21
「奴隷商」の尋問が行われるのは衛兵の駐屯所だった。そこには留置場が併設されているので、一時的にそこに犯罪者の身柄が預けられ、審理ののちに判決が下りる。公平公正な審理や弁護士、それに上告なんてものは存在しない。貴族のように高位の人物への犯罪容疑はまた違うのだけれど、その場合は聖王と貴族たちが裁くことになる。
尋問室は狭く、小さなイスと小さな窓がひとつあるだけだった。足元は地面が剥き出しで砂がまいてある。
でっぷりとした「奴隷商」は尋問室に僕が入っていくとぎょっとした顔をした。
「お、俺に暴力を振るったらどうなるかわかってんのか!?」
「落ち着け。俺たちはお前に暴力を振るったりはしないさ……」
一連の「奴隷商潰し」でお世話になっている衛兵隊長は、よく日に焼けた渋いオッサンだった。
「……お前が正直に、俺たちの質問に答えている間は、な?」
しっかりと脅しつけている。「奴隷商」はびくりと震える。
衛兵隊長は「じゃ、あとは自由にどうぞ」と壁際に退いて、僕は「奴隷商」の正面に立った。木板に紙を載せた書記がスタンバイしている。
「じゃあ、僕からいくつか質問を——」
「俺たちは法律に則って『人材斡旋所』を経営している。そりゃあ、口が滑って『奴隷』なんて言葉を使ってしまったが、それはただの間違いだ。あと貴族のお嬢様にたいして礼儀がなっていなかったのはしょうがないだろ。お前たちだって最初はありもしねぇ商会の名前を名乗ったんだから」
「…………」
僕は内心で「うーん」と唸ってしまった。
(他の「奴隷商」と同じ証言内容じゃないか……伯爵から教わったのとほぼまったく同じだ。……ん? 待てよ……)
ふと、そこに違和感を覚えたことで一連の出来事を思い返す。
伯爵はお嬢様の言い出した「奴隷商潰し」について快諾した。あのときこそ、それは「親バカだなぁ……護衛のこっちの身にもなってくれよ」くらいにしか思わなかったけれど、よくよく考えたらおかしくはないだろうか?
(伯爵だって「本音と建前」くらい当然知っている。「人材斡旋所」という必要悪を1つずつつぶしても、聖王都の経済や社会にほとんど影響がないこともだ)
むしろ逆恨みされ、お嬢様が関係者から襲撃される恐れだってある。
そういった「逆恨みからの襲撃」なんていうのは、伯爵自身がいちばん痛い目に遭ってわかっているはずなのに。
(用意されていた「人材斡旋所」のリスト。取り調べでの「同じ証言内容」。……これってもしや)
僕はある仮説に行き当たった。こう考えれば、今起きていることのつじつまが合う、ある仮説に。
だけれど一度そうだと思うと、それ以外に答えが思いつかないくらいには腑に落ちた。
衛兵隊長が「聞かれたことだけ答えりゃいいんだよ」とどやしつけているが、僕はそれを手で制して言った。
「ええと、では改めて僕から質問をするよ。いいかい?」
「はんっ。ガキ相手になにを答えろってんだよ」
「この商売を始めたのはいつから?」
「……へ?」
予想外だったのか、きょとんとする。太ったオッサンがきょとんとしてもたいして可愛くないということを僕は知った。
「この商売を始めたのは、いつから? と聞いたんだ」
「え、ええと……もう15年になるわいな」
「場所は聖王都でずっと?」
「そうだ」
「競合他社と比べて自分の会社の強みはあるか?」
「……どこも『人材斡旋所』なんて同じ仕事だ——と言いたいところだが、うちは貴族様とのパイプが太いからな。扱う金額がデカイ」
へっへっ、と誇らしげに笑っている。
「刑罰が下っても同じ商売をまたやるか?」
「それは……まあ、俺の天賦はそういうもんだし……」
「【隷属権能★★★】か?」
「そうだ。でもこの仕事は違法じゃないんだぜ?」
「わかってる。それじゃ最後の質問だ」
僕は言った。
「スィリーズ伯爵から、いくらもらった?」
「ッ!!!???」
……驚愕したオッサンもまた、たいして可愛くはないのだなと僕は知った。
そしてその一方で、僕は自分の立てた仮説が正しそうだとも思ったのだった。
尋問を終えると、僕はその足でゼリィさんのところをたずねた。彼女には彼女で、別途ラルクやルルシャさんのことを追ってもらっている。
ゼリィさんは、僕とラルクのことを知る数少ない人物だ——お酒に酔って醜態をさらすのがどうしようもない欠点だけど。
ゼリィさんは午前中は大体寝ているので、今日も行ったらやっぱり寝ていた。そこで報告を聞いて——冒険者ギルドのほうでも星5つ以上の情報などは出ていないらしく、今日も収穫はなかった。まあ、スィリーズ伯爵だって情報をつかんでいないんだもんね……気長に探すしかないだろうか。
「そう言えば」
ゼリィさんはしっかり施錠できる宿の個室に寝起きしている。狭い部屋だけど、「寝るだけの部屋なんで広さなんて必要ありませんや」と以前言っていた——のに、どうして酒瓶が転がっているんですかね……。
「冒険者パーティーを指定して手紙を送ったりはできるんですか?」
「……あー、『銀の天秤』っすかね?」
「よくわかりましたね」
「だって坊ちゃん、他に知り合いいないっしょ?」
「…………」
それはそうだけども。まるで「友だちいないっしょ?」と言われているような気がして切ない。
ゼリィさんは僕が出してあげた水を使ってぱしゃぱしゃと顔を洗っている。猫が顔を洗うと雨が降るんだっけ? 確かに今日は曇ってるけども。
「手紙を送ることはできますけど、まず国境を越えて手紙を送るのは非常に面倒でめちゃくちゃお金が掛かりますわな」
「ですよね……」
「ただ、ギルド間で荷物のやりとりはやってますからね、そこに乗せれば確実性は増します」
「そうなんだ」
ゼリィさんによると、ギルド間で必要な書類の輸送が発生したり、ギルド職員の転勤に応じて「配達」や「護衛」の依頼が出されることがあるようだ。
「その報酬っていったら! こりゃもう目ン玉飛び出るくらい安いんすよ! しかも指名されて断ったらギルド内の評価下げられますからね。受けざるを得ないんですわ。高ランクの冒険者だってこれにゃあ逆らえない。カーッ、思い出したら腹が立ってきた。これは昼から飲むしかない」
「ダメ人間になったら見捨てますよ?」
「……えへへ、坊ちゃぁん、冗談に決まってるじゃないっすかぁ。これでもあーし、『働き者ゼリィ』ってギルドじゃ評判ですよ?」
ゼリィさんの借金は僕が肩代わりしただけじゃなくて、今もお小遣いあげてるからね。
今年20歳になるっていういい大人が、14歳に媚びている図は正直どうかと思う。この人放っておいたらどんどんダメになりそう。
「ちなみに『飲み助ゼリィ』って二つ名は耳にしましたけど」
「よぉーし、そんなこと言ったヤツはこの手で八つ裂きにしてやりましょうね! さ! 坊ちゃん! 誰が言ったのか教えてくだせぇ!」
「言ったのは僕なんですが、僕を八つ裂きにするんですか?」
「坊ちゃぁん……八つ裂きなんて冗談、ゼリィのカワイイ冗談に決まってるじゃないですかぁ……へへへ……」
すぱーんすぱーんと拳を打ちつけていた手を、そのまま揉み手に切り替えたスムーズさがもうほんとダメ。
「とまあおふざけは大概にしておきますけど……どちらにしろ『銀の天秤』の居場所がわからなければ手紙なんて出せませんよね……」
「急にどうしたんすか? 恋しくなっちゃったんですかい?」
「あ、ええと、そうですね。そんなところです」
昨日の晩餐会でエタン様の護衛のハーフリングさんが言った言葉のせいだった。ミミノさん、どうしてるかなぁと。それに勝手に出て行った僕の事情を、今ならある程度説明できるとも思うし。
「坊ちゃん」
「ん?」
「……伯爵のところにはいつまで世話になるおつもりで?」
「急にどうしたの」
「いえなんだか、胸がざわつきましてね。坊ちゃんになにかあったんじゃないかなって」
「…………」
勘が鋭い。
僕は少し迷ったけれど、ゼリィさんに昨日のことを包み隠さず話すことにした。ふんふん、と聞いていたゼリィさんは話が終わるとこう言った。
「坊ちゃん、お気を付けください。この世でなにが怖いって、ドラゴンでもなけりゃ天銀級の冒険者でもないんです」
「え……」
「権力を持ってるヤツが一等怖いんです」
僕はハッとした。
確かに、そうだ。彼女のいた「闇牙傭兵団」は天銀級冒険者クリスタにめちゃくちゃにされたけれど、ライキラさんは隙を突いてクリスタを倒した。
だけれどそんな彼らを動かしていたのは権力者たちだ。
「伯爵だって権力持ちでしょうが、それ以上に強い権力だってあります。とにかく気をつけてください。坊ちゃんが毒殺犯に仕立て上げられることだって、ありえるんですよ」
「そんなバカな」
「もし仮に伯爵が、エヴァお嬢様に嫌疑を掛けられたとしたら——坊ちゃんに濡れ衣を着せるでしょう?」
「…………」
「『審理の魔瞳』を持つ伯爵なら、できないことじゃぁありやせん」
「……そう、ですね」
そのとおりだと思った。僕はいつしか、お嬢様に信頼を寄せられることで伯爵にも信頼を寄せすぎていたのかもしれない。
「肝に銘じておきます」
「お願いしやす。あと……これ」
ゼリィさんは手を差し出した。けど、そこにはなにも乗ってない。
「ん?」
「えへへ……坊ちゃぁん」
「…………」
ゼリィさんがダメな大人の目をしていた。そう、僕は「生活費がもう底をついちゃってるんですよぉ……」と言われて数枚の銀貨を手渡した。……ゼリィさんはダメな人だけど、お金を渡す僕もダメなんだよね……。
「さて、と……それじゃそろそろ行きます」
お昼をどこかで済ませてから、お屋敷に戻ろう。
僕はスィリーズ伯爵邸に向けて歩き出した。伯爵にはいろいろと聞かなければいけないことがある。今の僕に心の緩みは、ない。
緊迫した世の中に一服の清涼剤!!! 猫系獣人ゼリィさん!!!!




