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エタン様はハーフリングなのか——。
僕が思わずつぶやくと、それを耳にしたお嬢様が、
「そうなのだわ。エベーニュ公爵家はハーフリングの血が色濃く入っているの」
エタン様はこのテーブルにやってくると、全員を見回してにこりと微笑んだ。優しそうな子だ……彼の青い目が、僕にある人を想起させる。
(……ミミノさん、元気かなぁ)
僕がふとノスタルジーに浸っていると、エタン様の護衛が僕を警戒するように見ているのに気がついた。彼女の瞳の色は琥珀色だ。
大丈夫ですよ、僕は人畜無害ですよ……とアピールしたいところだけれど、確かに圧倒的に年齢が低い僕が全然武装していないのは逆に怪しくしか見えないか。
見た目年齢だけならその護衛さんも僕に負けず劣らず若く見えるけれど、ミミノさんの例を考えるに僕より年上なんだろうな。
それはそうと……エタン様が来てからすごく華やかな香りがする。なにかわからないけれど花を使った香水だ。
「ロズィエ公爵家ご令息ルイ様、ご到着!」
入口に目を向けた僕は——思わず目を疑った。
そこにいた少年は、金髪に赤い目というお嬢様と同じ組み合わせパターンの少年だったのだ。
ただ残念ながら【森羅万象】によるとその目は魔瞳ではなく、単に赤いだけのようだ。それに髪の毛は茶色を脱色して金髪にしているらしい。
(なーんだ……って)
ルイ様の背後にいた護衛に、僕は驚いた。
見たことがある。聖王騎士団第2隊長アルテュール様だ。20代半ばで第2隊の隊長にまで昇格した人物で、親が貴族のボンボンだとか聞いたことがあるけど……。
鳶色の髪をさらりと片方に流し、彫りの深い目元には灰色の瞳。冷たくも感じられるその目を周囲に投げ、護衛の質を値踏みしているかのようだ。
だけど護衛対象のルイ様は勝手にずかずかと歩いてこのテーブルにやってくると……なぜか自分の席ではなくエヴァお嬢様の横にやってきた。
「おい、スィリーズ家の娘」
人差し指を突きつけてこう言った。
「お前を俺の婚約者にしてやる。明日、挨拶しにうちまで来い。父上に紹介してやるから」
心拍数の上昇、耳は赤く、声は震えている。ああ、なるほどね。この少年はお嬢様をどこかで見たことがあって、髪の色をわざわざあわせた上で晩餐会をプロポーズの場として選んだわけか。
「なるほどなるほど。健気な少年の恋心なんですねえ……」
「いっでええええ!?」
僕は【森羅万象】でわかる情報でこの少年が、素直になれないただの生意気な子どもだということはよくわかっていたけれども、とりあえず少年の腕を後ろにねじりあげた。
「お、お前ッ!? なにをする! 俺にこんなことをしてただで済むとは——」
「僕はお嬢様の護衛なので、お嬢様に迫る危険は排除するよう言われています」
「なんだと!?」
この少年は危険。きっと伯爵閣下もそう判断するはず。
婚約とやらが既成事実になってしまったらお嬢様の人生にも影響が出てしまうからね。
まあ、こんなことやっていることをメイド長や執事長が知ったら卒倒してしまうだろうけど、ここでなにもせず放っておいたら親馬鹿……失礼、伯爵閣下がブチ切れると思われる。「あなたは護衛ではありませんでしたか?」とか言って。
僕が「やらかした」だけなら最悪僕だけ姿をくらませばなんとかなるだろう。ここまで身体を張ったんだから伯爵だって僕のために星5つ以上天賦とルルシャさん捜しを続けてくれるはずだし。
……たぶん。
それくらいやってくれますよね、伯爵?
「なにをしている!」
聖王騎士団第2隊長のアルテュール様が走ってくるけれど、その速度はゆっくりだ。ここは天賦無効になっているから身のこなしがイマイチなのかもしれない。いけませんね……聖王騎士ともあろう者がそんな様子では。
「アルテュール! 早くコイツを殺せ!」
「……今手元に武器はありません。ん、お前は……?」
アルテュール様は僕に気がついたのかふと動きを停めると、
「騎士団の掃除係ではないか。なぜこんなところにいる」
「スィリーズ家の護衛となりました」
「護衛!? その御方が誰かわかっているのか? すぐに放せ!」
アルテュール様が接近してきたので僕は少年を盾にして防ぐ。金属鎧を着込んだ天賦なしの騎士なんて動きが鈍すぎるからこれくらいで難なくかわせる。
むしろ天賦なしの力比べになったら負けてしまいそうだ。魔法を使えば別だけど。
「アルテュールッ!」
「は、はっ。しかしこの、動くな!」
いやなこった。少年を中心にぐるぐると僕は回転して接近をかわしていると、
「……レイジ、もういい加減に止めなさい」
「はい」
お嬢様の声で僕はパッと手を離した。
目が回ったらしい少年は足元をふらつかせながらアルテュール様に倒れ込んだ。
「お前……このようなことをしてただで済むと、思うなよ……」
「——ルイ様」
お嬢様はイスから降りて少年の前へとやってきた。
会場中の注目を集めたお嬢様は、口元を歪ませて妖艶な笑みを浮かべた。
「わたくしたちは本日をもって、一人前の貴族となるのです。レディーの関心を惹くにはいささか性急に過ぎるように存じますわ」
そうして少年に近寄って、ハンカチでその口元をぬぐってやった——ちょっとよだれが出ていたからね。
「さあ、席につかれてくださいませ。聖王子様がいらっしゃいますわ」
優雅に席へと戻ったお嬢様をぽーっと見つめるルイ少年。相変わらずぽーっとしているミラ様もいるけど。
ああ、これはやりましたわ。撃ち抜きましたわ。いたいけな少年の心にさらに追い打ちしましたわ。淡い恋心がガチ恋になっちゃいましたよ、お嬢様。
「……レイジ、あとでお説教よ」
お嬢様が小声でそんなことを言ったけれど、僕は聞かないフリをした。
僕のせいではない。
「……聖王子クルヴシュラト様、ご到着! ……ッ!?」
騒ぎが落ち着いたからか最後の呼び出しが聞こえた。なんか変な声がしなかったか?
さらに会場全体がざわっ、としたと思うと、悲鳴に近い歓声が上がった。
「?」
入口を僕も見やったけれど、多くの貴族の子女が立ち上がっている。なんだなんだ? 王子様が来ることはみんな知っていたんじゃないのか?
入ってきたのは、明るい水色の髪を短く切った少年で、活発そうな髪型とは裏腹に目元は優しげだった。アクアマリンをはめ込んだような美しく大きな瞳は「女装させたら男を狂わせるぞ……」とかどうでもいいことを僕に思わせる。
着ている服が面白い。水色の帯の入ったローブというか、着物というか、羽織りというか、そんな感じの宗教服のようなものだったのだ。あれが王族の出で立ちなのだろうか? あと、額には孫悟空がつけていそうな金色の輪っか——「緊箍児」っていうんだけどこの世界の人は知らんよね——サークレットをつけている。
……うん。
つまりあれを着ているってことは王族の証ってことなんだよね?
僕の錯覚か、クルヴシュラト様の後ろにも、同じ服を着た大柄な男がいるんだよね。
「も、も、もしや……」
ガタッ、と音を立ててエヴァお嬢様も立ち上がり、ぽーっとしていたルイ少年とミラ様も今ばかりは驚愕に顔を染めて入口を凝視していた。
クルヴシュラト様とおなじヘアスタイルと服装なのだけれど、女の子のようなクルヴシュラト様とは違って身体全体ががっしりとしていて、控えめに言えばゴリラで、大げさに言えば動く石像で、まつげたっぷりのお茶目な目と意志の強そうな眉、あごひげがもみあげとつながっているのはクルヴシュラト様と真逆だ。
服装が同じでなければ、同じ王族だなんて僕は思わない。
「あの御方は」
お嬢様が呆然と言った。
「聖王陛下」
と。




