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エベーニュ家のお茶会を終えたお嬢様はご機嫌で、同じ馬車に乗っている僕の質問にもすんなりと答えてくれた。
「お嬢様、今日のお茶会はことのほか楽しかったようですね」
「そうなの。エタン様のお考えはエベーニュ公爵家として……ハーフリングの薬剤に関する知識と生産力によっていることがよくわかったし、ミラ様の辺境伯領はやはり軍事を中心にお考えということもよくわかったのだわ。この国には、政治に影響力を持つ公爵家だけで6、家格は一段下がるものの純粋な家臣としての貴族家ではトップの侯爵家が4、独自の軍事力を持つ辺境伯家が4、我がスィリーズ家含む伯爵家が20もあるのよ。子爵と男爵家は合わせたら3桁にも上る。それを数字ではわかっていても実体験ではわからなかったもの。皆様とお話ができてよかったわ」
「ロズィエ家のルイ様とバルコニーにおいででしたね」
お茶会の途中、ルイ少年とお嬢様がふたりきりでバルコニーに出たことがあった。そのときルイ少年はなにかを熱弁して、お嬢様も熱心に聞いているように見えたのだが。
「ふふん、レイジ、よくぞ聞いたのだわ」
「おや。それも『楽しかった』ことの1つなんですね?」
「ルイ様もわたくしの思想に共感してくださったのだわ!」
「……今なんと?」
なんだか不穏なワードが聞こえたんだけど……。
「わたくしは、ルイ様にも理想を話したのだわ。すべての国民が等しく幸福を手に入れられる社会の実現。これは、権力を持っている貴族側からしか動きを起こせないこと。『一天祭壇』より生まれる、つまり神のお与えになる天賦珠玉を貴族が独占しているのはどうなのでしょうかと以前お伝えしたのだわ」
「……お嬢様、その話、他のところではけっしてなさいませんよう」
「もちろんよ。貴族とは言え聖王陛下の治世を批判するようなことは厳に慎まねばならないのだわ。『聖王陛下の威光はあまねく国中を照らす』のよ」
お嬢様はわかっている……わかっているんだよね? 大丈夫だよね?
「レイジ、そんなに心配そうにしないで」
むすっとした顔になるお嬢様。そんな顔をしても可愛らしいのだから美形はずるい。
「あなたを信用しているからここまで話すのよ! ルイ様も、『剣に誓って誰にも言わない』とおっしゃったからすべてお話ししたのだわ」
「へえ……」
武人が剣に誓うということ、特に、剣術にこだわりのあるロズィエ家のルイ少年が剣に誓ったのならばかなりの覚悟ということなのだろう。……まあ、僕から見ると「恋する少年」にしか見えないのだけど。
「それにね、レイジ。先ほどわたくしも言ったのだわ。これだけ多様な種族がいる聖王国をどうやって束ねていくのか……とてもシンプルな答えなのよ」
「聖王陛下と貴族ですね」
「……正解。すぐに当ててしまってつまらないのだわ」
お嬢様がまたふくれている。
この国は多様性を受け入れている。だから種族による壁がない。
とはいえ、ひとつにまとまるためのシステムが必要で——それが強力な上下社会、貴族による統治だ。
そして強烈な象徴である聖王。
お嬢様が「不公平」と考えている貴族社会は必要なシステムとして存在していると僕は思っている。もちろん暗愚な貴族が希少な天賦珠玉を独占していたらそれは問題だけどね。お嬢様やエタン様、最初こそどうかと思ったけどルイ少年やミラ様、シャルロット様はしっかりと勉強をしているようだ。
権利には義務がつきもの……とはよく言ったものだよ。
その義務の最たる者が聖王で、聖王が唯一無二の頂点で、とてつもない権力を持っているわけだ。「聖王陛下が命じるのであれば仕方ない」と思わせるとんでもなく強い存在になっている。だからこそ「聖水色」なんていうシンボルにもこだわっているのだろうし。
「祭壇管理庁を所管するロズィエ家にいるからこそ、ルイ様も天賦珠玉をもっと市井に流してもいいとお考えのようよ」
「あれ。ロズィエ家が祭壇管理庁のトップなんですか?」
「当主様がそうだと聞いたわ」
じゃあ、伯爵の上司がルイ少年のお父さんか。
これ、ルイ少年に求婚されたら伯爵は断れないんじゃないかな……いや、所属が必要だから入っているだけで実際に上下関係なんてないのかな?
(いやぁ、しかし、6大公爵家を取り込むとは……末恐ろしい)
ふと気づいて僕はたずねた。
「そう言えばルイ様にご兄弟は?」
「弟と妹がたくさんいると言っていたのだわ」
おっとぉ、跡取り息子かよ……。
大丈夫かなぁ。まあ、そこは僕が心配することじゃないか。
絶対どこかで伯爵の横槍が入る気がしてならないよ。
「……レイジ。あの、ね、3日後にはわたくしは天賦珠玉をいただくわ」
なんだかもじもじしながらお嬢様が言う。
「そうですね。おめでとうございます」
よくわからないその態度に、首をかしげながらも僕はとりあえず祝福しておく。
きっとどこの貴族家も、その話で盛り上がっているんだろうな。「ねぇ、パパ〜、なんの天賦珠玉をくれるの?」「ははは、ナイショにしておかなきゃいけない決まりなんだよ」「やだよ、教えてよ〜」「まだダメだって」——みたいな。12歳だからもっと大人びてるか。
とはいえ伯爵だって、顔には出さないけどお嬢様をめちゃくちゃ大事にしてるから、きっととんでもないお金を使って用意していると思うんだよね。
「お父様がくださるのは、きっと希少性の高い、さらには『貴族』が使うにふさわしいようなものだと思うの」
「ええ。スィリーズ伯爵は、きっとすばらしいものをご用意されていることでしょう」
「だからね」
「はい」
「レイジには……わたくしがあげるのだわ」
「……え?」
僕に、あげる? なにを?
——まさか、天賦珠玉を?
「わたくしがあなたにふさわしい、天賦珠玉を与えるのよ! 喜びなさい!」
「————」
あ、ああ〜、そういうことか。お嬢様、僕に「プレゼント」をしたいと。
だからこんなに恥ずかしがってるのね。もじもじしてるのね。
僕は——あいにく16歳+こっちの世界でさらに4年も経験しているので20歳くらいの精神年齢ではあるのだけれど、なんだかお嬢様を見てほっこりした気持ちになった。
「ありがたき幸せです、お嬢様」
「……ほんとにうれしがってる?」
「もちろん」
耳を赤くしたお嬢様が、うかがうようにこちらをチラ見するので、僕はにっこりと微笑んだ。
「そ。期待していていいのだわ」
お嬢様は改めて僕から視線を外し、そっぽを向きながらも——うれしくてたまらないような、そんな顔だった。




