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第90話 似合いそうにない人生の相談

「おい、おっさん。グァザリーたちはどうした!」


 おれはどこか人がいない路地裏を探しながら、これからどうやってクップッケを介抱してやろうかと思案しているときに、だれかの声がおれを呼んでいる気がした。それは若い女性の声だったのできっとこれは幻聴に違いない。



「前を見ろよ、前にいるだろうが」


 ああ、考え事をすると無我夢中になる癖は世界が変わってもこれだけは変わりそうにない。その声に合わせて、おれの意識は脳内から現実へと戻ってくる。


 目の前にいるのはヒャッハーさんたちといた数人の少女だ。彼女たちから酒やら香水やらが汗に混じったきつい体臭がつーんと匂ってくるけど、こいつらは風呂に入っていないのか?



「答えろよ。グァザリーたちはどうした!」


「なあ、お前らはそいつらつるんで楽しいか?」


 もういないヒャッハーさんのことより、少女たちに聞いてみたかったことを口にした。だって、なんでどの世界でもヒャッハーさんたちに女が必ずいる。そんなにヒャッハーなことをするのは刺激的かとずっと気になっていた。



 少女たちはおれの問いになぜか全員が沈黙して、揃って頭が垂れている。答えられないならそれもいいけど、おっさんは虎人の連れが大変だから行かなくちゃならない。そろそろ道を開けてくれないかな。



「……そんなの、楽しいわけないでしょう」


 一人の少女がボソッと言葉をこぼした。ようやく得た答えにおれはがっかりしたわけではないが、もう最高とか強い人大好きとか、予想した言葉を外したのでそれなら早くこんな意味のない会話を終わらせたい。



「それじゃ、家に帰ればいいじゃないか」


 もうね、思春期の少女って本当に面倒くさいよな? そんな簡単なこともわからないのかね。



「うちらに帰れる家なんてないよ。うちらは親無し、グァザリーたちはご飯をくれるから一緒にいるの、それだけよ」


 あれ? なんだか一言だけで人生相談のコーナーに様変わり。このクソ忙しさの中、お下品な服を着込んで無理矢理色気を出そうと失敗している年端もいかない幼気なお子様たちをどうしてくれようか。



「それならどこかで働けばいいじゃないか」


「うちらを雇ってくれるところなんてないよ、そんなことも知らないのか? おっさんはバカなの?」


 うーん、やっかみでそういう風に言われてもな。おっさんも実は職無しで、ダンジョンから取ったものを切り売りしている。いや、待てよ? モンスター狩りしているからおれはハンターなんだな。ムフフ



「気持ち悪そうににやけてないでグァザリーたちのことを教えてよ」


 気の強そうな少女がやけに突っかかって来るからその顔を見てみた。あ、こいつはあのグァザリーというヒャッハーさんの横でご奉仕していた女の子だ。膨らみ切れていない胸を寄せ上げて、強引に作り出した谷間を見てすぐにわかった。



「どこを見てんのよ、スケベ!」


 おれの視線に気付いた彼女は胸の谷間を慌てて両手で隠すように被せる。そんなに見られたくなかったら胸元が開いてる安っぽいキャバクラ嬢みたいな服を着るなや、キャバクラに通っていたおっさんが反射的に見てしまうでしょうが。



「ねえ、おねえちゃん……グァザリーたちは? ご飯はどうするの? お腹空いたよ」


「大丈夫よ、あたしがなんとかするから」


 子供の幼さが抜けないままの少女が気の強そうな少女の服を引っ張っているけど、気の強そうな少女は無理に作った微笑みで不安そうな幼い少女の頭を撫でてから根拠のない言葉で慰めている。



 あーもう、なんとかならないからおれに聞いてきたのだろう。まあいい、結果だけを見れば彼女らの命を救ったのはおれ、乗りかかった舟は最後までだ。クップッケもすやすやと寝ているからちょっとの間なら大丈夫だろう。



「グァザリーたちはペンドルに目を付けられた、ただでは済まないだろう。お前らと会えなくなるかも」


 本当はもう会うこともないけど、幼気な少女たちを脅す気にはならない。



「……え? ペンドルさん……どうしよう、うちらもペンドルさんになにかをされるかな……」


 後ろのほうで心配そうに呟いている少女におれは彼女には聞こえないけど心の声で答える。ペンドルは命を大切にって言ったんだ。お前らがこれから何かをしない限り、あの妖精(ノーム)は手を出すことはないだろう。



「そんなことより、お前らはどうする。いや、どうしたいんだ」


「生きたい。こんなクソッタレの世の中でもあたしらは生きていたい」


 目にしっかりとした意志を宿して、力強く言霊を乗せてきたのは気の強そうな少女。その返答におれはたまげていた。ご飯とか寝場所とか当面の間のことを聞いたつもりなのに、この子は人生の行く末のことを答えてきたよ。



 どうしようか、おれもこれからは獣人さんたちのことで忙しいのに、悪いけどこの子たちのことは構ってあげられない。どの子も助けを求めてくるような視線を覗かせているけど、そんな十数人の人生相談なんて薄っぺらい人生を送ってきたおっさんには重すぎるから、この世界には児童保護施設とかはないですかね。



 んん? しかし待てよ、この子らは人族。おれは男女比率で若い独身の女性が少ないところを知っている。



「本気で生きていたいんだな!」


「うん」


 先まで殺伐とした場面に出くわしたこんな冴えなくて頼りないおっさんにも寄り縋ってくるような切羽の詰まった少女たち。彼女たちには悪いが、解決策となる具体的なことはなにもしてあげられない。



 だがお金だけはおれがこれからのことを考えて、商人ギルドでワスプールさんに素材と引き換えに一杯持っているから、彼女たちの当面の資金を渡すことができそうだ。


 あれ? これって援助交際なの? いや、交際してないからセーフだよな。




「おっさんは急いでいるから大したことはしてあげられないけど」


 おれの言葉に少女たちの顔に失望の色が広がっているのはすぐに確認できた。これこれ、人の話は最後まで聞きなさい、若い子によくある悪い癖だよ。



「おれは金貨10枚を持っているから、それをお前らにあげる」


 お金がもらえることに少女たちは一斉に歓喜の声が湧き上がっている。



「うそ……金貨10枚って」

「ねえねえ、それで腹一杯食べられるよね」

「やった。これでこんな気持ちの悪い服を着ないで済むね」


「待ちなさーい!」


 少女たちの歓声の中、気の強そうな少女が一際大きな声を上げて、ほかの少女たちのお喋りを止めた。少女のほうに目をやると彼女はきつい目でおれのことを睨んでくる。どうしたのだろう、金貨10枚は結構大金だよ? 元の世界じゃ1000万円になんの不満があるというのかね。



「おっさん、あたしらにお金を渡して何がしたの?」


「いや、なにがしたいって。お前らが生きたいって言うから当面の資金を渡そうとしただけじゃん」


「そんな都合のいい話は聞いたことがない。何か企んでいるならはっきり言って」


 あ、この少女の瞳に帯びているのは人間不信の色。たぶん、散々世の中の辛い荒波にさらされてきたのだろうね、可哀そうに。だがそれは心配ご無用、おっさんは急いでいるし、根が小心者だし、きみたちに何もする気は起こらない。というか別に急用がなくてもなにかする気はさらさらないから。



「わかった、じゃあ、ハッキリ言うね。お前らには必ず金貨10枚を渡す、これは本気だ。だけどそれを渡したらもうおれとお前らは縁がないと思え、これも本気だ。おれはほかにしなければならないことがある」


 一旦話を区切って、目の前にいる少女たちのことを見渡す。どの子もクレスたちと変わらない年頃で、憂慮と期待の度合いに違いはあるけど、社会の闇に飲み込まれないように藁を縋ろうと見つめてくる必死な眼差しはどの子でも同じだ。



「その金貨10枚は自由に使っていい。飲んで騒いで日々を暮らし、金がなくなったらまたこの街で誰かの救いを求めて生きたいならそうするがいい。おれには関係のないことだ」


 気の強そうな少女が食い入るような真剣な目でおれのことを見つめてきている。いやー、そんなに見ないで? おっさんは照れ屋なんだから。



「もし、ゼノスで生きる場所がないというのならこの街を離れ、テンクスの町まで行け。そこでファージンの集落のことを聞き出せ、あのの集落ならきっとお前らを温かく迎え入れてくれるはずだ」


 ああ、あの集落ならきっとそうしてくれるに違いない、おれがそうしてもらったからよくわかる。あの集落には目立ったものはないかもしれないけど、人の情けなら溢れんばかりほどあるんだから。



「おっさん、あたしらが子供だからと言って騙してないよね」


「アホ言え、騙すつもりならもっとうまくやるよ。正直に言うとおれはお金でお前らを追っ払おうとしているだけだ。だから金のことは気にするな」


「プっ、変なおっさん」


 うるさいな。変なおっさんだって自覚はあるから口に出して言うなよ。




「ね、ねえ。そのファージンの集落って、本当に親無しのうちらを受け入れてくれるの?」


 両手を握りしめている気弱な少女は清楚な顔に、猜疑さが満ちる表情を浮かべて聞いてくるので、ここは優しく言葉で慰めてやることにした。



「ああ、アキラっておっさんから紹介してもらったって言え。そしたら集落の長であるファージンさんって人がきっとお前らを迎え入れてくれる。見た目はごっついが気のいいやつで、おれの大切な友だ」


「アキラ? それがおっさんの名なのか?」


 横から気の強そうな少女がおれのことを聞いてきたから頷いて見せた。



「おっさんのことを信じてやるよ」


 うん、その言葉はいいが気の強そうな少女よ、伸ばしてくる手のひらはおっさんと握手でもしたいという意味かな?



「お金。金貨10枚をくれるでしょう?」


 あ、そうね、そうだよね。ここで渡しておかないと散々偉そうなことを抜かした口先だけのおっさんになっちゃうよね。そういうやつになるのは勘弁させてもらおうじゃないか。


 アイテムボックスから金貨を取り出してから気の強い子に手渡す。



「え? 15枚はあるよ?」


「ああ、服を買って着替えろ。それとお前らはちゃんと風呂に入れ、言っちゃ悪いがすっごく臭いぞ」


「う、うっさいな! 金をもらったら風呂に行くわ。別にあんたのために綺麗にしようなんて思ってないから、勘違いしないでよね」


 あはは、頬を赤く染めてやんの。一丁前に恥ずかしがっちゃって、これってツンデレ? ちょっと違うと思うし、別におれは好かれているとは思えないけど、とりあえずツンデレ属性の回収をありがとう。




「お前の名は?」


「……ディレッドよ」


「すごくいい名だね」


「……ありがとう。もういないお父さんとお母さんがつけてくれたの、あたしには大事な名よ」


 気の強そうな少女の目尻に少しだけ今までにない光を見せている。彼女にもかけがえのない時間を親しい人たちと持っていたのだろう、今はもう戻ってこない過去の日々。



「ディレッドにこれを渡しておく」


「……綺麗」


 それはローインがくれた精霊の羽。使わないに越したことはないが、少女ばかりの集団になにが起こるかがわからない。いわばこれは一度きりの保険、願わくばこれを使わなくても、これから先の道に彼女たちにも幸あらんことをアルス様へお祈りを捧げましょう。



「なにか助けてほしいことがあれば、一度だけど、きっと強い助けが来てくれる」


「おっさんが来るってこと?」


「ははは、おれじゃない。もっとすごいのが現れるからたまげるなよ」


 残念。おっさんは精霊じゃないからいきなり呼ばれても行けません。精霊王のご加護でおっさんが精霊となる場合はあるが、なる気がこれぽっちもありません。



「できる限り使わないでお守りに持っておいて、きっとお前らに祝福があるから。でも危ないと思ったときは迷わずに助けてって念を込めろよ」


「……うん。大事に持っておく」


 さて、この少女たちともここでお別れ。彼女たちがファージンの集落へ行くのなら、おれの友がきっと彼女らの親代わりをしてくれる、そこはそんな優しさで包まれている集落なんだ。



「テンクスの町で商人ギルドのワスプールさんという人にファージンの集落へ行く手配をしてもらえ。困っていることがあるなら、おれの名を告げて彼に相談してもいい」


「うん。そうする」


「じゃあ、もう行くから」


 出会いは最悪の形で、すごく短い付き合いだけど、おれはこの少女たちとほんの僅かの間、人生の時間を共に過ごした。どのような選択肢を選ぶかは彼女たちの自由だが、不幸に生きてきた分、これからゆっくりと幸せになれることを祈ってあげる。




「……アキラのおっさん、ありがとう」


「いいってことよ。おれはなにもしていない、ただお前らに金貨15枚と羽一枚を渡しただけ。その金貨をどう使おうかはお前ら次第で、おれはなにも関わっていない」



「それでも!」


 ディレッドはわずかに声のトーンをあげたので、どうしたのかなと彼女のことを見る。



「それでも、関わりのないあたしらに優しくしてくれた……」


 最後のほうは呟くようにしてぼそぼそと言葉をこぼす気の強そうなディレッドに、おれはそのボサボサで手入れのない髪を撫でてあげたら驚いたようで彼女は身体を固くしている。



 ははは、人の頭ばかり撫でるのに自分は慣れていないみたいだ。



「じゃあな、みんなのことはお前がしっかりすれば問題はない。なに、ファージンの集落へ行くならいつかは会える」


「きっと?」


「ああ、きっとだ」


 ディレッドと別れの言葉を交わしてから残りの少女たちへ向かって手を振り、彼女たちにもお別れを告げる。曲がり角の木箱に隠れて覗いてくる少女たちはディレッドのお仲間だと思う、倉庫から出ていたのは十数人もいたからな。



 少女たちがこれからどうするかはもう彼女たち自身に任す。気の強いディレッドならみんなを引っ張って行くことでしょうから、いないおれが心配をしてもしょうがない。



 今も昏睡を続けているクップッケの治療はエルフの集落へ帰還してから考えよう。まずは人のいない路地裏でローインタクシーを呼ぶとするか。


ありがとうございました。

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