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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第6章 再臨する女神と希望の子

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聖王都到着

     ★  クルヴァーン聖王国聖王都クルヴァーニュ上空  ★




 風を切って魔導飛行船が聖王都クルヴァーニュ上空へと到達する。馬で行けば10日は掛かる距離を、1日も必要とせず移動できるのだから魔導飛行船を各国が欲しがるのも当然だった。

 聖王国の所有する魔導飛行船は「第2聖区」に発着場があったけれど、外国船用の発着場は「第5街区」にある。

 着陸したのは、エヴァが聖王都への帰還を決めた翌日、夕刻だった。

 早速、クルヴァーン側の担当者がやってきて、レフ人の船長と挨拶を交わす。


「——今回は早いのですな」

「——申し訳ありません。我が帝国ではモンスター掃討戦が長引いておりまして、物品が不足しております」

「——それはそれは……できる限り積んでいってください」

「——ご協力、感謝します」

「——なに、こういうときには協力し合うものでしょう」


 和やかな雰囲気だった。「レッドゲート戦役」以降、帝国と聖王国の交流は深まっているからだ。

 レフからは魔道具の提供を、クルヴァーンからは食料や薬剤、衣類といった生活必需品を提供している。魔道具の運用に必要な触媒も多い。

 魔道具の入った箱が木箱で数箱であるというのに、クルヴァーンが提供するものは山と積まれている。

 それほどに魔道具に関する技術が帝国は進んでいる。

 一方で聖王国は、レフの全人口の数十倍という人口を抱えており、魔導飛行船をいっぱいにする程度の生活必需品の提供など、日々消費される物量を考えると誤差のようなものだ。


「……行くぞ」


 荷物のやりとりが行われている隙に、ダンテスたち一行は発着場に降り立った。物陰を選んで進んでいく——。


(特に変わった様子は見られないのだわ)


 発着場をあっけなく抜けると、街に紛れ込む。

 ボロのフードを目深にかぶったエヴァは周囲を観察しながら進む。

 とてもではないがクーデターが起きた聖王都だとは思えない落ち着き振りだ。


(ん、あれは……教会?)


 修道服を着た聖職者が集まっているのだが、彼らの視線の先にあるのは建物に掛けられたハシゴや足場だった。


「——いやはや、我が教会もついに教皇聖下のいらっしゃる総本山と同じように改装されるのですな」

「——しかしよろしいのでしょうか。まだまだモンスターの脅威が去ったわけではないのに……」

「——市場では値上がりしているものもあるとか」

「——それは商人が暴利を貪っているだけでは? 教会の予算を教会が使うのは問題ありますまい」


 教会の改装。

 つまりは教会の「魔道具化」を進めているのだ。

 止めなければ——こんな聖王都のど真ん中に魔道具化した教会が置かれたらどんな影響が出るかわからない。


「……エヴァ様、今はこのまま行きましょう」


 足を止めてしまったエヴァに、ダンテスがささやきかけた。


「……ええ、わかっているのだわ」


 すでにある教会を改装することで女神神殿とするのが各国で行われているが、1日や2日でできることではない。少なくとも半月以上は掛かる。

 クーデター後に改装が始まったのだとすると、まだ着手したばかりだろう。


(今は、お父様を見つけなければ……)


 エヴァたちは街を進んでいく。

 すでに仲間のひとり——猫系獣人の冒険者が姿を消していることにエヴァが気づくのは1時間以上も後のことだ。



     ★  ゼリィ  ★



 聖王都の街中は落ち着いていたが、「第2聖区」ともなるとぴりぴりとした緊張感が漂い、あちこちに完全武装の兵士が巡回していた。

 すでに夜は更けており、魔導ランプの街灯が主要な通りを照らし出していたが、裏道ともなれば暗く静まり返っている。

 そこを、風のように走り抜けていく黒い影があった。

 ゼリィだ。

 かつてレイジがエヴァの護衛を辞め、聖王都を出ていこうとしたときにこんなやりとりがあった。


 ——ていうかよく「第3聖区」まで入れましたね。

 ——これくらいならちょちょいのちょいで入れちゃいますよ。さすがに「第2聖区」はヤバイので行きませんけどね。

 ——ヤバイ警備態勢?

 ——バレたときにヤバイって意味です。入るのはまぁ。


 大言壮語ではなかったのである。

 偵察や斥候任務に特化しているゼリィは、戦闘能力こそ低いがこういうときに真価を発揮する。


「ふぅ〜ん、騎士は使ってないんすねえ。貴族に連なる騎士は全員自宅待機にしてるってことかな? たたき上げの兵士のほうが扱いやすいと……そのぶん、騎士より弱っちいんですけどねえ」


 貴族の血縁者が多い騎士たちは、確かに血筋で選ばれているところもあったが一般兵士に比べれば厳しい訓練を受けているし、希少な天賦を持っている。

 グレンジード公爵は自分の派閥でコントロールできない騎士を使いたがらず、兵士を使ったのだろうが、そのせいで警備に穴がいくつもできている。

 だからこそゼリィは簡単にここまでやってくることができた。


「あら? 誰もいないじゃん」


 スィリーズ伯爵邸に到達したが、兵士による監視や争いの跡はなかった。かといって伯爵の騎士もいないのでゼリィはするりと塀を乗り越えると敷地内に侵入した。

 裏口に回ってノックをする——誰かが出てくる前に離れた場所に姿を隠す。


「? あら? 今音がしたと思ったんだけどねえ……」


 扉が開かれて現れたのは気の強そうなメイドだった。


「や、どうも〜」

「え!? だ、だ、誰か——」

「あ、待って待って、待ってって、ねえ?」

「——もごもぐっ!?」


 暗闇からゼリィが姿を現すといきなり声を上げられそうになったので、距離を詰めて彼女の口に分厚い布を当てる。素手で口を閉じようとすると噛まれたりするからだ——意外と言うべきか当然と言うべきかゼリィは手慣れている。


「傷つくっすよねえ、いきなり大声出されちゃうと……ま、それはともかく、あーしはエヴァお嬢様の使いで来てるんですわ」

「!?」

「なんで、大声出さないで? いいっすか?」


 うんうん、とメイドがうなずいたのでゼリィはそっと彼女を解放した——。


「キャアアアアアアア!! 侵入者よぉぉぉおおおおおお!!」




 執事長のセバスは微笑みを浮かべてはいたがそれはどこか苦笑気味でもあった。

 反対にゼリィはソファの上であぐらをかいて、頬杖をついてムッスーとしていた。


「いやはや……まさかほんとうにエヴァお嬢様からのご連絡だとは思いもよらず」

「だからってひどいっすよ。絶叫されて取り囲まれて疑われて」

「こちらも厳しい状況でございますので、どうぞご理解いただきたく」


 深々とセバスが頭を下げるので、


「あー、わかったっすよ。大丈夫です。そんなに怒ってはいやせんから」


 ゼリィはセバスに頭を上げさせた。

 あのあと使用人たちに囲まれたのだが、ゼリィの足ならば簡単に逃げることはできた。それをしなかったのは騎士や兵士がいなかったからだ——この屋敷には武力が残されていないのだ。

 セバスがやってきてようやく疑いが解けた。

 約束を違えたメイドは自分で握りこぶしを頭に当てて「てへっ★」なんて言ってまったく反省していない。これがゼリィが本物の盗賊だったら刺し殺されていてもおかしくないので気をつけて欲しいものだ——とは思うものの「第2聖区」にあるこのお屋敷に盗賊が来るわけもないのでメイドの警戒心の低さはある意味仕方がないところでもある。


「状況はどうなってるんですか」

「その前に、お嬢様は今どちらに……」

「聖王都まで来てるっすよ」

「! そう、ですか……やはり」


 やはり、という言葉にゼリィが首をかしげる。


「……エヴァお嬢様でしたらきっと、伯爵の危機には聖王都に戻られるだろうとは思っておりました。いやはや、勇敢な方でございます」


 わんぱくな孫を見守る祖父のような、娘の成長を喜ぶ父のような、そんなふたつの感情が交ざった顔でセバスは言った。


「しかしお早いお戻りでしたね。光天騎士王国にいらっしゃったのでしょう?」

「違うっすよ。レフ魔導帝国から魔導飛行船でびゅーんと」

「おお……」

「あーしなんてせっかく勝ってる賭場から引きずり出されやしたからね……あーし、この一件が終わったら絶対博打三昧の暮らしをするんだ」


 レイジが聞けば「むしろ今までも博打三昧だったのでは? あとフラグ立てるってことは実現しないってことですよ?」と言いそうなセリフをゼリィが口にすると、以前、ゼリィの素性を調べたことのあるセバスは彼女の言うことをスルーする。


「こちらの状況をご説明しますので、エヴァお嬢様に伝達をお願いいたします——」




 エヴァたちがいたのは「第4街区」にある、とある商会の建物だった。

 そこはかつてレイジとともに乗り込んで、奴隷斡旋を摘発した場所でもある——実のところスィリーズ伯爵家の息が掛かっている商会なのであり、なにかあったときには頼れる場所だった。

 ぶくぶく太った商会長はエヴァを見ると「ひぃっ」と顔を青ざめさせたが、今はお忍びであること、エヴァがここにいることを隠すことを約束させた。真っ青な顔でうなずいた商会長は——よほどレイジが暴れたことがトラウマになっているらしい——エヴァたちを商会内に案内するとそそくさと逃げるように出て行った。

 夜が更けると、騎士たちが交代で仮眠を取りながら警備をする。ダンテスたちも休めるときに休むべきだと客室を借りて眠っていた。

 ゼリィが帰ってきたのはそんなときで、彼女が帰還するやいなや全員が起きて一室に集まった。


「お帰りなさい、ゼリィさん。危険な任務をお願いしてしまいましたね」


 大部屋の明かりはテーブルに置かれた魔導ランプがひとつきりだった。それを囲むように全員がイスに座り、騎士たちはエヴァの背後に立っている。


「いえいえ、これくらいたいしたことないですわ。ただちょっとばかり報酬をはずんでくれりゃ言うことないっすけど」

「ゼリィ」


 人差し指と親指で丸を作ってコインを作りながらぱちりんとウインクをしたゼリィに、ダンテスがたしなめるように言う。


「いえ、ダンテスさん。それだけの価値がある仕事をしてくれていますわ。事が済んだらスィリーズ伯爵家が、ゼリィさんだけでなく皆様にきちんとした形でお礼をいたします」

「おほっ」


 ゼリィが露骨に喜ぶが、


「あのな、ゼリィ。これでお前、実は潜入に失敗したとかだったら許さねえぞ」

「だ、大丈夫っすよ、ダンテスの旦那。『第2聖区』まで行ってきやしたから——まず最初に、これを伝えなきゃ始まらないっすね」


「スィリーズ伯爵はご無事です」


 わずかに前のめりだったエヴァの身体が少しだけ元に戻る。落ち着いて見えたエヴァも、内心は相当に焦っていたらしい——彼女がイの一番にゼリィを出迎えたほどだ。


「今はグレンジード公爵とともに行動をしているそうです」

「公爵と……」

「ええ。クーデターに手を貸した以上、全部終わったら処刑されても仕方がないと」

「…………」


 エヴァは膝の上で両手を握りしめるが、泣き出すことも、大声を出すこともなかった。

 この場にいる誰しもがエヴァの強さを知っていたが、これほどまでだとはみんな思っていなかった。

 感情を、理性がねじ伏せているのだ。


「すいやせん、手紙でもありゃよかったんですが、証拠を残すのはマズいってことで——やっぱ伯爵はグレンジード公爵からにらまれてるみたいなんですわ。だから、セバスって執事長から口頭で聞いたことをできる限り正確に伝えやす」

「お願いします」

「クーデターを起こすことが決まったあとに、それを伯爵は知ったようです。だもんで、もう止めることは不可能で、あとは手を貸すかどうか。すでに手勢を集めていたグレンジード公爵を前に身を挺して死んでも犬死ににしかならねえからと、伯爵は手を貸すことにしたようです」

「……お父様らしい判断ですわ。公爵の懐に入って、なるべく血が流れないように動いたのではありませんか?」

「ご賢察の通りでさ。伯爵は聖女王とも通じていたもんですから、聖女王は伯爵がグレンジード公爵といっしょに動いたことを知って、抵抗らしい抵抗をせずに聖王宮を明け渡したようです」

「すると、聖女王はご無事なのですか!」

「はい。そのようで」

「…………」


 エヴァは力が抜けるようにイスの背もたれに身体を預けた。


「そこが、そんなに重要なんすかね? あーしにはよくわからないっすけど」

「……うむ。聖女王陛下がご存命で、その後にもしも聖女王陛下が再度国の頂点に立つことになれば、伯爵閣下の行動を把握しておられた陛下は伯爵を処刑することはなかろう」


 マクシム隊長が解説を入れると、「あ、なるほど」とゼリィも納得した。


「聖王都内へは大々的に告知をしていないのでしょうね。ですから、混乱が少ないのです。けれど一方で光天騎士王国はクーデターを把握している……先にそちらに連絡をしたということでしょう」

「え? どうして他国に先に言うんですかい」

「詳細はわかりませんが、グレンジード公爵も混乱は望まないということではないでしょうか」

「クーデターやっといて混乱は望まないってのは……?」

「……すべての行動原理が『女神神殿建造』に行き着くのです。グレンジード公爵は。そのため、国内予算を大幅に変えることなく教会建造の予算を他国から手に入れるためにまず周辺国に連絡を入れたのだということです」

「はぁ……」

「わかりませんか?」

「すいやせん、あーしはどうもそのへんのことは……」

「それくらい公爵にとって重要なことなのです。神殿を建造することが……クーデターを起こしてでもやらなければいけないほどに」

「!!」


 緊張が、全員の間に走った。


「わたくしたちは少し思い違いをしていたのかもしれませんわ。公爵は、なにを差し置いても女神神殿の建造に突き進みます。お父様は、もう神殿建造のサボタージュはできないでしょう。それほどまでに神殿が重要なのです」

「そ、そういうことだったんですね……あの伝言は」

「伝言?」


 ゼリィはうなずいた。


「お屋敷を出るときに伯爵は、セバスさんにこう言ったそうです。エヴァお嬢様から連絡があったらこう伝えるように、と」


 ——私の命はおそらく無事ですが、次に会うときに私が、以前と同じ私(・・・・・・)とは限りません(・・・・・)。公爵のように……。


 神殿がひとつの魔道具であると見抜いた伯爵は、自分自身がその魔道具の影響下に置かれた場合——今のグレンジード公爵のように女神を盲信するようになるのではと考えた。

 少なくとも、そうなると考えた上で行動しなければならない。


「お嬢様……どうしやすか? 伯爵は、お嬢様にこう言っているんです。命は無事だから逃げろと。今ならまだ間に合うから。せっかくこの聖王都まで来たってのに残念ですけど……」


 全員の視線がエヴァに集まった。


「残りますわ」


 エヴァは即答した。


「わたくしはスィリーズ伯爵の娘、エヴァ=スィリーズ。父が孤軍奮闘しているというのに安全な場所へ逃げることなどできません。わたくしになにができるのかはわかりませんが……それでも、娘として、貴族家のひとりとして、なすべきことをします」


 その言葉に伯爵家の騎士たちは誇らしげに胸を張り、マクシムは滂沱として涙をこぼした。


「お嬢様、立派になられて……」

「隊長……これから行動するというのに、泣いてどうするのです」

「しかし、止められません……」


 ため息を吐くエヴァに、ダンテスが苦笑して口を挟む。


「それで、行動するのはいいですが、なにか目算がおありか?」

「……その前に『銀の天秤』の皆様には」

「もちろん参加する」

「いえ、そうではなく、皆様には離れていただこうかと——」

「あり得ませんよ。ここで引いたらレイジに怒られちまいます——ああ、いや、レイジは怒ったりしねえか。ただレイジなら間違いなく、お嬢様のお役に立とうとするでしょうから」

「レイジなら……ですか」

「ええ。まあ、スィリーズ伯爵家には無事でいてもらわないと困るってメンバーもいますしね」


 ダンテスが親指で指したのはゼリィだ。報酬をもらいたい一心で彼女はこくんこくんと首を縦に振る。

 それを見て、エヴァは小さく笑った。


「ありがとうございます。『銀の天秤』が手伝ってくれるのでしたらこんなに心強いことはありません」

「俺たちは冒険者ですから聖王都の中心部には入れないと思いますが、それでもやれることはやりましょう」

「——実は、ひとつ考えていたことがあるんです。それは冒険者である皆様にしかできないことです」

「?」


 ダンテスと、ミミノ、ゼリィが顔を見合わせた。


「わたくしの考えたことは、こうです」


 エヴァは自身の計画を話し始めた。


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新連載『メイドなら当然です。 〜 地味仕事をすべて引き受けていた万能メイドさん、濡れ衣を着せられたので旅に出ることにしました。』
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