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「星8つの天賦珠玉は——ほんとうに、あったんですね」
「はい。私も見てはいませんがね」
伯爵は神殿で起きたことをすべて教えてくれた。
ああ……そりゃ、お嬢様はルイ少年の死を自分のせいだと思うよな。
「星8つの天賦珠玉は聖王家の者を、天賦珠玉を得ていない無垢の者を捧げるために必要だったもののようです。なんのために捧げるのかはわかりませんが、これまでの文献では、およそ100年から300年に1度、あの天賦珠玉が現れたようです。その天賦珠玉を与えられた聖王家の者は漏れなく姿を消しています。『裏の世界』に旅立ったと考えられていますね」
「……聖王陛下は、クルヴシュラト様が死ぬのを嫌がってルイ様に授けたんですか?」
「そういう側面がないとは言えないでしょう」
ふざけてる。
そんなことのためにお嬢様が悲しんでいるのもさらにバカバカしい。
「しかしながら、聖王陛下だけを責めることはできません」
「ッ! なぜですか!? 死ぬ可能性の高い毒薬を授けたようなものでしょう!」
「ルイ様が立候補しなければクルヴシュラト様に授けられるはずでした。陛下は授与式の始まる前日までこれでいいのかと悩み、それでも授ける決心をしたと聞きました」
「でも!」
「ルイ様は『機会は平等でなければいけない』と陛下に伝えたそうです。それほどに高邁な正論をぶつけられたら心が揺らぎますよ——それが親というものです」
「…………」
僕は両手を握りしめた。
他にどうにもならなかったのか? どうしてこんなことになってる?
ルイ少年は「死ぬ」とわかっていたら断っただろうか? ——いや「裏の世界」に行くだけだと説明されていたら、ルイ少年なら天賦珠玉を進んで受け入れたかもしれない。
「聖王家はこの国の中心であり、強大な権力があります。ですが一方でそれに伴う非情な義務も受け入れているのです」
「……僕の功績は、せっかく助かったクルヴシュラト様の命を守ったということですか」
「レイジさん」
伯爵の咎めるような口調に、僕は右拳を太ももに叩きつけた。
「……すみません。クソみたいな言い分でした。忘れてください」
僕だって、自分の都合を優先して動いてばかりだというのに——お嬢様にも事情のすべてを伝えたわけでもないのに、聖人君子ヅラをするわけにはいかないじゃないか。
「いいえ、忘れませんよ」
僕がほとほと自分自身に嫌気が差しているというのに、伯爵は大真面目な顔で——ほんのりと笑みさえ浮かべながら、そう言ったのだ。
「ようやくあなたも、人間らしいところを見せてくれたのだなとうれしく思いました。あなたと話していると、どうも14歳ではなく一人前の大人のように感じてしまいます。ですがあなたにも人間らしいところがどうやらある」
「……それをあなたが言いますか?」
「私に流れている血は氷のように冷たいらしいので、私にそういった感情を求めるのは筋違いかもしれませんね。……ともあれ、聖王陛下は罰せられるわけではありませんが、今後あの御方には多くの困難が待ち受けています」
「困難?」
「1つは、時間を置かずにまた星8つの天賦珠玉が現れる可能性があります。私も初めて知りましたが、一般市民はなるべく早くに天賦珠玉を子どもに与えるというのに貴族が12歳まで待つというのは、『無垢』である期間を12年、作り出すためのようです。その間に次の子ができていればよし、できていなければその聖水色を持つ子はなんのかんの理由をつけて天賦珠玉を使わずに『無垢』で居続けなければならないと」
「授与式というものは、他の貴族がそれに付き合わされていたということですか」
「カムフラージュ的なものかもしれませんね……これらに関しては秘密があまりにも多いので。いずれにせよ、星8つの天賦珠玉がどんな意味を持つのかは、エルさんも知らないのか、あるいは隠されているのかはわかりませんが——今時点で私は知りません。星8つの天賦珠玉が再度現れたときに、クルヴシュラト様の弟君である第3聖王子にそれを与えなければならないのです」
「そう……ですか」
悲しみの連鎖は続く、ということか。
「前回の星8つの天賦珠玉が250年も前だったので、当時を知る人間がおらず、しかも文字も読めないことからその意味を確認するのに時間が掛かったようでした」
「いったい、『裏の世界』とやらにとってなんの意味があるんでしょうね……」
「……聖王陛下は、あなたが聖王宮にやってきたらそのあたりについても話されるかもしれませんね。『盟約』と呼ばれるものがなんなのかについても」
盟約。
確か、竜も言っていた言葉。
「聖王陛下に訪れる困難はあともう1つ大きなものがあります」
伯爵は続けて言った。
「あの巨大蛇、いましたね。あれが第2聖区の邸宅を破壊したのですが知っていますか?」
「あ……はい。そこに行きましたから。確かリビエレ家とか……」
アルテュール様がそう言っていた気がする。
「そうです。そのリビエレ家が半壊し、倒れた壁に挟まれ、死んでいた男が問題でした」
「被害者……ってことですよね? 問題?」
「はい。今回に関しては被害者ですが、1か月前は加害者でした」
1か月前——というと「新芽と深緑の晩餐会」?
「その男こそ、クルヴシュラト様のソース皿に毒を盛った男だったんです」
驚く僕に、伯爵は重ねて言った。
「6大公爵家の1つ、リビエレ家がクルヴシュラト様の暗殺を企てた可能性が極めて濃厚であり、リビエレ公爵家のお取り潰しについて今議論が行われています。リビエレ家はこれに異を唱え、公爵家の騎士を集めており非常にピリピリした状況……つまるところいつ内戦が始まってもおかしくない状況です」
聖王宮に行くべきか、行かざるべきか。
スィリーズ伯爵は「仮眠します」と言って自室に引っ込んでしまった——これはつまり「逃げるなら今」と言っているようなものだ。
ここまで事情を知ってしまった僕を聖王は手放さないだろうと伯爵は予想した。一方で恩義も感じているから、逃げるのならば仕方がないとも。
これから起きるであろう混乱——6大公爵家のお取り潰しなんかを含めて、僕がここに残るメリットってなんだ?
(契約魔術を結ぶ代わりに莫大なお金が手に入る、とか?)
そんなものは要らない。僕が必要としているのは当面生きていくお金くらいだ。
(あとは『盟約』に関する情報)
情報には興味があるけれど、それは絶対に必要なものじゃない。この世界でも「ごく一部」の要人だけが知っていれば済む——僕は「その他大多数」のほうでいい。明らかに面倒ごとに巻き込まれそうだし。
(つまりメリットなんて皆無ってことだよな)
反対にデメリットが大きい。契約魔術を結ばされて聖王都から出られなくなったら、僕はラルクやルルシャさんを捜すこともできなくなる。今後、聖王にまつわる多くの面倒ごとをやらされる可能性も高い。
「……メリットとデメリットで考えたら、答えなんて1つだよね」
僕は自室から出ると、屋敷の外へと出た。門番に挨拶をして「用事で買い出しに」と告げる。
そのまま第2聖区、第3聖区、第4街区と通り抜け、第5街区へとたどり着いた。
目当ての場所へは何度も道を聞かなければならなかったけれど、スマホやナビなんてないこの世界では当然のことで、道行く人たちはほとんどが快く教えてくれる。
「ここか」
僕の前にあるのは石造りの4階建ての建物。細く、奥行きがあるタイプであり——あまりこの辺では見かけないタイプの建築物だと言えた。冒険者パーティー「銀の天秤」が宿泊する「銀橘亭」という宿は。
「『銀』ってついてるってだけで、ここを選んでそう」
色つきのガラスに木の模様が描かれている入口のドアを開くと、カランコロンとベルの音が鳴った。
Simonさんからレビューをいただいていました。ありがとうございます! ていうか英語じゃん! ベネズエラの人じゃん! だいぶ日本のローカルネタ入れてるんだけど通じてるんですかね……?
Hi Simon,
Thank you for the review.
I'm happy to hear that you have fun to read my story!




