんけい?」
「なんでもない、話の続きをどうぞ」
怪しそうに見てくるワスプールは、賢明にも聞いたことのない言葉を追及することはなく、中断していた伝説を聞かしてくれようと口を開いた。
「多くの犠牲を出したその都市は、当時の騎士団にその冒険団の団長の討伐命令を下したのですが、討伐に向かった数百人はいた騎士団は一人残らず風に刻まれて、魔剣人喰いの餌食となってしまったそうです」
「……大風魔法か」
「ええ、そうです。さすがは魔剣人喰いの所持者、よくそのことをご存知で」
「……」
おれからの返事がないことを確認したワスプールはさらに昔話を進めていく。
「都市の騎士団を全滅させた冒険団の団長はそれ以上の殺戮することはなく、阻まれることがないままその都市から出て、どこかへ歩み去ったそうです。だが都市にある教会は追い手を派遣して、冒険団の団長の行方を追ったそうですが、冒険団の団長は次の都市へ向かっていることが判明したそうです」
「へー」
「そこでアルス神教の総本山から冒険団の団長に対する追い打ちの令が発されました。アルス神教の最強の騎士団、いえ、大陸最強と言われております神教騎士団がついに出撃されましたと言われております」
「神教騎士団か」
「はい。武技、魔法、集団戦術のいずれも最強を誇っておりまして、今もどの城塞都市の武力を持ちましても敵うことのできない、大陸最強の武力集団です」
「なるほど……で、その神教騎士団が出てきたからにはこの物語もここで終りということか」
さすがに一人では最強の戦闘集団である神教騎士団に立ち向かうことができないだろう。そう考えているおれにワスプールは頭を縦に一度だけ振ってから横へ数度ほど首を揺らした。
「ええ。この物語はこれでお終いですが、それはその冒険団の団長の死と引き換えに、最強である神教騎士団にも多大な死傷者を強いられましたと書き残されています。ダンジョンの最深部から帰還を果たした団長の技能は高く、魔剣である人喰いのとてつもない性能と合わさって、神教騎士団も無事ではいられなかったということでした」
「へええ、それはすごいなあ」
魔剣と謳われる人喰いは技能さえあれば神教騎士団と対等に戦えるということか。別に神教とはことを構えるつもりはないが、自分の身を守るということでおれも剣技を磨いて行こう。今度、武神ニール大先生にお願いをしてみようか。
「ところで今もアルス神教の総本山で厳重に保管されていると言われるその人喰いはどうしてアキラ様の手に?」
ワスプールの疑念はおれがアルス神教の総本山から盗み出したようだ。ここはちゃんと釈明しないとおれは盗人扱いを受けてしまうではないか。
「いや、違うよ。これはおれがダンジョンから……あ、ワスプールぅ、てめえ」
「そうですか、アキラ様はダンジョンの最深部から取ってこられたのですね」
ワスプールの真意はおれの強さと出自を探り出そうと言葉に罠を張ったもので、それに気が付かずについつい本当のことを吐いてしまった。まあいい、元々ある程度のことは伝えるつもりだったし、モフモフ天国の助っ人になってもらうには、おれのことで安心してもらわないとワスプールも最大限の協力ができないだろう。
「ああ、そうだ。これはおれが独りでダンジョンから取ってきたものだ」
「なんと、ダンジョンアタックをお一人で!」
「どうやって取ってきたかは言えないが、これはおれが独りでダンジョン踏破した証だ」
「……」
絶句しているワスプールにおれは頷いてみせる。ダンジョンの踏破はしているけど、討伐はしていないからな、あんな化け物どもと相まみえることなんてしたくもない。もっと強くなったら遊びに行くかもしれないけど。
「……アキラ様、あなたなら前に言われた獣人族によるもふもふ天国というものを本当に作り上げられるかもしれません」
「……そうでっか」
この紳士っ子は人の良い笑顔をみせているけど、さては信じていなかったな? こんチキショーめ。
「是非ともアキラ様に強いお味方になって頂ける人を個人の伝手で紹介したいと考えておりますが、いかがでしょうか」
「それはだれかな?」
この紳士と知り合ってからいつも奥ゆかしさと底の見えない懐の深さを見せつけられてきたが、今に見せている笑窪は可愛らしさというか、悪戯をしようとしている悪童の面影をちらつかせている。
「交易の都市ゼノス、その都市の長であるマイクリフテル夫人でございます」
ありがとうございました。




