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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第2章 悪意の真意は懇意の中に。少女の黎明と父の冷血と。

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7

 お嬢様は、お嬢様だ。

 彼女の母であり伯爵の奥様のことについては他の誰に聞いても「聞かぬが花ということもあります」なんてふうにかわされてしまうので、おそらく亡くなったんじゃないかと僕は思うのだけれど、お嬢様はお嬢様として屋敷のみんなに愛されて育っているから母親についてなにか言うのを聞いたことがない。


「レイジ!」

「目の前にいます。そう大きい声で呼ばないでください」

「わたくしは幸せものだわ。お屋敷のみんなはわたくしに親切だし、あなたのような強い護衛もいる」

「ありがたき幸せ。そのお気持ちだけで我々は満足ですので、それ以上は……」

「わたくしは自分の幸せをみんなに分け与えるべきだと思うのだわ!」


 お嬢様はお嬢様なので人の話を最後まで聞いてくれないことがある。いや、聞くときは聞いてくれているのだけれど、僕が「早くこの話終わらないかな? あるいは僕の関係ないところで進めてくれないかな?」と思っているときには大抵聞いてくれない。

 以前は「屋根の上に登ってみたいのだわ!」と言い、僕が7回ほど断っても折れてくれないので仕方なく抱きかかえて屋根に登った。その景色はすばらしかったけれど、夜に冷血卿に呼び出されて無言の笑顔で15分見つめられることになるとわかっていたら景色なんて見たくはなかった。冷血卿は娘のことになると親馬鹿を発揮するようだ。

 他にも「街に出て市井の暮らしを見てみたいのだわ!」と言い、はいはいよくあるお嬢様ムーブですね、と思いつつ半ば僕もあきらめ12回ほど断ったがやはり折れてくれず、ボロ布のような服を買ってきてお嬢様の美しい髪も帽子だかズタ袋だかわからない布製品に突っ込んで街を案内した。結果、どうせ止められるだろうから黙って出て行こう、と考えた僕の行動は裏目に出た。帰宅すると捜索隊が結成されており間一髪で聖都警備隊に連絡されずに済んで、お嬢様の変わり果てた姿にメイドたちは声なき悲鳴を上げて(2人が卒倒し)、僕は伯爵の私室に深夜まで閉じ込められて「護衛とは?」について熱い議論を戦わせることになった。伯爵の考えでは「護衛とは危険から遠ざけること」であり僕の考えでは「親の育て方に問題がある」だ。ふたりの意見は交わらなかったけれど、僕は僕で捜索隊のリーダーに任命されていたマクシムさんの悲壮感に満ちた表情を思い出すと、伯爵はともかく、屋敷の皆さんを悲しませないようにはしなきゃと反省した。


「お嬢様、お金をばらまくということですか」


 幸せのお裾分けなんてできるわけがない。でも大半の人間はお金をもらえれば喜ぶ。


「レイジ、それは違うのだわ。お金では解決できない問題こそわたくしたちが解決しなければならないの。つまり、構造的な問題よ!」


 構造的な問題とはすなわち、貴族が平民より明らかな優位に立っていることとか、税金の額は領主が一方的に決められることとか、田舎のほうにいけば領主が花嫁の処女を奪える「初夜権」みたいなものがあることとか、だろうか。

 そういった内容は家庭教師から教わった。

 僕が護衛についてからしばらくして家庭教師が追加され、貴族として必要な知識——政治や行政、法律のことなんかの勉強が始まった。

 でもそれらはあくまで、「お嬢様はこれらを利用する立場ですからね」という権力者側の視点で教えられていたはずだ。

 誰だ、お嬢様に平民側からの視点を教え、「もっと公平にならなきゃ!」なんていう使命感を植えつけたのは……。


「わたくしはレイジを見ていて気がついたの。レイジは家庭教師の先生と対等に話をし、勉強しているでしょう。そう、わたくしよりも進んで勉強に取り組んでいることもあるわ。機会さえ与えられれば貴族平民問わず、学び、力を身につけることはできるのだわ!」

「…………」


 どうやら僕のせいのようです。


「いやお嬢様、あの、僕は……」


 前世があるとか言えたら簡単なんだけどな〜! 言ったところで信じてもらえる可能性は低いし、証明するにしても【森羅万象】の天賦珠玉を出すのもアレだしな〜!


「レイジ、それ以上言わなくて大丈夫なのだわ」

「お嬢様……」

「あなたの思いはわたくしと同じ。そういうことよね!」


 やっぱりなにも通じてないよな〜!


「レイジ、お父様のところに行くわ!」

「へ……?」


 伯爵のところ? 厄介ごとが起きる未来しか見えないのだけど?


「お父様にお願いして、この聖都に広がっているという違法奴隷を撲滅するのだわ!」




 聖王陛下は「奴隷制度」について強く「禁止」の方針を打ち出している。みんなそれこそが「聖王様のお優しさ」とか言っているけれど、僕は違うように感じていた。

 この国は「一天祭壇」によって支えられている。豊富な天賦珠玉は国民に行き渡り、種族による差別もないので多くの移民がやってくる。

 そこで、もしも「奴隷」を許可してしまえば多くの国民が奴隷になってしまうだろう。なんせ無一文で聖都にやってくる者なんてざらにいるからだ。奴隷はお金持ちの所有物となり、お金持ちは合法的に兵力を持つこともできる。それは特権階級である貴族からすると怖い存在になるだろう。

 とはいえ——借金まみれの者も多く、奴隷として最終的に「自分を売る」こともできなければ金貸しは取りっぱぐれてしまう。

 そこで登場したのが「下役」だ。

 契約魔術によって縛ることで、奴隷と何ら変わりなく扱うことができる。

 もちろん、表向きは「奴隷禁止!」を謳っている聖都でそんな商売をおおっぴらにはできないのでこそこそやることになり、爆発的な奴隷増加という事態にはなっていない。


(日本でのパ●ンコみたいだな)


 最初聞いたとき僕はそう思い、お嬢様は、


「実質的に奴隷であるのなら、聖王陛下の意向に背くことになるのだわ!」


 とお怒りだった。

 僕は、この「下役」制度があることで金貸しの金利が上がらずに済むし、物として売り買いできる奴隷とは違って、主従の1対1の契約魔術でしか縛れない「下役」は、資産的な価値は低くなる。むしろ、借金で首が回らなくなった国民にとってのセーフティネットの側面もあるんじゃないかと熱弁を振るったけれど、もちろんお嬢様は聞いてはくれなかった。まあね、「法律には違反してる可能性が濃厚だけどこれは必要悪!」なんて言って「そうね!」なんて折れてくれるお嬢様だったら僕だってそこまで苦労はしない。

 お嬢様が気にかけたのは、年端も行かない幼い子たちが、親の借金のために「下役」として提供されてしまっている——ということだった。

 契約魔術で縛ればなんでもできる。

 なんでも、だ。

「下役」とはつまり「下の世話も役目」という意味も掛けているらしく、処女の女の子は「下役」として高い金額がつく……そんなことを聞いてしまえば正義感超特急のお嬢様を止めることなんてできはしない。


(とはいえ、奴隷商に乗り込んで「奴隷扱ってます」と口にしたらその奴隷商をお取り潰しにする、なんていう「正気か?」と疑ってしまうような提案を伯爵が呑むわけはないと思うけど)


 お嬢様にもほんのかすかな「正気」が残っていてよかったなと思うことには、事前に伯爵に相談するとお嬢様が言い出したことだった。

 伯爵は死ぬほど忙しそうな毎日を送っているけれど、お嬢様にだけは甘いので、お嬢様の提案を聞く時間が設けられた。

 ふんふんと一通り聞いた伯爵は、いつものとおりなんの感情も浮かべずにこう言った。


「わかったよ、エヴァ。違法性が高いと思われる『人材斡旋所』のリストを用意するので、そこを当たってみるといい」

「ありがとうございます、お父様!」


 そのときの僕の顔と言ったらワ●ピースでウソ●プがビックリしたときの顔よりもひどかったと思われる。

 エェ、許可ぁ? 許可出ちゃうのぉ?

 僕の魂の叫びが届いたのか、あるいは完璧に僕の考えなど黙殺しているのか、伯爵は、


「レイジさん、護衛の任務(・・・・・)、よろしくお願いします」


 だなんて言ったのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ふたりの意見は交わらなかった
[気になる点] ビックリ顔でエ●ルを超える顔は無いと思うんです。 何話か前で漫画の作品名そのまま出てましたけど…大丈夫ですか…? [一言] 作風が変わった気が…「冷血卿に無言の笑顔で15分見つめられ…
[一言] 面白いです、更新ありがとうございます。
2020/04/14 18:14 退会済み
管理
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