第94話 ゴブオたちとお別れ
ギリースーツもどきは狩猟するオスのゴブリンたちの間で大流行。
獣道に沿って人員を配して、追い込んだシカやイノシシが逃げる道を左右からは大声を出す。獲物の逃げ先を狭まるように声だけで用意した落とし穴という罠へ誘導して、落ちてしまった獲物はそこで命運が尽きる。獲物の皮は加工するためになるべくきれいに残したいため、頭を狙うように何度も実演してみせているので彼らもそれを学習していた。
皮を皮革に加工する技術はゴブコさんたち、集落のメスのゴブリンに伝授した。ついでに皮の紐を通すで服をつくることも教えたのでゴブコさんたちは大喜びであった。皮を被るや巻くだけの着衣が袖を付いたり、おれの服を真似てズボンやTシャツもどきを仕立てたりして、ゴブリンキッズの見栄えが母たちのてによって日に日に良くなっていく。
肉の保存についても狩ったシカやイノシシは干し肉にすることで日持ちも良くなり、獲物が取れなかったときの食事にもなれるので、ファージン集落でシャランスさんたちが作っていたことを記憶に辿ることにした。
アイテムボックスがあるおれでは苦労することはないけど、ゴブリンたちのために一工夫が必要だ。塩自体はゴブリンは森のどこかで採取してきているので、それは岩塩であることと想定した。幸い、この世界の陽の日は長いので日干しには困らないし、茹で上がった肉を干してみてどのような味になるのかは検証してみる。
ゼノスやテンクスではこの世界の香辛料が売ってあるため、ゴブリンたちにあげてもいいがおれが去った後は補給できない。そのために塩揉みで味付けをするしかなく、日干しした後に火で燻してからまた日干し。とりあえず試作品を作ってみたが味気ないことこの上なかった。
「ギャッギャー!」
ゴブオたちは干し肉の出来上がりに喜んでいた。たぶんそれは肉を保存することができることに対する歓喜だろうとおれは思った。悪いな、おっさんはそういう方面の知識はなく、シャランスさんたちが作っていたときも横で見ているだけで覚えようとしていない。
「ギッギー」
「ギャッグゥ」
ゴブコさんたち主婦方は干し肉を食べながらなにか相談しているようで、干し肉の作り方でも話し合っているのだろうね。是非そうしなさい、料理は工夫をこなしてこそ美味しいものが出来上がるもんだ。
おれが渡した香草やこの世界の香辛料を持って、ゴブオたちオスのゴブリンは森からなにか草を持って帰ってきては大胆に試食していた。その中に食べてから泡を吹くゴブリンまで出てきたので、慌てて鑑定スキルで食べられないものを鑑別してあげた。
大昔に神農とかいうお偉いさんがいたらしく、人々のために薬草となるものを試し食いしたみたいだがゴブリンたちよ、お前たちはこの世界の神農さんになるとでもいうのか? そんなことしなくても鑑定くらいはタダでしてあげるから、そこら辺に生えている草を手あたり次第に食べるのはヤメなさい。
「ギッギャーゲッギャー!」
お揃いの掛け声とともにゴブリンたちは近くに通る川から水を引くために水路を掘っている。集落の四周に水堀を作るためにゴブリンたちはそれぞれの役割に分けて、狩りをする者や集落の防御施設を建築する者など、ゴブオの指揮のもとに彼らによる開拓事業に乗り出している。
きっかけは集落の真ん中でおれがゴブオに見せるために作った模型、水堀を巡らせて、木で作った柵が集落を取り囲む。これならオークの襲撃から女子供を守ることもできるのだろう。ゴブオはそれを一目で見ただけでおれの考えを理解したようで、飛び付くようにおれを抱きしめた。
うん、ゴブオくん。きみの感動はおっさんもよぉくわかったので、お前はめっちゃ臭いから水浴びをして来なさい! 今すぐ直ちに。
ゴブリンたちは実によく働いている。森から木を切り倒してきて、集落を防御するための柵を建てて行き、住処である家の改築をしたりしてみんなが大忙し。ゴブオにはクレセントアックスを譲渡して、身体の比率からすると不相応の得物になったが、ゴブオの怪力で今や集落で彼が一番の樵夫になっている。もちろん、ゴブリンたちには定期的に石で鉄製武器の刃を研ぐように伝えてある。
「なにがしたいんだろうな、おれって」
木刀で打ち合いの練習しているゴブオたちを眺めながらおれは自分の行いの根底を改めて思い起こしてみた。
ゴブリンに彼や彼女が知らない技術を伝授して、片手剣などの武器も与えた。これでこの集落のゴブリンたちが生き延びていく確率は確かに上がっていることだろう。メスのゴブリン奥さま方は日当たりの良い所に肉を干して、専用の小屋をオスのゴブリンたちに作ってもらい、その中で皮をなめす作業に励んでいる。
みんなが仕事で集落中を駆け回っているのに、おれはいうとただそれをボーっと見ているだけの手持ち無沙汰の状態。だってえ、おれがなにかしようとすると、ゴブリンたち全員が仕事を放り出してから集まってきて、興味津々でおれに注目するだもん。
「アギラ、あぞぶ、いぐー」
ゴブミが新調してもらったワンピース風の皮の服を身に付けて、おれに遊んでもらうことをせがんできた。そう、試しにゴブミとゴブマサに共通語を教えたところ、なんと、少しずつではあるが、ちゃんと話せるようになってきた。もっとも、今は動詞など単語を繋ぎ合わせているだけなんだけど。
おれは手で絵をかく才能が壊滅的なほどに備わっていないので、ゴブコたちにお願いされていた服のデザインはお宝動画のエッチシーンがない部分を見せることで知ってもらうようにした。
それでどうにか伝わったのはいいのだが、一度だけ間違えて絡み合いの場面を映してしまい、興奮したゴブコに襲われると思ったが、実際に連行されたのはゴブオのほうであったため、家の中へ引きずり込まれていくゴブオを見てホッとしたのは今でも覚えている。
その後によろよろとふらつきながら歩いているゴブオを見かけたときは心よりすまないと思ったものだ。まあ、おかげでゴブコたちの服はおしゃれでゴブリンたちの見た目も良くなったから、ゴブオの犠牲も無駄ではなかったはず、合掌。
「おお、いいよ。何して遊びたい?」
「ゴブミ、がんげり、すぎー」
ゴブミは言うなりに木で彫って、皮の紐で括り付けた木のサンダルを付けている足を前に蹴る。
森の中は尖った石や枯れた枝が数多く落ちていて、狩りに出かける度にオスのゴブリンは足の裏に傷を負ってくる。その都度に回復魔法をかけてあげるものだが、おれがいなくなれば回復魔法の使い手はこの集落にはいない。そのためにゴブリンの奥方と一緒にゴブリン用の木のサンダルを作り上げたので、これで足のケガは少なくなるはずだと思う。
さすがに獲物に接近するときは足音を立てないために、オスのゴブリンたちはその時だけ素足で狩りをしている。
「そうか、それなら缶蹴りしようか」
正確に言うと缶ではなくて木を蹴っているのだが、そもそもこの世界に缶というものはないのだから、缶蹴りを名詞として使っても差し支えないのだろう。
「うん! ぎりーすーつ、がんげり、ない」
缶蹴りにギリースーツを着てはいけないとゴブミの念押しにおれは舌打ちしそうになったが、いい大人なのでここは堪えましょう。
「がんげりがんげり!」
ゴブミの横にいる弟のゴブマサも嬉しそうに燥いでいるので今回は偽装無しでいくことにした。だけど野性的なこいつらは本当に勘がいい。気配遮断しているおれを見つけることができるからこの集落のゴブリンさんはたいしたものだよ。
木が空高く舞い上がり、照りつく太陽の光の中、おれとゴブリンキッズは蜘蛛の子を散らすように隠れる場所を探す。最初の鬼さんはゴブミ、上手に森の中で身を隠さないと見つかるよ。
集落でいくつかの陽の日と陰の日を過ごした。今は陽の日の明け方、ゴブオたち合計十人のゴブリンと森の中にいる。狩りをするためじゃなくてゴブオたちを連れてモンスターとの戦いに挑戦するついでに、集落の中心戦力である彼らのレベル上げをしようと思ったから。
おれは自分からエンカウントしたモンスターたちを瀕死に追い込み、トドメはレベル上げのためにゴブオたちに任せることにしている。
タンク役の盾持ちが二人、偵察のスカウトが二人、アタッカーはゴブオを中心に四人、最後は投げ槍を投げるシューター役が二人。これで二つのチームを作れるわけだから、色々と状況に応じた戦いができると思う。これらの装備は全ておれがゴブオたちに餞別代わりにプレゼントした。
ゴブオたちはモンスターを仕留めた後にしきりと自分の身体を不思議そうに見回している。それはレベル上げによる恩恵である身体が強化されたからだと思うが、残念ながら彼らにそれを説明してやることはできない。言葉そのものが通じないからね。
ゴブリンたちが見守る中、モンスターの死体から素材を剥ぎ取り、魔石を切り出すとアイテムボックスからオークの肉を取り出して、一つの魔石に一つのブロックの肉を並べて見せる。
ゴブオに魔石を渡してからオークの肉と交換するように魔石を取り上げる。ゴブオたちはしていることに目を見張るだけで意味が分からないようであったが、根気よく同じことを繰り返すと一体のゴブリンが何か思いついたように、死んで横たわっているモンスターから魔石を取り出して、おれに手渡そうとした。
「ギッギャー?」
おれがその魔石を受け取るとオークの肉の塊をそのゴブリンの前に置いておく。魔石を取ってきたゴブリンがゴブオたちになにかを懸命に話している。そうだ、これは対等価値の物を交換すると言うことだ。
いつか、獣人たちがこの森に住むことになるとこういった交易はきっと、ゴブオたちにも役立つことになる日が来るのだろう。
「ギッギャー!」
「ギッギャー!」
次々とゴブリンたちは切り出された魔石とモンスターの素材をおれの前に持ってくるので、おれは牛肉とオークの肉を交換してそれらを受け取る。
ゴブオたちが嬉しそうに肉の塊を大きな葉っぱを使って包まっているときにおれはアイテムボックスから愛車を出した。
ゴブオ、ここでお前たちともお別れだ。
この場に立ち止まって、手を振り続けているおれを訝しそうに見てくるゴブオたち。
「ガッギャ?」
「ギャーッギッギー?」
ゴブリンたちはなにか話しかけてくるがおれは微笑みだけで応えようとしないことにゴブオがなにかを悟ったらしく、おれに駆け寄って来ると腕を掴んでいる。
「ギャーーッ!」
ゴブオの声にほかのゴブリンも近付いてきて、数人のゴブリンはすでに目に涙を溜めているから、おれが去ろうとしていることを理解してくれたようだ。
「別れのない宴はないよ? ここでさらばしてもいつかは会えるかもしれないから、それまでにお互いに長生きをしよう」
「ギャーーッ!」
おれが言ったことを言葉ではなくて心で分かったくれるはず、だから、ゴブリン全員が男泣きをしていた。
行くならこのタイミングだな。
愛車に跨ると掴んでいるゴブオの腕を優しく振り落とす。
「ギャーーッ!」
「またいつか!」
おれはゴブリンたちに別れの挨拶をかけると愛車のペダルを漕ぎ出した。ゴブオは一瞬だけ追いかけようとしたようだが、すぐにそれを踏みとどまってからおれに見習うように左手は涙を拭っているが右手は大きく振ってくれた。
「ギャーーッ!」
「ギャーーッ!」
ほかのゴブリンもゴブオと同じように大泣きしてはいるが手を大袈裟に振っている。
ありがとう、異形の友達。お前たちのおかげで心を癒すことができた。原始的ではあるが自然発酵による果実酒の作り方は教えたからそれを飲みにお前たちの集落へ訪れよう。
だから、これはさようならじゃなくてしばしのお別れ、また逢う日まで元気でいてくれ。
「ギギッギャーーーっ!」
ありがとうございました。




