エピローグ(5) 五英雄
前話ではこれで終わりと書いたな? あれはウソだ。
すみません、1万字書いても終わらなかったので、もう1話だけ続きます。
すみませんすみませんすみません。
★ キースグラン連邦 とある山麓の村 ★
山に訪れる春は遅い。
それでも日々暖かくなる毎日を実感できるもので——酒場には多くの村人が詰めかけていた。
山道も通れるようになり、本格的に街との交易が再開されるので、悪くなりそうな食材を酒場も放出しているのだ。
村人たちもこれから手に入るだろう現金収入をあてにして酒を飲む。
春が始まる直前の、一種の儀式のようなものだ。
「——おい、聞いたか?」
「あ? ああ、あのテッドのアホみたいな歌だろう? この冬何度も聞かされたぜ」
「違う」
「だが何度聞いても笑っちまう」
「違うっての」
「……なにが違うんだ? トビー」
ジョッキで2杯の葡萄酒を飲んでいてすでにいい感じに酔っ払っていたが、トビーの様子がふだんと違うとようやく気がついた。
トビーは声を潜める。
「……昨日、来てただろ? 街からの行商人がさ」
「あ、ああ……山道の開通を確認してくれた人だろ。いつもと違う人だったが」
「村長とそいつが話をしているのを聞いちまったんだ。俺以外にも知ってるヤツがいるのかと思って今日は耳をそばだててたんだが……どうやら村長はだんまりを決め込むらしい」
「な、なんだよ。そんな秘密があるのか?」
「…………」
「もったいぶるなよトビー」
「……知ったからにはお前にも一枚噛んでもらうぞ、マークス」
「そりゃ構わねぇが。儲け話なんだな?」
神妙な顔でトビーはうなずいた。
「……この5年、俺たちは山奥に入れなかった。そうだな?」
「あ、ああ。クソデカい化け物みたいな蝶が飛んでたからな。あの鱗粉を吸って、5人も仲間が死んだ……」
「それ以来、山奥の……尾根続きの山は越えちゃならねえってことになった」
「そりゃしょうがねえだろ。確かに山奥じゃ、街でアホみたいに高く売れる黒茸が採れるが……それでも命あっての物種だ」
「そこだよ。黒茸だよ」
「なにが言いてぇんだよ。さっさと話せ」
「……行商人が言うには、化け物蝶は……なんでも『幻惑する災厄』とかいう名前らしいが」
「ダズ……なに?」
「その化け物蝶は、いなくなったんだそうだ」
「はあ!?」
ガタッ、とマークスが腰を浮かせたので村人たちがこちらを見る。
「お、おい〜、マークス、そんなビックリするこたぁねぇだろ。お前が10歳まで寝小便してたことなんてみんな知ってるっての」
トビーがあわてて誤魔化すと、村人たちは「まぁたアイツら小便の話してやがる」とか「いつまで経ってもガキだな」とか言いながら自分たちの話に戻った。
「……でけえ声出すなよバカ」
「わ、悪い……っていうか10歳まで寝小便なんてしてねえよ」
「そこはどうでもいい。問題はその話を聞いた村長が、だんまり決め込んでるってことだ」
「ん? なんで村長は黙ってんだ」
「決まってる。身内で黒茸を独占するんだ」
「!」
さすがに今度はマークスも声を上げなかった。
「……どのみち街との行き来が再開したらウワサは聞こえてくる。その前に、採れるだけ採っちまおうって肚なんだ」
「い、いや、しかしそんな……」
「5年だぞ? あの、化け物蝶が現れてから5年だぞ? その間、手つかずだった山だ……どんだけ黒茸が生えてるかわかったもんじゃねえ。俺が村長だったら絶対独り占めする」
ごくり、とマークスはつばを呑んだ。
「どうだ、マークス。乗るか? 明日の朝一で採りに行くんだ」
「……やる」
「よっしゃ、決まりだな。当然だが、化け物蝶がいたらすぐ逃げるぞ」
「当然だ」
ふたりはジョッキをごつんとぶつけ合って、ぐびぐびと葡萄酒を飲んだ。
勝利の味がした。
「ぶはーっ。……そういや、トビー。化け物蝶はどうなったんだ? 倒した、ってことじゃないんだよな」
「ああ、そうみたいだ。なんでも、凄腕の冒険者たちが追っ払ったらしいぞ」
「冒険者が? 騎士団が、とかじゃないのか」
「騎士団が動くかよ。こんな山奥に」
「それもそうか」
「その冒険者はよお、行商人がえらくうれしそうに言ってたが、どうも有名人らしくてな」
トビーは言った。
「『五英雄』、なんて呼ばれているらしいぞ」
「……英雄? 大げさじゃねえか?」
「だな。——おい、飲み過ぎるんじゃねえぞ。明日、朝イチだ」
「わかってる」
ふたりはにんまり笑って、ジョッキをぶつけ合った。
このふたりが巨万の富を手に入れるのかどうかは——翌朝、集合場所にマークスが行ってみると、村人たちが総出でキノコ採りの装備をして現れたらしい。
あれだけ騒がしい酒場でも、トビーの話はしっかり、他のテーブルにも聞こえていた、ということだった。
★ 竜人と獣人の街 ★
ふたつの世界がひとつになった影響は、モンスターの出現だけではもちろんなかった。
人里離れた場所にあった獣人族の街。
その横に、突如として出現したのが——竜人たちの街だった。
「どうしてお前らは横入りするぬらァ!」
「あぁ? トカゲどもは黙ってろやァ!」
竜人と獣人が街中でいがみ合っている。
ふたりとも上背があり、筋骨隆々だ。
違う見た目、違う価値観、違う世界に生きてきた2種族に、いきなり「仲良くしろ」というのも無理な話で——こうしたケンカは日常茶飯事だった。
「またケンカだ……」
「いい加減にしてくれぬる」
それでも、モンスターの脅威を前にいがみ合っている場合ではなく、2種族のトップたちは協調路線を選んだ。
治安部隊には竜人と獣人を両方混ぜる、という方針もそのためだった。
だが——共存が始まってから5年。
モンスターの脅威は少しばかり遠くなり、むしろ街中でのケンカは増える一方だった。
「お前らケンカは止せ」
「そうだぬる。仲良くしたらいいぬろ?」
治安部隊が声を掛けると、ふたりは、
「黙っていられないぬる! こっちは夜勤明けでようやくここに来たってのに!」
「知るかよ。こちとら20連勤明けだ」
バチバチと視線で火花を散らすふたり。
「……めんどくせえな。いっしょに行けよ」
「それがいいぬる。だって、風呂だぞ?」
そう、ふたりがいがみ合っていたのは公衆大浴場の前だった。
「獣人が入ると毛が抜けるぬる!」
「トカゲどもは長湯で邪魔くせえんだよ!」
相容れない価値観がぶつかり合う。
「……お前ら」
「……ナメてんぬら?」
40連勤真っ最中で、なんなら2徹目突入の治安部隊は目を細めた。
ブラック度合いで言えば治安部隊がダントツなのだ。
さすがにその気配に、ケンカしていたふたりも気がつく。
「……こ、これは仲良く風呂に入れってことだよな? なっ、トカゲ?」
「……そ、そうぬらね、犬っころ」
ふたりが合意にいたろうとしたそこへ、
「ほいほい、邪魔ぬら、デカいの」
竜人の老人集団がやってくるとさっさと中に入ってしまった。
「あっ、クソジジイども!」
「長老! 抜かすんじゃねえぬら!」
竜人族の長老たちを追いかけて獣人も竜人も風呂へと入っていった。
「——ふぃー」
熱気の立ちこめるボイラー室でキミドリゴルンは大きく息を吐いた。
多くの魔道具が稼働し、水を汲み上げ、沸かし、大浴場に供給している。
これらの魔道具を管理するのがキミドリゴルンの仕事だった。
「稼働に問題はないけど、経年劣化で入れ替えたほうがいい設備が多いぬろぉ……」
それでもやりがいはある。
風呂という文化は、竜人だけでなく獣人の心もつかんだのだ。
毛嫌いする獣人もいるが。
2種族の協調路線が、問題が多いながらもうまくいっているのは風呂によるところが大きい——そう、キミドリゴルンは自負している。
「ボス〜。そろそろ飯にしましょうよ」
「そうっすよー」
「わかったぬる」
獣人の部下もふたりいる。
彼らはキミドリゴルンを竜人だからと敵対したりはせず、真面目に魔道具のことを勉強していた。
「……レイジくんは今ごろどこにいるんぬる?」
この風呂を、ダイナミックな魔法で作り出したレイジという少年とはしばらく会っていない。
「でも、彼ならきっとどこでも活躍しているんぬろ」
そう思えるだけの信頼が、キミドリゴルンにはあった。
★ ブランストーク湖上国 世界会議 ★
2年に1度、世界各国の首脳がブランストーク湖上国に集まるようになり、今回で「世界会議」は3回目となる。
最初の1回は「世界結合」を行ったときだ。
2回目は「世界結合」後の混乱を乗り越えつつあったときで、各国は連携していた。
そして3回目——誰しもが今回の会議は「荒れる」とわかっていた。
「王太子殿下、ご無沙汰しております」
「これは、大元帥殿」
壮麗な大教会の、広い廊下で出会ったのは——方や「王太子」と呼ぶにはすでに老齢の男性。
しかしながらまだまだ最前線でテキパキと仕事をこなしている、精力あふれるゲッフェルト王国王太子だ。
もう片方は見上げるほどの大男であり、明らかに会議室よりも戦場が似合っているという光天騎士王国のフリードリヒ=ベルガー大元帥だった。
フリードリヒは光天騎士王国の全戦力の総責任者だ。
騎士のトップは国王なので、そこは違うのだが。
「会議の開始までまだ時間があります。どうです、少々話でも」
「よい提案をありがとう。立ち話もなんだから座りましょう」
手近な応接間に入ると、老人と大男という妙な組み合わせのふたりはイスに座った。
それぞれ引き連れている人間が30人ほどもいるので、広々した応接間の人口密度はあっという間に上がる。
「……モンスターの脅威はほぼ去ったと言っていいのだろうな。我が連邦はかなり落ち着いたと言える。貴国はいかがか」
「ええ。『世界結合』以前に戻ったと言えるでしょう。ですが、まだまだモンスター掃討の手は緩められませぬ」
「うむ……これより後の世代には天賦珠玉がないからな」
王太子の言葉にフリードリヒは重々しくうなずいた。
今、現役で戦っている騎士や冒険者はいい。彼らは天賦珠玉によって力を手に入れているのだから。
だがこれから生まれてくる子どもたちの世代にはそれがない。
であれば、できる限り多くモンスターを減らしておきたいと考えるのは当然だ。
「聞きましたぞ、王太子殿下。レフ魔導帝国からの技術供与を引き出したとか」
「さすが、貴国は帝国の隣国であるからな。耳が早い」
その「次世代」の生き残りのためにゲッフェルト王国が選んだ道のひとつが、「魔道具による武装」だった。
魔道具研究で抜きんでているのは今も昔もレフ魔導帝国だ。
彼らと直接の取引を行い、一方で技術を供与してもらうという取引が、先日成功した。
「王太子殿下の功が大きいと聞いておりますぞ」
「ははは、フリードリヒ殿もそんな世辞を言うようになったか。あれはすべて父の采配よ」
「ゲッフェルト陛下はお元気ですか」
「元気も元気。おそらく私が先に寿命で死ぬよ」
明るく笑う王太子に、フリードリヒはどう反応していいかわからない。
冗談なのか、本気なのか。
そんな困ったフリードリヒを見て、ますます王太子は笑う。
「……あら、皆様、こちらにいらっしゃったのですね」
凜とした声が聞こえた。
室内に充満していた付き人たちはハッとするとその人物のために道を空けた。
「おお、これは……」
「ご無沙汰しております、聖下」
王太子、大元帥といえど彼女をむげにはできない。
教会の頂点に立つ少女が——教皇が室内に入ると、ふたりは立って出迎えた。
「なにか楽しそうな笑い声が聞こえまして」
「いや、なに。私が父の悪口を言っておったのです。そうでしょう、大元帥」
「お戯れを……」
こういったやりとりが得意ではないフリードリヒは苦笑した。
教皇もイスに座ると、3人は話を再開する。
「それはそうと、聞きましたか、聖下。『五英雄』のことを」
「ええ。彼らの話を聞かない日はありませんね。いったい、どれほどの活躍をすれば気が済むのでしょう。アンデッドモンスターに占領された街の解放、伝染病の早期解決に地域紛争の調停……およそ冒険者とは呼べないほどの活躍振りですね」
「いやしかし彼らのおかげで助かっておりますよ、我が連邦は。特に巨大種については悩みの種でしたが『五英雄』が動くことで巨大種を未開の地『カニオン』に追い払ってくれましたからな」
「今は、未開の地『カニオン』について調査を希望しているとか?」
「そのようです。しかしながら、私はクルヴァーン聖王国にしばらく留まることになるのではないかと思っておりますが……」
するとフリードリヒと教皇は、即座に首を横に振った。
「彼らが政治に関わることはないでしょうな」
「はい、フリードリヒ様に同意見です。そのような御方だとは思われませんでした」
「ふうむ。お二方とも五英雄とは行動をともにすることが多かったがゆえに、そう思われるということですか」
少しうらやましそうに王太子は言った。
五英雄——「世界結合」に関わり、その後の女神による混乱においては解決するにあたって中心的な役割を果たした。
フリードリヒはその以前から五英雄とつながりがあり、教皇は女神の依り代だったので五英雄に救われた。
ゲッフェルト王国は大陸でも有数の大国だが、これら混乱のさなかにおいては特に目立った役割を果たせなかった。
せめて五英雄とつながりでもあれば……と思ったのだが、まさかたかだか冒険者風情が大活躍するだなんて思いもしなかった。
「しかしながら、五英雄の中心的な人物である『天銀勇者』は聖王国の貴族の娘と結婚するのでしょう? どうしても、聖王国寄りの行動を、今後するのではないかと思ってしまいますが」
「それをおっしゃるのなら、『天銀聖女』は教会所属ですよ」
「『天銀大盾』は是非とも我が国の騎士に迎えたかったのですがな……」
「いずれにせよ、王太子殿下。彼らは今後も各国の思惑に左右されないバランサーとして行動してくれるはずです。秤のような立場で……」
「それならばよいのですが……。確かパーティー名もそんな名前でしたな。『天銀の秤』とかなんとか」
それは間違っているのだが、教皇も、フリードリヒも小さく笑って追認してしまった。
★ 未開の地「カニオン」最前線 ★
クルヴァーン聖王国の国土は広く、未開の地「カニオン」と接している部分もまた広い。
そのため、聖王国奥地の開拓村落ではいまだに多くのモンスターに悩まされていた。
ズン……ズズン…………ズンッ……。
地響きがあると、粗末な農村は揺れて、屋根から砂埃が落ちてくる。
子どもたちは母親にしがみついて恐怖と戦っている。
「お、お母さん、逃げなくていいの? 今逃げれば逃げ切れるよ」
「大丈夫。お父さんや村長さんを信じて……」
母親もまた青い顔をしていたが、必死で子どもたちに言い聞かせていた。
どのみち村を捨てて逃げたところで、その先はない。
この土地を開拓することに賭けたのだ。
農村にいる多くの者たちが同じ立場だった。
しかし、重い足音はどんどん近づいてくる。
いよいよ、子どものひとりが泣き出した——そのとき、
「来てくれた!」
扉が開かれ、飛び込んで来たのは古びた革鎧と錆びた槍を手にした父親だった。
子どもたちは父親が帰ってきた安心で彼へと殺到するが、
「お、お父さん、来てくれた、って……街にお願いした冒険者が来てくれたのかい!?」
「そうだ! これで助かるぞ!」
「で、でもふつうの冒険者じゃどうにもならないかもって……」
「ふつうじゃない冒険者が来てくれたんだ! みんな、出迎えに行ってる!」
父親に連れられて一家が出て行くと、村の入口には人だかりができていた。
「あの人たちが……?」
母親は内心で首をかしげる。
たった5人しかいない。
この村に迫っているモンスターは3桁を超えるというのに。
しかもそのうち3人は女性で、ひとりは長男と同じくらいの背の高さしかない。
「——頼みます、頼みます皆様。皆様だけが頼りなのです」
「——わ、わかっています。大丈夫ですよ、村長」
すらりとした背の青年が、村長と話している。
やっぱり、おかしいと母親は思った。
冒険者と言えば荒くれ者というのが一般認識だ。
だというのにあの青年は優しそうで、村長に対する物腰も柔らかい。
今まで見たことのない黒髪黒目は目を惹くが——「黒髪黒目は災厄」だという迷信もあったはずだ。
「——行きましょう、ダンテスさん」
「——おう」
だが、ダンテスと呼ばれた大男が、マントから大盾を取り出したとき——母親は驚きに目を瞠った。
なんという美しい銀色だろうか。
それはうっすらと光を纏っている。
生まれて初めて見るが、あれが——「天銀」というものではないだろうかと思った。
ハッとすると、他のメンバーも全員が天銀製の装備を身につけていた。
天銀の杖、天銀のプロテクター、天銀のワンド。
気の弱そうな青年は、腰に二振りの短刀を装備している。
あれもまた天銀製なのだろう。
「では行ってきます」
青年は軽い口調で言ったが、その直後には——真剣極まりないまなざしへと変化していた。
触れれば切れるような、ピンと張り詰めた空気を漂わせ、彼らは村の奥にある開拓地へと向かう——。
「『天銀の秤』の皆様、どうぞよろしくお願いします……」
その場に平伏しそうな勢いで村長は頭を下げた。
そして村人たちもまた全員が同じように頭を下げていた。
彼らならなんとかしてくれる。
と、感じさせるような迫力が確かにあったのだ。
★
未開の地「カニオン」からモンスターがあふれ出すという連絡があったとき、迷わず討伐を引き受けてしまったけれども——早まったかもしれない。
そう、これって結構ヤバイのだ。
だって、
「……レイジ、マジで大丈夫なんだな?」
農村を出て、開拓地へと進みながらダンテスさんに聞かれる。
「だ、大丈夫……だと思います」
「そうか? だってなぁ、明日だろ? お前たちの結婚式は……」
そのとおりである。
僕の結婚式——エヴァと僕との結婚式は、明日なのだ。
僕がエヴァに告白して、「4年後」の約束を取り付けてからあっという間に4年なんて過ぎてしまった。
その間、僕ら「銀の天秤」はめまぐるしく活動をしていて——冒険者ギルドマスターのグルジオ様からもらった「お土産」、天銀製の装備を使って活動していたせいもあって「天銀の秤」なんていう間違ったパーティー名で呼ばれもしている。
それが、いちいち「間違いですよ」なんて訂正するヒマもないほどに忙しかった。
天銀級の冒険者ともなれば左うちわで出動するのは年に1回、みたいなこともあるようだけれど——この4年で出会った天銀級の人のうち、大半がそうだった——僕らは動き続けた。
——救える命は全部救いたい。
なんて言い出したのは確か……僕です。僕が全部悪いんです。
でもその気持ちは薄れておらず、今もこうして——結婚式のためにクルヴァーン聖王国へと戻る道すがら聞いてしまった、辺境開拓地の危機のために足を運んだのだった。
「と、とりあえずミュール辺境伯にも連絡を取っていますし、数を大幅に減らせれば僕らの目的としては達成でしょう」
「それはまあそうだが……」
ダンテスさんは「大丈夫か?」という顔を崩さない。
そ、そうですよね。
ヤバイっすよね。
時間的にはギリギリ間に合うと僕は踏んでいるのだけど、それより問題なのはエヴァの心証だよね。
新郎が結婚式の前日に戦場にいるってどうなんだよって僕だって思う。
だからといって、ダンテスさんたちだけに任せて僕だけ結婚式に行くというのは「ナシ」だった。
だって、ダンテスさんたちにも結婚式には出てもらいたいから。
「——レイジくん。エヴァ様にはいっしょに謝ってあげますから」
「あ、ありがとうございます」
「きっと理解してくれますよ」
ノンさんの優しさに救われるなぁ、もう。
僕が冒険者でいる道を選んでから、ノンさんもすぐに「銀の天秤」に戻ってきた。あくまでも「教会所属」という建前は崩せないけれど、それさえ守ってくれれば行動はすべて自由、なんていう破格の条件だった。
「——このまま結婚式なんて流れちゃえばいいのです」
「——こーら、アーシャはまだそんなこと言ってるべな?」
離れたところではアーシャとミミノさんがなにか話している。
いつの間にかミミノさんたちもアナスタシアのことをアーシャと呼ぶようになっていたっけ。
アーシャは……僕とエヴァの結婚を、複雑そうな顔をしながらも最終的には賛成してくれた。ただ、今みたいにスネることがあるけれど。
「おいでなすったぞ」
ダンテスさんが言う。
僕らの前方には、最初のモンスターが出現した——。
どれほど強大なモンスターであっても、天銀製の大盾を装備したダンテスさんの守りを打ち破ることはできない。
「どりゃああああァッ!!」
サイクロプスの拳を正面から受け止めたダンテスさんは、その場に踏ん張るどころか、拳を横にいなして懐に潜り込むや、短槍を繰り出してサイクロプスの顔面を貫いた。
一度、竜と模擬戦をやったときにも単身で竜と渡り合っていた。
僕だけじゃなく、他の竜たちも目を剥いていたっけ。ヒト種族にこんなことができるのか? って。
「吹き荒れよ、火炎!!」
アーシャの放った炎の刃は水平に飛来すると、モンスターの集団にぶち当たって爆炎と化す。
「ほいほい」
ミミノさんが球形の秘薬をスリングショットで撃ち出すと、爆炎がさらに増して周囲一帯を包み込む。
「魔法複製薬」は改良が重ねられ、アーシャの魔法にだけ特化すれば触媒の量も抑えられるとわかってからは、ミミノさんは出し惜しみせずこの「魔法強化薬アーシャ版」を使いまくっている。
「『神聖壁界陣』」
ノンさんが展開しているのは神聖な魔力による障壁だ。
これによって打ち漏らしたモンスターが開拓村に向かうのを防ぐことができる。
ノンさんも天銀の錫杖を使うようになってから魔法の能力が格段に上がっていて、今では国の大神官レベルの魔法をバンバン使っている。
「レイジ、大物だ!」
「はい!」
ダンテスさんが大型種を引き受け、アーシャとミミノさんが小型から中型のモンスターを根こそぎ倒す。ノンさんが万一に備えての防御だとすれば——僕の役目は、
「仕留めてきます」
群れのボス、あるいはダンテスさんの武器では届かない大型モンスターの討伐だ。
今回の群れには、肥大化が進み、翼が退化したワイバーンがいた。
グランドワイバーンと呼ばれるそれは、他のモンスターを踏み潰し、3つある頭から火、毒、氷を吐き出した。
『『『グルオオオオオオオオオオオオオオ』』』
「頭が3つあるから3倍うるさいなぁ」
僕が見上げていると、
「レイジさん、焼きましょうか?」
「レイジくん、中毒症状になったらいい薬があるからねぇ」
「ミミノさん……それ、まだ試験段階の薬とおっしゃってましたよね? 魔法で治しますよ」
アーシャとミミノさんの申し出は丁重にお断りすることにする。
これくらいの敵を相手に被弾してなんていられない——なんせ、結婚式を前にした新郎だからね。
……フラグじゃないぞ。
「そいっ」
僕は駈け出すと、いくつもの魔法を重ね掛けし、跳躍する。
天賦珠玉はなくなったけれど天賦はまだ体内に生きているし、戦闘を重ねるにつれて磨きが掛かっている感じがある。
弾丸のように飛び出した僕は軽々とグランドワイバーンの顔面に迫る。
『!?』
面食らっている竜頭に、僕は2本の短刀を引き抜いて斬りつけた。
スパッ、と。
コンニャクを切るくらいの手応えしか感じなかったけれど、×印の斬撃はグランドワイバーンの頭をキレイに切り裂いた。
相変わらず怖いほどの切れ味なんだよな、この天銀の短刀。
『グルオオオオ!』
『ゴアッ』
毒頭が怒り、氷頭が氷塊を吐き出した。
「ほいっ」
僕は空中に足場を創り出し、それを踏んで跳躍した。
まさかそんな挙動をするとは思っていなかったのだろう、毒頭がぎょっとしたけれど、僕が迫っているとわかってあわてて毒霧を吐き出した。
「【風魔法】」
天銀のなにがずるいって、短刀だけどそのままワンドのような役割もできるってことなんだよね。
簡単な術式の魔法だったのに、天銀によって増幅された風は突風となって毒霧を打ち消す。
「すぐに終わらせよう」
左手の短刀で毒頭を、右手で氷頭を切り裂いた。
さすがに3つの頭をすべて失うと、グランドワイバーンはその場にナナメに倒れ込んだ。
「ふー……」
「相変わらずえげつない攻撃だな。初見であれをさばききれるヤツはおらんぞ」
着地した僕にダンテスさんが言った。
「空中の足場は、かなり魔法を研究した成果ですからね〜」
日本のマンガやアニメじゃよくあるものだった気がするけどね。
とはいえ、既存の八道魔法や天賦に縛られていたら思いつきもしなかったと思う。
天賦の縛りがなくなって、逆に魔法や魔術の自由は利くようになるんじゃないだろうか。
「残りを片づけましょう」
「お、おお……これ、辺境伯軍が来る前に全部終わるんじゃないのか?」
「奥の調査まではさすがにやれませんからね。その辺はお任せしちゃいましょう」
「そうだな」
ドォンッ、と火柱が上がる。
アーシャがまた魔法を使ったらしい。
「俺たちも負けてられねえな」
「はい」
僕らはモンスター討伐へと駈け出した。
結論から言うと——めちゃくちゃ時間が掛かった。
追加のモンスターがどんどん湧いてきたからだ。
グランドワイバーンを倒したときには胴体を残す余裕があったけれど——残しておけば、食べることもできるし、素材は資産にもなるからだ——夕方になるころには僕も魔法をぶっ放して敵を倒すことを最優先にした。
で、全部が終わったのは——日もどっぷりと暮れてから。
「お、終わった……」
泥だらけ、息も上がってぜえぜえする。
ダンテスさんは鬼のスタミナなので周囲を警戒しているけれど、アーシャと、行動をともにしているミミノさんは背中をあわせて座り込んでいるし、そのふたりにノンさんが疲労回復の魔法を掛けていた。
周囲は——だいぶ大変なことになっていた。
広範囲に渡って木々は薙ぎ倒され、焼かれ、大量のモンスターの死体があった。
「み、皆様、戦闘は終わったのでしょうか……?」
村長が、数人の村民を連れて恐る恐るという顔でやってきた。
ダンテスさんがそれに応対している。
「ああ、もうしばらくは大丈夫だろう。ミュール辺境伯軍が明日には来るだろうから、周囲の偵察をしてくれるはずだ」
「なんと、そこまでしてくださるとは……! せめてモンスターの素材のはぎとりだけは手伝わせてくださいませ」
「あー、いや、手伝いとかはしなくていい」
「と、おっしゃいますと……?」
「この素材は村のものだ。自分たちのものとして管理してくれ。代官も来るだろうから、国に納めるぶんについては相談しなさい——開拓村とは言え、免税されているのは農作物だけだろう?」
素材は村に渡す。
これは僕らのポリシーでもあった。
というか正直なところ、いちいち素材を管理なんてしていられないのだ。
その手間を考えたら全部渡しちゃうほうがいい。
ミミノさんは触媒に使えそうなものは戦闘中に拾い集めているので、希少なものはいただいているしね。
「なっ!? そ、そんなことはできません。これほど大量のモンスターが……」
「俺たちはこれ以外に、国やギルドから討伐報酬が出るからな」
「し、しかし……」
「急がないと素材が腐るぞ。ほら、早くするんだな。夜通しかけて剥ぐ価値があるぞ」
ダンテスさんが強引に村長たちの背中を押すと、松明を持った村民たちが散ってモンスターの素材を剥ぎに掛かる。
「……で、レイジ。こんな時間になっちまったわけだが」
そのダンテスさんは、座って休んでいる僕のところまでやってきた。
「へへ……思った以上に時間が掛かりましたね」
「今から全力出して走っても明日の結婚式になんぞ間に合わんぞ。夜だから馬も出せんし。どうする気だ、お前は……」
呆れた顔のダンテスさん。
「……実は奥の手があるんです」
「奥の手ぇ? いや、まぁ、お前を疑うわけじゃないが、4年もずっといっしょに行動していると大体どんなことができるかはわかるもんだぞ。さすがに高速移動の方法は——」
「僕がやる必要はないんですよ」
「?」
「あ、ほら……あれです」
僕は夜空を指差した。
「ん? なんにもないじゃ……いや、待て。まさかあれは——」
ダンテスさんの顔が、引きつった。
空には巨大な影が浮かんでいたのだ——。
後1話だけ続くところですが、新作を投稿したのでよろしければ読んでやってください。
メイドさんが旅に出る話です。
こっちはエピローグまで書き上がっているので安心してお読みいただけます。
『メイドなら当然です。 〜 地味仕事をすべて引き受けていた万能メイドさん、濡れ衣を着せられたので旅に出ることにしました。』
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