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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第6章 再臨する女神と希望の子

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少女と聖王

     ★  「銀の天秤」  ★



 ダンテスは目を疑った。ここは聖王都クルヴァーニュ「第5街区」——つまり中流階級の町並みが広がっているような場所だ。そこへ、きらびやかな武装をし、警備隊に囲まれたグレンジード聖王が馬に乗って現れたのだから。


「ん? どうしたんだべ、ダンテス」

「隠れろ、ミミノ! お前は服が目立つ」


 ゼリィ、アナスタシアはエヴァとともに別行動。ここにいるのはダンテスとミミノだけだったが——聖王グレンジードが一介の冒険者である自分を知っていることはないだろうと思いつつも、なんらかの拍子で思い出されてはかなわない。

 陰で様子をうかがいつつ、ミミノには建物の——教会の裏手へと向かわせた。


「……しかしなんで聖王と伯爵が?」


 ここには多くの人が行き交い、聖王に気づいて足を止める者も多い。

 そして同様に、多くの冒険者もいた。

 彼らは働いていた——そう、早朝にあった襲撃の後処理のためだ。

 地下水道の調査は警備隊が行っているが、破壊されたがれきの処理や汚れた場所の掃除は冒険者に任されている。


「まさかとは思うが、いきなり狂言(・・)がバレたってことはねえだろうな。頼むぜ、エヴァお嬢様よ」


 早朝のモンスターによる襲撃は、もちろんエヴァの「作戦」だった。

 実際にはモンスターの襲撃などなかった(・・・・)

 地下水道の位置は冒険者ギルドが把握していたので、そこを崩落させ、モンスターと戦った痕跡だけを残した。

 チャコールウルフくらいなら死体を持ち込むことができるので、新鮮なものを現場に残しておく。他のモンスターは「血」が薬剤の一部として取引されているためにそれを散らしておく。

 あとは誰もいない未明に、大きな音を出せば終わりだ。

 この計画には冒険者ギルドを巻き込んでいる。

 聖王都冒険者ギルドは相当嫌がったが、ヴァルハラ市冒険者ギルドマスターのグルジオが長距離通信で説得に加わったからなんとか通った。


「——もうほとんど片付いてるじゃねえか」

「——はっ。本日の市民活動に支障が出ないよう急がせました!」

「——ふうん」


 グレンジードと報告している警備隊長の声が聞こえてくる。

 彼らは教会の前で止まる。

 グレンジードが馬から降りるとスィリーズ伯爵も続き、彼らは教会に入っていく。


「おいおいおい……やべえぞ、これは」


 改装中の教会は外壁に足場が組まれていたが、今日は、モンスターの襲撃が近くであったからということで作業者がおらず閑散としている。

 それこそが「作戦の目的」のひとつだった。

 今、教会内にはゼリィがいて、エヴァの手配した魔道具師を案内している。

 教会にかけられようとしている魔術がどんなもので、どうすれば無害化できるかを確認させているのだ。

 その上で、もし細工ができるならやってしまえ——ということだ。

 そこにはアナスタシアとエヴァもいっしょにいる。かなり高価な触媒を使うこともあるので、即断即決できるエヴァがいたほうがいいだろうという思惑だった。


「クソッタレ!」

「どうしたべな、ダンテス」


 教会の裏手に走ってきたダンテスに、ミミノが驚いた顔をする。


「今すぐゼリィに連絡しろ! 中に聖王が入ってった!」

「え……」


 ええ——!? というミミノの叫び声が響き渡った。




 静かな教会内部では、大聖堂に多くの足音が響いていた。グレンジードが教会の司祭に改装の進み具合をたずね、媚びるように司祭は答える。


(ちょっ……どういうことっすか!?)


 ゼリィ、エヴァ、アナスタシアの3人は大聖堂の2階通路からその光景を見下ろしていた。目立つからとエヴァの騎士たちを連れてこなかったが、それは正解だった。彼らがいたらとっくに見つかっていただろう。

 連れてこられた魔道具師は小柄な女性で、「え? どうして先代の聖王陛下がここに?」とわからない顔をしている。詳しい事情を説明していないので彼女もよくわかっていないのだ。

 エヴァたちがここにいた時間は短かったが、それでも得られるものはあった。

 魔道具師が言うには、「使われている魔術の半分以上がわからない」のだ。

 これらを解明し修正するのはすさまじく時間が掛かるという。

 とりあえず今日は魔術式の書き写しだけでもと大急ぎでやらせていたら、大聖堂にグレンジードやエヴァの父が入ってきたのだ。

 逃げ出すにも2階からの通路は必ず教会の入口付近を通ることになる。ここで身を伏せて、危機が過ぎ去るのを待つしかない。


「——改装工事の進捗は8割ってところか?」


 グレンジードがたずねると、司祭がにこやかに答えた。


「はい、さようでございます。希少な触媒がなかなか手に入らず難儀しておりましたが、スィリーズ伯爵に手を回していただいたおかげで滞りなく入ってくるようになりまして」

「ほう? ヴィクトルが」


 ちらりとグレンジードが視線を向けると、スィリーズ伯爵は目礼した。


「…………」


 グレンジードは少し考えるようにしてから、司祭へと顔を向けた。


「教会を女神神殿として改装することができれば、確実に女神様の恩恵が得られることだろう」

「おおっ……ありがとうございます、聖王陛下」

「俺がどうこうしたことじゃねえ、女神様に祈れ」

「もちろんでございます」

「女神様がおられる限りこの国……いや、世界は安泰だ」


 具体的な神の形を持たなかった各地の教会だったが、今は聖堂のいちばん奥に祭壇が設置されてある。

 そこにはどっしりとした台座があり、白い布を掛けられた石像がある。

 石像は3メートルはあろうかという大きさだったが、昼の光がステンドグラスに注ぎ込み、美しい色を布に投げかけていた。


「見ろ、ヴィクトル」


 グレンジードが白い布に手を伸ばすと、するりと布が取れた。

 石像はすでに完成していた。

 大切なものをかき抱くように両手を胸の前に重ねた女性の立像だ。

 髪は長く、整った顔立ち。

 白色を基調とした天然の岩石を利用している。

 波打つ服のひだといい、磨き込まれた姿は非常によくできている。


「俺が拝謁した女神様はこんなものではなかったが、それでもないよりはマシだろう」

「はっ」

「一般市民には形としての神が必要だ。そうだろう?」

「おっしゃるとおりかと思います」

「なあ、ヴィクトル。俺は……お前を信じていいんだよな?」


 首だけ振り返ったグレンジードの瞳には、感情が見えなかった。

 唐突な質問に、一瞬答えるのが遅れた。


「……もちろんでございます、聖王陛下」

「…………」


 頭を垂れるスィリーズ伯爵と、なにが起きているのかよくわからず困惑している司祭や兵士たち。


「……司祭」

「は、はいっ。なんでございましょうか、陛下」

「今朝方、モンスターが暴れたようだな。ここは無事だったか?」

「はい。女神様の恩恵か、何事もなく無事でございました」

「他の教会はどうだ」

「……と、おっしゃいますと?」

「他のモンスター出没地点も教会の近くだろう」


 頭を垂れたままのスィリーズ伯爵が、ぴくりと動いた。


「あ、はあ……今日の今日のことですので詳しくはわかりませんが、特に破壊されたといったことはないようです。もちろん、大事を取って改装工事は止めていますが」

スィリーズ伯(・・・・・・)

「……はっ」

「お前は、『モンスターの出没地点がすべて教会の近くであること』を何故俺に言わなかった?」


 言葉は冷たく響いた。

 事情を知らない他の者たちも、これはただならない質問なのではないかと息を呑む。


「……陛下の慧眼、恐れ入ります」

「スィリーズ伯。俺にわかることがお前にわからねえわけがねえだろう。わかりやすく言う必要があるか?」


 こつ、こつ、と近づいてくるグレンジード。


「お前、このモンスター出現のことを知っていたな?」

「——知りませんでした」


 顔を上げたスィリーズ伯爵は、グレンジードを真っ向から見据えた。


「じゃあ、どうして黙っていた?」

「言う必要がありませんでしたので。モンスターの出現は地下水道。たまたまそれが教会付近を通っていたというだけで、教会が近くにあったのは偶然である可能性が高いです」

「3箇所すべてでもか?」

「3箇所すべてでもです」

「……スィリーズ伯」


 目の前に立ったグレンジードは一見落ち着いていた。

 だがそれは、嵐の前に凪になる海原のようなものだ。


「お前には失望した。この期に及んで、女神神殿建造を阻止しようとするんだからな」

「……陛下、私は」

「黙れ。一度や二度ならば偶然や、お前に別の思惑があるのだろうと思うが、こうも女神様に刃向かうことが続くのであれば見逃せん」

「なんのことですか」

「改装に必要な希少触媒が手に入らないと司祭は言っていたな?」

「それを手配したのは私です」

「それはそうだろう、手に入らないよう手を回したのもお前なのだから」

「…………」

「でなければつじつまが合わん。魔術触媒の輸出入はお前の管掌ではまったくない。だとするとお前が直接魔術の商会に圧力を掛けて『売らせた』としか考えられんが、それができるということは逆を言えば、『売らせない』こともできたということだ」

「……そのような事実はございません、陛下」

「さっきから言っているだろうが、すべてが状況証拠でしかねえ。だが、それが続けば真実が見えてくる……ああ、本来ならお前の『瞳』を使ってもらえりゃすぐ済むんだが、俺はそれに頼り切りだったようだ。こうまで考えねばわからんのだから」

「陛下」

「極めつけは」


 グレンジードは人差し指を上げた——指し示したのは2階通路。

 すでに少女たちは首を引っ込めていたが、


「……2階に、ネズミが紛れ込んでいる。捕らえよ」

「は、はっ!」


 警備兵たちがあわてて走り出すと、2階通路に雪崩れ込んできた。


「——お待ちを、アナスタシアさん」


 魔法を撃つべく構えたその手をエヴァは止める。


「ですが」

「抵抗するのはいつでもできます」

「…………」


 警備兵が、「動くな! こちらへ来い!」と刃を突きつけてくるのに従い、4人は1階へと降りていく。


「エヴァ!?」

「……申し訳ありません、お父様」


 スィリーズ家の親娘がこんなところで再会となってしまった。

 エヴァがなにかを仕組んだことは間違いないと思った伯爵も、この場にエヴァがいるというのは完璧に想定外のことだった。

 思わず天を仰ぎそうになるのをこらえる。


「なんだ? その反応は……まさかほんとうにお前は、この教会に娘がいることを知らなかったのか? ネズミがいるのは察していたが、俺だってエヴァ嬢がいるとは思ってなかったがよ」

「陛下、娘は関係のないことです。叛逆の罪に問うのであれば伯爵家当主である私になるでしょう」

「認めるのか? 自らの非を」

「違うと申し上げております。ですが、陛下が私を信じないのでしたらなにを申し上げても無意味でしょう」

「——そう言っているが、エヴァ嬢、なにか申し開きはあるか? この教会に忍び込んでいた合理的な理由を説明できるなら聞いてやる」

「陛下」

「黙れ、スィリーズ伯。貴族家の罪ならばお前がかぶるのが妥当だが、娘の罪ならば娘自身が償う必要があるだろう」

「それは……」


 するとエヴァがすっと一歩前に出た。


「——グレンジード公爵(・・)


 その呼び名に多くの人々がハッとしたが、グレンジードだけは相変わらずの無感情だった。


「まずはしばらく聖王都を空けまして、ご挨拶にもうかがえませんでしたこと、お詫び申し上げますわ。ですが、わたくしの絶対の忠誠を捧げる聖女王陛下に対する、公爵閣下の振る舞いを思えばわたくしの失礼などたいしたことはありませんね」

「……それで? なぜここにいた?」


 クーデターへの批判など無視して、グレンジードは先を促す。

 エヴァは——まったく反応しないグレンジードに目を細める。


「わたくしがここにいたのは、神殿全体に施されようとしている魔術を解き明かすためですわ」

「……やはりそうか。それを知ってなんとする」

「無作為に市民に影響を与えるようなものであれば許されません」

「エヴァ!」


 伯爵は声を上げるが、エヴァは止まらなかった。

 エヴァが見ているのはグレンジードの反応だ。

 あまりに感情に波がなさすぎる。

 グレンジードにとってスィリーズ伯爵は有能な配下であり、信頼できる友のはずだ。

 その伯爵の裏切りに直面しても激昂しない——あの激しやすいグレンジードが。


(すでになんらかの精神干渉を受けているはずなのだわ)


 一方で、完全に精神を乗っ取られているわけではないのは先ほどのやりとりからもわかる。

 グレンジードは、スィリーズ伯爵が自ら罪を告白し、許しを乞うのを望んでいるかのようだった。


「我がクルヴァーン聖王国は、種族による差別がなく、来る者を拒まず去る者を追わず、大陸一の国家であると同時に大陸一の懐深い国家であったはずです。そんな国民の意識を一斉に変えるような魔術が許されるのですか」

「!」

「あなた様が……生涯を懸けて尽くした国を、そのような魔術で汚してよいのですか。『盟約者』としての責務に縛られた苦しみは、まやかしの魔術で塗り替えてよいのですか」


 エヴァがこの世界を構築する根幹に触れたのは、天賦珠玉の授与式だった。

 グレンジードも自分の息子である聖王子クルヴシュラトの命を捧げることに、深く悩み、苦しんだと聞いた。

 それでもなおクルヴシュラトを犠牲にすることを決意し、しかし土壇場になってルイが身代わりを買って出て彼が死んだ。

 あのときの苦しみを忘れるはずがない。


(いえ……忘れたとは言わせないのだわ)


 エヴァの心に今も引っかかっている事件。

 もしかしたら、自分がなにかをすれば変えることができたのではないかという思い。

 きっとグレンジードの心にもあるはずだ。


「まやかしの魔術などではない。女神様の……完全なる女神様の……。魔術、ではなく……。これは……神の……」


 するとグレンジードの表情が歪んだ。

 脂汗が噴き出し、顔が青くなる。

 右手で額を押さえるとよろりと傾き、祭壇へと歩いていく。

 その様子の変化にざわりと人々が動こうとしたが、スィリーズ伯爵が手で制した。


「静かに。今、なにかと戦って(・・・)いらっしゃいます」


 戦う、という言葉がしっくりくるほどにグレンジードは祭壇に手を突くと荒く息をした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 拮抗した天秤を傾けるのは並大抵のことでは無さそうですが、それもエヴァ嬢の後押しで傾きかかっている以上、グレンジード公爵ならばきっと...
[一言] 頑張れ公爵
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