第93話 ゴブオたちと出会い
剣も魔法も使えないけど異世界で無双を見たいとネットにある文字の海に溺れて、ありもしないことに夢想していた自分は遥か昔に確かにいた。それは起こらないからこそ楽しめたし、妄想にどっぶりと浸ることもできた。
ところで今はどうだ? おれは普通に生き物を素材を得るためにその命を刈り取っていたし、この前の戦いで人まで殺めている。この世界では戦いともなれば、命の取り合いが生き延びるための一つの手段であるから、良心の呵責にさいなまれるとかそんな甘ったれたことを言いたいわけじゃない。
ただ自分自身は生き物の命を平気で殺めるように育ってきていないし、自分の中での心のバランスを取り戻したいために一人になりたかったかもしれない。早い話、常識外のことの続きで心が疲れているだと自分では思っている。
だって、小山があるほどのドラゴンと戦ったんだぜ? おれの手からメガビーム砲とか撃ち出せるんだよ? 元の世界の常識とか社会のしきたりとかでずっと心を縛られてきたおれに今更ながらのカルチャーショックを受けたってところかな。
「はは……あり得ない……かあ」
ケモミミやエルフがおれの前にいたし、今でも呼べば人より大きな鷹や神聖的な美貌を誇る女神様がすぐに来てくれる。先まではドラゴンとエルフの超美女たちと一緒にいたしな。
「ビーム砲っと」
意味もなく初級光魔法を撃ってみると一筋の光線が森の中を切り裂き、巨木の樹幹に穴を開けている。空いた穴を確かめ行くと、樹幹の反対側まで見通すことができて、改まって自分のしたことに驚いた。
「魔法だもんな、これ……んっ!」
後ろのほうで生き物の気配がしたのでククリナイフを抜いてから横へ飛び退けて、その気配のする生き物と向き合った。そこにいたのはモンスターのアラクネだ。
アラクネは目を吊り上げらせてしきりに唸り声を上げながら威嚇してくるが、今すぐに襲い掛かってきそうな雰囲気はない。おれの力を測りかねているようにも見えるので、ここは戦わずに気合だけで撃退してみよう。
おれにはセイやニールたちみたいに殺気を放つことはできないから想像力を働かせる。
アラクネがおれを束縛しようとして、蜘蛛の躯体の尻から糸を飛ばしてくるがそれを回避することは難しくない。
横方向で最大速度で駆けるおれにアラクネは反応することはできないので、回り込むように一気に接近する。
アラクネが鋭い足を振り払うように上げるがすでにおれはアラクネの背面にいるので、その心臓にククリナイフを縦にして送り込むように刺していく。
これで戦闘終了だ。
その刺し込む過程を想像してククリナイフをアラクネのほうに向けたときに、彼女は身震いして後ろへ後ずさっていく。それでもおれが襲い掛かるのを警戒してか、アラクネはこの場から逃走していいかどうかを迷っている様子だ。
「行けよ、追いかけないから」
ククリナイフを腰の鞘に入れると、アラクネはこっちをしばらく見ていたが巨木に足を掛けると糸を使って木の上に飛び移り、木々を伝いながらあっという間に逃げ去って行った。
「当面はこれで行くか。殺しは向こうから来ない限りなるべく控えよう」
自分に言い聞かせるように呟くとアイテムボックスから久々に愛車を出して、ペダルに足をかけると行く当てを特に考えずに森の中を駆け回ってみようと自転車を漕ぎだした。
というわけで今はゴブリンの子供たちとだるまさんがころんだで遊んでいる。うん、楽しい。
どういうわけでいうと、森を愛車で走り回っていたらオークに襲われている獣の皮を身に付けたゴブリン数頭と出会った。そのオークを腹パン一撃で倒してゲロを吐かせてから追い払ってやった。
「……ゲギャー……」
ゴブリンたちがおれを警戒して棍棒を持ったままで小さな声でなにかを言ってきた。
うん、さっぱりわからん。管理神がスキルをくれると言ったときに欲張って自動翻訳くらいはもらっておけばよかったのにな。反省反省。
「ギャッギャー」
一体のゴブリンが前に出てきて、おれに何かを話そうとしているがいかんせん言葉が通じないから互いに困ったような顔になって見つめ合っているだけ。
それでもコミュニケーションを取ろうとしているわけだから、これは知性のあるゴブリンと見てもいい。ならばゴブリンとは言え精霊王の愛し子たち、できるなら仲良くしようじゃないか。
土魔法で作ったブロックを組み、その上に鉄板を乗せようとアイテムボックスから取り出したとき、ゴブリンたちがびっくりして木の後ろに隠れてこちらをチラ見していた。仲良くなるには食べ物が一番早いと学習しているおれはオークの焼き肉をこのゴブリンたちに振舞おうと策を打つ。
これこそおれの鉄板。なにせ、神話級の化け物で餌付けの検証は済んでいるからな。
いいにおいが森の中で漂い出すとゴブリンたちは涎を垂らしながら木にしがみ付いてはいるが首がもげそうになるくらいに伸びてきている。
「食ってみろよ、うまいぞ」
焼き上がったオークの肉を突き出すようにしたがゴブリンたちは寄ってこない。うーん、困ったな。こういうときに言語の大事さが身に染みるよ。とりあえず適当に話してみるか。
「ゲッギャー?」
おれのザ・テキトーのゴブリン語が通じたとは思えないが、先に前に出てきたゴブリンが勇気を出したのか、おれの前へ恐る恐るではあるが歩み寄ってきた。
「ゲッギャー?」
そのゴブリンことゴブオ(仮)と名付けたので、オークの肉をゴブオに突き出して、食べるようにとおれのゴブリン語で語り掛けてから口をパクパクしてみせる。
「……ギッッギャアーーー!」
塩だけで味付けしたオークの肉を食べるとゴブオが森を響き渡るような大声で雄叫びを上げている。それに合わせてほかのゴブリンたちが一斉に飛び出してくる。なんだ? 何が起きた?
「ギャアーギャー」
ゴブオが焼いているオークの肉に指を指していたから、これはおねだりされているとその手振りでおれにも理解ができる。
よし、ならば戦争だ。動けなくなるまで食わせてやろうじゃないか。
周りにいるゴブリンが驚くのをよそにおれはさらにオークの肉をアイテムボックスから取り出して見せた。
「ギャッギャアー!」
ゴブリンたちが騒いでいるが気にせずにおれはシェフのお勤めを果たす。ゴブオが食べずに袋の中に焼いた肉を入れているのは見えたが、差し上げた肉をどうしょうかはゴブオの勝手、なにも言うつもりはない。
「ガッギャーッ」
ゴブオがおれに何かを言ってきているからここはお言葉を返したほうが礼儀というものだろうな。
「ギッギャー?」
「アッギャー!」
「イッギャー!」
「ウッギャー!」
「エッギャー!」
「オッギャー!」
おれのザ・テキトーのゴブリン語にほかのゴブリンもお喜びでなにかを伝えようと一生懸命に話してきた。いまでも意味なんかわからないが、せっかくコミュニケーションが取れたし、会話を続けるためにも適当に言葉を紡ぎだそう。
「サッギャー?」
アイウエオと来たらさ行から始まるのが日本語として正解なんだろうね。
「ウッギャーッ!」
「タッギャー」
「ギャーギャーッギャー」
あー、ギャーギャーギャーギャーうるさいよ。ええい、この踊り出すゴブリンどもめ、肉をたらふくと食らうがいい!
ご機嫌さんになったゴブオに手を引かれて、森の中を歩いていた。こんなおっさんを攫っても繁殖には使えないし、ゴブオの目が輝いていたので悪巧みをするようには見えなかったので気分転換のためにおれはついて行くことにした。
その行先はみすぼらしいゴブリンの集落。開けた場所に木で組んで葉っぱで覆うあばら家が立ち並び、集落からゴブリンたちがゴブオに連れられてきたおれを珍しそうに見ていた。
ゴブリンの集落でも焼き肉は大受けで、集落にいる百はあるゴブリンさんたちは踊りに踊っていた。
「ギャッグギャー」
「……ギャッギー」
ゴブオに寄ってきた胸部に獣の皮を巻き、膨れ上がっているところを見るとメスのゴブリンとは思うが顔そのものはゴブオとそんなに変わらない。その横に小さな可愛らしい二体のゴブリンはゴブオが隠していたお肉を美味しそうに食べていたので、あれがゴブオの家族とおれは思っている。
泣かせるじゃないかゴブオ、モンスターであってもお前は立派な父親だ。そんなきみたちのために、今日の焼き肉は牛肉で行くから家族で食ってくれ! 奥さんのゴブコさんも遠慮せずにオスかメスかは判別できないが、子供のゴブマサとゴブミにはあとで飴と焼き菓子もあげるからな。
アキラおじさんからのおごりだ、いっぱい食べてスクスクと大きく育ってくれよ!
それとゴブオよ、心配するでなかれ。たとえここにきみとの奥さんでNTRルートが現れても、おれはそれを選ぶことはない。オスの顔と変わらないメスのゴブリンではおれの生理現象の起立は絶対にないと断言できよう。
ゴブリンたちの生活はとても原始的で武器と言えば木の枝から作った荒削りの棍棒がほとんど。その中には工夫して尖った石を蔓で巻き付けた石の斧や槍を持ったゴブリンはいるけど、その数は少ないから技術としては成り立てていないと思う。住んでいる家と言えば木で適当に組み上げているもので、葉っぱの付いた枝を屋根代わりに覆っているだけの代物。これで雨が降った時は家の中でも大雨なんだろうなと思わないでもない。
もし獣人さんたちのことがなければここに滞在して家作りくらいは手伝ってあげてもいい。だがゴブオたちには悪いけど今は時間がない。だからせめて食事改善のために、ゴブリンにもできる狩りの仕方をおれのやり方で教えてやろうと思った。
ゴブリンみたいに突出した能力がない種族ならもっぱら罠と人数で勝負することだ。
そのためにゴブリンたちには片手剣などの武器を贈呈しようと思う。あとはアラクネの里であんまり人気のなかった手斧も付けて、これで三つ角のシカくらいは簡単に狩ることができるのだろう。
当初は弓をゴブリンに渡そうと思ったが、おれには矢の作り方がわかりません。石はアラリアの森にもたくさんあるのでここは石で叩いて鋭くした槍先を持つ投げ槍を作る。これならゴブリンでも大量に生産ができることでしょう。
切り倒した巨木を輪切りにした的に集落のオスのゴブリンたちは楽しげに投げ槍を投げていて、その中でも特にゴブオの命中率が高いこと。これなら追い込んだシカを仕留めるのも難しいことではないはずだ。
「……ギャアア……」
オスのゴブリンに投げ槍を指導していたおれの裾をゴブミが引っ張りながら小さな声で呼びかけてきた。
そうか! ゴブリンキッズとのお遊戯の時間になったんだな。
「ギッギャッギャー!」
お父さんが娘に何かを諭しているようだが、娘が今にも涙を落としそうになって、おれとお父さんの両方を交差でを見ている。
「ギャアギイ……」
娘の泣き声にお父さんはガクッと肩を落として、その手からは投げ槍が落ちてしまっている。
はっは、ゴブリンでもお父さんは娘に勝てないと見た。ゴブミが泣き顔から一転して嬉し顔になって、おれの手を引っ張っていく。集落の入り口ではゴブリンキッズが揃っていて、おれの到着を待っているのだ。
隠れん坊もしたのでゴブリンキッズと缶蹴りをしたいと思います。空き缶なんかないから木の枝を切り落とした奴で代用するつもり。
「ギャー!」
喜んでいるゴブリンキッズを見ておれはアイテムボックスのメニューを開いて、クレスたちと出会うために作ったギリースーツを手に取った。森の中で果たしておれを見つけられるのかな?否!見つけられまいぞ。
「ぬわははははっ! 気配遮断の達人たるおれのすごさを思い知れ!」
「……ギッギー?」
高笑いしているおれの言動に、意味がわからなくて首を傾げるゴブリンキッズ。子供相手でも手は抜くまいぞ! これぞ人生の競争、勝ちこそすべてよ。
大人げない醜い大人がここにいましたとさ。
ありがとうございました。




