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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第6章 再臨する女神と希望の子

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レイジと大森林

 おかしいな? とはずっと思っていた。

 太陽の方角を確認しつつ進んでいけば、大雑把ながら未開の地「カニオン」から出られるはずだ——たとえ、砂漠の巨大ワームに襲われて、方向転換を何度したとしても太陽の位置は不変だから。

 魔法を併用した僕の移動速度は馬を使うよりも速く、数日も進めば目の前に山脈が現れ、それを超えればキースグラン連邦のどこかか、クルヴァーン聖王国か、レフ魔導帝国にたどりつく……はずだった。

 だけれど僕がたどり着いたのは、


「……森じゃん!」


 見渡す限りの森。むしろ大森林。

【火魔法】の爆発と【風魔法】の上昇気流と合わせて木々の上まで飛び上がってみたけれども、それでも木、木、木、林、林、林、森、森、森……。


「なんで……?」


 考えられることはひとつだ。

 世界が結合したせいで、大地が大きく変わってしまったということ。

 僕の【森羅万象】はまだ使えたけれど、あくまでもこれは「自分が感じ取った事象を解析する」という能力。今僕がどこにいるのか、なんていう情報はほとんどわからない。

 公転と自転、つまり太陽の位置から自分がどこにいるのか割り出すなんてこともできるはできるのかもしれないが、どうやればいいかわからないし、それぞれの都市の座標も把握していないのであまり意味はないだろう。


「……どうする?」


 悩もうとしたとき、ぐううと僕のお腹が鳴った。


「どうするもこうするも……食べ物を探すしかないか」


 僕は大森林に足を踏み入れる。

【森羅万象】を全開にして食べられそうな果実を探し歩く。

 鳥の鳴き声、どこかで獣が争う音。

 まさに大自然、という感じだけれど——。


「……懐かしいな」


 僕がこの世界で前世の記憶を取り戻し、天賦珠玉鉱山を出てからは森林地帯で食うや食わずやの生活をしていたっけ。

 たまたま「銀の天秤」のパーティーに拾われたからよかったようなものの……。


「みんな無事かな」


 あの女神のような存在が気になる。

 どうして僕を殺そうとしたのか。

 そして僕をかばったエルさん——あの人の姿はまるでロボットみたいだった。


「はー……もう、一難去ってまた一難か」


 世界はどうなったのか。


「とりあえず、食料を探しながら進むか……」


 僕には【森羅万象】があるから、死ぬことはないだろう。

 とにかく今は話の通じる人を探すだけだ。



     ★



 それから半月が経過した。

 なんと、半月だ。

 僕がいちばん驚いている。

 15日間も、きっかり、15日間も、僕は真っ直ぐ進み——方角が間違っていたということはない、僕には【森羅万象】があるのだから——森で寝、森で食べ、森で暮らしたのである。

 大森林に入ってから優に500キロは進んでいると思う。

 アマゾンの熱帯雨林とかを思えば500キロくらいたいしたことはないのかもしれないけれど、それにしても、これだけ進んで森しかないのはキツイ。

 だから、だろう。

 僕は最初、目の前に現れたその人が獣だと信じ、


「なんかツルツルした獣だな?」


 くらいにしか思わなかったのである。

 豊かな赤茶色の髪は強めのウェーブが掛かっていて、こめかみには鳥の羽根飾りが左右についていた。

 赤や黄色、オレンジといった暖色に染められた袖のない麻の衣服はなんとも鮮やかだ。

 そして背が低い。

 たぶん130センチくらいしかない。

 だけどその人が成獣——じゃなかった、成人であることは、背が低いのにやたらと胸が大きいことからもわかる。

 勝ち気な目元は今は驚愕に揺れていて、ぺたんと座り込んだ彼女はM字型に足を開いていて短いスカートの中の、毛皮で作ったらしいパンツが丸見えだった。


「あ……あ、あ……」


 僕を指差してあわあわしている彼女を見て、僕はようやく、人と出会えたのだと気がついた。


「い、いや〜、こんなところで奇遇ですね」

「ぎゃあああああああ!?」


 第一接触(コンタクト)、失敗。

 彼女は泡を噴いて背後にぶっ倒れたのだった。


「なんで……?」


 と僕は考えようとしてハッと気がついた。

 僕の背後には「今日の食事は豪勢にもほどがある」と思いながらも仕留めた、ダンプカーサイズのイノシシがおり、イノシシは僕の魔法で切り裂かれてズタズタ。

 15日間の森林行+砂漠と湖の数日間、野外暮らしだった僕は泥まみれであり、さらには返り血で身体半分真っ赤っかなのだ。

 軽いスプラッターだよな。




「——ハッ」

「目覚めました?」

「!?」


 起き上がった彼女は僕から逃げようとしたけれど、僕がふつうの格好——まあ、近くに川がなかったから【水魔法】で水浴びしてなんとかかんとか汚れを落としただけだし、血の汚れが服に染み付いているのだけれども、とりあえずは「ふつうの」格好——をしているのに気づいて、ほぅ、と小さく息を吐いた。

 辺りは暗くなっており、焚き火が彼女を照らし出す。


「あなた……見なかったべな? 小さな血まみれの化け物が、森の主って長老様が言ってたイノシシ、ぶっ殺してた!」

「み、見てませんね……倒れていたあなたのそばには誰もいなかったですから」

「そう……」


 ハーフリングのミミノさんを彷彿とさせる話し方に、驚きつつ、適当に誤魔化した。


「ええと、君は? 僕はレイジと言います」

「私はヤンヤ。見ての通りエルダーホビットのヤンヤ」


 どこをどうしたら「見ての通り」なのかはわからないが。


「お前、『もうひとつの世界』の住人だろ」

「!」

「知ってるぞ。盟約者の長老様が言ってたべ。世界はひとつになったって」


 エルダーホビット、という種族について僕は思いだしていた。「天賦珠玉の盟約」に関わる盟約者で、僕らの世界でハイエルフ種族が担っていた役割を、あちらの世界ではエルダーホビットが担っていた。


「助けてくれて感謝するべな。ヤンヤはお前に恩を返したいから、集落に来るといいべ」

「それは願ったり叶ったりだけど、いいのですか?」

「もちろんだ。長老様が言ってたべ。森で迷子を見つけたら、連れて帰れって。きっと迷子がいるって。だけど大猪には注意しろって——ああっ! さっきの黒い化け物は大猪を食っていたんだべ! 恐ろしいべな!」

「……そ、そうですね」


 もう、あれをやったのが自分だとは言えない感じになっていた。




 翌朝になって僕はヤンヤとともに歩き出した。

 彼女は腰にダガー。背には木製の弓矢を装備していた。

 エルダーホビットの「エルダー」とはなにかと聞くと、一般的なホビット種族の祖先に当たる種族のようで、寿命も200年ほどとかなりのもののようだ。

 ヤンヤもすでに22歳なのだが、このまま年齢を重ねてももう大きくはならないらしい。


「ヤンヤは狩りが苦手なんだべな……胸が邪魔だべ……」


 他のエルダーホビットの女性は胸が小さいのがふつうだが、ヤンヤはやはり大きいほうのようで、両手でその大きな胸を持ち上げて「ハァ」とため息交じりにぼやいていた。

 目元は強気な感じなのだが、しょんぼりしているのはどこか愛くるしさを感じさせる。


「できれば捨てたいべ……」

「そんなもったいない」

「ん?」

「——ハッ、い、いえ、なんでもないです」

「?」

「いや、ほんとに……」

「……お前、なんか口調が堅苦しいべな? ヤンヤの命を救ったのだからもっと堂々とするべ」

「これはクセみたいなものなので」

「うーん」


 納得できない、みたいな顔をされましても。

 それからヤンヤは、エルダーホビットは全部で1,803人いて、来月お産の女性がいるので来月には1,804人になること。

 ヤンヤのダガーもそうだが、これを造るための製鉄技術が20年前ほどからできており、急速に武器が強くなり、集落に行けば腹一杯肉を食えること。

 魔法はないが「呪術」があり、明日の天気を占ったり、病人の治療、加護を授けて邪を退けられることなどを話した。


「きっとヤンヤも、加護を授かったからレイジに助けてもらえたんだな!」


 ヤンヤは上機嫌だった。「呪術」という天賦珠玉は聞いたことがなかったし、ヤンヤに「天賦」について知っているかと聞いたが知らなかった。

 今さらそんなことを言っても、つまらないだろうと思って僕は黙っていた。


(文明レベルはそう高くないから、魔導エンジンを積んだ飛行船でぴゅーっと隣国まで……なんてできそうにないな)


 ヤンヤの服装を見ているとわかるが、暮らし向きはだいぶ原始的なようだ。

 そんなこんなで歩くこと1時間——僕は森の中を漂う炊煙に気づいた。

 1時間歩いても、僕の目には変化のない大森林なのだが、ヤンヤは迷うことなく集落を目指していたようだ。


「——ヤンヤだ! ヤンヤが帰ってきたべなー!」


 一晩を集落の外で過ごしたヤンヤを、心配するような声が響き渡った。




 大森林を切り開いて作られた集落は木製のバリケードで囲まれていた。そのいくつかに青銅や鉄の突起がくっついている。

 木造の家に、椰子の葉で葺いた屋根。年中気候は温暖だというので——僕は今までの考えを改めざるを得なかった。

 僕は確かに未開の地「カニオン」に飛ばされたのかもしれない。

 だけれど、僕の落ちた場所は各国家から信じられないほど遠くなのではないか。

 札幌にいたのが東京に飛ばされたくらいのつもりだったが、鹿児島、あるいは沖縄くらい遠いのかもしれない。


「お前さんが、ヤンヤを助けてくれたんだべな」


 長老、とヤンヤが呼んでいた人の家に僕は案内されていた。

 エルダーホビットたちはみんなヤンヤと似たような服装で、男の人も身長150センチもない人が多い。

 僕もあまり身長があるほうではないけれど、ここではぶっちぎりに背が高い。

 やってきた村長は白髪をきっちりと切りそろえている清潔感のある老人だった。


「はい、レイジと言います」

「…………」


 長老は僕をじっと見ている。

 板敷きの間で、開かれた木窓から心地よい風と、大量のエルダーホビットたちの視線が入り込んでくる。いや、もうちょっと上手にのぞき見しようよね? それガン見だよね?


「……『もうひとつの世界』の住人、のようだべな」


 ふつうに話を続けるの!?

 オオッ、てめっちゃ観衆の声が聞こえてるけど。


「あの、ここでは盟約の話はオープンになっているんでしょうか」

「む? どういう意味だべな」

「僕のいた世界では、盟約や盟約者についての情報は限られた人しか知りませんでしたから……」

「限られた人間しか知らぬでどうする。その者たちが死んだら?」


 あ、そうか、と僕は気がついた。

 僕が知っている「裏の世界」では人と呼べる人種はかなり数を減らしていた。それもこれも凶暴なモンスターのせいで。

 僕は自分の知識を伝えることにした。

 それにはまず、僕がこちらの世界にも来たことがあることを伝え、その点はさすがに驚いていた。


「ふむ……にわかには信じられぬべな」

「そうですよね。世界を超えた移動は失伝してましたし……」

「まさかひとつの都市に100万を超える人間がいるなど」


 って、そっちか。

 人間が繁栄していることを知らないと、想像つかないかもね。


「僕も聞いてもいいですか?」

「……うむ、よかろう」


 すでに長老の家はエルダーホビットたちで囲まれており——なんなら集落全員がいるのかもしれない——僕の話した内容を吟味する声でざわざわしていた。


「レイジはヤンヤのことを助けてくれたべな!」


 中でもいちばんうるさいのはヤンヤだったけれど……。


「盟約の破棄が行われたことをヤンヤは知っているようでしたが、長老もご存じだったのですか」

「当然だべなぁ。女神のいる場へ送られたからの」

「! あの白い空間に、長老も?」

「すると、レイジも?」


 僕の話と長老の話は一致していたけれど、違うのは、女神と長老は一対一で会ったということだった。

 女神が発した言葉も一言一句同じだった。

 調停者、盟約者に「感謝」を告げたこと。

 そして僕を「必要ない」と言ったこと。

 それはおかしな発言だった。長老の前に僕はいないので、なんの話をしているのかわからなかったらしい。

 ただ、強烈な圧力で跪かされ、女神の姿を見たのはほんのわずかな間だけだったと。


「あのクソ女は一度ブチ殺さねぇと気が済まないベな」

「……え?」


 聞き間違いかと、思った。

「クソ女」って「女神」のことだよね?

 すると長老は言った。


「ついてくるベな、レイジ。我らエルダーホビットに伝わる歴史をお前にも教えてやるベな」




 僕らが向かったのは村の中心だった。そこには八方に向けた石碑が建っている。

 石碑自体はかなり古いもののようで【森羅万象】でも「数百年以上」置かれてあるという分析だったけれど、文字はくっきりと鮮明だ。


「……文字がへたる(・・・)たびに刻み直すんだべな。この苦しい歴史を忘れんようにするためにな」


 長老は、石碑の文字に手を触れながら言う。

 そこに書かれていたのは——。



『天賦珠玉は世界を支えない。見つけたら捨てるべし』

『得意を探し、一族のために使う。それは天賦珠玉に頼らない道。天賦珠玉は人を堕落させ、女神の監視を強めるためのものである』

『盟約に縛られてはならない。盟約に縛られれば一族は滅びる』

『工夫し、考えよ。考えることをやめたとき一族の進歩は止まり、外敵に食われる』

『愛し愛され、助け合う。我らは全員が生き延びる道を探る』

『敵を倒し、肉を食うことの意味を考え、強敵であればすぐに逃げよ。8大種の討伐状況 ×甲虫 ×鳥 蜥蜴 ×山羊 蝶 亀 ×虎 蛞蝓』

『調停者を信じるな。呼び出すな。ヤツらは女神の走狗』

『我らエルダーホビットは、自らの都合で世界を割り、一族を離ればなれにさせた女神の悪行を許さない』


 最後のフレーズは、ここにいる全員が——結局こちらにも集まってきた——唱和した。

 びりびりと僕の腹にまで響くその声は、「積年の恨み」なんて言葉では伝わらないほどに恨みが籠もっている。


「……なぜクソ女が世界を割ったのか、知っておるべな?」


 淡々と話しかけられ、僕は村長の心のうちに潜む底知れぬ感情に恐ろしさを感じていた。


「世界のバランスを取れなくなったとか……断片的な話ですが」

「さよう。そのためにあのクソ女は世界を割ったが、そのせいで一族はバラバラになった」

「…………!」


 世界を割るということがどういうことか。

 僕はなんとなく、同じものをコピーしたように考えていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。

 今回の「世界結合」でふたつの世界の生物の量をあわせたように、もともとあった生物を半分にしたのだ。

 同じ広さで生命の密度が下がれば、後は増えるだけ——とは簡単にはならないだろう。

 エルダーホビットたちの苦難の歴史の始まりだった。


「あのクソ女は我らに天賦珠玉を与えたが、同時に調停者に世界を任せもしたべな。幻想鬼人はモンスターをコントロールするために8の巨大種を用意したが、その結果どうなったか」

「……あまりコントロールできているとは言えなかったようですね」

「そのとおりだ。暴走した巨大種によっていくつの種族が滅んだことか……」

「…………」


 幻想鬼人に会ったことのある僕だけれど、あの人が多くの種族を滅ぼそうとしたとは思えなかった。保身や尖った考え方を持っているのだろうし、「薬理の賢者」様よりかは意地の悪い人のように感じられた。

 それでも、盟約の破棄を望み、世界が元の状態に戻ることを願っていた。


「ゆえに! 我らは叫ぶ!」


 ——女神の悪行を許さない!!


 エルダーホビットたちの声が唱和し、大気を震わせる。

 そうか——この人たちは、女神への恨みを糧に生きてきた。一族の中心にその思いを据えることで気持ちがバラバラになることを防ぎ、厳しかった世界で生きながらえることができた。

 それから僕は長老やヤンヤ、集落の人たちと多くのことを話した。

 彼らが盟約を破棄しなかったのはそれすらも「女神の罠」ではないかと疑っていたかららしい。もちろん、はるか昔のことはわからないが、長老は「盟約の破棄」に対してひどく消極的だった——起きてしまった以上は仕方がないという判断のようだけれど。

 調停者の幻想鬼人は女神の手下だから近づかない、という考えのもと、調停者を呼び出すことは一切しなかったらしい。


(地底人とは真逆なんだな)


 と僕は思った。

 エルダーホビットの歴史は長いが、大体2千人前後で集落の人数は安定しているのだとか。やはりモンスターの襲来が厄介で、数十年に一度、多くの仲間が死傷するような激しい戦いがあり、そのたびに女神への恨みを強くする。

 だというのにヤンヤのように明るい人柄が多いのは、もしかしたら温暖な気候のせいかもしれない。冬で食べ物がなくなって死ぬ、みたいなことは滅多にないという。

 そして肝心なことだけれど、


「長老。この森をどちらに向かえば抜け出せるでしょうか」


 僕の問いに、長老は笑った。


「知るはずもないべな!」


 どうしよう。


長老が女神に幻惑されなかったのは「恨み」が勝っていたからです。


この小説を読んで「面白い」「続きが気になる」と思われましたら是非ともブックマーク、★★★★★による評価ポイントでの応援をお願いいたします!


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→書籍紹介ページ

― 新着の感想 ―
[一言] 種族名なんですが、オリジナリティを出してもいいかもですね。著作権にひっかかりかねません
[良い点] 気になるところもありますが話は好きなので応援しております [一言] あんまりこういううるさい話は好きではないですが 「ホビット」 という名称はトールキンの造語となり著作権の対象となるため、…
[一言] 八種の獣のうち、どれが討伐されたか、どうやってかは知らないけれど把握してるんだな… 調停者とか幻想鬼人、龍は女神?のことをどこまで把握して、その走狗となっているのか。
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