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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
エピローグ オーバーリミット・スキルホルダー

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エピローグ(3) 3人の花嫁

「——そして僕は意識を失い、1年という月日が経ちました」


 ここはウインドル共和国の冒険者ギルド。

 そのマスタールームだった。

 応接セットはこぢんまりとしていて、そこでこんな……世界を揺るがした女神を名乗る女と、その最期について打ち明け話が行われているとは誰も思わないだろう。

 僕の前に座っている巨漢は、冒険者ギルド全体を統括しているグルジオ様だ。ふだんはキースグラン連邦の盟主であるゲッフェルト王がいるヴァルハラ市のギルドマスターを務めている。

 グルジオ様も、僕が目覚めたと連絡を受けて大急ぎでやってきたそうだ。

 この場にはグルジオ様しかいない。

 ここのギルドマスターやダンテスさんたちは同席していない。

 グルジオ様はできればふたりきりで話したいと言ったし、僕も——秘密にしたいわけではなかったけれど、ダンテスさんに心配を掛けたくなかったのだ。


(心配?)


 ふと、気がつく。


(変だな、僕は。もう心配なんてすることはないのに……女神も斃したんだから)


 内心でそのおかしさに苦笑していると、話を聞き終わったグルジオ様は深いため息を吐いた。


「……信じられねえことばかりだが、それはこれから調査するとして、だ。まずは礼を言おう。レイジ。お前はこの世界を救った」

「いえ、そんな……」


 世界を救うとか、そんなたいそうな目的で戦ったのとは違う気がした。

 僕は生きるのに必死で、僕の大切な人たちが女神の傀儡になるのがイヤだっただけだ。


「お前の話した内容は教皇聖下から聞いたものと矛盾がない。おそらく真実なのだろう……お前が女神とやらと戦った神殿跡とかいうのも、調べさせてみよう」

「あ、そうですね」


 それが遺っていたか。

 あそこに——死体はもうないだろうと思うけれど、あそこでの出来事を思うと僕の心が落ち着かなくなった。


「どうした、レイジ?」

「いえ……」

「お前は誇っていいのだ。お前の成し遂げたことはあまりにも大きい」

「…………」


 なぜだか素直に喜べない自分がいることに僕は気づいていた。


「それで、今聞いた内容は神殿跡の調査が完了次第、各国首脳に共有する。たぶん、そう時間は掛からんだろう……早くて1か月か、そこらだな。そうなればどの国もお前や『銀の天秤』メンバーを招待して、戦勝パレードをしたがるだろうよ」

「せ、戦勝パレードですか?」

「おかしなもんだろ? 戦ったのはお前たちだけで、ほとんどの国は女神神殿の建造に突っ走ってたくらいなのによ。だがむしろ、そういう国ほどお前たちを歓待したがるだろう。女神神殿を造った負い目があるからかもしれんな」

「はあ……」

「ダンテスから聞いているかもしれんが、どの国もお前たちを召し抱えたがるだろう。とてつもない高額のオファーもあるに違いないが……簡単にオーケーを出すなよ? もちろん、どうしてもその国で働きてえってんならオーケーすればいいが。お前の自由だ」

「…………」

「なんだ? 浮かない顔だな」

「い、いえ……そういうのって、結局はその国に縛られるってことですよね?」

「いちがいにそうとは言えんが……冒険者として専属契約にしてくれと言うかもしれねえし。とはいえ、金をもらった以上は頼み事を断れねえのが人情だ。自由ではなくなるな」

「はい……」


 ラルクに突きつけられた二択を、僕はまだ迷っていたのだ。

 すべてを手に入れる束縛か。

 なにも手にしない自由か。


「おいレイジ。あらゆる冒険者たちが憧れる名声を手にするチャンスでもあるんだ。そこは間違えるなよ? 俺としちゃあ、俺の次の冒険者ギルドマスターになってくれたら言うことねえんだがな」


 がっはっはっは、とグルジオ様は笑っている。

 そうだよね……。

 あらゆる冒険者……ダンテスさんやミミノさんも、それを目指していたのかな。

 物語の英雄に匹敵するような名声を。

 ダンテスさんが最初からそのくらいの立場だったら、石化毒にやられたとしても多くの人たちが全力でダンテスさんを救おうとしたはずだ。

 ミミノさんやノンさんがあんなに苦労することもなかった。


「光栄です……身に余るほどの」


 僕の答えは、だけれど、決まっていた。


「僕は、自由を選びます」


 悩んで悩んで悩んだ。

 僕の決定は他の人たちにも大きく影響してしまうことは明らかだったから。


「……理由を聞いてもいいか?」


 答えが予想通りだったのか、グルジオ様はそこまで驚いたふうではなかった。

 理由。

 理由か。


「僕は……奴隷でした。鉱山奴隷です」


 決断するときに思い浮かんだのは、鉱山での光景だった。

 ラルクがいて、ヒンガ老人がいて。

 もしもラルクがいなければ——彼女がとんでもない天賦珠玉を見つけなければ。

 ヒンガ老人がいなければ——老人が僕に学を与え、僕に進むべき道を教えてくれなければ。

 鉱山の崩落事故が起きなければ。

 僕は今も鉱山で働いていたんじゃないかな。

 偶然が積み重なって今僕はここにいる。

 その僕にとってなによりも大事なことは……やっぱり、「自由」なんだ。


「そうだったのか」


 グルジオ様は僕の素性を知らなかったのだろう、こちらのほうが驚いていた。

 だけれどそれで納得できたようでもあった。


「すみません」

「なにを謝ることがある。お前の人生だ、お前が決めればいい。とはいえお前がここに滞在していることは各国の知るところだ。俺がヴァルハラ市に戻ってお前の返答を各国に知らせるまで、あと1か月ってところだ。今は冒険者ギルド、つまり俺が今後を決めると思われているから手を出してこないが、自由を選んだお前には各国が殺到するはずだ」

「う……そ、そうですよね」


 自由であることは自分の身を自分で守らなければいけない、ということでもある。

 ただの冒険者ならば「(くみ)しやすし」と考えて高圧的に服従を迫ってくる王侯貴族も出てくる、ということだろう。


「あと1か月だぞ。覚悟しておけよ」

「!」


 あと1か月。

 そうか。

 グルジオ様は、


「わかりました。覚悟します」


 その間に「姿をくらませ」と言っているのだ。


「……ほんとうは、救世の英雄に夜逃げみたいな真似をさせたくはねえんだが……」

「いえ、お気遣い感謝します」

「せめて俺からの餞別がある、受け取ってくれるか?」

「…………」

「ん、どうした? なんか裏があるわけじゃねえぞ。純粋な餞別だ」

「あっ、いえ……ちょっと以前のことを思い出しまして」


 クルヴァーン聖王国を出るときだ。

「黒髪黒目」を理由に国を追われることになった僕に、ミュール辺境伯が「餞別だ」と言って短刀をくれたっけ。

 そう思うとグルジオ様はミュール辺境伯とどこか雰囲気が似ている。


「身につけるようなものなんだが、受け取ってくれるか? パーティーメンバー分ある」

「ありがたくいただきます」


 僕は笑ってうなずいた。


「こっちこそ、ありがとうよ。……お前がとてつもなく能力の高い冒険者だとはわかっているが、これだけは言わせてくれ。なにかあったらいつでも力になる。いつでも連絡してきてくれ」


 グルジオ様は右手を差し出したので、僕は握りかえした。


「はい、ありがとうございます」


 きっとこの人とのつながりはずっと消えないのだろう。

 自由を手に入れた僕がやるべきは、やっぱり、冒険者だろうと思うからだ。



     ★  キースグラン連邦 ヴァルハラ市  ★



「……ふむ。この世界のすべてを手に入れられるかもしれぬという地位も、金も捨てるというか」


 冒険者ギルドのグルジオがヴァルハラ市に帰るよりも早く、レイジが「自由」を手に入れたという話を聞きつけたのはキースグラン連邦の盟主、ゲッフェルト王だった。


「はい。完全に正確な情報というわけではありませんが、間諜の報告では8割方間違いないだろうと」


 答えたのは王太子だ。

 すでに初老に差し掛かっている王太子はゲッフェルト王の実の子である。

 彼自身有能なのだが、「傑物」と呼ばれるゲッフェルト王がまだまだ現役なのでいまだ王太子である。

 父のゲッフェルト王は今回も「死ぬ死ぬ詐欺」をしていた。


 ——今回ばかりは違う。「女神」とやらの名を聞いたとき、いよいよワシも死ぬときだと知った。


 女神との戦いが始まったときには、そんなことを言っていたのに、こうして生き延びている。

 父より先に自分が死ぬのだろうな、老衰で。

 そんなことを王太子は思って、すでに達観している。


「各国はいまだ、冒険者レイジはギルドの要職、あるいはキースグラン連邦のいずれかの国での首脳に迎え入れられると考えています。もし、それを断るという話が広まれば……」

「争奪戦が始まるのう」

「そのとおりです。ですが、今ならば競合相手はいません。いかがなさいますか?」


 イスに座ったゲッフェルト王と王太子以外、この部屋にはいない。

 王は言った。


「……手を出すな」

「は?」

「監視は続けよ……いや、監視と言わず、きちんと挨拶をさせよ。そしてスカウトはするな。なにか助言や手助けを求められれば応えよ。つかず離れずの距離を保て」

「そ、それでいいのですか? 他の国に取られてしまっては……」

「取られるわけがなかろう。そこでなびくような者ならば、グルジオの誘いに乗っておるわ」

「はあ……」


 納得できない王太子に、王は言う。


「いいか、くれぐれも手を出すでないぞ。これはワシの遺言(・・)だと思え」

「……承知しました」


 王太子は気を引き締めて——どころか、「また始まったよ……」という思いでげんなりしつつうなずいて部屋を出た。


「さて……」


 ゲッフェルト王は窓から外を眺める。

 陽の射す美しい庭を見下ろし、その向こうにはヴァルハラ市の壮麗な町並みが広がっている。


「自由を手に入れた冒険者よ、お前はこれからどうするのだ? 世間の目から逃れ隠れ住むのか? それとも世界を陰から操ろうというのか? お前が表舞台に立たないという選択をしたとしても、世界はまだまだお前の力を必要としておるぞ」


 にやりと笑った超高齢の王は、確かに、まだまだ現役のままでいそうだった。



     ★



 グルジオ様からの申し出は断った——そう告げると、ダンテスさんはにやりと笑って僕の頭をぽんぽんと叩いた。


「ああ、それでいいんだよ」


 すでにダンテスさんにはこの話をしていたのだ。

 ダンテスさんは奇しくも、グルジオ様と同じことを言った。


 ——お前の人生なんだ、お前が好きに選んでいいんだぞ。


 って。


「それで……グルジオ様がおっしゃるには、あと1か月くらいでこの話は広まるから、逃げるなら今のうちだと」

「おお、それもそうだな。——ミミノ、それじゃ予定通り行くか」

「んだねえ」


 予定通り? 予定ってなんだろ、と僕が首をひねっているとミミノさんが、


「レイジくんがもしかしたらグルジオ様にほだされ(・・・・)て、いい返事をしちゃうかもしれないべな〜って思ってたんだ。だから、これからわたしたちがしようとしていたことは話してなかったんだ」

「うっ」


 そんな、僕は簡単にほだされたりしませんよ! と言いたいところだけど、確かにその危険はあったよね……!

 そこまで考えてくれてるミミノさんがすごい。


「そ、それで予定って?」

「ああ、まずはノンに会いに行こうと思ってな。教皇聖下の許可が出て、俺たちのパーティーに同行してもいいということになった」

「!」


 さすがノンさん。ダンテスさんといっしょにいられる権利を勝ち取ったんだ。


「次にはハーフリングの里だべな。わたし、全然故郷に連絡取ってなかったから、いい加減一度は帰ってこいって父が言うべな」


 おお、ハーフリングの里!

 薬師で有名なハーフリングの里ってどんなところなんだろう。

 聞いてみるとクルヴァーン聖王国のエベーニュ公爵の出身地である里とは違うらしい。ハーフリングの里っていくつもあるのか……。

 それから僕は、自分の準備をするために部屋へと戻った。


「すぴー」

「…………」

「むにゃ……あ、坊ちゃん……ダメですよ、あーしは人妻なんすよ……」

「…………」

「ふぎゃー!?」


 僕のベッドで寝ていた猫系獣人の頭にチョップをくれてやったら、飛び起きた。


「な、な、なにするんすか坊ちゃん! いや、人妻に手を出すスケコマシ!」

「夢の中でも見ていい夢と見ちゃいけない夢があるよね? 大体ゼリィさん、いつ結婚したんですか」

「……それもそっすね」

「納得するんだ。そこで」


 生々しかったなー、とか聞きたくもない感想を述べているゼリィさん。


「そうだ、町を出ることになったんで準備してください」

「おっ、そういう結果になりましたか。グルジオ様はそれでいいと?」

「しょうがないな、って感じでしたけど……」

「それでいーんすよ。これから各国への説明で死ぬほど苦労すると思いやすけど、あの人も。それがマスターの仕事っすから」


 にししと笑ったゼリィさんは次に、


「それで……もうひとつの懸案は?」

「ん? なにそれ」

「またまたぁ〜。なにトボけちゃってんすか〜」

「いや本気でわからないけど。なにが?」


 はぁ……とため息を吐いたゼリィさんが肩をすくめて首を横に振っている。

 なんだろう、このムカつくリアクションは。


「決まってるでしょ。アナスタシアちゃん、エヴァお嬢様、それに美形のお姉ちゃん。誰が坊ちゃんの本命なんすか?」

「え……え?」

「いい加減決めたほうがいいっすよ〜。女の旬は短いっすからね。ただでさえ坊ちゃんは寝ててみんなの1年を無駄にしちゃったんすから」

「い、いやちょっと待って。なに、本命って」

「またまたぁ〜。なにトボけちゃってんすか〜」


 はぁ……とため息を吐いたゼリィさんが肩をすくめて首を横に振っている。

 だからそれは止めて。


「坊ちゃんの目覚めをずっと待ってたアナスタシアちゃん。多忙の公務をぶっちぎって坊ちゃんに会いに来て、まだこのお屋敷にいるエヴァお嬢様。『連れられてきた』って言いながら坊ちゃんとずっといっしょにいたそうな美形のお姉ちゃん。その誰が坊ちゃんの本命なのか決めなさいって言ってんすよ」

「い、いやいや、そんな……僕は」

「お姉ちゃんと血はつながってないんでしょ? いけるいける!」

「そうじゃなくて!」

「そうなんすよ」


 不意に、ゼリィさんは真顔になった。


「言ったでしょ、坊ちゃん。女の旬は短いんすよ。坊ちゃんが決めないと、ずるずると彼女たちの時間を無駄にしちゃいますよ。それとも坊ちゃん、貴族ばりに一夫多妻で3人とも引き取っちゃいます?」


 あ、なんならあーしもついでに愛人枠で! なんてゼリィさんは最後に茶化したけれど……それでも言ってることは本気だった。


「その……ほんとうに、そうなのかな。3人が、僕を、その……」

「初々しいなぁその反応! 坊ちゃんってたまに大人っぽいこと言う割りに、こういうところは初々しいっすよねえ」


 しょうがないじゃないか! 日本にいたときだって彼女なんていなかったんだから!


「見ればわかるでしょ。一目瞭然でしょ。美形のお姉ちゃんはちょっとわかりにくいところありますけど、押せばいけます」

「それは『行ける』ってことじゃないんじゃ……」

「お姉ちゃんのほうも初々しいんすよ。どうしていいかわかってないだけっすよ、アレは」


 ゼリィさんはベッドから降りた。


「エヴァお嬢様も、そんなに長くはここに滞在できませんよ? ましてや坊ちゃんが旅に出るんなら今言っておかなきゃ。誰を選ぶのかを」

「それは……」

「お嬢様の国だっていろいろ変わってて忙しいんでしょ? だったら、坊ちゃんがいつまでも束縛しておいたらかわいそうっすよ」

「束縛なんて——」


 違う、と思ったけれど、傍から見たらそうなのかもしれない。


「アナスタシアちゃんだって、見てるこっちがつらいくらい坊ちゃんに一途でしょ。これから同じパーティーで行動するならなおさら、はっきりさせなきゃ」

「うぐ……」


 ゼリィさんに正論で押されるなんて。


「じゃ、あーしは行くので、ちゃんと決めてくださいね」


 ドアから部屋を出て行ってしまった。


「…………」


 どうしよう。決めろって? 3人から誰を選ぶか……僕が選ぶの?

 真剣に、恋とか愛とか考えたことがなかった。

 こっちの世界では生きるのに精一杯だったからだ。


「——あっ、もちろんあーしを選んでくれてもいっすよ? 部屋で待ってます!」


 いきなり扉が開いてゼリィさんが捨て台詞を残していったものだから心臓が飛び出るかと思った。


「あっち行っててください!」

「はいはい〜」


 扉が閉じられた。

 遠ざかっていく気配をしっかりと感じる。

 よし……完全にいなくなったな。


「ふう……」


 僕はイスに腰を下ろした。


「どうしよう……」


 富と名声か、自由か。

 その二択を迫られたときよりもずっと僕は迷い——。


「いや」


 ——迷わなかった。

 ゼリィさんに突きつけられたあと、僕の心はもう決まっていたのだ。


「…………」


 この気持ちは、揺るがないと思う。

 だったらあとは行動するまでだ。


「行こう」


 僕は部屋を出て、彼女(・・)がいるはずの部屋へと向かった。


選ぶのはひとりだけです。

ご期待に添えなかった場合はほんとうにすみません……。

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