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聖王は自分のペースで話を進めているけど、他の3名の自己紹介がまだっぽいけどいいんですかね。
お嬢様も少々そこが気になるようだったけれど聖王に質問されれば答えるしかない。
「はい。それらは本日の晩餐会以降に決めていこうと父とは話しておりますわ」
「そうか。それならクルヴシュラトなんかはどうだ?」
「ごぼっ!?」
いきなり言われたクルヴシュラト様が食前酒にむせている。そりゃ驚くよね。天気でもたずねるくらいの気軽さで自分の婚約の話が進んだら。
いやしかしお嬢様、「流し目するな」と僕は言ったけれどこの短時間でルイ少年とクルヴシュラト様のふたりの心を奪うとかヤバイ。お嬢様にはきっとそんな気なんてなかったとは思うけれども。
「お父——聖王陛下! なにを言われるのですか!?」
「今日はお前の妃を決める場でもあるとあらかじめ言っておいただろう?」
妃。
第2聖王子の。
離れたテーブルに座っていたはずのご令嬢たちが一斉に反応した。全員聞き耳立ててたもんね。他のテーブルは沈黙の食卓になってるよ。
「そ、それは我が自分で考えていいと聖王陛下もおっしゃって……」
「お前の様子を見ていたら、こりゃ決まるまで何日掛かるかわからねえなと思ってよ」
「だからと言ってこんな性急な!」
「なんだよ、ヴィクトルの娘は不満か?」
「そ、そそそ、そういうことを申し上げているのでは……」
聖王親子がやいのやいのやっている間、ルイ少年がきりきりきりきりと歯ぎしりしながら僕を見ていた。
——おい護衛。お前の主が危険だぞ。排除しろや。
目は口ほどに物を言う。
ああ、なるほど。さすがの公爵家でも聖王子の婚約者になったら手出しができないよね。
ルイ少年の思いがしっかり伝わってきた。
僕はそっぽを向いて無視した。
「てめっ、なに無視して——」
「クルヴシュラト様! わたくし、フレーズ侯爵家のシャルロットと申しますの! お初にお目に掛かりますわ!」
すかさず自己アピールにシャルロット様が前のめりになると、
「父がこうも口やかましいと、子どもがかわいそうですのぉ……」
灰色熊がしゃべったァァァァ! じゃなかった、辺境伯だった。
「あ? そりゃ俺に言ってんのか、辺境伯」
「自覚があるのなら黙っていたらどうですか、護衛殿?」
「俺が呼び出してもなんのかんの理由付けて聖都に来なかったお前が、娘のためにわざわざ場違いな熊の毛皮着て忍び込んできやがって。小うるさい親なのはどっちだ?」
「主役は子ども、どの口が言いましたかな?」
「あ? やんのかお前」
「お? 久々に陛下と手合わせならば乗りますぞ。血がたぎる」
ゴリラと熊が半歩の距離で腕組みして向き合っている。
かたや魔力がダダ漏れの聖王、かたや灰色熊の辺境伯。ここから始まるバーリトゥード? ……いや、僕も突然現れた人たちのキャラが濃すぎて混乱しているらしい。クルヴシュラト様は頭を抱えて突っ伏してるし、同じく辺境伯の娘のミラ様も頭を抱えて突っ伏してるし、完全に話題を持ってかれたシャルロット様は涙目だし。
ハーフリングのエタン様の「え?」というきょとんとした顔を見るとホッとする。そうだよね。それがふつうの反応だよね。同じ「え?」でも「え、これから戦うの? マジ? 見たい!」って感じで目をキラキラさせているルイ少年はちょっと反省しようね。
晩餐会は波乱とともに幕を開けたのだった。
「——なるほど、ではスィリーズ家はあえて領地をお持ちではないのですね」
「ええ、そうですわ。お父様は常日頃から『領地を持つことは多くの責任を伴い、責任を果たすには多くの時間を要する』とおっしゃいますわ。スィリーズ家は古くより聖都にて国全体のために尽くすことを是として活動してきましたの」
「そのお考えは大変立派だと思います」
「いえ……エタン様のエベーニュ家のように、特産品を作り、国を栄えさせることもまた重要なことです」
「ウチはまだまだ——」
「昨年新たな香料の開発が成功したと聞き及んでおりますわ。すばらしいことです」
「いや、参りましたね。そこまでご存じとは」
エタン様とウチのお嬢様が和やかに会話している。お嬢様、ちゃんと家庭教師の授業が身についているじゃないですか、よかった——となんだか親心のようにほっこりする僕である。
クルヴシュラト様とミラ様は、護衛同士がバチバチ視線で火花を散らしているのでハラハラし、先ほど発言しようとして失敗したシャルロット様は出てくる料理をヤケ食いしていた。
ルイ少年はお嬢様と話したそうな顔をしているが、聖王の「婚約」発言が気になっているのか、あるいは全然話についていけないのか、黙って食事をしている。もぐもぐしつつお嬢様の顔をちらりと見ては「ハァ〜ッ」なんてため息を吐いている。恋する少年かよ。ああ、そのものずばり恋する少年だった。
「せっかく同い年なのです。私たちで友誼を結びませんか」
エタン様が全員へ向けて言った。
他のメンバーが気が気じゃないのを見て気を遣ったんだろう。偉すぎない、この子……? ハーフリングはいい人しかいないのかよ……。
「すばらしい提案かと思いますわ!」
そこへシャルロット様が割って入る。
「友誼を結ぶって具体的になにするんだよ、エタン」
ルイ少年がようやく言った。気安く呼んでいるあたり、ルイ少年とエタン様はだいぶ親交があるみたいだ。
「そうだね……たとえば、私は領地にいる期間が長いので、私が聖都に来たときに集まってくれるとうれしいな」
「自分のためか」
「いいじゃないか。聖都にいる間、ヒマなんだもの。気軽に会えるのなんてルイくらいだし」
「俺で十分じゃないのかよ、そこは」
「毎日遊んでくれるのかい?」
「げーっ、絶対イヤだね」
「まあまあまあまあ、おふたりともとても仲良しでいらっしゃるのね!」
シャルロット様が割って入った。確かに仲が良さそうではあるけど、ルイ少年とエタン様とか絶対に反りが合わなさそうだ。
「ところでその友好の輪には、もちろんクルヴシュラト様も……?」
シャルロット様の本題、というか関心はそこにあったらしい。水を向けられたクルヴシュラト様はあわてて振り返り、父の表情を確認する。聖王はにやりとして小さくうなずいた。
「わ、我も是非とも参加したいと思う!」
勢い込んで言うクルヴシュラト様がカワイイ。どうしてこんな優しそうな子が、ゴリラみたいな聖王から産まれたんですかね……。
クルヴシュラト様は言うだけ言ってみんなの反応を確認する。そしてその視線はエヴァお嬢様のところで止まった。お嬢様が首をかしげながら、
「——わたくしもよろしいのですか?」
「スィリーズ家は遠慮なさったほうがよろしいのではなくて?」
シャルロット様が食い気味に言うと、クルヴシュラト様があわてる。
「ど、どうしてエヴァ嬢を仲間はずれにするのだ、シャルロット嬢」
「それは……クルヴシュラト様。恐れながらわたくしの口からは申し上げられませんわ。ただ『スィリーズ家は貴族社会に軋轢をもたらす』とだけ……」
シャルロット様は、そうして意味深な笑みを浮かべるのだった。




