再会、そして北進
●前回あらすじ:
「女神の目」計画によって大陸各地に女神神殿が着々と建設されていく中、その反対派だったウインドル共和国の人民代表ホリデイは側近に刺されて死んだ。
クルヴァーン聖王国も「予算がない」という理由で神殿建造にストップが掛かっていたが、グレンジード公爵はリグラ王国から資金を引っ張って神殿を建造するようにスィリーズ伯爵に命じる。この異常な展開にスィリーズ伯爵は身の危険を感じるようになる……伯爵邸を監視する騎士たちもいたのだった。
★ 光天騎士王国 光天王都 ★
騎士の国である光天騎士王国において冒険者の立場はあまりよくはなかった——というのも彼らに任される仕事はほとんどなかったからだ。
しかし「世界結合」以降、光天騎士王国内には特に多くのモンスターが出現し、騎士たちはその掃討で大わらわとなり、冒険者にも仕事が回ってくることが増えた。
「——こっちは終わったぞ」
「おお。さすが『硬銀』の、強えーな」
「助太刀は?」
「頼む。——おおい、『硬銀の大盾』が来てくれたぞ!」
光天王都にほど近い森林地帯に、群れをなしたオオカミ。紫色の瞳を持つモンスターで、人間よりも一回り大きく、毒を持ち、性格は凶暴という厄介極まりない相手だった。
だが騎士たちは平原に現れた巨大蜘蛛の討伐に出ており、そちらに比べればオオカミごとき凶暴性はたいしたことがないという有様だ。
「おおっ。あれが『硬銀の大盾』ダンテス!」
「前衛お願いします!」
「任された。——ミミノは負傷者救護、ゼリィは遊撃を」
「了解だべな」
「あいあい〜」
「銀の天秤」パーティーは光天騎士王国の光天王都を中心に活動していた。というのも「世界結合」後、あちこちでモンスターの討伐が始まったが光天騎士王国では手が足りないという報告を受けたからだ。
さらに、レイジが行方不明だという情報もあった。光天騎士王国はレイジの実力を買って、上級騎士に取り立てようとしたこともあり、恩を売れば捜索に手を貸してくれるのではないかという期待があった。
「一気に畳みかけるぞ!」
ダンテスが加勢した冒険者チームはオオカミの群れの最後の1頭を討伐した。
光天王都は騎士による騎士のための王都ではあったが、冒険者ギルドは存在する。併設されている直営の酒場は、モンスター討伐の報酬を得た冒険者たちで賑わっていた。
「『硬銀』の旦那はやっぱりすげえな」
「腕の1本や2本覚悟したもんだが、『硬銀』が来たあとはまるでケガの心配もなかった」
「あれが立ち回りっていうんだ、お前ら覚えとけよ」
騎士の存在感が強すぎるために全体的に冒険者のレベルが低い光天王都の冒険者ギルドで、「純金級」のダンテスはやたらと持ち上げられ、酒を勧められ、断り切れずにあちこちのテーブルを回るハメになり、ミミノとゼリィのテーブルに戻ってきたころにはだいぶ酔っ払っていた。
「ダンテスぅ……こんな姿を見たらノンがなんて言うべな?」
「す、すまん。黙っていてくれ……」
「冗談だべな。みんな、浮かれてるんだからしょうがないし」
勝利の余韻に酔ってしまうのは仕方がないだろう。
「しっかし、騎士様たちは大変そうっすねえ。巨大グモ、倒しきれずに逆に被害甚大だとか」
「教会の聖職者を連れて行ければよかったんだと思うけどな、うまくいってないみたいだべ」
「ノンさんが欲しいっすねえ」
「ノンはなぁ……」
ゼリィとミミノがそんなことを話している。
ブランストーク湖上国での「世界結合」以後、教皇は各教会の聖職者についてすべて教会が一律で管理すると発表し、ノンも教会総本山に残ることになってしまった。
「モンスター討伐のときくらい貸してくれたっていいでしょうに」
「一応、運び込まれた負傷者の治療はしてくれてるみたいだべな?」
「現場にいりゃあ、重傷者だって助かったっすよ。何人死んだんすかねえ」
「あんまり大きな声で教会批判はよくないべ」
「う〜〜〜ん」
ゼリィは腕組みして身体をのけぞらせる。彼女にしては珍しく難しい顔だ。
「なんか、『世界結合』で、あーしらからは見えない偉い人たちが……おかしくなっちまった感じがしやせんか?」
「…………」
「……ぐぅ」
ダンテスは寝入ってしまったが、ミミノはゼリィの言うことにも一理あると思った。
冒険者はモンスター討伐で潤っているが、国の上層部にはおかしな動きが多い。ダンテスは、ヴァルハラ市の冒険者ギルドマスターであるグルジオと個人的に連絡を取っており、その内容をミミノたちにも教えてくれるのだが、きな臭い動きがあまりにも多い。
教会ナンバー2のトマソン枢機卿の退任。
ウインドル共和国ホリデイ代表の殺害。
女神神殿の建造。
ここ光天騎士王国がトマソン枢機卿の根城だったが、神殿建造に反対していた枢機卿が失脚させられると神殿建造の気運が一気に高まった。
しかし光天騎士王国がそれに「待った」をかけており、それに反発する教会は聖職者の貸し出しを取りやめ、自分たちで土地を買い、ゼロから神殿建造を始めている。
「ノンが無事だといいんだけどな……」
教会総本山に残してきたノンが気がかりだった。
「ん? ミミノさん、レイジ坊ちゃんのことは心配じゃないんですかい?」
「レイジくんがいなくなるのはいつものことだからなぁ……」
「なははは」
並行する別の世界に行ってしまい、ようやく再会したと思ったら今度は枢機卿とともに行動することになり、「世界結合」が終わったと思ったらその姿はかき消えていた。
だがミミノには確信がある。
レイジは生きているはずだと。
これまでにも難しい状況はいくつもあったが、彼は生き延びて、帰ってきた。
「レイジくんにとって『銀の天秤』は『帰るべき家』だからな」
両手で持ったマグカップに入ったジュースを、ミミノはちびりと飲んだ。
「レイジはきっと、わたくしのところに帰ってくるのだわ」
「私にとっては、レイジさんが『帰るべき場所』です」
声に——ミミノはハッとして振り返る。
いつ入ってきたのか、薄暗い酒場にフード姿のふたり組。
聞き覚えのある、声。
「お待たせしました、ミミノさん。ようやく合流できましたね」
フードを外したそこにいたのはハイエルフのアナスタシア。
「光天王都には初めて来たのだわ。治安のいいすばらしいところね」
もうひとりはエヴァ=スィリーズ——レイジが「お嬢様」と呼んだ少女だった。
エヴァとアナスタシアはふたりでここまでやってきたわけではなかった。スィリーズ家騎士の筆頭であるマクシム隊長、他5名の騎士がついてきている。ただし彼らの装備は騎士としてのそれではなく旅人のような姿ではあったが。
「久しぶりにぐっすり眠れたのだわ!」
翌朝、宿の食堂に降りてきたエヴァが言う。
輝かんばかりの金髪に美しい赤い目はどう見ても平民のそれではなかったが、横に美貌のハイエルフであるアナスタシアもいるので違和感なく見えてしまうのが恐ろしい。
「うー……頭痛てぇ。ミミノ、二日酔いの薬はねえか? アナスタシアと貴族のお嬢ちゃんの幻覚が見えるんだ」
「いい薬はあるべな。だけどそれは幻覚じゃない」
「そうか……幻覚じゃないのか。……ッ!?」
二日酔いのダンテスが二度見したが、確かにそこには街の宿に似合わない少女がふたりいたのだった。
「ともかく、なんでここにアナスタシアとお嬢様がいるのか説明して欲しいべな」
ふたりは語り出した。
まず今回の旅は勝手に思いついて勝手に行動したことではなく、きちんとスィリーズ伯爵の許可を得ていること。ゆえに、騎士を6人もつけている。マクシム隊長はスィリーズ伯爵の武力の要ではあったが、聖王都で武力を使うことはおそらくないだろうこと、もし使うことになったらそれは最終手段で、きっと死を免れない局面だろうという判断で、マクシム隊長をエヴァにつけたのだった。
スィリーズ伯爵はクルヴァーン聖王国でかなり微妙な立場にあり、伯爵は秘密裏にエヴァを国外に出したかった。それも、女神神殿がないところへ。
「女神神殿? それって教会が造ってるやつべな?」
「そうなのだわ。神殿そのものがひとつの魔道具になっていて、『強い信仰心を与えるのではないか』とお父様は言っていたけれど……推測の域は出ないのよ」
「信仰心、くらいなら問題なく感じるけど」
「『その油断が命取りになる』と。お父様はキースグラン連邦のゲッフェルト王とも内密に話をしていたので、そちらからの情報も得ていたみたい」
聞いて、ミミノがダンテスを見ると薬を服んでいくぶん体調が回復したらしいダンテスはじっと腕組みしていた。
「……俺が、グルジオ様から聞いた内容とも一致する。どうもきな臭い動きがあるらしい……ゲッフェルト王は連邦内に影響力を持っておられるのだが、神殿建造は慎重に行うよう通達を出しても聞きやしないんだとか。モンスター掃討戦が続く今、そんなことやってる場合じゃねえんだが」
「仰るとおりなのだわ。でも、仮に今、神殿建造を退けたとしてもモンスターとの戦いが安定化した後はどうなるか」
「ふむ……。それで、エヴァ様とアナスタシアはどうしてここに?」
「わたくしたちは『銀の天秤』と合流すること。それに光天騎士王との面会を希望しているのだわ」
「ほう。それはスィリーズ伯爵からなにか重要な話が?」
するとエヴァは首を横に振った。
「レイジを捜すためなのだわ」
全員が、ハッ、と息を呑んだ。
「レイジさんはきっと未開の地『カニオン』にいると私たちは考えています」
アナスタシアが補足する。
「皆さんがどこまで未開の地『カニオン』についてご存じなのかはわかりませんが、我々の情報網でレイジさんを見つけることができない以上、人間の住めない場所にいると考えるのが適当です」
「いや、しかし……ただ見つかっていないだけかもしれないぞ。この大陸はそれくらい広い」
「ですが、女神神殿は大陸の大半をカバーしています」
「?」
「『世界結合』の日に盟約者とともに女神のいる場所へ消えたというレイジさんは、女神にとってイレギュラーな存在であると考えています」
「その証拠もあるのだわ」
エヴァが取り出したのは小さなメモ紙だった。
「これは……クルヴァーン聖王国の特級祭司、エル=グ=ラルンの書き置き」
スィリーズ伯爵がグレンジード公爵ににらまれて動けなかったが、そのぶんフリーハンドで動けたのがエヴァとミラ辺境伯令嬢、それにアナスタシアだ。彼女たちは旧「祭壇管理庁」の建物を使って会合を何度か重ねたが、そのときにミラが偶然、隠し扉と隠し書斎を発見した。
ウサギの祭司、エルのものだった。
——女神の悲願である「世界結合」が成れば、黒髪黒目の「災厄の子」、それに調停者は女神の理想である世界において邪魔になる可能性がある。
そう、書かれていた。
彼女たちは「世界結合」の日にエルがブランストーク湖上国にいたこと、その後、見るも無惨な姿で発見されたことを知っている——地獄の業火で焼かれたような姿で。
そのときまでエルが、魔導生命体であったことをほとんど誰も知らなかった。エルを造り出したテクノロジーは完璧に失伝しており、多くの研究者が解明しようとしているがその一端すら明らかになっていないようだ。
誰が造ったのか、なぜクルヴァーン聖王国にいたのか——王族は知っている可能性があったが沈黙している——そのあたりはいまだエヴァたちもわからない。
「レイジが盟約者とともに消え、その場で死んでいたらエルとともに発見されたはずなのだわ。でも、見つかっていない。ブランストーク湖上国は女神のお膝元だけれど、見つかっていない」
「加えて、女神神殿の魔術影響範囲はブランストーク湖上国周辺をぐるりと覆っていますが、ウインドル共和国をのぞく場所でレイジさんは見つかっていません。ウインドル共和国はホリデイ代表が——亡くなってしまいましたが……レイジさんを見つけていれば必ず一報をくださったはずです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その『魔術影響範囲』ってのはなんだ?」
ダンテスがたずねるが、こればかりはアナスタシアもエヴァも「わからない」としか言えない。
「今はそこに近づくのが『危険』であるとしか言えません……」
「危険……?」
「でもレイジさんは、エル祭司、調停者と同じイレギュラーですから、女神の影響を受けていないと思うのです」
彼らはレイジが「なぜイレギュラーなのか」について答えを知っている。
「災厄の子」、それは転生者だ。
人より倍の16枠、天賦を所持することができる——限界超えの天賦を扱える者だからだ。
「クルヴァーン聖王国。光天騎士王国。レフ魔導帝国。キースグラン連邦内ゲッフェルト王国、ウインドル共和国——これくらいしか、今はレイジが隠れていられる場所はないと思うのだわ」
「……黒髪黒目のレイジを見つけた、女神の信者たちはきっとアイツを告発する、ということか」
「ええ、そうよ」
「つまりエヴァ様とアナスタシアは、光天騎士王に国内のレイジ捜索について話をし、そのままレフ魔導帝国に抜け、そこでも収穫がなければ……」
「ええ。未開の地『カニオン』に行くのだわ。レイジが苦しんでいるのなら、次はわたくしが手を差し伸べる番だから」
揺るぎない言葉に、ダンテスは思わず唸った。
——愛されたもんだな、レイジ。
と、次に会ったときには言ってやりたいとさえ思った。
★ レフ魔導帝国 関所 ★
光天騎士王との謁見はかなったのだが、望んでいた情報は得られなかった——つまり光天騎士王国もレイジの居場所を把握していなかったのだ。
残すところはレフ魔導帝国だけだ。
「レッドゲート戦役」以来、レフは国が受けたダメージの回復に努めてきた。「世界結合」によるモンスター大量発生では国土が小さいことが幸いし、国民の被害はほとんどなかった——のだが、
「……まだ、戦闘中?」
関所の内側、市街地は復旧作業が進んでいるが戦闘地域も多いために外国人の入国ができないのだという。
今は国民の半数が関所の南側にキャンプを展開しており——それは「レッドゲート戦役」のときのままだった。
「チュパッ——そうなんだ。未開の地『カニオン』側はかなり戦況が厳しくてね、こちらも魔導飛行船で空から爆撃を仕掛けているが、向こうは無尽蔵に湧いてくるんじゃないかってくらい敵が出てきてさ。チュパッ」
渉外局副局長のアバと再会した「銀の天秤」一行、それにエヴァと騎士たちは、レフ魔導帝国がどうなっているのかを彼の天幕で聞いているところだった。
ここは以前「銀の天秤」も拠点にしていて、「裏の世界」に行ったレイジを捜すための魔道具まで残っていた。——残っていたと言うより、アバが片付けをやるような時間すらないのかもしれない。
アバはまた水飴を舐めており、痩せ細った姿はどこに行ったのかまたまるまると太っている。前より体重は増えているかもしれない。国が復興に向かっているのでもう我慢はしなくていいということだろうか。トカゲのような皮膚も艶がよくなっていた。
「魔道具製作者たちもがんばっているけどね、なにせ敵が多くてね。君たちの友人の、ムゲは相変わらず物資の輸送で力を発揮しているみたいだけど。チュパッ」
「そっか……ムゲさんが元気なのはよかったべな! ルルシャさんはどうしてる?」
「彼女は、周囲が止めても聞かなくてね……最前線で魔導武装の修理や触媒の補充をやってる。チュパッ」
「ルルシャさんらしいべな」
「アバさんよ、俺たち『銀の天秤』はモンスター討伐に力を貸すぞ」
ダンテスが申し出ると、
「チュパッ。願ってもない申し出だ。ほんとうにありがとう」
「こういう情勢だ、困ったときにはお互い様だ」
「ふふふ。こんな形でレフに戻ってくることになるとは思わなかったですけれど」
レフ魔導帝国に暮らしていたアナスタシアが笑うと、アバはまじまじと彼女を見つめる。
「……しかし、ほんとうにアナスタシア殿下がお話しになっているのですね」
水飴を舐めるのも忘れて。
「私がこうして言葉を発せられるようになったのはすべてレイジさんのおかげです。ですから、レイジさんの捜索にこの力が必要ならば惜しみなく使います」
ちりり、と彼女の周囲に火の粉が舞い、アバは息を呑んだ。
「それと、私はもう『殿下』ではありませんから」
「あ……そ、それは、はあ、わかりました。……チュパッ」
「——エヴァ様はどうなさるのですか?」
アナスタシアが水を向けると、座っていたエヴァは難しい顔をし、その後ろに立っているマクシム隊長や騎士たちは口々に反対意見を発した。
「お嬢様、戦闘行為はなるべく避けるようにというのが伯爵閣下からのご命令です」
「我々騎士はお嬢様をお守りするためのものですぞ」
「ただでさえお守りするのが難しい場所ですから……」
エヴァは難しい顔のまま答えなかった。
心情としては当然モンスター討伐に参加したいのだろうが、貴族としての地位がそれを妨げているのだろう。
前なら——レイジと出会ったころならば、エヴァはきっと「モンスター討伐に力を貸すのだわ!」と即断即決だったはずだ。
(……レイジから聞いていた話とはだいぶ違うなあ。レイジ、お嬢様も成長してるぞ)
それを微笑ましそうな目でダンテスが見ていた。
「……さようですな。貴族位の方が来られると、こちらとしても困惑すると思います。お心はありがたくいただきますが、もしお怪我をされると、我が帝国としても面目が潰れてしまいますので」
アバが丁重な断りを入れると、エヴァは重い口を開いた。
「ですが、貴国が困っておられるのになにもしないのは、聖王国貴族の振るまいとしては正しくありませんわ」
「正式に騎士の派遣という形でしたらそのとおりですが、今、スィリーズ伯爵令嬢はお忍びの形でいらしています。渉外局副局長の私がそう認識をしております以上、問題が起きれば我が帝国の責となってしまいます」
「…………」
悔しそうに歯噛みするエヴァに、アバは重ねて伝えた。
「戦況は、先ほども申しましたとおり激戦となっております。さらに昨日のことですが、巨大な鳥影のようなものが北の空に確認されております」
「鳥影?」
ダンテスがその単語を聞きつける。
「それは鳥と言うにはあまりにも大きく、魔導飛行船ほどもあるということで……もしかしたら情報としてだけ伝わっている8の巨大種のひとつではないかと。あるいは」
アバの冷静沈着な瞳と、エヴァの苦しそうな瞳が出会った。
「竜かもしれぬ、ということです」




