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「来ます!」
ウロボロスは新たにやってきた3人も敵だと認識したのか、その大きな口を開いて一気に噛みつこうとする。
「ノン、ミミノ、距離を取れ!」
「はい」
「もっちろん!」
ノンさんとミミノさんが後ろへと回避行動に移るが、ダンテスさんはウロボロスへとむしろ一歩踏み込んだ。
「ふんっ」
がぶりと噛みつかれる直前、今度はバックステップ。
上手い。
距離の目算が狂ったウロボロスの口は空を切った。
「ぬおおおおお!」
ダンテスさんの右手にあったのはメイスだ。太い鉄の棒、その先の打撃部は鋼板が花びらのように開いている。
いつ使用されたのか、ノンさんの【補助魔法】によってダンテスさんの身体能力が数段アップしていた。
ウロボロスの鼻先に振り下ろされたメイスは、僕のショートソードでは浅い傷しかつけられなかったその鱗を破壊し、めり込み、地面に叩きつける。
《カアアアアア!!》
ウロボロスは鼻先から血をまき散らし、声なき声を上げてゴロゴロと転がる。
通りの家々に激突していくつかが半壊し、いくつかの壁が陥没する。
(つっよ……)
巨大なモンスターに対してためらいなく踏み込んで行き、それをフェイントとして一撃を見舞う。攻撃の思い切りの良さ、そしてその威力は——。
(明らかに4年前より強くなってる!)
ダンテスさんなんて40手前だよね!? なんでパワーアップしてるの!? ふつう体力が落ちていくもんじゃないの!?
僕の驚きに気づいたのか、ダンテスさんがにやりとする。
「4年もあったんだぞ。お前だって相応に強くなったんだろう?」
「……はい」
それはそうだ。4年という歳月は誰にも平等に流れている。
僕だって負けてはいない。
「ダンテスさん、ウロボロスの隙を作るので、少しだけ拘束してもらえますか?」
「任された」
どうやって、とも、なぜ、とも聞かれない。
ただうなずき、請け負ってくれる。
僕に対して絶対の信頼を置いてくれているんだ——それがうれしかった。
「動き出しました!」
ウロボロスはダンテスさんに怒りの目を向けており、その目に魔力が込められるのを【森羅万象】が確認する。
(先手はこっちだっての!)
僕は即座に【火魔法】を右手で放ち、左手で【風魔法】を加える。殺傷能力はない炎だけれど、火勢は大きく、ウロボロスが驚いて身体を引く。
「……レイジ、お前今2つの魔法を同時に——」
「こっちからも仕掛けます!」
僕はウロボロスの頭の反対側へと走る。6つも目があるのでさすがに捕捉されてしまっている。
「おっと」
闇の塊が高速で飛来する。1発、2発、3発——【闇魔法】だ。ステップを踏んでかわすと、闇の塊は石畳に触れるや爆発を起こす。
飛んできたがれきと砂埃で視界が悪くなる。そこへウロボロスの巨顔が迫ってくる。
「来ると——思った!」
ウロボロスは巨大な獣だ。その一方で多少の知恵が働く。火に怯え、敵を認識し、魔法を使う。
であれば、多少の策を弄することくらいはわかりきっていた。
(【水魔法】!)
残った魔力のほとんどを使って僕は魔法を発動させる。
【水魔法】はその名の通り水を操る魔法であり——一方で、【火魔法】と対極にある低温を扱うこともできる。人によってはこれを「氷魔法」と呼ぶらしいけれど、「氷魔法」という天賦珠玉は存在しない。
地面に両手を突いた僕の目の前に、分厚い氷壁が3枚現れる。
僕の体内から急速に魔力が枯渇していくのがわかる。
これで止める。
【森羅万象】によるといけるはずだ。
これでウロボロスを止める——。
「げっ、マジで!?」
ウロボロスはまだ奥の手を隠していた。【闇魔法】が発動してウロボロスの巨体を包み込む。
1枚目を簡単に破ったウロボロスは2枚目も減速しつつも破り、3枚目の壁に衝突し——ベキ、ベキベキベキ、とヒビが入ると氷壁はあっけなく崩れてしまう——。
(ヤッバ)
このままだと衝突する。僕が回避行動に移ろうとしたときだ。
ひゅるるる——。
小さな壺が飛んできた。緑色の釉薬で焼かれた陶器の壺は、崩れた氷壁に当たると砕け、紫色の燐光をまき散らす。
「——へ?」
動画の早戻しを見ているかのようだった。3枚の氷壁がもう一度現れて——ウロボロスを包み込むように展開する。
『グ、ゴゴ、アアア……』
まるで首輪のように氷壁に包まれたウロボロスは身動きが取れなくなる。
「ぬっふふふ、わたしの調合した秘薬『魔法複製薬』はどうだべな?」
離れた場所で投擲を決めたミミノさんがドヤ顔で腕組みしている。すごい。かわいい。
ていうか、一度発動した魔法を再現するアイテムってこと? なにそれ、聞いたこともない。
「レイジ……動きが止まったようだが」
「はい。ウロボロスがどうかはわかりませんが、変温動物は体温変化に弱いですから」
「? なんだそれは」
ダンテスさんが首をかしげている。
「あー、まあ、また今度説明します」
ウロボロスが変温動物なのかどうかはわからなかったけれど、蛇とよく似た姿形であるということは蛇の特性も引き継いでいる可能性が高い。弱点は低温じゃないかと僕は思ったのだ。
「とりあえず、ダンテスさんに拘束してもらう必要は——」
「油断しないで! まだ動いてる!」
ノンさんの鋭い声にハッとする。僕らの目の前にあった顔が、寒さのせいで緩慢な動きになっていたので油断していた。
ぐぐぐと持ち上げられた胴体は、まるでそびえ立つ大木のようになってこちらへ倒れてくる。
「むん!!」
メイスから手を離したダンテスさんが、僕の前へと滑り込んで両手で大盾を構える。車が衝突したかのような音が走り、
「ぬおおおおおッ!!」
いなすように僕らの横へと胴体を弾き降ろす。地面が揺れて砂埃が舞う。
「レイジ! 早くトドメを!!」
「——はい!」
すでに僕はウロボロスの頭頂部に飛び乗っていた。魔力が枯渇気味で視界がぐらりと揺れるのをぐっとこらえる。
ショートソードを逆手に持ち、高々と掲げた。
「神のご加護を!」
そこへノンさんが、【補助魔法】をかけてくれる。【回復魔法】や【補助魔法】と言った「神秘特性」の魔法は相手に触れることでいちばん効力を発揮し、距離を置くとどんどんその力は薄れていく。今、僕とノンさんの距離は15メートルほども離れているというのに、魔法が届いたということに僕は驚いた。
それはまるで、空から神の使いが降りてきたかのような幻想的な光景で——実際に光が降り注ぎ、僕の身体に力がみなぎる。
(これ、なんか別の魔法も混じってる!)
【補助魔法】でこんなエフェクトがつくなんて聞いたこともない——ノンさんもノンさんで、なにか新しい技を身につけているのだ。
「でやァッ!!」
僕は切っ先を、ウロボロスの6つの目の眉間に突き刺した。刀身の半分ほどめり込んだところで止まりかけ、そこを全身の筋肉で無理矢理ねじ込んでいく。
「どっせえええええええい!!!!」
ずぶ、ずぶぶぶぶ、と剣が刺さっていくと——バキン、と固いものを割るような感触があった。
するとウロボロスの身体が一瞬硬直したと思うと、力が抜けてその場に倒れていく。
「あ……」
ウロボロスから飛び降りた僕は、ダンテスさんのすぐ横に着地する。蛇の巨体は、急速にその鱗が色あせていくと思うと、ちりちりと灰になって空へと舞い上がっていく。
「え、ちょっ、消えちゃうの?」
僕の身体に染みついていた体液もまた急速にパサパサになり白く変わっていく。
「倒した、ということか?」
「た、たぶん……」
【森羅万象】でももはやウロボロスに生命反応はない。
風が吹くとますますその勢いは早くなり——呆然と見守っている間にウロボロスの身体は半分以上が消えていくこととなった。
だけれど、そこには黒光りする巨大な骨だけが残った。まるで化石の標本のようなそれは、第2聖区からここまでをひとつなぎにする黒い線路のようでもあった。
ウロボロスの頭骨には僕の剣が突き刺さったままで、そこには赤色の宝玉が真っ二つになっていた。
聖王都の脅威は去った……と言ってもいいだろう。




