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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第6章 再臨する女神と希望の子

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聖王都の混迷

     ★  聖王都クルヴァーニュ  ★


 クルヴァーン聖王国の首都である聖王都クルヴァーニュは、木の年輪のように城壁が巡らされており、その中枢にはかつて「一天祭壇(ファーストアルター)」があった。

「かつて」という言い方はおかしいかもしれない。

 なぜならば、祭壇は現在もそこにあるからだ——ただ、期待されている結果を生み出していないだけで。

 あの日、「世界結合(ワールド・ユナイト)」が行われたその瞬間から天賦珠玉の産出はぴたりと止んでいた。

 ただ、もともと産出量は極端に減っていたので——それこそ「枯渇だ」と騒がれるほどには、大騒ぎにはならなかった。

 この国の頂点は「聖王」あるいは「聖女王」であることに変わりはなく、年輪のような城壁の中心に頂点の住まう「聖王宮」があり、政を行っていることで聖王都は「世界結合」前後でも混乱なく運営されていた。


 表向きは。


 確かに、クルヴァーニュの市街地に出現したモンスターは聖王騎士団や聖王国軍、それに冒険者たちによってあっという間に鎮圧された。

 むしろ「あれだけ騒いだのにこんなもの?」と拍子抜けする市民が多かった——それほどには念入りに、事前準備が行われていたからだ。

 もちろんクルヴァーニュの外側、平野や森林地帯には大きな変化が起きているようだったが今のところ一般市民に影響はない。だから一般市民は落ち着きを取り戻し、これまで通りに生活をしている。

 変わったのは、クルヴァーニュの中枢だ。


「——正気ですか」


 端正な顔の陰に、憤懣やるかたなしという感情を潜ませながら発言したのはクルヴァーン聖王国の数少ない公爵家、ハーフリングであるエベーニュ公爵だった。

 背は低く、髪を複雑に結って宝石で飾っている。

「銀の天秤」のミミノと同じハーフリングであり、薬剤の取引で非常に強い権力を持っている公爵家だ。

 元は「6大公爵家」と呼ばれていたが、「一天祭壇」から産出する天賦珠玉を横流しするという事件が起き——その黒幕であったリビエレ公爵家はお取り潰しが決まり、リビエレ公爵家が所有していた海運の権利は一時的に聖王家が預かっている。

 エベーニュ公爵が「正気ですか」と発言をしたのは、聖王都の中枢に最も近い、「1の壁」と「2の壁」の間にある「議場」だ。ここで「議場」と言えば、聖女王が臨席し、貴族の当主だけが発言権を持つ「議場」がたったひとつあるきりだ。

 コンサートホールのように2階席まで用意された議場で、中央に円卓があり、離れた場所に聖女王の座るイスがある。

 円卓に着いているのは6人——5()大公爵家の当主と、先代聖王グレンジードだ。

 当主の背後には文官や貴族が控えており、この会議を見守るためだけにやってきた下位貴族、あるいはその使いの者たちは2階席にいる。


「正気か、というのはどのような意味だ?」


 むっつりと、なにひとつ面白くなさそうな顔でグレンジードが応える。

 するとエベーニュ公爵は、


「私の耳がおかしくなったのでなければ、グレンジード公は今、今年度予算の配分を見直し、その10分の1を『女神信仰のための教会造り』に充てると聞こえましたが」

「聖女王陛下の御前で冗談など言わぬ」

「……そうですか。ならばなおさらタチが悪い」


 ふー、と息を吐いた。

 グレンジード公爵が「世界結合」から戻ってきた後、女神信仰に深くハマッ(・・・)たとは聞いていた。だがこれほどとは思わなかった。

 ちらりと聖女王を見やると、彼女もイスの肘掛けに肘を突いて、額を押さえている。


(この件、聖女王陛下には通していなかったな?)


 グレンジード公爵の背後にはスィリーズ伯爵がいて、彼も難しい顔をしている。こんな話が「むちゃくちゃ」であることを重々承知しているのだろう。


「グレンジード公、予算の使い道はおいそれと変更すべきものではありません」

「そんなことは百も承知だ。だからこうして議会に諮っているのだろうが」

「議論にならないでしょう。元々は『世界結合』に備え、甚大な被害が出た場合にすぐに財政出動できるようにとっておいた予算です。これは他ならぬあなたが言い出したものでしょう」

「聖王都の被害は軽微であった。ならば使い道はなく死蔵される資金だ」

「なにを仰る。各地の被害状況はいまだ予断を許しません。都市部は問題なくとも、どこに凶悪なモンスターが潜んでいるのかもわからないのですよ。実際、大陸西方のマハト王国は首都を襲撃されて半壊状態だとか」


 エベーニュ公爵が言うと、どよめきが議場を走った。

 この情報はつい昨日、公爵が独自につかんだもので、多くの貴族がいまだ知らない。

 とはいえグレンジード公爵は当然知っているだろう——切れ者のスィリーズ伯爵がそばについているのだから。


(……その切れ者(・・・)がなぜグレンジード公の暴走を許すのか。所詮はグレンジード公の覚えがめでたい腰巾着か)


 過去にスィリーズ伯爵とは摩擦があった。黒髪黒目の少年、「災厄の子」を匿っているという情報を入手したエベーニュ公爵は、「災厄の子」を差し出すようスィリーズ伯爵に迫ったのだ。

 そのために送り込んだ手勢は撃退され、逃げられてしまった。


「他国は他国だ。エベーニュ公よ、貴殿は我が聖王国の被害が軽微であったとして、他国が破壊されていたらこの予算を他国に拠出するのか?」


 グレンジードが反駁(はんばく)するので、エベーニュ公は改めて意識をこちらに戻す。


「私が申し上げたマハト王国の件は、聖王国全体の行く末が予断を許さない状況であるということを示したかったのです。今回の『世界結合』は世界全体の問題であり、クルヴァーン聖王国だけが無事であればいいということはない——そう、この『議場』で発言されたのは他ならぬグレンジード公ではありませんか」

「…………」

「大体、これほどの予算を使ってどのような教会を造るつもりですか? ブランストーク湖上国の教会本殿よりも豪華なものを造るおつもりですか」

「当然、そうだ。他国に負けるわけにはいかぬ」

「バカバカしい」

「……なんだと?」

「バカバカしいでしょう。今は国民が死ぬかもしれないという状況であるというのに、国のトップがやることが『教会造り』となれば、バカバカしいと言いたくもなります」

「…………」


 するとグレンジードの身体から得も言われぬ怒気が発せられ、親の仇のようにエベーニュ公爵はにらみつけられる。

 今にも飛び掛かってきそうな迫力に、さすがにエベーニュ公爵も背筋が冷えた。


(どういうことだ? なにをそんなに感情的になっている?)


 女神信仰を始めたと言っても、これは明らかにおかしい(・・・・)


「……ならば決を採ればよい」


 獣が唸るような声でグレンジードは言う。


「決、ですと?」

「……そうだ。『議場』では貴族の投票によって議事を決定するであろう」

「それは議論が尽くされた後のことです」

「慣例では、そうだ。だが緊急時には議論を省略してもよい」


 まずい、と直感的にエベーニュ公爵は悟った。

 聖女王に話を通さなかったことも、議論にもならないような提案も、所詮は「見せかけ」だけのことなのだ。

 グレンジードは最初から「多数決」によってこの予算変更案を押し通すつもりだ。


「今が緊急事態だと仰るのか!? 先ほど聖王都の被害は軽微だと——」

「エベーニュ公、先行きが不透明であると言ったのは貴殿だ。つまり、今は緊急時である」

「その緊急時に備えた予算を付け替えるというのに、緊急時であると言うのは詭弁にもほどがありましょうが!」

「議論は終わりだ。決を採る」

「バカな!! そのような横暴がこの『議場』で通るはずがない」

「私の発案した、予算付け替えに賛成する貴族は起立せよ」


 エベーニュ公爵を無視してグレンジードは自ら立ち上がりながら宣言した。

 必ずしも「議場」にすべての貴族当主が参加できるものではない——貴族には領地持ちが多いのだから。

 ゆえに参加している貴族の総数を基準に多数決が行われる。

 ざっ、という音とともに多くの貴族が立ち上がる。1階にいる高位貴族はもちろん、2階席の貴族たちも。


(やられた——)


 今回この「議場」で、これほど重要な議案が出てくることは予定になく、エベーニュ公爵は自分の派閥にいる貴族たちに参加を要請しなかった。

 重要案件は事前に通知する、という暗黙の了解を易々と破ってきたのだ、グレンジードは。

 こんな禁じ手を使えば貴族同士の摩擦が激しくなり、内部分裂を引き起こすことくらいグレンジードだってわかっているはずなのに。


(なんということだ)


 しかしエベーニュ公爵がいちばん驚いたのは、5大公爵家のうち、ロズィエ公爵、リス公爵、ラメール公爵の3人が立ち上がったことだ。

 この3人にすでに根回しがされていたこと、それを察知できていなかったこと、そのふたつにエベーニュ公爵は衝撃を受ける。

 最後の頼みの綱である聖女王を見上げると、険しい表情のまま彼女は動かなかった。

 その聖女王と視線が合った。


(「お前も動くな」と……仰るのですか。だがこれではグレンジード公の暴走は止まらない。今、黙るのは悪手ですよ、陛下……!)


 使う予定だった予算を使わずに済み、その「浮いた金」を好きに使わせろと言っているだけのように聞こえる案だ。

 しかしこれが上手くいってしまえば、グレンジードはさらに要求を加速させる——人間というものはそういうものだとエベーニュ公爵は理解している。

 どうやって3公爵を抱き込んだのかはわからない。

 引退した先代聖王が国の代表として活動する、というところまでは良かった。さらには小粒の貴族を配下に従えていると聞いてもなんとも思わなかった。だが公爵家にまで手が伸びたとなると——。


(無視できない脅威に……!!)


 たとえるなら砂浜にいて、気づけば足元まで潮位が上がっていたときのような恐ろしさを感じた。


「数えるまでもない。賛成多数で決定だな」

「待たれよ、グレンジード公爵!」

「……エベーニュ公、もうこれは決まり(・・・)だ。話は終わり——」


 グレンジードが言いかけたときだった。


「——終わりではありません」


 滑らかながらも意志の強さを感じさせる声が「議場」内に響いた。

 貴族たちがざわついたのは、その人物の登場を誰も予期していなかったからに違いない。

 聖王家の証明である透き通るような青色の髪と目、年の頃は聖女王と同じほどなのだが王位を得られなかった人物——聖女王の兄であり、いまだ王位継承権第1位の聖王子だ。

 聖王子の横にいるのは同じ「青」を持つ、王位継承権第2位の聖王子——クルヴシュラトがいる。

 そしてその後ろにいるのは、熊の毛皮をかぶった巨体。


「ずいぶんとまあ手荒なことしてるじゃねえか、公爵閣下(・・・・)。だけど荒っぽいのは戦いだけで十分だ。こういう場所じゃスマートにやるもんだぜ」


 ミュール辺境伯はにやりと笑った。




 聖王子による議事の差し止め要求によって、グレンジード公爵の希望は叶わなかった。次回「議場」での審議は明日になるが、エベーニュ公爵も、5大公爵家の最後であるルシエル公爵家も仲間の貴族を集めるので、多数決になったとしても対抗できる。

 議事の差し止めは公爵家、つまり聖王家の血を引いた者による特権のようなものだった。もちろん乱発は許されないし、他の公爵家が反対すれば差し止めもできないために、すでに3公爵家がグレンジード派になっていたエベーニュ公爵には使えなかった。だが聖王子が2人も加われば話は違う。

 クルヴシュラトや聖女王の兄でもある第1王子は、聖王都に留まっていると政争に巻き込まれるからと離れた領地へと出向いていたはずだった。だからこそグレンジード公爵も強引な議論を進めようとしたのだろう。

 その彼が「議場」にやってきたのはミュール辺境伯の働きだった。

 聖王子のふたりに、辺境伯は聖女王に呼ばれていった。

 辺境伯についてきたミラはエヴァと落ち合った。


「——こ、ここ? こんなところで会わなきゃいけないの?」

「はい。誰の目があるかもわかりませんから」


 同じ区画には「議場」もあるという「第1聖区」には、「一天祭壇」のための「祭壇管理庁」があった。この組織はすでに解体されており、「祭壇管理庁」の使用していた建物も封鎖されている。

 ここの「長官特別補佐」だったスィリーズ伯爵は建物の鍵を持っていて、誰もいない建物での密会となった。

 誰も使っていないせいか、ほこりっぽいニオイがする廊下で向き合っている。

 部屋を用意することはもちろん、お茶なんて当然ない。

 ここにいられる時間はそう長くない、ということだ。


「……それくらい、大変なんですね」

「ミラ様がお考えよりも、ずっと。グレンジード公爵がかなり派手に動いておられますので、貴族たちが刺激され、互いに監視するような状態なのですわ」


 ちらり、とエヴァはミラの背後を見る。

 ここにいるのはエヴァとミラ、そしてもうひとり、


「ブランストーク湖上国以来ですね、エヴァ=スィリーズ様」

「ええ……アナスタシア様」


 アナスタシアがここにいた。


「? ??」


 じ……と見つめ合うふたり。

 過去にどんなやりとりがあったのかを知らないミラには、この無言がよくわからない。


 ——アーシャ、こちらの方はクルヴァーン聖王国のスィリーズ伯爵家、エヴァお嬢様。僕が以前護衛を務めていた……。

 ——なるほど。前の(・・)雇い主でいらっしゃるのですね。

 ——今でも雇う気はあるのだわ。レイジ、いつでも戻ってきていいのよ。

 ——そうはいきません。レイジさんは私と旅をしてくださるとおっしゃったので……。

 ——ほう……。それは初耳なのだわ。レイジ、ほんとう? 確か、わたくしを世界一周の旅に連れ出してくれるのではなかった?

 ——え? いや、ちょっと待ってください。なんかギスギスしてませんか?

 ——いいえ〜。ただ、ちょっと、いえ、相当に? 前の雇い主の方が美貌をお持ちでしたので……。

 ——そんなことないのだわ。ただ手紙に書かれていなかったことを知って混乱しているだけ……。


 きっとミラがその場にいたらハラハラしてどうしたらいいかわからなかったに違いないやりとりだ。


「…………」

「…………」


 ミラからすれば、エヴァは「はわ〜、今日もエヴァ様はかわいいです〜」という感じで、アナスタシアは「はわ〜、今日もアナスタシア様はおきれいです〜」と変わらない。

 ふたりが並んでいるこの場に自分がいてもいいのだろうか? と疑問に思うことはあっても、このふたりがどんな思惑で火花を散らしているかなんて——それどころかなにか互いに思うところがあるだなんて考えもしないのである。


「……アナスタシア様」

「……エヴァ様」


 ふっ、とふたりは表情を緩めた。


「レイジを捜すのだわ」

「はい。そのために協力しましょう」


 とりあえず、レイジの捜索が最優先——ということでふたりはまとまった。


「スィリーズ家の情報網すべてを使ってレイジの行方を捜していますわ。ですが、今のところまったく情報が入ってきません」

「シルヴィス王国にいる兄のひとりと秘密で連絡を取っているのですが、こちらも情報はありません。キースグラン連邦全体にもないようです」

「シルヴィス王国は今機能しているのですか?」

「いえ……それは先ほどのグレンジード公爵と同様の問題(・・)が起きています。とはいえ、諜報活動の現場に影響はないはずです」

「なるほど……では光天騎士王国と連邦以西の国家ですね」

「レフ魔導帝国はどうでしょうか? 国土はかなり狭いですが、魔導飛行船を持っています」

「実は第1王子は先日までレフにいらっしゃったのです。めぼしい情報はなかったと伺いましたわ」


 意見がまとまるや、即座に情報交換を始めるエヴァとアナスタシア。お互いに出し惜しみなく矢継ぎ早に情報をぶつけ合うのを、ミラはただキョロキョロとふたりを見ていることしかできなかった。


(かわいい人と、きれいな人が、お話ししてる……)


 しかし彼女に戸惑いはなかった。


(それを間近で見られて、ミラは幸せです!)


 満面の笑顔だった。


「——光天騎士王国にはトマソン枢機卿がいらっしゃいますね?」

「はい。ですので、『銀の天秤』のノン様を通じて確認をしているところです。今、私がクルヴァーニュにいることはノン様もご存じですので、近いうちに連絡があると思われます」

「…………」

「……どうされました、エヴァ様」

「……わたくしは、光天騎士王国にレイジがいるとは思えないのです」

「そうですね、私もそう思います。いたとしたらなんらかの消息が聞こえてくると思いますし」


 と言ったアナスタシアと、エヴァの視線が交差する。


「となると」

「レイジさんがいるのは……」


 ふたりはうなずき合った。


「「未開の地『カニオン』」」


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新連載『メイドなら当然です。 〜 地味仕事をすべて引き受けていた万能メイドさん、濡れ衣を着せられたので旅に出ることにしました。』
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― 新着の感想 ―
[一言] こいつら仲いいなw さて、どんな戦いを繰り広げていくのか!
[一言] >(かわいい人と、きれいな人が、お話ししてる……) >(それを間近で見られて、ミラは幸せです!) こんなギスギスしてる状況下でも、ぽわぽわしてるミラ孃の思考のおかげで和むわ〜w
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