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* エタン=エベーニュ *
「——あれは?」
「——ロズィエ公爵家のルイ様ではありませんか」
「——どういうことでしょう」
「——あれではまるで——」
観覧に来ていた貴族たちが動揺し、口々に疑問を口にする。
ルイの姿はまったくの予想外で、彼らからすると今のルイの発言は——。
——まるで聖王陛下を批判しているようではないか。
と見えるのだった。
クルヴァーン聖王国で聖王に異を唱えることは、表向き許されない。もちろんそれは聖王の圧倒的な独裁を許すということではなく、統治のシステムとして「聖王は絶対」と見せることで多様な種族が集まるこの国のシンボルとして利用しているのである。
だから聖王に間違いがあったときは、6大公爵家経由で注意が行くか、あるいは陰でそれとなく聖王の耳に入れるのだ。そして聖王は臣下からの忠言を聞き入れるだけの分別を持っている。
ゆえに、これほど公の場での——しかも神事という「聖王国」ならではの儀式の途中で聖王のやり方に注文を付けるということは、あり得ない事態ではあった。
神官たちが、儀式を妨げかねない異物を排除するために動き出そうとした。
「神官、待て!」
それを止めたのは、他ならぬ聖王だった。
「……お前は、ロズィエ家の子だな」
「はっ。ですが、自分がどこの家の子であるかは関係ありません! 平等な機会を創り出すために——」
「いや、お前がロズィエ家であることがなにより重要だ」
「恐れながら陛下!」
「黙れ!」
貴族席から声を上げたのはロズィエ家の当主だ。だが聖王はそれを一喝して黙らせる。
「——ルイ、ルイッ! どういうつもりだよ! 授与式をぶち壊す気か!?」
一方のルイのそばでも少年少女たちがざわざわしていた。
同じ6大公爵家であるハーフリングのエタンがルイの腕をつかんだが、エタンよりも体格のいいルイは無理矢理その手を振りほどく。
「俺に触るなッ!」
「ルイ……?」
今までにない強力な拒絶にエタンはハッとする。彼の目は怒りに濁っていた。
「エヴァ様!」
ミラの声が聞こえ、そちらを見ると彼女に抱きかかえられて今にも気を失いそうなエヴァがいた。
(おかしい——これは、おかしい!)
今日はエヴァと話してはいなかったが、ここにやってくるまでに何度か視界には入っていた。そのときのエヴァはふつうに歩いていたはずだ。
(あれは魔力の欠乏症……? それに左手につけているのは魔道具……?)
なにかを話そうと口を動かしているが、ミラは聞き取れないらしい。
「ルイ=ロズィエよ。ならばそなたが受け入れるか、星8つの天賦珠玉を。受け入れるだけの覚悟と、適性があるというのなら!」
聖王がとんでもない言葉を発し、貴族席がさらにざわつく。
「陛下! お止めください! ルイ、今すぐ下がれ! 命令だ!」
「え、陛下。それは無理筋でございます」
ロズィエ家当主が悲痛な声で叫び、聖王の横からエルが出てきた。
(なに? なんなんだ? 星8つの天賦珠玉とはいったいなんなんだ?)
エタンは自分の父を貴族席で見つけるが、厳しい顔をして黙っているだけだった。どうやら父はなにも知らないらしい——いや正確に言えば、ロズィエ家当主だけがなんらかの事情を知っているのだ。
「俺は本気だ、エル。ロズィエ家は公爵家。聖王家の血を引く家でもある」
「え、陛下、いにしえより伝わるは、『《聖王色》を持ち《無垢の者》に星8つの天賦珠玉を与う』ということでございます」
「血筋で見るなら公爵家は立派な聖王家の流れだ」
「え、詭弁でございます」
「黙れ! これは俺が言い出したことではない、ロズィエ家が言い出したことだ!」
「ち、違います! ルイが勘違いしただけで——ルイ! 今すぐ謝れ!」
「——受け入れます。星8つの天賦珠玉とやら、自分が扱い切れれば今のやり方を変える第一歩になるということでしょう?」
「ルイィィィイ!」
父の叫び声を無視し、ルイは聖王しか見ていなかった。
(異常だ。ルイもおかしいし、聖王陛下もおかしい。なんなんだ、これは——)
エタンは、聖王の目がいつもの威厳のあるそれではなく——なにかすがるものを見つけたような、一縷の望みをかけるような、そんな追い詰められた者の目であることに気がついた。
ただひとり、なにが起きているのかよくわからないというふうに、ぽかーんとしているクルヴシュラトだけが、逆に常識人のように感じられた。
「天賦珠玉を持ってこい、エル!!」
「……聖王陛下」
「エル!!」
「…………」
ウサギの特級祭司は、眉間にシワを寄せていたが、
「……天賦珠玉を用意しなさい」
神官に声を掛けると、自らがそれを運ぶつもりなのか石段を降りていく。
「ああ、ルイ……バカ者めが……」
両手で顔を覆って崩れ落ちるロズィエ家当主と、「いったいなにが?」「星8つの天賦珠玉は過去に聖王家に?」とひそひそと話をする貴族たち。
一方の、この問題を引き起こした本人であるルイは、誇らしげに胸を張っていた。
やがてエルが、聖黄色の布を張った盆に、それを載せて戻ってくる。
「なっ——」
エタンは絶句する。
今まで見た天賦珠玉よりも二回りほど大きいのだ。
本来の天賦珠玉はピンポン球程度の大きさであるのだが、エルが持ってきたものは野球ボールほどはある。
さらには色だ。
虹色を含んでいるので「ユニーク特性」であることは間違いない。だがその中央にはどす黒く渦巻く点がいくつも点在しており、放たれる光も赤青黄色とめまぐるしく変わるのである。
(あんな……禍々しい天賦珠玉、見たことがない)
ぶるりとエタンは震えた。恐怖を感じたのはエタンだけではない、すぐそばにいる貴族の子女たちは顔を青ざめさせていた。
遠すぎて文字が見えない。いったいなんという名の天賦なのか。
「ルイ=ロズィエ、ここへ」
「はっ」
ルイは平然とした顔で歩き出す。
「ルイ!」
「放せ」
腕をつかんだが、やはり振り払われる。それだけでなくルイは、エタンを一顧だにしなかった——まるで眼中にないとでも言うかのように。
(——友だちじゃなかったのか?)
離れていく距離が、心の距離のように思われた。
ルイは集団を離れて聖王に近づいていく。階段を上っていく。もう、届かない。もう誰も、ルイを振り向かせることはできない。
「……そなたは、己に覚悟と適性があると言うのだな?」
まただ、とエタンは思う。また、聖王は「適性」という言葉を使った。天賦珠玉は強制的にスキルを覚えさせるものだから適性もなにもない。もちろん、魔力をほとんど持たない者に魔法の天賦を与えても意味はないのだが——それでも「覚えられない」ということはない。
「あります」
ルイは迷わなかった。
「さればこの天賦珠玉【雋エ縺?刈迚イ★★★★★★★★】をそなたに与える」
天賦の名を——聞いたのに、靄が掛かったように言葉としては耳に残らなかった。ただそのワードに含まれている、不吉で、不穏で、不可思議な響きだけはその場にいるすべての者が感じ取れた。
ルイは手を伸ばし、天賦珠玉を手に取った。
そして天賦珠玉を空へと掲げる——その天賦を取得するために。
世界が闇に包まれた。




