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* エヴァ=スィリーズ *
エヴァにとってレイジの紹介のされ方はあまりにも突然で、「私の命を救った少年だ」と父が言わなければ、彼を護衛として迎え入れることはなかったろう。
父はただひとりの家族だった。父が時折怖い目をすることがあるのを知っていたけれど、それが自分に向けられたことはなかった。
そんな父を救ったのだから——エヴァにとってレイジはとても重要性の高い人物だった。最初から。
ワガママを言ってレイジを試してみたことも何度もある。だけれどレイジはそれにすべて応えてきた。
国民が等しく生きる権利を——と考えるようになったのもレイジに感化されてのことだ。エヴァは当然知らなかったことだけれど、日本という国の考えを持っているレイジの思考内容は、この世界ではまったく異質で、そして刺激的なものだった。
——もしレイジがいなくなったら。
レイジが思っている以上に、晩餐会の翌日、一日エヴァのそばを離れたことは大きかった。
それこそ、彼女の考えを大きく変えてしまうほどに。
「お嬢様、今日はどちらへ?」
毎日の始めに、レイジが聞きに来る。
忙しい貴族ならば数か月先のスケジュールまで決まっているのだけれど——それこそエヴァの父のように——エヴァはまだそれほどでもない。
だけれど今日は予定があった。
「今日は、晩餐会のみんなとお茶会があるのだわ!」
父に、「人材斡旋所」でのことを問い詰めた日、父は自分を「一人前」だと認めてくれた。どうやらあの「人材斡旋所」の件は最終的にエヴァが真相にたどり着くだろうと考えた上で、やったことのようだった。
なぜなら父は最後に、
——親の手を借りずに歩けなければ、貴族社会では生きていけません。ましてやこれほどわかりやすい「余興」は性悪の貴族たちが最も好むところだからです。
と言ったからだ。わざわざ「余興」を「性悪」なんて言ったあたりが聖王に対するチクリとした毒のような気がするけれどエヴァはそれには触れなかった。
父はエヴァに、自由な外出と交友を許可したのだ。
「承知しました」
レイジは、今まで通りの距離で接してくれている。特になにも変わらない。
エヴァは自ら進んで晩餐会のテーブルメンバー——ルイ、エタン、シャルロット、ミラと関わることに決めた。クルヴシュラトだけは「危険があるから」と聖王が外出許可を出さないという。聖王がそこまでクルヴシュラトを可愛がっていることを他の貴族たちも知ることとなった。
天賦珠玉の授与式が終わるまではルイたちも聖王都から離れられない。ミラとは、お茶会だけでなく手紙のやりとりもしている。
(まずは自分の状況と、貴族社会の現状を知らなければいけないのだわ)
エヴァ=スィリーズ、12歳は、自分の大いなる夢の実現に向けて着実に一歩ずつ歩んでいくのだった。
* 護衛:レレノア *
エベーニュ公爵家は6大公爵家のひとつであり、聖王都第2聖区の中でも、第1聖区へと通じる門に最も近い場所にその邸宅があった。200年前の聖王が病に倒れたときに、その病の特効薬を作り、さらには蔓延していた流行病をも封じ込めた功績で聖水色を失っても公爵家を続けることを許されている。
ただその領地は聖王都からはるか遠く、当主エベーニュ公が聖王都にいるのは1年の4分の1程度で、今回の聖王子暗殺未遂騒動で滞在期間が延びてしまったことから公務のスケジュール調整で屋敷はずっとバタバタしていた。
「さて——……久しぶりの休暇だべな」
レレノアは第5街区にいた。町並みは整っていて、道をゆく人たちの装いにも余裕がある。第6街区から治安の悪化が始まり、裏通りが歩けなくなる。第7街区は大通り以外の石畳がない。その外側は王都外だ。
ふだんはエタンの護衛についているのできっちりとした正装なのだが、あれは堅苦しくていけないとレレノアは思っている。田舎で生まれ育ったレレノアは、今着ているようなゆったりとした服、それに鉱石を通した両手のミサンガなどがないと落ち着かない。
この格好をすると、「第2聖区だとさすがにみっともないから馬車に乗ってけ」と屋敷の人に言われ、第4街区までは馬車で送られてしまうのがなんとも切ないところなのだけれど。
(ハーフリングはこういう格好してナンボだってのになー、みんな都会でお高く止まっちゃってるべな)
レレノアはふらふらと歩きながら、屋台で見つけたパスタを買い食いしている。麺のパスタではなく、四角いラザニアの生地を半分にしたような三角形のパスタだ。木の器に入った香辛料たっぷりのトマトスープの中に浮かんでおり、スプーンで食べると酸味と刺激とが口の中に弾け、ぷるんとしたパスタの食感がなんとも楽しい。
「おっちゃん、美味しかったべな!」
「おう、キレイに食ってくれたじゃねえか、ハーフリングの姉ちゃん」
護衛をやっていれば買い食いだってできやしない。
それから数軒の屋台をハシゴしてお腹がこなれてくると、レレノアはようやく目的地へとやってきた。
「ひっさしぶりだべなー」
3階建てで石造り、1階は開かれた大扉——これはよそでも同じパターンとなっている冒険者ギルドの特徴だった。
とはいえ内部の様相はそれなりに違い、クルヴァーン聖王国は木材が他国よりも高価であるために石材で固めた柱が中央に立っていて威圧感がある。
冒険者ギルドがあるのはここ第5街区と第7街区で、第5街区のギルドは貴族家からの発注を受けることもあるために上級の冒険者が多い。一応、第3聖区にも冒険者ギルドの支所はあるのだが、そちらは一般の冒険者は入れずギルドの職員だけが駐在して貴族家とのやりとりを行う。
(ほ〜、しばらく見ないうちに立派な装備の連中が増えたべな〜)
モンスター素材を使っているのだろう、ぴかぴかの赤い鎧を着た男や、業物らしい刀剣を背中に2本背負っている女剣士、かなりの魔力が籠もっていそうなロッドを持った魔法使いもいる。
それらのすべてがヒト種族ではなく、ドワーフ、狐系獣人、それに銀髪に青黒い肌というダークエルフだった——レイジは知らなかったが、スペキュラ2等書記官もダークエルフである。
冒険者は実力社会なので、特に種族の壁なく活躍できる者は活躍できるようになっている。一方で計算高く、魔力適性もそこそこ高いようなヒト種族はギルド職員に多い。クルヴァーン聖王国は種族偏見がまったくないので——なにしろ聖王本人が「聖水色」という特殊な特徴を持ったヒト種族であることから、なんの違和感もなく多くの人種が共存していた。
「レレノア!」
ぼんやりと冒険者たちを眺めていたレレノアに声を掛けたのは、
「お〜、ミミノ! 久しぶりだべなー!」
彼女と同じハーフリングである女薬師だった。
alice様からもレビューをいただいていました。ありがとうございます!
レビューって書くの、結構抵抗ありますよね……ありがたやありがたや。




