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「閣下。それは……」
と騎士のひとりが苦々しそうに言うと、伯爵本人は、「黙っていなさい」と冷たく告げる。
その間に僕は逃げ場の確認をする。なにかあったらあの窓ガラスを割って逃げよう……そしてもう貴族を助けたりして面倒ごとになんて巻き込まれないんだ……そうしよう……。
「遠い目になっているところ、すまないが、こちらも急いでいましてね。私が死ぬと、娘も危ういのです。貴族社会の荒波に11歳の娘がもまれて生きていけるはずがありません」
「なるほど? では掃除の必要はないということですね?」
「娘の敵を掃除してください」
誰がうまいことを言えと。
「レイジさん。調べましたがあなたの経歴はまったくわからない。3年前に聖王国に入国し、現在は聖王騎士団の掃除夫として活躍……まあ、掃除夫の活躍というのが意味不明ですが。一度、ゼリィという冒険者の借金を肩代わりしてますね?」
この数日でそこまで調べられるんだな。驚くっていうか感心っていうかむしろ引いた。
「……ここまで話しても沈黙を保ちますか。あなたは私が考えていた以上の人物のようです」
いや、引いてるだけです。妙なところで僕の株が上がっているのが怖い。
「お前たち、全員下がってください」
「しかし」
「命令です」
「……はっ」
騎士たちは僕を憎々しげににらみつけながらバルコニーを出て行った。先に出ていきたいのは僕のほうなんだけども。
金属鎧がこすれてガチャガチャ歩くたびに音が鳴ったが、彼らがいなくなるとそれはそれで静寂が耳に痛い。
「……あの、なんなんですか、急に? ちょっとついていけないんですが」
「私は一度死んだようなものです。わかりますか? 聖都でも油断していなかったはずなのに、知らず知らず気が緩んでいたのでしょう。大失態です」
「四六時中警戒しっぱなしなんてのはできませんよ」
「あなたほどの強者でもそう思いますか?」
「……僕はたいして強くありません」
これは正直にそう思う。僕の力は【森羅万象】によってもたらされたものだ。
ほんとうの強さとは、極限の状態でわかる。ダンテスさんとか強かったなぁ……ぎりぎりのぎりぎりでも仲間を守るんだもん。石化状態が解けたダンテスさんはもっと強くなってるんだろうな。
「謙遜、ということではないようですね。むしろ好ましく思います」
「伯爵様が掃除夫にそんな言葉を使わないでください」
「あなたはなにが必要ですか? 娘の護衛を引き受けてくださるのでしたら、あらゆる条件を呑みましょう」
あらゆる条件、という言葉が引っかかった。
実のところ僕がやるべきこと——ラルクの消息を探すこと、ルルシャという人物を探すこと、この2つは、一般個人がやるには限度があるのだ。
大都市を回って冒険者ギルドで聞き込みをやるくらいしか今のところ思いついてない。住民票のデータベースなんてものは存在していないし、教会が記録している出生録だって公開されていない。
(でも、貴族なら?)
伯爵、というのは——このクルヴァーン聖王国に貴族が何人いるのかは知らないけれど、それでも伯爵ならばかなりの地位だろう。聖都にこんなに大きい家を構えているのだし。
護衛か……。
この人自身を守るのは難しいかもな、という気がしていた。だってこの人はきっと、いろんなところに行くよね? 場合によっては聖王様に会ったりするかも。そんなところに僕みたいな少年がくっついていくわけにはいかないだろうし、逆に警戒されそうだ。
では娘さんなら?
(11歳って言ってたっけ。それなら僕と2つ違いか。いっしょにいてもおかしくはないよね……ていうかこの人ってもしかして10代でパパに!?)
どうでもいいところに驚いていると、
「どうでしょうか? 悩んでいるということは脈があるということですか?」
この人はもう、僕が命を救った人間だと信じているし、これ以上誤魔化すのは無理だな……。
多少の危険ならば護衛もできると思うけどなぁ。
「……ちなみにお嬢さんの危険度はどれくらいですか?」
「私に比べれば半分以下でしょう。私が死ねば娘は淘汰されるだけだと敵対貴族は考えるでしょうし」
それなら、まあ、悪くはないのだろうか。
「伯爵。護衛ということですが、たった一度あなたの命を救った僕をどうしてそこまで信用するのですか」
「あの場にいた騎士たちよりもあなたひとりのほうが役に立ったのです。その事実で十分ではありませんか」
「大切な娘さんを任せる理由としては弱いように思いますよ」
「この聖都で命を狙われるほどには逼迫しています。平時ならば、なるほど、得体の知れない人物を娘のそばにつけたりはしませんが、この状況であればためらう必要はありません。それにあなたは見た目が子どもだ。娘のそばにいても怪しまれないという点で非常に都合がいいのです」
なるほど。僕にデメリットはあまりなさそうだ。
「……わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます」
にこりとした伯爵だったけれど、特に笑っている感じがしないのが不思議だった。
確か「冷血卿」とか言われていたっけ。誰だよそんな不敬なニックネームつけたヤツ。ぴったり過ぎる。
「ただし」
僕は指を3本立てて伯爵に突きつける。
「僕からの条件は3つあります」
「聞きましょう」
「1つ、星5つ以上の天賦珠玉に関する情報が手に入ったら教えて欲しいです」
「……天賦珠玉」
意外だったのか、伯爵は目を瞬かせた。
ラルクの名前は出さないほうがいいかなと思った。彼女はキースグラン連邦内では指名手配されてそうだしね。「星6つ」と限定せずに「5つ以上」と幅を持たせたのは僕の目的をできる限り知られないようにすることだ。
「2つ、僕は『ルルシャ』という女性を探しています。年齢はわかりませんが、多分僕と同じくらいで、あと魔法の才能があります。伯爵の力を使ってその人を探してください」
「ふむ……その方はレイジさんの、なんなのですか?」
「あ、別に肉親とか仇討ちの類じゃないですよ。ルルシャさんのお祖父さんから伝言を受け取っているのでそれを伝えたいだけです」
「ほう」
伯爵の笑みが深くなり、そこにわずかに——僕じゃなきゃ見逃しちゃうねっていうくらいだけれど、感情が現れたように感じられた。
「あなたは面白い人ですね。ふつう、雇用条件決めや駆け引きというのは自分の利益のために行うものですよ」
「僕にとって十分利益なんですよ……いや、利益というか、やらなきゃいけないこと、かな……?」
「その2つの条件はもちろん呑みましょう。人捜しは得意な分野ですから」
そうだろうね。僕の情報をたった数日で結構調べたんだもの。だから僕だって護衛を引き受けてもいいかなって思ったんだ。
伯爵は身を乗り出して肘をテーブルに載せた。ギッ、と小さくテーブルが軋んだ。そのとき一瞬眉根が寄っていた——ああ、そうかこの人、手を矢で貫かれていたっけ。
【回復魔法】で傷はすぐに塞げても、破損した神経部分などは早々治らないらしく痛みはしばらく残るのだ。
軽傷ならきれいに治せるんだけど。
「レイジさん、3つ目の条件を聞きましょう」
皆様のおかげで月間総合で8位にまで上がり、「小説家になろう」トップページ載ることができました。
ありがとうございます!
引き続きオバスキをお楽しみください。




