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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第2章 悪意の真意は懇意の中に。少女の黎明と父の冷血と。

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 伯爵邸のある辺りは高級住宅街なので、信じられないくらい長い塀が続いていたりする。ただここが「聖都の中心」なのかと言われると、少し違う。

 聖都の中心に「一天祭壇」も含む「聖王宮」があって、ここに聖王は住んでいる。

 聖王宮に入れるのはごく少数で、スィリーズ伯爵も年に数回しか入らないと言っていた(それでも貴族の中では相当に多いほうだという)。

 中心から年輪のように壁で区切られており、「1の壁」から「8の壁」まで存在していた。「8の壁」はもちろん城壁で外敵の侵入を防ぐものなのだけれど、聖都は多くの人を集めるので「8の壁」の外にも多くの家が建っている。

 この聖王宮を囲う「1の壁」があり、外側にはクルヴァーン聖王国の政を行う「議場」や、各種「中央官庁」、それに「枢密教会」がある。ふだん、伯爵が通っているのはここで、「第1聖区」と呼ばれている。中心に「聖王宮」、そこから数えて1番目だから「第1聖区」というわけだ。


(日本で言う霞ヶ関だな)


「2の壁」の外側に「聖都中央教会」があってここが聖都で最も大きく、信仰の篤い場所だと言われていた。「枢密教会」は貴族たちの専用で、そんなに大きくはないらしい——まあ、祭壇から天賦珠玉がポンッと出てくるような(何度も言うけど効果音があるかどうかは知らない)国で、神に祈ってもしょうがないよね。誰しもが祈りたい祭壇は天賦珠玉をポンッと出すために厳重に管理されていて近寄れないわけだし。

 今日行くのは、「2の壁」と「3の壁」の間、「第2聖区」聖都中央教会の近くにある晩餐会会場だ。伯爵の居住地も同じエリアなので「壁」を抜ける必要はない。ちなみに聖王騎士団の寮や練兵場は「第3聖区」にあり、一般でも富裕層はここに住むことができる。この外から「第4()区」と呼び名が変わるあたり、貴族たちの優越意識がうかがわれる。

 僕がスィリーズ伯爵を助けたのも第4街区だった。伯爵は自宅に帰るところだったんだろうけど、どうして第4街区なんかにいたんだろうか? まあ、人の恨みを買うようなヤバそうな仕事をしている人なので、あまり理由を聞きたいとは思わないけど……。


「レイジ、どうしたの? なにか黄昏れているわ」

「黄昏れ……いやそんなことないですよ?」

「なにを考えていたの?」


 考え事はいろいろあるけれど、「今のお嬢様を直視したくないので外を見ていた」というのが正直なところだ。そこそこ広いが部屋よりははるかに狭いところに向かい合わせで座っている僕とお嬢様。いくら魔力をこめなければ「魔瞳」が発動しないとは言え、やはりスィリーズ家の目は魔性の目だ。見てるとドキドキしてしまう。おかしいな、僕にはロリコン趣味はないのに。


「あっ、わかった」

「ハズレです」

「まだ言ってないのだわ!?」

「どうせ『昔のことを思い出していた』とか言うんでしょう?」

「…………」

「アタリですね」

「ズルをしたのだわ!」

「相手の心を読めるズルがあるのなら僕だって欲しいですよ」


 まあ、それに近い「魔瞳」を伯爵は持っているけどね。

 僕は他愛のない会話をお嬢様と続けた。彼女の心に少々余裕がないことには気づいていたから。

 浮き足立つお屋敷、ふだん口にしない褒め言葉を口にした父。今日が「特別」なのだと言われていても実際に体験してみるまではわからないのが人間というものだ。

 僕と話すことで心が落ち着くのならそれでいいし。


(……僕がいつまでいっしょにいられるかもわからないしね)


 スィリーズ伯爵は、契約魔術のこともあってしっかりと人捜しをしてくれている。ラルクのこと、ルルシャさんのこと、どちらが先に情報が出てくるかはわからないけれど、どちらかがわかったら僕はお嬢様の元を離れて会いに行かなければいけないだろう。


「レイジは今日の出席者を見た?」

「あ、そう言えばそんなものをもらいましたね」


 僕は手にしていた、つるりとした手触りの植物紙を見やった。全部で22人……こんなにいるんだな。お嬢様の名前は上からかぞえて6番目に書いてあった。


(それより上は、と……)


 厄介そうなところはチェックしておこう、と僕はお嬢様より上を見た。


 ★聖王子クルヴシュラト

 ★公爵家:ルイ=ロズィエ

 ★公爵家:エタン=エベーニュ

 ☆侯爵家:シャルロット=フレーズ

 ☆辺境伯家:ミラ=ミュール


 黒星が男子、白星が女子らしい。


「……なるほど」

「なにが『なるほど』なの?」

「名前だけ見ても、毛ほども興味が湧かないことがよくわかりました」


 率直に言うと、お嬢様は一瞬きょとんとしてから、声を上げて笑い出した。


「お嬢様……?」

「あははははっ、あはっ、も、もう、レイジったら、そんなこと思っても口にしたらダメなのだわ!」

「はあ……そんなに笑うところですか?」

「それはそうよ! だって、この大国クルヴァーンの中枢にいる貴族の子どもたちで、しかも筆頭には聖王子様がいらっしゃって——」

「いらっしゃって?」

「…………」

「?」

「……ううん、いいわ。わたくしも見るの止めるわ」


 お嬢様は手をひらりと振って窓から外を見た。

 僕は、お嬢様がなにに反応してどこに心変わりしたのかがよくわからなかった。


「ねえ、レイジ。知ってる?」

「なにをですか」

「わたくし今日、お父様に褒められたのだわ」

「……知ってますけど?」

「すごくうれしい!」


 そうして僕を見たお嬢様の笑顔(・・)は、色気があるわけでも「魔瞳」の妖しげな輝きがあるわけでもなくて——ただ純粋に子どもらしいきらきらとしたものだった。

 不思議なことにそんな笑顔のほうが僕の胸には、染み入るように響いたのだった。


「……はい、よく存じ上げております。よかったですね、お嬢様」

「うん!」


 お嬢様と僕を乗せた馬車は、ゆったりとした速度で晩餐会会場へと向かう——。




   * エヴァ=スィリーズ *




 うちの護衛は変だ。絶対に変だ。


 まず若い。「こいつは若いのになかなか筋がよくて」とマクシム騎士隊長が褒める騎士だって20歳以上ばかりで、若くても18歳がいいところ。

 なのにわたくしの護衛は14歳だ。

 しかも着任当時は13歳だった。

 しかも騎士隊長に手合わせで勝ってしまった。


 うちの護衛は変だ。絶対に変だ。


 わたくしが知らないような知識を持っている。もちろん2歳年上だからそのぶんの経験はあると思うけれど、それでも、貴族としての教育を受けていない人間であるにもかかわらず社会や経済、政治に関する質問を家庭教師の先生にぶつけては先生に驚かれている。

 年齢詐称?

 ううん、見た目通りの年齢なの。


 うちの護衛は変だ。絶対に変だ。


 ふつう、聖王国の高位貴族が集まるような晩餐会に出席するというなら緊張するはずなのにそういうのがまったくない。緊張しているわたくしがバカみたい。わたくしに、歯が浮くような台詞を平気な顔で吐いたりする。

 それに……聖王子様が出席するというのに、あの、聖王陛下のご子息である聖王子様が出席するというのに! 全然! 光栄に思わないの! 聖王陛下にはわたくしだってお目通りしたことがないし、聖王子様にだって、今回出席されるクルヴシュラト様が第3子なのだけれど、第1聖王子様と第1聖王女様にはわたくしだって一度だけお目に掛かったことがある程度。

 こんな光栄、この国の民なら絶対に感激して涙を流すはずなのに!

 なのに!

 ウチの護衛は!

 ちょっとお使いにでも行きます、みたいな顔をしているの! むしろわたくしが頼んでこっそり市井に連れ出してもらったときのほうが緊張していたわ!


 でもね。

 わたくしはそのとき、ハッとしたの。


 わたくしが目指していたのは、レイジのような国民が……「お貴族様がいるから」とかしこまったりしない、みんなが公平平等に暮らせるような社会だったのに、って。

 知らず知らず貴族社会の「常識」に、わたくし自身が縛られてしまっていたのだわ……。

 レイジはそこに気づいて、態度をもって示してくれた。

 それなら、主であるわたくしもレイジに応えなくては——。


「お嬢様、着いたようです。まず、僕が降りてエスコートしますからね」

「ええ、お願いするわ」


 レイジは、体重がないんじゃないかっていうくらい身軽に馬車から降りる。ほら、靴底が地面についても音が鳴らないの。おかしいわ。

 空に残る夕空はほんのわずかで、星が瞬いていた。今日は新月だからいつもより夜の闇が深いのよ。

 馬車の外にあったのは、晩餐会の会場——邸宅まるごとひとつを会場としている場所。

 馬車寄せのスペースのそこかしこにキャンドルが置かれてあって、魔導ランプよりも温かく、だけれど目にはきらりと感じられる光を放っている。

 多くの馬車がすでに到着し、護衛の騎士たちも馬から降りてわたくしが出てくるのを待っていた。


 すぅ……。


 さあ、ここからが第一歩。

 わたくしが、貴族として——公正で公平な社会を目指す貴族として踏み出す第一歩。


「お嬢様、どうぞ」


 とっても変で、とっても頼りになる護衛のレイジが手を差し伸べてくれた。

 わたくしはその手を取ったの。


 この夜にすべてが変わってしまうことも知らずに。


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― 新着の感想 ―
[一言] いやぁとても面白いです、いつも更新ありがとうございます。
2020/04/16 14:28 退会済み
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