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第89話 妖精のお掃除

 連れて来られたクップッケは意識がないままやつれ果て、虫の息といったところだ。あんなにガッチリした体格も骨だけとなって、身体中の至る所に傷跡が付けられていた。


 これはかなり虐待されていた証拠だな。



「こいつによ、借金を重ねられて俺らも大変だったぜ」


 ヒャッハーさんは悲しそうな顔を作って、おれになにかを訴えようとしている。だからその顔はやめろ、お前は無法者をやるよりも役者になるべきだった。少なくてもおれから見れば喜劇は演じることができるだろうから、来世はそっちで頑張れよ。



「そうか。借金はいくらだ」


「金貨1枚……いや、金貨3枚だ。俺らもよ、こいつのために作った借金を返すのが大変だったぜ」


「受け取れ」


 ヒャッハーさんにリュック(アイテムボックス)を見せつけるようにして金貨3枚を取り出し、投げ捨てるようにやつのほうへ放った。それを見たヒャッハーさんたちは目の色を変えて、おれのリュックに目が釘付けになっている。



「お、おい、あれは魔法の袋じゃないか」

「ああ、そうだぜ。あれなら金貨の二百枚で売れるぜ」

「マジかよ。やっちゃおうよ」


 ひそひそとヒャッハーさんたちはおれのリュックへ欲に満ちた目を向けてくる。つかみはこのくらいにして、あともう一押しするか。



「回復せよ」


 意識のないクップッケの身体に触れ、ゆっくりと回復魔法を彼にかける。それを見ていたヒャッハーさんは思った通りの行動を起こした。



「お、おい、おっさん。先は言い間違えたんだ、そいつに貸した金は金貨500枚。そいつを連れて帰るってんなら耳をそろえてキッチリ払いな」


「ほう、3枚がによくも500枚化けたね。クップッケがその金をなにに使ったかを知りたいぜ」


「んなのどうでもいいんだよ、ちゃんと借金は払ってもらうぜ。払えないってんならその魔法の袋を置いて、これから俺らが指名する相手に回復魔法で稼いでもらうからな!」


「そ、か」


 欲に塗れておれのことを金貨にしか見ようとしないヒャッハーさんを、おれが楽しめるのもここまで。あとはおれなりのケジメをつけてからペンドルにバドンタッチだ。




 ククリナイフを抜き放ち、右足を蹴りつけ、空中を飛ぶようにヒャッハーさんの真横へと近接する。そのままククリナイフをやつの首筋に当ててから、できるだけ低いトーンの声でやつに聞かせる最後のセリフを言い残す。



「おい、少年。粋がるのも大概にしろよ。調子に乗り過ぎると痛い目に合うことを知らないのか? クップッケの仕返しは勘弁してやるからありがたく思え。金貨はお前らにくれてやるから遠慮せずにもらっとけや、それで愉快に人生の一時を過ごしてみせろ」



 おれの曲芸と脅しに、ペンドル以外の全員が当てられて動けなくなっている。当のペンドルはいうとニコニコしながらこの情景をとても愉しんでいるようだった。


 くそっ、やはりあいつにはこういう見せ技は通用しないのか。



 動かなくなったヒャッハーさんのことを一瞥してから、ククリナイフを腰の鞘になおすとクップッケの所まで行って、やせ細ったクップッケを抱きかかえる。


 そのあとは扉のほうへ向かって、この場っを歩み去ろうと足を踏み出す。



「こ、こらー! 待ってやおっさん――」


「もういいよ。アキラのおっちゃんはその虎人の手当てをしてよ。ここはボクに任せてね」


「ああ、頼むよ」


「虎人のことが済んだらまたゼノスに来てよ。今回の支払いはその時でいいからね」


 片手で追いかけてこようとするヒャッハーさんを止めたペンドル。やはりきっちり金は取るんだな、このがめつい妖精(ノーム)め。


 まあ、いきなり怒鳴り込んだ慰謝料と思えばいい、そのくらいはどうということない。



「なに勝手に話を付けてんだペンドル! おい、おっさん待て、まだ話が終わっていないぞ!」


 それがこの世で聞くヒャッハーさんの最期のセリフじゃ、しまりがなさ過ぎる。もうちょっと勉強に勤しむ来世を頑張ってくれ。今と違うまっとうな生き方を選んで見せろよ、この世界の神様たちは優しいからな。



 喚くヒャッハーさんの声は、プーシルが閉める倉庫の扉によって遮られた。


 クップッケをどこに預けて傷付いた身体を癒そうかと悩みながら、路地裏でローインタクシーを呼ぼうと考えた。しばらく起きそうにないクップッケなら、空を飛んでも気が付くことはないだろう。




「おいペンドル、てめえはどういうつもりだ! 人の商売を邪魔しやがって、この落とし前はどうつける気か、ああ?」


「落とし前? ふーん。きみたちこそボクとの落とし前はどうつける気なのかな?」


 目を見開くペンドルを見て、グァザリーは思わず後ろへ数歩を下がっていく。いつもはヘラヘラしているペンドルの瞳に殺気立った目線を気付いたからだ。



「て、てめえ、なに睨んでやがる。そんな目をしても怖くはないからな!」


「今まで、何度も何度も警告はしてあげたはず、やり過ぎるなよってね。ボクのことを嘲笑(あざわら)って無視するのは君たちの勝手だが、ゼノスを好き勝手に荒らされちゃ困るのよね」


「んだと? なんでてめえの言うことなんか俺らが聞かなくちゃならんだよ。どう生きようか俺らの勝手だろうが」


「そうだね、それは確かに君たちの勝手だよ。だけどね、勝手に仕組みをかき回されちゃ困る人もいるんだ」


「なんだよ、やるってのか!」


 グァザリーとその手下は、一斉にペンドルのほうへ向けて得物を抜いた。



「若い時は過ちも多いでしょうから、ボクも君たちのことは目をつぶって見逃してきたが、ボクの大事なお客さんの連れに手を出したというのなら話は違うね」


「けっ、チビがほざいてろよ。二人だけでこの人数をどうにかできるとは思っていねえだろうな」


 グァザリーの言うことを聞いたペンドルは。、幼い顔立ちでおかしそうに笑い出す。



「二人? あははは。プーシルは君たちが逃げ出さないように見張るだけ、やるのはボク一人だよ」


「なんだとてめえ……ナメるのもたいがいにしろ、ブっ殺すぞ」


 少しだけ錆びついている片手剣を大きく振りかぶったグァザリーはペンドルに斬りつけたが、すでにペンドルは素早い足さばきで回避してその場にいない。



「残念だよ、グァザリー君。君なら垢ぬけたらいい子になれると思ったけどね、お付き合いもここまでみたいだよ」


「なにを言ってやがる」


「人族のおっちゃんが君にあげた金貨でお葬式くらいはしてあげる。ちゃんと感謝してあげるんだよ」


「だから先からてめえはなにを言ってやがるって聞いてるんだよ」


 問いかけられたペンドルがグァザリーに返事のは言葉ではなくて、魔法陣の起動のほうであった。



「て、てめえは魔法使いなのか」


 地面から鋭い土の槍が立て続けて隆起して、グァザリーの手下の若者を狙って、次々と刺し殺していく。



「ぎゃあーーっ!」

「ゲヘッ!」

「た、助けてく――」


 瞬く間にグァザリーの手下は大半がものを言わぬ屍骸となっていた。それを眺めているだけのグァザリーは、怯えたままで行動を起こすことができない。



「くそっ!」


 ようやく自我を取り戻したグァザリーは、密かに隠していた逃げ道に一人だけ全力で逃走しようとして、わずかに残された手下のことはすでに頭に入ってない。


 木の箱を蹴り飛ばすとそこは下へ降りれるように、グァザリーが女たちを使って掘らせた穴はあったはず。



「残念。そこはもう塞がれているよ」


 後ろからペンドルの声がして、穴の中を見るとそこは土が盛られている。置いてある梯子も、下へ続く穴の道も、見当たることができない。


 グァザリーが振り返ると、ペンドルはいつもと変わらない笑みを浮かべた表情でグァザリーのほうを見ていた。



「な、なあ、ペンドル。いや、ペンドルさん。助けてくれよ、なあ。これからちゃんとあんたの言うことを聞くから、大人しくするから。な? 頼むよ」


 片手剣を地面に投げ捨てたグァザリーは卑しい笑みを見せて、ペンドルに恥も外聞もなく助命を願い出る。



 ペンドルが微笑んだと思ったときに、グァザリーは股下から鋭い痛みを感じて、下を見ようとしたがその痛みは意識を刈り取るとともに身体の中を突き抜けていく。




 土の槍に刺されたままで死んだグァザリーをひと目だけ眺めてから、ペンドルはこの倉庫の中のもう一人の生者であるプーシルに話しかける。



「さあ、帰ろうか。これでゼノスも少しは静かになるのでしょう」


「本当にこんなやつらのために葬式はやるんですかい?」


 プーシルの問い掛けにペンドルは微笑みつつ、言葉で返事する。



「するよ? じゃないと彼が人族のおっちゃんからもらったお金の使い道がなくなるでしょう? あれはグァザリーがもらったもの、ネコババするのは良くないよ」


「わかりやした、手配はしときます」



 ペンドルは倉庫の中に散らばっている死体に目もくれず、倉庫の扉から外へ出ようと身をひるがえした。


 アキラが今回の代金でなにをくれるかを再会するときの楽しみにして、ペンドルは微笑んだままこの惨劇の跡から立ち去った。


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