つまらない、悪あがき
●前回あらすじ:
女神の障壁を破った幻想鬼人。そしてレイジは女神の本体がいる場所へと到達した。
そこは暗く、広い空間。だが「白い空間」のように非現実的なそれではなく、この世界のどこかにあるような場所だった。
女神の正体はレイジと同じ異世界人——黒髪黒目の日本人の、転移者だった。
直接対決でレイジは女神を斃したと思ったが、女神は何度でも復活した。そして、使えないと踏んでいた光線攻撃がレイジを襲う。
目の前が真っ白に染まる。
女神の放った光線が僕の身体に直撃しようとする——。
(……くっ)
この攻撃についてもずっと考えていた。
いったいどのような性質で、どんなエネルギーなのか。
今までの戦いの中で見てきたうちでも、トップクラスに破壊力がある攻撃。
でも。
破壊力の高い攻撃ならば他にもあった。
竜の息吹。
黒の魔導生命体の破壊光線。
アーシャの【火魔法】。
フォレストイーターの突進。
終焉牙の魔法。
それらとは一線を画するような攻撃なのか?
(違う。絶対に違う。この世界に存在する、なんらかの攻撃手段だ)
女神が、僕と同じ、世界を越えてやってきた者だとわかって——さらに確信を得た。
女神は神でもなければ創造者でもない。
すでに世界にあるものを使っているだけの存在。
つまり。
「天賦珠玉」によって得られるような、攻撃手段なんだ。
それなら——。
「おおおおおおおおおおッ!!」
僕が展開したのは「白」の対極にある「黒」。
姉であるラルクが使っていた【影王魔剣術】。
僕にできうる限り最大限の出力で黒の斬撃を放つ。
黒と白が混じり合い、しかし、
(足りない……!!)
まだ使い慣れていない【影王魔剣術】では光線を消しきることができない。
僕は身体を反らしたけれど、それでも光線が左肩に当たり、僕の身体ははね飛ばされる。
身体がボールみたいに地面を跳ねた。
危ない……。
一瞬、意識が飛びかけた。
光線から広がる熱が僕の身体を焼くのを感じる。
【回復魔法】をすぐに展開するけれど、痛みがなかなか引かない。
そして【影王魔剣術】を使ったせいで僕の体力も大幅に磨り減っていた。
「……まだ生きてるなんて。ほんとうにしぶとい。昆虫並みだな」
女がゆっくりと近づいてくる。
寝ていては、ダメだ。
僕は立ち上がるが、どこに飛んだのか短刀が手元になかった。
「お前には悩まされたが、それも終わる。そう思うと久々に感じるよ……うれしいという感情を」
「っぐぶ!?」
錫杖が振り回され、かわすこともできず僕の腕にめり込み、僕はそのまま吹っ飛ばされる。
「何千年……いったいどれくらいだろうか。長生きも過ぎると感動をすることがなくなる」
「…………」
僕は立ち上がる。
ゆっくりと近づいてくる女に——笑みを浮かべたままの女をにらむ。
「どうした。攻撃してこないのか? ああ、そうだったな。私は何度でもよみがえる。だから攻撃など意味がないのだったな。先ほど、お前の絶望した顔を見たのだったな。——ほら」
「っぐ!」
錫杖が無造作に振り回される。
今度は、両腕で防いだけれど、それでも後ろに吹っ飛ばされて地面を転がった。
「そろそろ終わりにするか。お前を殺し、私は現世に降臨する。これでイレギュラーはない」
「…………」
僕は、なけなしの力を振り絞って立ち上がる。
「……寝ていればいいものを」
呆れたような女の声。
「なんだ、お前は? 叩かれることが趣味なのか?」
カラカラカラカラと錫杖を地面に引きずりながら女が歩いてくる。
「……撃ってみろよ」
僕は言った。ガラガラの声で。
身体中が痛い。
僕だって、寝てていいなら寝転がっていたい。
だけど——ここで寝てはダメだ。
「は?」
「さっきの光線、もう一発撃ってみろよ」
僕はこの女を斃すためにここに来たのだから。
「…………」
「撃てないんだろ……だからその棒きれで、僕を叩くんだ。それともお前は、棒きれで誰か叩くのが趣味なのか?」
「負け犬の遠吠えを!」
「【火魔法】」
踏み込んできた女神の身体に向けて、僕は魔法を放つ。
魔力の残りも少なくなっているから殺傷力は低めで、単に女を吹っ飛ばす程度のものだったが——まさか反撃があると思わなかったのだろう、女は転がった。
「……つまらない悪あがきをするな。お前はここで死ぬ運命なのだから」
すぐに女は起き上がり、錫杖を手にした。
ダメージはほとんど入っていない。
「神でもないのに『運命』とか言うな」
僕の言葉に、女の身体がぴたりと止まった。
「生きるためにあがく人を、『つまらない』とか言うな」
女の顔からは笑みが消えている。
「お前は女神でもなければニセモノの神ですらない。ただ長生きした、独りよがりの女だ」
その瞬間、女の顔が——崩れた。
「うるさいぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!!!!」
甲高い声を発した口は醜く歪み、目が吊り上がった。
急に20も30も年を取ったような疲れ果てた顔だ。
「お望み通り一発で殺してやるぅぅぅぅ!!」
女が錫杖を僕に向けた。
先ほどと同じ構え、そして先ほどと同じ光線が——。
「…………?」
出なかった。
「ふー……ようやくか」
僕は安堵のため息を吐いた。
「お前、なにをした。私になにをしたのよ」
「まだわからないのか? やっぱりただの人なんだね」
「言えぇ!」
錫杖をこちらにぶん投げてきたけれど、【風魔法】で難なくその軌道を逸らした。
「あの光線、かなりのエネルギーを使うんだろ? それだけじゃない、何度も何度も肉体を復活させるのだってエネルギーを使うはずだ。生命力なのか、魔力なのかはその仕組みはわからないけどな」
「だからなんなの!! もったいぶってんじゃないわよ!」
「それを供給しているのはなんだ?」
「…………」
女は、自分の両手を不思議そうに見やる。
まるでそこを見れば無尽蔵に水が湧き出るはずなのに、とでも言いたげに。
「…………力が……入ってこない…………?」
「さっき転んだときにできたアンタの額の傷だって、治っていない」
「!」
ハッとして女は額に手を当てる。
指先に血がついたが、痛みよりもなによりも、女はその事実にショックを受けていた。
「どうしてだか、わかる?」
女は今や青ざめていた。
指先の血を呆然と見つめている。
「どうして『力が入ってこない』のか、わかる?」
「……な、なにをしたのよ。ブランストークの大聖堂を壊したくらいじゃ、なにも変化はないはず……」
僕はそのとき、作戦が成功したことを確信した。
この女はブランストーク大聖堂しか気にしていなかった。
そうなるように仕向けたからだ。
竜に乗って派手な登場。
調停者同士の対決。
「銀の天秤」のみんなと、白の空間での戦い。
それもすべて女神の注目を集めるためのこと。
「!!」
女神はそのとき、気がついたようだ。
「ま、まさか、お前は、まさか……」
僕はうなずいた。
「アンタから見たらつまらない存在の人たちと、力を合わせて、悪あがきをしたんだよ。僕は——僕たちは、大陸中の女神神殿を一斉に破壊したんだ」
★ クルヴァーン聖王国 ★
「なんだなんだ、まともな騎士は残っちゃいねえのかよ!」
ミュール辺境伯の振り回した両手斧が、カイトシールドを構えた騎士たちを吹き飛ばしていく。
聖都クルヴァーニュの中央大通りは、早朝からの動乱で、通行人ひとりおらず緊迫した空気が流れていた。
人々は窓の隙間から外の様子をうかがっていた。
戦っているのは聖王国の騎士や兵士同士であり、なにが起きているのか正確に理解できる者は一般市民にはいなかった。
「そもそもお主とまともに戦える者などほとんどおらんだろうが」
馬上のルシエル公爵は苦笑交じりに言う。
「へっ。オーギュスタンのジイさんが敵だったらまだ骨があったんだがな」
「ほほほ」
ミュール辺境伯の軽口に、ルシエル公爵の隣に控えていた老人が小さく笑う。
星5つの天賦【竜剣術】を扱うオーギュスタンは、この国最高の武力として考えられているが、彼はルシエル公爵家の人間だった。
「続々と来たぞ、辺境伯」
前方から、完全装備の騎士隊がやってくる。
5大公爵家のロズィエ、リス、ラメール公爵家は防衛サイドだ。
残りひとつのエベーニュ公爵家は聖女王を保護している。
「人数としては3倍といったところか。どうだ、オーギュスタン」
「ほほほ。年寄りの死に場所としてはまたとないでしょう」
「いやいや、聖女王陛下は、『死ぬな』と仰せだ」
「ふうむ、そのほうが難しいですが、まあ、やってみましょう」
オーギュスタンはその背に似合わぬ長い長い剣を携え、ミュール辺境伯の横に立った。
「陛下は、犠牲が多く出ることを望んでおられぬ。なるべく時間を稼ぐことだ」
後ろからルシエル公爵が声を掛ける。
「わーってるよ。それよりそっちの別働隊は大丈夫なんだろうな?」
「ここでこれだけの騒ぎを起こしておるのだ、聖堂の——女神神殿の破壊くらいたいしたことはなかろう」
「よし。それなら——あとは気兼ねなく暴れられるな」
ミュール辺境伯の目がぎらりと輝いた。
「行くぜエエエエエエエエ! ぶっ殺せ!!」
彼の後に続けとばかりに、辺境伯領の腕利き兵士たちが雄叫びを上げる。
「ほほほ」
オーギュスタンも、軽やかに走り出した。
「……なるべく犠牲者を出すなと言っておるのに」
ルシエル公爵はため息を吐いた。
同時刻、聖王国内の小都市でも秘密裏に動く影があった。
「ノック、これで魔術は破壊できたんダな?」
「たぶん……としか言えないな」
「しかしこれ以上はできんぞ」
「うむ」
その教会は——かつて教会であり、グレンジード公爵の命令で急ピッチで女神神殿に作り替えられていたものは、ひどい有様となっていた。
壁は破壊され、祭壇は破壊され、イスは破壊され、机は破壊され、説教壇は破壊されていた。
「な、な、な……」
騒ぎを聞きつけてやってきた兵士、それに教会の修道士は驚いて口をあんぐりさせている。
「な、何者ですか、あなたたちは……」
そこにいたのは、多くの種族が生活するこのクルヴァーン聖王国でも、あまり見かけない種族——ダークエルフが5人。
その誰もが、背は高く、筋骨隆々として、破壊活動をまったく隠す気もないのか両手に大槌を持っていた。
「靄が掛かっていたような頭が、すっきりしたとは思わんか、ヒト種族よ」
「え……?」
ノックの言葉に、今度はキョトンとする修道士。
「た、確かに……なにか今は、妙に思考が晴れやかだ……」
「つまりは、そういうことダ」
「なにが!?」
「サラバダ」
ダークエルフたちは身を翻すと、破壊した壁の穴から外へと飛び出していく。
「ちょっ!? お、お、追って! 追ってください! こんなことして罰が当たりますよ!?」
修道士が言うと、兵士たちもあわてて追いかけたが、空いた壁の穴からはこんな声が聞こえてくるだけだった。
——罰なら、レイジが与えに行ったさ。
と。
★ リグラ王国 ★
キースグラン連邦内にあるリグラ王国の王都には、今、非常事態を告げる鐘が鳴り響いていた。
「——そんなバカな。見間違いではないのか?」
守備隊隊長は報告に戸惑っていた。
「いえ、間違いありません。何人もの監視兵が見ております——あれは、竜でした」
緑色の竜が飛来した。
そして、王都内に着陸するや、建物を破壊して飛び去った——。
いつまた竜が戻ってくるかもわからず、王都内は厳重警戒態勢となっている。
「今まで王都に竜が飛来した例などないぞ……」
「単に気まぐれで、やってきたとか」
「気まぐれで建物を壊して帰ったのか? そんなことがあるわけなかろう——破壊されたのは確か」
兵士が答えた。
「女神神殿です」
この後、彼らの元に、各地の神殿を破壊し飛び去っていく同じ竜の報告が舞い込んでくることになるのだが——それはすべてが終わった翌日のことだ。
★ ウインドル共和国首都 ★
夜明けの直後はいまだ暗い首都の路地裏だったが、立ち尽くす5人は光によって照らし出されていた。
ヒト種族よりも背は低く、オレンジや黄色、赤といった鮮やかな色で染め上げられた服を着ている。
「……これはやり過ぎでは、ヤンヤ?」
「……ど、どうだろうね? やるなら徹底的に、って長老が言ってたべな」
エルダーホビットのヤンヤは冷や汗をかいていた。
彼女たちの目の前にあるのは女神神殿。
ただし、恐ろしいほどの炎を吹き上げている。
「——火事だ!」
「——消防組を呼んでくれ! 延焼を防がないとマズいぞ!」
「——避難しろーっ!」
付近の住民たちも目覚め、大声を上げている。
この火災はもちろんエルダーホビットたちの仕業だ。
作戦決行日の前日に首都に忍び込み、今日、火を点けた。
すべてはレイジと打ち合わせた通りに。
移動は竜が手伝ってくれたが、竜の背に乗って飛ぶことを嫌がった長老は若いヤンヤたちに指令を下したのだった。
神殿を燃やせ、と。
積年の恨みを今こそ晴らせ、と。
「よし、逃げるべ!」
「だな!」
「おーっ」
5人のエルダーホビットたちはわーっと逃げ出した。
本来ならこのあと、「女神の悪行を許さない!!」というお決まりのフレーズを連呼する予定だったが、そんな余裕はまったくなかった。
幸い、火災は女神神殿を焼いただけで済んだ。
★ アッヘンバッハ公爵領領都ユーヴェルマインズ ★
大陸各地で、今日、時間を合わせて女神神殿を破壊する——神殿の魔術を無効化する、という行動が行われていた。
直接的に飛び回れる竜はもちろん大活躍だったが、竜だけで大陸中の神殿を破壊できるものでもない。
エルフの国であるシルヴィス王国ではアーシャの兄であるマトヴェイが密かに行動をし、魔術の一部を削って、無効化までは行かないものの魔術の弱体化を導いた。
獣人の住む集落には竜人キミドリゴルンや地底人のスーメリアたちが忍び込んだ。
ノームの里には地底人種族の元帥たちが。
キースグラン連邦所属の各国には、ヴァルハラのゲッフェルト王や光天騎士王国のフリードリヒ将軍が精鋭を派遣し、破壊活動を行った——これが表沙汰になれば大問題になることはわかっていたが、それでもやらなければならぬと決断した。
「……ここに戻ってくることになるとはね」
薄暗い早朝、フードを目深にかぶった少女は真新しい神殿を見上げていた。
4年以上も前、ここには竜が飛来して大暴れした。
多くの建物が破壊され、一度は更地となった。
そこに建てられたのが——教会であり、今は女神神殿だ。
神殿の裏口には鍵が掛かっていたが、少女の手から黒く、小さな斬撃が発せられると、ロックを断ち切って扉は開いた。
暗い廊下を進んでいく。当直らしい警備兵がイスに座って居眠りをしている。
少女が通り抜けていくと、やがてホールへと出た。
天井が高いが、暗くてよく見えない。
ステンドグラスから入ってくる光量は少なかった。
かすかな光の中、直立している女の姿があり——女神の石像だった。
それこそが、この神殿の魔術の核となる部分であるらしい。
——姉さん、お願いがあるんだ。女神神殿を破壊するのを手伝って欲しい。
それは弟のレイジの頼み事。
自分がしてもらったことに比べれば、はるかに小さな頼み事。
「弟くんのためだったら、神殿のひとつやふたつ、ぶっ壊してやるよ」
ラルクの身体から立ち上る黒い渦。
それは——ラルクが訓練を重ねてモノにできるようになった【影王魔剣術】。
天賦珠玉に頼らない、ラルクだけの力。
フォーン。
空を切る音は軽く、どこか間が抜けているような感じすらあった。
振り抜いたラルクの手の先には——5メートルはあろうかという巨大な黒の刃。
壁際にあった垂れ幕が途中で斬られてストンと落ちた。
それから少しして、女神像は身体の中央で真っ二つに断ち切られ、切り口からナナメにするりとずれていく。
やがてその上体が完全に離れて床に落ちると、ずーんと音と震動を立てた。
女神像の身体に埋まっていた魔術触媒がパァッと光を放つがすぐに収まっていく。
「な、何事だ!?」
物音に気づき、居眠りから目覚めた警備兵がホールに駈け込んできたがそこにはもう誰もいなかった。
ホールの入口、大扉の閂が外されて外側に大きく開かれている。
外では、曙光が射して神殿の一部を照らしている。
「…………」
外にいたラルクが振り返り、神殿を見上げた。
(あの日……あたしと弟くんが鉱山から逃げ出した日も、こんな夜明けだったっけ)
あれからずいぶんと時間が過ぎていた。
「あとは頼んだよ、弟くん」
★
大勢の人たちが時間を合わせて女神神殿の破壊をしてくれた。
核となる魔術の破壊を。
「……なっ……」
女はよろけるように、後ずさった。
「これで、終わりだ」
僕は女へと、手のひらを突きつけ、魔法を発動した。
次回「決着」です。




