決戦当日
●前回あらすじ:
竜に乗って移動をするレイジたち一行は、ついにブランストーク湖上国に到達する。
ここには教皇がいて、教皇は女神がこの世界との接点に利用しているはずだ。
夜明けまであと2時間はあるという時刻。
僕らは草原にいた。
「ここから先は女神神殿の効果範囲です。おそらく、一歩でも足を踏み入れた瞬間に捕捉されると思われます」
居並ぶ全員に僕は言った。
「作戦のおさらいをします。教皇聖下がおられる場所は大聖堂内の一室であると思われます。敵は襲撃に対して防衛ラインを敷いている可能性がありますが、この短時間では完璧ではないはずです。影竜2頭で奇襲します。そして、エヴァお嬢様には——」
「わかっているのだわ。レイジたちが任務を遂行する間、その部屋には誰も、一歩も近寄らせません」
「ありがとうございます」
お嬢様に「盾」になってもらうことにはさすがに躊躇した。
だけれど戦力を考えると明らかにそのほうが利点が多いのだ。
お嬢様は「鼓舞の魔瞳」を使うことができるので騎士たちの底力を上げることができ、なんなら敵に強めに使うことで混乱させることもできる。「鼓舞の魔瞳」を強力に掛けると、戦闘意欲が過剰に昂進し、敵味方の見境なく襲いかかるから。
「ゼリィさんはかく乱を」
「わかってやす」
直接的な戦闘力が低いゼリィさんは、聖堂内を走り回って混乱を引き起こしてもらう。
そうすれば教皇聖下のところへとやってくる戦力が減るはずだからだ。
「腕が鳴るっすよね〜〜。どんなことしてやろーかなー」
「……ほ、ほどほどにね?」
「なーに言ってるんすか、坊ちゃん。あーしが活躍すればするほど安全になるんですよ?」
「そ、それは……」
そうだけども。
ゼリィさんって、僕の予想の斜め上を行く厄介な嫌がらせをしそうなんだよなぁ。
背に腹はかえられないからしょうがないんだけども。
「……その間に、僕たち『銀の天秤』は女神を斃しにいきます」
ダンテスさん、ミミノさん、そしてアーシャ。
ノンさんが今どこにいるのかわからないけれど、僕の冒険の土台は、ずっと「銀の天秤」のみんなといっしょにあった。
「おう、女神との対決は出たとこ勝負だな?」
「はい……最悪、教皇聖下のお命をいただくことになると思います」
女神と接点を持てるチャンスは少ない。
一方的に知られるだけなら女神神殿に行けばいいけれど、こちらから女神になにかアクションを起こすことはできない。
「薬理の賢者」様が言うには、教皇聖下は女神が地上に影響を与えるために使用している「依り代」のようなものだという。
教皇聖下を通じてなら、女神に会うことができる。
教皇聖下に意識が残っているのならば説得をして女神を呼び出してもらう。
意識がないようなら——強硬手段になるが、竜がなんとかすると言っていた。
『幻想鬼人がどう動くかはまだわからぬが、もしヤツが敵対するようなら我らがなんとかしよう』
『うむ』
影竜2頭が力強く言った。
もし幻想鬼人が敵対しないようなら話は早い。竜の力はすさまじく強いので教皇聖下を護る神殿騎士たちを竜に相手してもらえばいいのだ。
だけど、幻想鬼人がどう出るか。
これもまた出たとこ勝負だ。
(……正直、不確定要素が多すぎる。でも、今打てる手はすべて打ったし、時間が経てば経つほど女神が有利になる)
女神神殿の建造が進めば進むだけ女神は強化され、敵が増えるのだ。
「行きましょう」
僕らは影竜に乗り込んだ。
みんな乗り込むのも慣れたものだ。ダンテスさんは「これで最後これで最後……」とつぶやいているし、相変わらずミミノさんは、すんとした顔で悟りを開いたような感じがあるけれども。
いまだ暗い空を影竜に乗って飛ぶ。
飛び始めてしばらくして、空気が変わるのに気がついた。
「ッ! 皆さん! 女神神殿の影響区域に入りました!」
僕が声を上げながら振り向くと、みんな苦しそうな顔をしていた。
「あ〜……これはきっついな。頭の中になんか声が響いてくるぜ」
「ダンテスさん、大丈夫ですか」
「ああ、これほどとは思わなかった。この中心地に行くとなると厄介だな……」
「——お嬢様!」
僕は隣を飛ぶ影竜に声を掛ける。
そこでお嬢様に「鼓舞の魔瞳」を発動してもらう——お嬢様も苦しいだろうに——すると全員の表情が和らいだ。
「アーシャ、どうですか」
「は、はい……かなりよくなりました」
僕にはなんの影響もないので、どんな感じなのかがわからない。
影竜にも影響がないので、調停者や僕のようなイレギュラーには効かない魔術なのだ。
そして「影響がない」存在を女神は見逃さない。
今、女神は僕らが近づいていることを確認したはずだ。
「気を抜けば持ってかれる感じだ。温かく心地いい風が吹いてきたような、そんな感じで……頭の中に誰かが囁いてくる」
ダンテスさんが吐き捨てるように言った。
「……やはり、女神なんてろくなものじゃないな。魔術で精神をおかしくして、俺たちを家畜のように扱う——その魂胆をはっきりと実感したよ」
すると影竜が叫ぶ。
『湖が見えてきたぞ』
はるか遠く、山脈の向こうに小さな水面が見えた。
僕らが近づくに連れて、僕らの背後、東の空が少しずつ白んでくる。
ベストな時間だ。
多くの人たちが眠っている時間で、なおかつ闇ではなく視界を確保できる時間は明け方しかないと思っていたのだ。
『スピードを上げるぞ。しっかりつかまっておれ』
影竜の言葉に、「ひぇっ」とミミノさんが顔を青ざめさせる。
それから——僕だって初めて経験するような速度が身体を襲った。
耳には空を切る爆音だけしか聞こえなくなる。
さっきは小さな水面にしか見えなかった湖があっという間に大きくなり、その湖畔にそびえる大聖堂がはっきりと見えた。
『むう。これは予想外だ』
「なにがですか!?」
爆音に負けじと僕は声を張り上げる。
『教皇とかいう娘、建物におらんぞ』
竜には女神の存在、女神に強く影響された存在を感じ取る力がある。
えっ、と僕が聞き返すより先に影竜は言った。
『湖のすぐそばに立っておる』
湖のそば?
外にいるってこと?
このまま突っ込めば、あと1分もしないうちに大聖堂に着く。
僕は考えを巡らせる——だけれど、答えは決まっている。
「このまま湖に行きます!!」
計画の変更はやむなしだ。
でも計画の中止はしない。
今日が、今が、最初で最後の機会なのだから。
「皆さん、教皇聖下は外にいます! 戦う場所は変わりますが、作戦はそのまま決行します!!」
着地に入るために影竜の速度は緩められ、僕の声はみんなに届いた。
「おう、そうこなくちゃな!」
「了解だべな!」
「わかりました!」
「りょーかいっす〜」
「わかったのだわ!」
そしてマクシムさんや騎士たちの「オウッ」という声。
『降りるぞ』
空から急降下を始めると、お腹の下がひやっとするような浮遊感。
(あれだ……)
ほんのりとした光が湖を照らしている。
静かに浮かんでいる幾隻もの船。
大聖堂から船着き場までは広い草原がひろがっていて、その中央に立っている小さな人影。
教皇聖下だ。
(なんであんなところに? 女神は僕らの接近に気づいているはずだけれど——)
とか冷静に考えていられるのもそれまでだった。
『つぶしていくぞ』
『おおよ』
湖面が近づく、と思った瞬間、影竜は水平飛行に移行し僕らの身体に強烈な重力が掛かる。
ゴオオオオオッ!!
湖の上を飛ぶ影竜は口から黒い息吹を吐き出した。
それらは停泊している船を次々に破壊していく。
湖にはいくつもの水柱が立った。
(すごい……これが竜の力)
湖の船を一掃すると、さすがの騒ぎに大聖堂には多くの明かりが点き始めた。
影竜はぐるりと一周して飛ぶと、教皇聖下のいる草原へと降り立った。
(おかしい……なにもかもがおかしい)
ひとり、たたずんでいるのが教皇聖下であることは間違いない。
大聖堂の窓からこちらを認めた騎士たちが「聖下があんなところに!」と叫んでいた。
(でも、計画を進めるしかない……!)
影竜が着陸すると、僕らは一斉に飛び降りた。
「あちらは任せるのだわ!」
「お気を付けて!」
お嬢様とマクシム隊長たちが走り出す。
大聖堂から吐き出された騎士たちがこちらに走ってくる。
(ここは広い……お嬢様たちだけで押さえるのはほとんど不可能だ)
だから女神はここにいるのか?
(でも、その間に教皇聖下になにかあったら困るのは女神だ。一体どうしてこんなところに——)
僕が迷っていると、
「行け、レイジ。迷っていても埒が明かん」
ダンテスさんが僕の背中をどんと押してくれた。
そうだ。ダンテスさんの言うとおりだ。
ここまで来たら進むしかない。
「——教皇聖下」
僕らはひとりたたずむ教皇聖下へ向かって歩き出す。
教皇としてふだん活動するときに着ている服ではなかった。
麻の、薄手の洋服でまるで室内着だ。
ただ手にしているミスリル製の錫杖だけが教皇聖下の証明のようだった。
(足が……裸足?)
草むらに立っているとは言え、裸足の姿は痛々しささえ感じられた。
彼女はうつむいていてどんな表情を浮かべているのかもわからない。
ふだんからヴェールを掛けていることもあって、元の顔や表情はほとんど知らないのだけれど。
「お話があります」
最大限の警戒でもって僕らは10メートルほど離れた場所で対峙した。
ダンテスさんは僕の真横で大盾を構えている。
ミミノさんとアーシャは僕の背後3メートルほどのところ。
キィン、と剣のぶつかる音が聞こえた——お嬢様たちの戦闘が始まった。
「教皇聖下に取り憑いている女神についてです。この世界は女神ただひとりのものではありません。そして女神への信仰を強制されるようなものでもありません。賢明なる教皇聖下ならばおわかりかと思いますが——」
そのとき、がばりと教皇聖下の顔が上がった。
「あ……」
瞳にはなにも映っていない、空虚だった。
唇はカサカサで【森羅万象】を使うまでもなく健康状態が劣悪だとわかる。
頬にある血の跡はなんなのか——。
『————残念です、竜よ』
声が聞こえた。
その声は教皇聖下の肉体から発せられたのではなく、頭に直接響いてくるようだった。
女神だ、と直感した瞬間、影竜の前に黒い影が何体も何体も現れた。
『ッ! 幻想鬼人め、女神についたか』
『小癪な』
その黒い影は幻想鬼人の操る魔導生命体だ。
1体ずつが恐ろしいほどに強い。
それらがまとまって影竜に襲いかかったのだ。
「影竜さん!!」
『レイジ、お前は女神と戦え』
影竜が動けば大地が揺れる。
黒い影との戦いはすさまじいまでに激化していく。
でも——幻想鬼人は竜と戦う道を選んだ。
依然、僕らは自由だ。
「女神……いや、神を僭称する者よ。この世界をお前のオモチャにするな!!」
この世界で懸命に生きている人たちを僕は知っている。
平民はもちろん多くの冒険者も必死で生きている。
もうひとつの世界にいたキミドリゴルンさんも、ダークエルフのノックさんも、地底人だってそうだ。
エルダーホビットのヤンヤだって。
ダンテスさんも。
ノンさんも。
ミミノさんも。
ゼリィさんも。
死んでしまった……ライキラさんも
そして、アーシャも、エヴァお嬢様も、僕の姉のラルクも。
そんな人たちの思いを踏みにじるな——。
『————』
だけれど女神はなにも言わなかった。
ただ、その入れ物である教皇聖下の口が動いて、ニッ、と笑っただけだった。
なにかを感じる間もなかった。
前兆も予感も、感覚もなく。
それは起きた。
★ ブランストーク湖上国 大聖堂前庭 ★
エヴァは見ていた。
見ていたけれど、なにが起きたのかはわからなかった。
ただレイジがなにかを大きな声で言った。
それから少しして——教皇聖下が、糸の切れた人形のようにその場に座り込んだ。
「……レイジ?」
レイジは——ダンテスとアーシャ、ミミノを含めた4人は、その姿を消した。
「レイジィィィィッ!!」
煙のように、ではなく。
その場に存在しなかったかのように消えたのだ。
ファイナルステージへ。
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