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* 護衛:レレノア *
ハーフリングは薬師としての存在感を高めているが、腕っ節はとなるとその小柄な体格からもあまりよいとは言えない。
ましてや女性で腕が立つ——ともなればなおさら希有だ。
レレノアはその「希有」だった。クルヴァーン聖王国におけるエベーニュ公爵家の遠縁に生まれたが、貴族としての暮らしとは無縁に育った。田舎のハーフリング集落には多くの薬師がいて、生まれた子どもたちも薬師としての教育を受ける。半分ほどは村に残り、残りは村の外に出るのが昔からの習慣だった。
だけれど、レレノアは違った。
彼女は魔法の能力が極めて高かった——それこそ天賦珠玉を与えられなくとも【花魔法】と【土魔法】を使えるほどには。
レレノアは薬師としての道ではなく、魔法を使う道を選んだ。そんな彼女はエベーニュ公爵家の目に留まり、本家へと呼び出され——やがてエベーニュ公爵家の騎士として働くことになる。
そんな彼女は【花魔法★★★】と【土魔法★★★】というレアリティの高い星3つの天賦珠玉を与えられ、魔法の才に磨きをかけ、さらには腕っ節でも他の種族に負けないよう徹底的に叩き込まれた。
そう。「新芽と新月の晩餐会」の会場のように天賦が使えない場所でも戦えるように——。
(今のは、なんだべな……!?)
レレノアは驚愕していた。
最初こそ「なんでこんなところに子どもの護衛が……?」といぶかっていた。スィリーズ伯爵家と言えば押しも押されぬ中央の重鎮だし、当主が「冷血卿」などという物騒な名前でも呼ばれている。当主には敵が多く最近は暗殺されかけたということも聞いている。
だというのに、娘のエヴァにつけた護衛が、子ども?
ハーフリングやホビット、ドワーフと言った低身長の種族ならばわかるが、どう見てもあの護衛はヒト種族だった。顔もまだまだあどけなさが残る——10代前半なのではないかとレレノアは見当をつけていた。
剣の達人という感じもなく、あるいは冷酷無比な軍人というふうでもない。エヴァの友だちのように見えた。
(なるほどな。エヴァ様が不安にならないようにと、心理的な「守り」を優先したべな)
レレノアはそう結論づけた。つまりエヴァの護衛はいざというとき役には立たないと。
なぜそこまで考えなければならなかったのかと言えば、この会場に聖王子が出席し、あまつさえ気が張るというのにさらには聖王まで出席したからだ。
万が一のことが起きればこの国が揺らいでしまう。自分の主を守るのが最優先だとしても、余裕があれば「聖王陛下を守れ」とエタンは自分に命じるだろう。
護衛とは、起こりうるあらゆる事態を想定し、あらかじめ優先順位をつけておかねばならないのだ。
そしてその「万が一」が起きた。
暗闇の中でまずレレノアはエタンの居場所を把握し、襲撃者とエタンを結ぶ線上に身体を張って立った。
「レレノア」
「お静かに。暗闇で逃げるのは危険です。明るさが戻ったら逃走経路を確認します」
エタンがスッ、と自分の持っていた宝剣を差し出した。だがレレノアは首を横に振る。
「これはエタン様がご自身を守るのにお使いください」
暗闇にぼうっと浮かび上がる聖王子と聖王のふたり——これでは襲撃者にとっても「いい的」となってしまう。
だが次の瞬間、レレノアが驚愕したことが起きた。
空中に5つの炎が突然現れたのだ。
それを発生させたのは——レレノアが「役に立たない」と判断したあの少年だった。少年の周囲に炎が浮遊しているのでまず間違いないだろう。
(そんな……!? 天賦が使えないこの状況で即座に5つの【火魔法】を発動!?)
幼いころから魔法の才能に恵まれていたレレノアであっても【花魔法】と【土魔法】に限り3つの発動が限度だろう。むしろ3つを展開できるという、他の騎士よりも明らかに抜きんでた能力のおかげでエタンの護衛に抜擢されたほどなのだから。
(【火魔法】の天才——)
レレノアは納得する。こういった天才児はごくごく少数ながらも突然変異的に生まれてくる。見た目は少年で、訓練されているふうはないけれども、彼だからこそ「冷血卿」が娘の護衛につけるのだ——そうレレノアは納得した。
(ならば戦闘は素人のはず。明るさが確保されればこちらの仕事!)
次にレレノアはそう判断し、聖王騎士団のアルテュールへと視線を向ける。彼も、親の後ろ盾で騎士隊長の座に就いたという側面はあるが、それだけで騎士隊長になれるほど甘い職務ではない。こういった有事になにをなすべきかくらいは頭にある——おそらくレレノアと同じ判断をして、彼もまたこちらを見ていた。
ふたりはともにうなずき合い、
「エタン様、ここでお待ちを」
「気をつけて」
襲撃者へと向けて走り出す——ときだった。
エヴァが、護衛に命令した。
「レイジ、全員を守るのだわ!」
その直後、レレノアが見ていたはずの護衛の姿が——消えた。
* レイジ *
天賦珠玉は人に天賦を与える。
これがこの世界の常識だけれど、多くの人が誤解していることがある——と僕は常々思っていた。
天賦がなくとも「天賦と同等の力」を発揮することができるのだ。
たとえば天賦がなくとも魔法を使えるように、天賦がなくとも剣の達人になれるように。
あくまでも天賦は、途中の過程をすっとばして達人の域に達することができるだけの代物だ。
(戦闘音が3つ。残り3人は真っ直ぐにこちらに向かっている)
各テーブルで1人ずつ、襲撃者と戦闘が行われているようだ。応戦しているのは……護衛だな。イスから落ちて腰が抜けている子どもや、金切り声を上げている子どももいる。
僕は【火魔法】で灯した明かりをその場に残し、身体を低くすると【疾走術】を使って走り出した。襲撃者は僕に注目していたようで、彼らの呼吸に動揺が見られる——【森羅万象】が教えてくれる。それはそうだろうね。突然僕が消えたように見えたろうから。
中央の広々としたスペースを突っ切ってくる3人は、天賦がないせいか動きが遅い。僕はぐるりと弧を描くように走り、彼らの横に迫った。
「!」
薄闇の中で僕に気がついたようだけれど、それじゃ遅い。僕はもう襲撃者の目の前にいたからね。
聖騎士の訓練で学んだ【拳術】で襲撃者の横っ腹にフックをめり込ませる。
「がはっ」
黒衣に身を包んだ襲撃者は一瞬、肺の中の空気をすべて吐き出してしまう。そのわずかな時間で十分だ。次のパンチはアゴに見舞う。アゴの先端はボクシングでも「チン」と言われる急所があり、ここを殴られると意識が飛ぶ。
ひとりめが倒れたのに気がついたのか、襲撃者2人は僕にターゲットを切り替えた。腰に佩いていたショートソードを抜き放つと、黒く塗られた刀身は薄闇に溶けて見づらい。
(あ〜、手が痛いぃぃぃ)
黒衣の下に鎖帷子を着ていたようで、僕の拳が泣いている。節約モードの魔力量で【回復魔法】を発動し、拳を癒す。
さて、残りは2人。
「——シッ」
手前のひとりが突きを放ってくる。
その速度は、一般人から見たら格段に早いのだけれど天賦アリの聖王騎士団訓練を見まくってきた僕からすると——なんとも遅い。
だけれど僕は、その突きに違和感を覚えた。
(え……その突き方って、まさに聖王騎士団の「型」じゃない?)




