第96話 真珠に牛
足元に積まれている真珠の山におれは言葉を失っている。なんなんだこの数は? 百個、いや、二百個のはあるはずだ。真珠って海に生きる貝から採れるじゃなかったのか? ここって湖だよな、異世界はやっぱりファンタジーだ!
魔力を取り出せるということでみんなが湖に潜って真珠を採取しているときにおれも手に取って鑑定してみた。
オスムル貝の真珠:モンスターのオスムル貝の中に砂などの異物が入り込んだ時に、オスムル貝の外套膜で形成されると同時にオスムル貝の魔力も込められている。込められた魔力は握ることで消費された魔力の回復に使用することができ、魔力の抜けた真珠は装飾用の宝石としての価値もある。
なるほど、この世界の真珠は魔力の回復アイテムとしても使えるということだな。これは良いものを発見した。今のおれは魔力が満タンなので、真珠の魔力を吸収することができないけど、不老のユニークスキルの魔力回復以外に、こういったアイテムによる回復もおれには必要なものであるに違いない。
それにしてもオスムル貝ってのはモンスターなのか、どんな奴なんだろうな。まあ、でもマーメイドちゃんたちが簡単に真珠を採って来れるのだから、きっと弱いやつなんだろう。
「わたしが一番多く光る石を採れたからアキラの美味しいものはわたしの物よ」
「そんなのずるいよ、あたしが最初にアキラに光る石あげたのに!」
「そうよ、わたしもいっぱい採ってきたから食べる権利はあるわ」
胸を張っているマキリにシャースランは大きな声で抗議している。ほかのマーメイドちゃんたちもそれに納得できないようでマキリに文句を言っていた。きみたちね、食べ物のことでケンカするなよ。ちゃんと平等に食えないくらいに山ほど作ってあげるからさ。
だがその前に真珠のことで彼女たちに釘を刺さなくてはいけない。お宝に化けるかもしれない真珠を二束三文で交換しちゃダメだ、おれは人魚さんたちの未来のためにここはクドクドと説教を始めるつもり。
「はーい、注目!」
おれの大声にマーメイドちゃんたちはみんな口を噤んでしまっている。ふふん、これで話しやすくなった。
「きみたちに言うことがあーる」
マーメイドちゃんたちはおれを見るだけでどの子も声を出そうとはしない。
「いま、きみたちが持ってきた物は真珠というものである。これはひょっとして多種族の間では大変貴重な宝石なのかもしれない」
「あっ……」
おれの言ったことに反応してマキリが呟いたのをおれは聞き逃さなかった。
「どうしたかな? マキリちゃん」
「あのね。おばあちゃんから聞いたのだけど、光る石は大昔の時に人族の間でわたしたちの先祖様と好んで交換したものだと教えてくれたことがあるの……」
ははん、ビンゴだなこれは。後はエティかワスプールに裏付けを取るだけだ。
「そうかそうか、そいつはよかった」
「なにがよかったのかしら、アキラ」
「きみたちマーメイド族と交易する品物を、おれは仕入れすることができるということだ。さあて、値交渉の前にまずは食事といこうか?」
「うんっ!」
おれの提案にマーメイドちゃんたちは期待を込めて同じ動作で頷いている。マーメイドちゃんたちにおれ好みの巨乳さんはいないが、どの子も快活そうでりりしい顔がをしている。さながらスポーツをよくする元気いっぱいの少女たちというところかな。
人魚さんたちに作るつもりの献立はいつもの焼き肉を取りやめ、野菜たっぷりの牛肉炒めにして、味付けは塩と砂糖と醤油に少しだけのお酒だな。名付けて異世界チンジャオロースだ!
あ、ピーマンじゃないのでただの牛肉入り野菜炒めか。
アイテムボックスから調理道具一式と薪を取って、土魔法でブロックを作ってから即席かまどをブロックで組み上げる。ブロックが崩れないように周りを土で盛るが空気のいれ穴だけは開けておく。これで薪をかまどに入れてから火魔法による着火させて、料理を炒めるための火力は用意できた。
千切りにした牛肉塩と砂糖と醤油でタレにつける。片栗粉があればそれを入れて焼き上がりの肉を柔らかくすることができるが、残念ながらそれはない。そんなわけで小麦粉で代用してタレに漬けてある牛肉にまぶしてから肉を揉む。マーメイドちゃんたちの胸が揉めなくてこちらも残念だ。
この世界のキャベツみたいな野菜を切る。玉ねぎがあればいいがそんなものは市場で見当たらなかったので、この森で採れた青菜の野菜を入れることにした。鑑定をしてから採取したときに食べてみたが若干の甘みがあるのでサラダにしても美味しいのだろう。
大量の材料が整えたところで火力を上げることにして、かまどの中に薪をさらに入れていく。火が燃え上がり、あと少しで望む火力に達するのだろう。ここで初級火魔法で補助することを想定してみよう。
魔法のアイコンを出す、狙いはかまどの中の薪。アイコンを押して魔法をぶっ放すとあら不思議、かまどが破壊されて周りが大惨事。なぜだろうね、ウフッ
マーメイドちゃんたちがおれの手料理を期待しているからアホの妄想はここまでにしてと。さて、中華料理の達人、野菜炒め作るアルよ!
もう、見慣れた光景とは言え、あれだけあった材料がきれいさっぱり無くなって、マーメイドちゃんたちは動けなくなった。いまここで彼女たちに悪戯をしてもきっと抵抗はできないと思う。
まあ、そんなことはしないけど。
それよりも這いずるように湖に向かっている可愛らしいシャースランにおれも声をかけずにはいられない。
「あの、シャースランちゃん? お家にお帰りなるのかな?」
彼女はおれのほうを見ようとしないでなおも湖に向かっている。
「や、ヤサイ炒めをもっと食べる……光る石取ってくる……」
彼女の言葉を聞きつけたマーメイドちゃんたちは、それが掛け声になったようで全員がシャースランと同じように湖へ向かおうとぞろぞろと動き出す。
「……ヤサイ炒めを……もっとヤサイ炒めを……」
こわーい。なにこの子たち。動きがゾンビのようだよ。んなこったより止めなきゃ。今ここで湖に入ったらこの子たちきっと……吐くがな!
「そこまでえ、やめなさーいい!」
二度目の絶叫はフルチンの衝撃の時と同じように、それは湖を響き渡っていくものであった。
「ったく、そんなことをしなくても会うことあればまた作るから」
「ここに住んで、もうどこにも行かないで!」
本気で願ってきているマキリに横で両手を合わせているシャースランらマーメイドちゃんたち。彼女たちの話では人魚さんの食事はもっぱら湖から採れる魚のようで、それを調理することなくそのまま食べるだそうだ。
「こんなの食べたらもう、今までの食事が喉を通せなくなるよ」
「うーん……」
涙目で切願してくるマキリにおれはどう答えればいいかとすごく迷っている。実はいつものように軽き気持ちで料理していたつもりで、まさか彼女たちにカルチャーショックを与えてしまうとは微塵も考えなかった。
「なんでもするからここにいて、美味しいものを食べさせて」
シャースランもマキリに負けないくらいの素直な気持ちでおれの腕に縋りついてきて、その魅力なお誘いにおっさんは頭がクラクラするほど参ってしまっている。さてもしもここで人魚さんたちに手を出したらどうなるでしょうか。
おっさんの異世界移転はマーメイドたちのハーレムで今日は腕も腰も止まれない ~人魚たちとイチャイチャしてムハムハ 今日もお料理チートでマーメイドがおれに魅入られる~
うん、これが小説ならばタイトルは変わっているし、即ノクターン直行にされてしまいそうだね。
無しだな。
この子たちのおかげで、これから始まる獣人さんたちとの里作りに精を出さなくてはいけないことに気付かされた。ここに獣人たちが移り住んでくると、孤立されていた人魚さんたちも新たに獣人さんたちと交流し始めることになるだろう。
そうなればきっと彼女たちの日々が変わっていくと思うし、色んな人生経験を積み重ねていくはず。それは人魚族にとってはいいことなのか、それとも悪いことになるのか、少なくてもおれは彼女たちを守るための手を打たなくてはいけない。
「マキリ、光る石の価値は聞いてくるからしばらく待て」
「ええ、いいけれど。なにかあるの?」
先までと打って変わってマキリは真面目な面持ちになって、おれの話を聞こうと身を構えて見せた。いい子だ、そのまま聞いていてくれよ。
「もし、光る石に高い値打があるのなら、それはきみたち人魚の大事な商品となる。それで獣人たちと採れる魚とともに売り買いするといい」
「先祖様の言い伝えで人族からキラキラする丸い金属のことなの?」
「ああ、それは貨幣だ。それで人族は欲しいものと交換したりしているが、きみたちには価値のないものだろう?」
「ええ、村には昔に人族からもらったのが今でもあるけれど、使い道なんてないわ」
両手を胸のあたりに組んだマキリはうつむき加減に考えている。ほかのマーメイドちゃんたちは暇を持て余しているようで、水際に尾びれを水の中に入れてバシャバシャと忙しく動かしていた。
「それはそうだ。貨幣は用いてこその価値、人族の経済圏にないきみたちには、金貨なんてただのゴミでしかないよ」
「キラキラしてあたしは好きよ」
「そうか、よかったね」
「うん!」
シャースランはいい笑顔で笑って言ってくれているけど、金貨などの貨幣はお飾りじゃありません。でもそのことについては彼女が理解しなくてもいいとおれは思う。
「そこでだ、きみたちとは物々交換で行こうじゃないか」
「ぶつぶつこうかんってなに?」
マキリが身を乗り出しておれに質問をぶつけてくるから、おれも彼女に近付いて行く。けして胸を覗くためじゃない。
「要するにほしいものをもので交換することだ。先みたいにきみたちは美味しいものを食べるため、おれに光る石をくれたようにな」
「うん。それならわかるわ」
「でも、ここで大事なのはきみたちが交換用に出すものは、どのくらいの価値を持っていることを相手に示さなくてはいけない。それが商品だ、わかるな?」
「なんとなくだけど、わかる気がするわ。光る石がどれだけのものと引き換えれるってことなのね?」
おお、マキリは頭のいい子なんだね。これならこれで話が進めやすいからサクサクと行こう。
「いいか? これからおれは光る石の値打を聞いてくる。その値打がわかったらきみたちに商人を紹介するからその子だけと物々交換をすればいい。ほしいものがあればみたちがそれに見合った同じ価値だけの光る石か魚を出せばいいから。ああ、それと商人というのは物を取り扱う人のことだ」
「うん」
「そして、これから話すことはとても大事だからよく聞いてね」
「……」
マキリはおれの真剣な顔に身体を固くしてしまっているが、できればこれから言うことを忘れないでほしい。
「いくら光る石が今は一杯あるとは言え、採り過ぎたら必ず無くなる。無くなってしまった貝は二度とこの湖に現れないかもしれないから絶対に採り過ぎるな。それは魚も同じことだ」
「うん」
どのような世界でも、資源のコントロールは極めて大切なことだと思うよね。
「採り過ぎると光る石が余ってしまって、その価値は下がるから交換できるものの数が少なくなってしまう。そのために陽の日に採る数をきみたちが決めておくこと、ある程度採った場所はしばらく光る石が出る貝は採りに行かないことなど、光る石をきみたちが獣人と交換するに当たってちゃんとした規則をきみたち人魚族が言い渡せばいい」
「ええ、わかるわ。家に帰ったら母とアキラの言ったことを相談するね」
「これから獣人がここにやって来る。だけどこの湖はきみたちが先住者、なるべく獣人と仲良くしてやってくれ」
「もちろんよ。ケモノビトは隣にいた人、帰って来るなら歓迎するわ」
「ありがとう。宜しくしてやってくれ」
活気あふれる笑みで微笑んでくれているマキリは本当にいい子だ、知り合えたことの幸せに管理神様に感謝を。
「ところで……」
探るような目線でマキリはおれの顔を覗き込んでくる。
「なんだ?」
「先の話に商人のあの子ってアキラは言ったよね? あの子ってなーに? ケモノビトのメス?」
「ああ、そうだ。おれのツガイだ」
そうだとも、おれはエティに商品仕入れのためにアラクネにしろ、このマーメイドにしろ、渡りを付けてあげたいと思っている。彼女がこの一帯で名が轟く商人になってもらうために。
「ええーっ! アキラにツガイがいるの?」
マキリの大きな声に遊んでいたマーメイドちゃんたちは一斉にこっちのほうへ顔を向けてくる。
「うん、そうなんだけど」
おれの素っ気ない返事にマキリは飛び付くように抱きついてきた。そういえばおれはTシャツを着ているだけで、マキリの気持ちいい二つの弾力性がある胸は押しつぶされたように当てて来たよ。いきなりどうしたの? 気持ちがいいではないか。
「お、おい」
あたふたするおっさんを無視して、マキリはその顔をおれの胸に押し込んでくる。ああ、マーメイドはお魚さんなのに、ちっとも魚臭くない。むしろなんで仄かのいい香りがしてくるかって問いかけたくなる。
しかもこの匂いがとてもまずい、オスを誘うような官能的で刺激的な香りだ。
「マキリもアキラのツガイになる!」
「シャースランも、シャースランもツガイになるの」
湖の水際から駆け寄ってきて、シャースランもおれに熱い抱擁をしてくる。人魚さんは尾びれなのに陸地で動く速度はとても速い。アルスの世界は摩訶不思議だ。
ほかのマーメイドちゃんたちも負けじと参戦してきて、せっかく食べ物で彼女のその気を逸らしたのにまた振り出しに戻ってしまった。
こらこら、きみたちのように本能のままに生きることは羨ましく思うが、おっさんには体力はあるけど精神力がないんだ。異種間の深い交流はまたいつか。
ありがとうございました。




